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ルガンの恋心

 クロエが来たので隣の2人掛けのテーブルをくっ付けた。龍鱗亭のテーブルは可動式だ。朝食、ランチ、ディナーと姿を変える店内は色んな場面を想定して作られているのだろう。店の気遣いが凄い。


 クロエの分のご飯は無い事を伝えると大泣きされたので、仕方なく僕がクロエに御馳走した。わざとらしく、そして仰々しくお礼を言って来たので少しイラっとしたがこれがクロエだと思って我慢できた。


 なかなか僕も大人になってきたなと、心の中で自分自身を馬鹿にしておいた。そんな事を考えていて笑みが零れてしまったのでクロエに一人で笑って気持ち悪いと言われたのでやっぱりデコピンしておいた。


 僕は当分大人になれないだろう。



「それにしてもやっぱりマリナのとこのご飯は美味しいわね!」


 クロエがマリナローゼさんの事をマリナと呼び、僕は思い出してしまった。マリナローゼさんの二つ名を……


 “断頭台ギロチン”マリナ……本当にあの優しいマリナローゼさんと同一人物なのだろうか? この謎は、謎のままの方が良い気がする。


「そう言えば、クロエちゃんはお母様と一緒に冒険したんだよね?」


「うん、そうだよ! みんなめちゃくちゃ強かったよ!」


「お母さんが現役の頃っていうと今から20年前か」


「懐かしいな、あのセレスティルとアーサーがくっ付くとは誰も思ってなかったよ!」


 これからセレスティルさんのパーティーの冒険譚が始まろうとしている所に一人の男が乱入してきた。


「すまねぇなぁ! 相席って! ハルカ達じゃねぇかよ。座らせてくれよ!」


 今日はなぜかピシッとした服装のルガンさんが空いていた椅子、僕の正面に座ってきた。相変わらず強引な人だなと思った。


「てか、なんだよ昨日あんなにやらかしてたのにもう仲直りしたのかよ」


 僕とクロエが同じテーブルで座っているからそんな事を言ったのだろうか。


「なんでルガンさんが知っているんですか?」


「そりゃ、昨日あの場に居たからだよ。俺の名乗り聞いてなかったのかよ! あの後そこら辺の冒険者達と喧嘩して楽しい夜だったぜ!」


 やっぱり手摺りに飛び乗ったのはルガンさんだったようだ。あの場で空気を良くしてくれた。こんなに乱暴な感じなのに気遣いが出来る人だな。


「それでよ、最後は皆が俺にお小遣いまでくれてよ。そんで朝から竜鱗亭よ!」


「そ、そうなんですね」


 うん、やっぱりルガンさんだ。ルガンさんに驚きながらも、すっかり無視してガールズトークと展開する二人は適応能力が高いなと思う。


「それはそうと、今日はなんでそんな恰好なんですか?」


「お、そりゃな! 今日もサラちゃんと剣の講習を務めるからよ!」


「それって普通は冒険者用の軽装付けてきますよね? そんな煌びやかな服で大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ! 問題ない!」


「そうですか」


 多分大丈夫じゃないと思うけど、むしろエドガーさんに着替えてこいって言われそうだな。


「なぜなら、サラちゃんが『普段着とかにも気を使えるくらい余裕のある人って素敵だよね』って言ってたからな!」


 それって確か、僕がローゼリスにドレスをプレゼントした時に、女の子たちで話していた内容じゃなかったかな。僕もお酒を多少飲んでいたし、記憶が曖昧だけどその場にルガンさんは居なかったはず……なぜそれを知っている?!


