迷子と放浪者
豪奢な外観とは裏腹に内装はかなり質素なテュルカ神聖聖教イニティ教会。
僕等を案内してくれた僧侶は後ろ姿でさえ几帳面な性格を物語っている。皺ひとつ、汚れ一つないローブから覗くシャツの襟と袖口はアイロンを当てたばかりのようにピンと張っている。
前回は緊張で周りを見る余裕が無かったが今回はそれなりに落ち着いているという事だろうか。祭壇とアンティークは長椅子は均衡が取れた配置でそれだけで美しい。その調度品の中でも一番価値の高いであろう信仰対象の女神像は祭壇の奥に差し込む光に照らされて神々しく輝いている。
宗教にはあまり強くない僕だが、この世界ではテュルカ神聖教がほとんどの国や地域で国教として定められていると前回ミナートさんに教えてもらっていた。
テュルカと呼ばれる女神がこのレヴェラミラを作り出したと言われている。その起源とそれにまつわる寓話を編纂したものが聖書として広くレヴェラミラに広まっている。
その中でも儂は割と偉いんじゃぞ? と謎に胸を張っていたミナートさんの自慢げな顔を思い出して笑ってしまった。
ミナートさんの冒険者として活躍していた頃の二つ名は”異端審問”、この前エドガーさんと話した時に聞いたらと異端審問官として活躍していたわけではなく、存在自体が異端審問だったと言っていた。あのエドガーさんが若干の緊張感を零しながら語っていたのが印象的だった。
ドアを開け、執務室に入ると老眼鏡をかけたミナートさんは書類の山に囲まれてその一枚の書類を眺めて唸っている。仕事をしているだけだが、窓から差し込む光を浴びてその光景は著名な絵画のように荘厳だ。さっき見た女神像にも負けないほどのオーラを放っている。
パッと見だだけではエドガーさんが言っていたような恐れる程の狂暴さは伝わってこない。神聖なオーラをただただ発している老司教様といったところだろうか。
「なんじゃ、エドガーが来ておらぬ。あの小僧を地に沈めてくれようと思ってこんなものまで用意したのにのぅ」
なぜか落胆しているミナート様の手には元の世界の漫画で出てきた、金剛杵・三鈷杵のようなものが握られていた。
3つに分かれた爪は何故か小刻みに震えており、禍々しい黒い煙のようなものが金剛杵を覆っていた。
「こんにちは、ミナート様。エドガーさんは用事があるみたいで来てないんです。すみません」
「何、選定者殿には関係ない事です。それに今日は珍しい客人がきてくれましたな」
クロエを見てにっこりと笑うミナトさん。
「それでは私はこれで失礼いたします」
「「ありがとうございました」」
僕とローゼリスが挨拶をして、此処まで案内してくれた僧侶の方がドアを閉めた瞬間それは起こった
ミナートさんの持つ三鈷杵の黒い煙がクロエを捕縛した。
「おいコラ、妖精。こんなところで油を売ってないで、仕事しろコラ」
「久しぶりね、ミナート! 相変わらずの狂犬ぶりが見れて私も嬉しいわ」
「このクソガイド、やっぱりあの時殺しておくべきだったのか!」
急変する二人に呆然とする僕とローゼリスをよそに二人は相手を射殺さんとせんばかりの視線と殺気を放っている。
「まさか、ハルカ殿にはお前が付いたのか?」
「そうよ! さっさと放しなさい」
「そうか、クロエがハルカ殿に……」
「何よ、なんか文句でもあるんなら、アンタのトコの女神にでも文句を言いなさい!」
「貴様! っ?!」
三鈷杵の爪がそれぞれ宙に舞い踊り、クロエ目掛けて殺到する。刺さると思われる瞬間にぴたりと空中で静止した。
「ハルカ殿?!」
「ハルカ! 危ないでしょ! 何考えてるの?!」
間一髪、僕はクロエとミナートさんの間に割って入る事が出来た。
「二人とも過去に何があったのか知りませんが、こんなところで知り合い同士が傷つけあうのは間違っています」
「そうですよ、落ち着いてください!」
「失礼しました。またこいつが放浪者を生み出したかと思ってしまいました。ハルカ殿は選定者殿でしたから立場が違いますな」
僕とローゼリスの言葉で少し落ち着いてくれたみたいだ。
「なによ、分かったら放しなさいよ!」
「”解”!」
掛け声とともに黒い煙は霧散し、いつの間にか中を舞っていた爪もミナートさんの手元の金剛杵に戻っている。
「よくも私の前に現れましたね。クソガイド! 死んで詫びても良いのではありませんか?」
「死んで解決できるならとっくの昔にやってるわ! 今でもこうして貴方を元の世界に還す方法を探しているんでしょうが!」
「どうだか、自分の罪から目を背けて逃げ回っていたくせに……」
そのミナートさんの言葉には、僕なんかでは言い表せない重さが、時間が、積み重なっているように思えた。
「ハルカ殿も厄介な妖精に当たってしまいましたな。私も微力ながらハルカ殿のお手伝いさせていただきたく思いますぞ」
「ミナートさん、ありがとうございます。でも、クロエはポンコツなだけで今の僕に取っては大切な仲間です。事情は分かりませんが、クロエが死んで詫びるほどの何かをミナートさんにしてしまっていたのであれば、僕もミナートさんに出来ることがしたいと思います」
「お優しい。ですが私の事など”今は昔”で始まるような昔話です。殺してやりたいほどの憎しみも、時間と共に雲か霞か、そんな風になってしまったようですな」
そう言いながらもミナートさんの殺気は未だに衰えていない。言葉ではそう言っていても、身体に染み付いてしまった憎しみを、怒りを、消し去ることなど出来ないのだろうか。