「いやー、会うのが楽しみだなー!」


 ルガンさんの情報収集能力なのか、それとも盗賊ギルドとしての能力なのか分からないけど、僕はルガンさんの事が、若干……ほんのちょっと怖くなった。


「そうですね。講習の補助頑張ってくださいね!」


「やっぱりハルカは良いやつだな! それでよ!」


 ルガンさんは楽しそうに嬉しそうにサラさんの素敵な所を列挙していった。僕は話すのに一生懸命なルガンさんに適当に相槌をしながら竜鱗亭のご飯に集中する。


 香ばしく焼き上がったパンに濃厚なバターを薄く付けて頬張るとミルクの濃厚な味わいとパリッとした食感が堪らなく美味しい。これはずっと食べていられる。


 そして前回嵌まったスープとサラダも今日も間違いなく美味しかった。朝からほっこりする食事だ。


 僕が食事に集中しているのにも気にせずルガンさんは喋り続けている。確かにサラさんは素敵な人だがルガンさんの語るサラさんは何か、こう、崇拝するようなそんな感じすらあった。


 僕が丁度食べ終わるころにはルガンさんのマシンガントークも落ち着き、その分勢いよくチャーハンのような料理を匙で掬って食べていた。


「へー、お母様って氷の塔の最深部まで行ったことがあるんですね! クロエちゃんも行ったの?! すごーい!」


 その話、ちゃんと聞きたかったな。クロエとローゼリスは食事を楽しみながら、楽しそうに喋っている。今度聞かせてもらおう。


「じゃ、ハルカ! 俺はちょっと髪の毛を切りに行ってくるぜ! それじゃまたな!」


 ご飯を食べ終えたルガンさんは急いで食器をまとめて立ち去っていく。


「はい! それじゃまた後で!」


 僕はすぐ返事をしたつもりだったが、すでにルガンさんは竜鱗亭のドアをくくり抜けた後だったようだ。


「まるで嵐のようだったね。」


 ローゼリスが僕に話しかける。


「それにしてもあの身だしなみも関係なかったような人があんな風になるなんて、人間どこに何があるのか分からないものね」


 クロエがローゼリスの言葉を引き継いだ。


「僕はルガンさんの言葉でお腹いっぱいになる前に竜鱗亭の朝ごはんを美味しく食べれてよかったよ」


「あれ? サラさんはハルカに猛アタックしてたのに、やきもちとか無いのね?」


「僕もサラさんの事好きだけど、彼女とかそんな感じにしたらダメだと思うんだ。それにあれだけ熱心なルガンさんを見てたらきっとサラさんも心動かされると思うし」


「あら。ずいぶん大人な発言ね。最近、マリナの悪戯で慌ててた少年とは思えないわよ?」


「そうだね、ちょっと雰囲気も変わった? かな、ハルカにも何かあったの?」


 二人とも、そんなに見つめられると照れるんですけど……


「いや、ちょっと向こうの世界で彼女が出来まして……もしかしたら揶揄われているだけかもしれないけどさ」


 クロエとローゼリスは二人で顔を見合わせて目をパチパチさせている。


「「えぇええええぇえ~!」」


 凄い勢いで驚かれている。なんだろう、どうすればいいんだろうか。


「何よ?! どこのどいつよ! 私のハルカを奪った女はっ!」


「そうなんだ! 良かったね、どんな人なの?!」


 反応に戸惑っていると二人はそれぞれ僕に質問して来た。反応は違うが二人が聞きたいのは、僕がどんな女性と付き合ったのか? ということだった。


 答えるのは簡単だけど、これは難しい質問だ。単純にクロエに雰囲気が似ているし名前もアクセントが違うだけ、なんて言ったらこのポンコツ妖精はきっとなら私でいいじゃない! とかアホの子全開のテンションで絡んでくるだろう。想像するだけで鬱陶しい。無難に答えておこう。