「そんな昔話は今宵の酒の席でも語らいましょうか。今は、ハルカ殿の母君ですな。聖女ミユキと呼ばれる我が教会の聖女の話を……」
それから、ミナートさんの殺気は落ち着いたものの、緊張感のある話が続いた。
「聖女ミユキ……ハルカ殿の母君と思われる人物が聖女と呼ばれるようになって3年程経ちます、昨年より教会に属して枢機卿の元で各地を転々としながら各地で神の奇跡を起こして信仰者を増やしております」
苦虫をかみつぶしたような顔でミナートさんは話を続ける。
「それも、テュルカ様へ信仰ではなく聖女を神輿に使って多くの信仰を集めている。それを進めている枢機卿が裏で暗躍しているのを教会としても良く思っておりません」
「暗躍と言うのはどういう事ですか?」
「そうですね、例えば自ら事故を起こして、その救出や災害復興を行う様な自作自演を各地で行っているといったら分かりやすいでしょうか?」
「そんな事を……」
「そしてその聖女として祀り上げられている聖女様ですが、このレヴェラミラに現れた記録があるのは今から19年前になります。」
「僕の生まれる前ですか?!」
驚いて声が裏返ってしまった。まさか僕の生れる前に母さんがレヴェラミラに来ていたなんて。
「そうです! しかしその記録は一年も経たずに途切れてしまいます。そして次に記録があったのが今から3年前、そこから枢機卿と共に行動しております」
3年間も僕たちは母さんの事を忘れて過ごしてしまっていたなんて……
「これだけ目立った功績を立てれる人材が15年以上も身分証を使わずに、そして人の目に晒されずにいることは不可能です」
「でも実際に姿を消して、もう一度この世界に戻ってきたって事はどういうことですか?」
「恐らくですが……19年前におしまいの塔を単独、もしくはそれに近い少数で踏破した。そのうえで、選定者として呼び戻された。凄まじい偶然が重なったとしか言いようの無い事ですが、考えられるとしたらそれぐらいのものです」
「それじゃあ、その聖女様も選定者かもしれないっていう事ですよね」
「そうですね。もしもそうだとしたら私は彼女の為にも彼女を元の世界に戻さなければいけません」
ミナートさんは何かを思い出したように俯いてしまう。
ミナートさんは、迷子から放浪者になってしまった。一度元の世界に戻ってそしてもう一度レヴェラミラに飛ばされた聖女様について思う事があるのだろう。重くなってしまった空気を帰るためにも僕が皆に話しかけた。
「とにかく今は本人にあって色んな事を確かめるしかないですね!」
「そうですな、ここは順当にテュルカの首都に向かいたい所ですが、エドガーが聖女の足をこちらに向かわせた様です」
このタイミングでエドガーさんの名前が? 何故だろう。
「どういうことですか?」
「選定者殿はレツスの事はご存じだろうか? まあ、端的にいうと麻薬のような野菜ですな。それをテュルカでばらまいたのですよ。それで枢機卿は流出元とされているイニティのクワリファに視察に来るそうで、もう出発されているようですぞ」
耳が痛い。僕がエドガーさんに頼んだレツスの流通の事だった。今度は僕が顔を下げてしまった。
「教会の内部情報ではあと3日でイニティに付くようでございます」
「あと三日で母さんに会えるかもしれない」
そう思うと胸の中のどろどろとした淀みの中で嬉しい気持ちが暴れまわり、胸がはちきれそうだった。
「3年ぶりとなるのでしょうか……」
ミナートさんが記憶を辿る様に呟いた。それにつられるように僕も言葉が零れてしまった。
「3年……」
レヴェラミラで聖女が活躍し始めたのが約3年前、そしてその3年間を過ごしてく中で徐々に僕らは母さんを認識できなくなっていった。
毎日毎日、違和感すら感じることなく、母さんはどんな気持ちだったんだろうか、苦しかっただろう。悲しかっただろう。誰にも見えず、誰にも相談できず、徐々に忘れられていく恐怖、それも二回目、過去に来たことがあるとしたなら、その絶望をなぞる事になる。
そんな事を想像して張り裂けそうな胸は痛みを覚えていた。
「本当にハルカ殿はお優しいのですな」
ミナートさんからはいつの間にか殺気は消えて以前見た、好々爺全とした表情を浮かべていた。
「コラ妖精、選定者殿一人のガイドも出来ないとは言わせねぇぞコラ!」
「うるさいわね! 分かってるわよ! あんたも一緒に元の世界に戻っちゃいなさいよ!」
二人はまたも言い争いを始めた。なんだかんだで仲がいいのかもしれない。僕がもしも、クロエの優しさに気付けずに苛立ちばかりを抱えていたらミナートさんのようになっていた、そんな気がする。
瞳に押し寄せていた涙は胸の奥の方へ引いていき、ミナートさんとクロエの仲裁に入った。
「それでは、また情報が入り次第ご連絡させていただきます」
「ミナートさんも忙しいのに時間を作っていただいてありがとうございます。何もなければ3日後こちらに伺います」
「選定者殿、あまり無茶はしないようにお願いします。クソガイドもそれくらいやりやがれ!」
「何よ! 五月蠅いわね! クソジジイ! 早くくたばりなさい!」
最後の挨拶も罵りあいで終わってしまった。過去に何があったのか詳しくは知らないが、出来れば二人とももっと素直に仲良くして欲しい、僕の我侭かもしれないがそうしてもそう思ってしまうのだった。
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