「今僕が入院している病院で務めている少し年上のお姉さんだよ」


「ふんっ! どうせハルカの事だから私と種族が違って結ばれないからって私に似たそっちの世界の女で我慢してるんでしょ?!」


 何か絶妙に正解している部分があるからとても腹が立つ。でも、仲直りしたばかりだし、感謝も伝えないと。


「そうかも知れないけど、クロエには恋愛感情より、仲間として感謝の気持ちを伝えたいんだ。今まで僕の知らない所でサポートしてくれて有難う」


 急に真面目になった僕にクロエは恥ずかしがりながらそっぽを向いて照れ隠ししている。


「そうなんだね、ハルカの選んだ人だからきっと素敵な人なんだろうね! 見てみたいな!」


 単純な好奇心だろうか、少しだけ悲しそうな顔をしてローゼリスがそっぽを向くクロエに変わって答えてくれた。


「こっちからも僕らの世界に行けたらいいのにね」


 僕は単純に思いついたことを口にした。


「おしまいの塔を通ればそっちの世界には行けるわよ! 特殊なことが起きない限りはもう戻ってこれなくなるけどね」


「え? そうなの? 例えばローゼリスやクロエが僕の世界に来れるの?」


「そうよ! 最初に説明したでしょ? はじまりの塔が入口でおしまいの塔が出口だって」


 確かにそれは聞いた覚えがあるが、それは迷子ロストだけの話だと思っていた。本当にこの妖精は説明がヘタクソである。


「そっか、分かったよ。でも戻ってこれないんじゃ旅行みたいに楽しめないね」


「その前に、おしまいの塔を登り切るのは本当に大変な事なのよ。宝珠が全部集まれば別だけどね」


「宝珠? 前にもちょっとだけ聞いた気がするけどそれって何なの?」


「宝珠はね、ダンジョンや塔から得られる迷子専用のアイテムよ!」


「へー、そんなアイテムがあるんだね。どんなダンジョンや塔でも出るの?」


「場所は関係ないわ、特定のモンスターをアーティファクトを持つ迷子ロストが倒すことによってドロップするの」


「クワリファダンジョンでも出るといいね!」


「宝珠か、帰るために必要ならいろんなダンジョンを回って集めていかないといけないね」


「私も協力するよ! 鍛錬にもなるし、それにせっかくハルカとクロエちゃんとも仲良くなったしね」


「もちろん私もよ! なんて言ったって、ハルカに彼女が出来ようとハルカは私のものなんだから!」


「二人とも有難う! これからもよろしくね」


 クロエは相変わらずだし、ローゼリスも僕に良くしてくれる。本当に僕はこの世界に来てから人に恵まれている。いや、元の世界もそうか、父さんもナツミも、友人のアオイも、僕の近くには僕を支えてくれる人が沢山いる。


 本当に僕は恵まれている。


 きっと母さんも僕が忘れてしまっただけで、僕ら家族の事を支えてきてくれたと思う。僕が気付いていないだけで、僕は皆に支えられているんだ。


「ありがとう。二人とも、ありがとう」


「なんで泣いてるのよ、男ならシャンとしなさいよ!」


「うるさいな、ガイドならもう少しちゃんと説明してみろよ!」


「言ったわね! 私の一番気にしていることを! またセレスと飲みに行っちゃうわよ!」


「もうクロエちゃんも落ち着いて、もうハルカに嫌われたくない、喧嘩したくないって言ってたでしょ」


「ロゼ! それ言ったらダメっだって」


 そうだったと口を手で押さえるローゼリスとまたわちゃわちゃし始めた妖精が二人で慌ててるのを見て平和だなと思った。


 これがずっとつづいたら良いのにと思ってしまう僕は我侭なのだろうか。



 朝食を食べ終えた僕等は三人で教会まで来ていた。


「ようこそ、聖教教会へ」


 イニティの教会聖職者が僕らを出迎えてくれた。折り目正しく皺ひとつないローブに身を包み僕らを奥の執務室に案内する彼。

 ^_^た

読んでいただきありがとうございます。 


面白いかもしれない、とか続きが気になるよ?と感じたら画面下部から感想、評価して頂けるとありがたいです!


今後の展開にもご期待ください!よろしくお願いします!

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