長くて短い夜
「ハルカ、大丈夫?」
いつも以上に心配そうにこちらを伺うローゼリス。ローゼリスにこんなに心配されるなんてよっぽど余裕のない顔をしているんだなと思った。
「ごめん、そんなに険しい顔してたかな。もう大丈夫だよ、ちょっと元の世界に戻った時に父さんにどんな風に報告しようか考えていたんだ」
僕の言葉を聞いて余計に心配そうな表情を浮かべている。普段はそんな不安そうな顔をしないローゼリスだからこそそんな表情にさせている自分自身が情けなくなった。
「そうだよね。ここではハルカしか居ないから一人で決めるしか無いもんね。もし、あたしで良かったら相談とか乗るからね。あんまり頭は良くないけど、話相手にはなるからちゃんと相談してよね」
相変わらず表情の暗い僕の顔を見て無理に笑っているようなローゼリス。女の子にこんな顔をさせてはいけない。父さんならそういう風に言うだろうか。
「大丈夫。心配させてごめんね。ローゼリスみたいな美人が傍に居てくれるもう大丈夫だよ!」
僕は努めて自然な笑顔をつくるようにした。
「ふざけるのも下手なんだから……」
俯きながら彼女は何か呟いたようだったけど僕には聞こえなかった。
徐々に買取カウンターの長蛇の列も少なくなって、冒険者ギルドの一階は徐々に人が減っていく。代わりに二階で騒ぐ冒険者が増えていく、今もガシャンと食器の割れる音と「すみませーん」と元気な店員さんの声が一階に降ってきた。
中でも馬鹿騒ぎをしているテーブルがあるようで、いつも以上に賑やかだ。
「クソガイド!」
今の今まで忘れていたが、あの妖精は本当に使えない! どこがこの世界のガイドなのか!
はじまりの塔から出て来てからというもの毎晩飲んでやがる! どこの世界に神の御遣いでアルコール中毒の妖精がいるのか。
思い切り息を吸い込み、口の横に手を添えてそして叫んだ。
「クロエえぇー!!」
突然の叫び声に目をまん丸にしてローゼリスが驚いている。
エドガーさんも、エイミーも、1階のフロアにいる人たちほぼ全員が、こちらを向いて驚いている。二階のどんちゃん騒ぎも心なしか静かになった気がする。そして何事かと二階の吹き抜け部分にいた数人の冒険者は身を乗り出してこちらを見ている。
「クロエぇ! 降りてこぉい!」
もう一度叫ぶと少し間をおいてから、クロエが二階の吹き抜けからふらふらと飛んできた。その手には相変わらず酒瓶を抱えてゆっくりと飛んでくる。
「ハルカ! 私、ちゃんと仲間を見つけてきたわよ!」
少し遠い距離から僕に喋りかけるクロエは頬を赤く染めて柑橘の爽やかな香りを振りまきながら僕の肩に腰掛けた。
「そうか、どんな飲み仲間を作ったんだ? 後で紹介してくれよ」
なるべく酷い言い方にならないように気を付けた。それでもきっとぶっきらぼうに、不機嫌なオーラを出しながら言ってしまっただろう。クロエは自分の大きさと同じくらいの酒瓶を魔法の力で傾けては喉を鳴らしている。
「なぁ、クロエ。今日は一緒にガイドしてくれるんじゃなかったのか? 一応選定者のガイドなんだろ?! どうしてそんな風でいられるんだよ?」
一度あふれ出した言葉は止まらない。
知っている。これは八つ当たりだ。僕が巻き込んでしまった人たちみんな僕の為に大なり小なり協力してくれている。
今だってそれに気付けるくらいには僕には余裕だってあるはずだ。これ以上望むのはそれこそ我侭だ。それでも、それでも僕は思ってしまう。
「なんでクロエが……ガイドが、一緒に居ないんだよ! ローゼリスも、エドガーさんも、サラさんも、他のレヴェラミラの人たちみんな、こんな僕の為に協力してくれているのになんでクロエはいつもそうなんだよ!」
言ってしまった。吐き出してしまった。後になって思えばこれはテュルカの見知らぬ誰かを犠牲にして僕の我侭を通す自分に対しての言葉のはずだ。
なんで僕が……僕だけが、力になれないのかと! ローゼリスも、エドガーさんも、サラさんも、他の皆が母さんを助け出すための手助けが出来ているのになんで僕だけ、僕だけは、他人を不幸にする事しか出来ないのかと……
そう言えば良かった。そう言えたはずだった。掛け違えたボタンは最後に留める場所が無くなってから気付く。注意して見ていたら最後のボタンを掛ける前に気付くことも出来たはずなのに……
「あたし……あたし……」
クロエの瞳には涙が浮かぶ、僕の言葉に傷ついた妖精の少女の涙が僕の胸に突き刺さった。
酔いも覚めたように泣き始めたクロエは鼻水を啜りながら、涙を拭いながら、それでも零れ落ちる鼻水や涙を懸命に拭いながら喋ろうとする。
それでも嗚咽を漏らし、息を詰まらせながら呼吸するのがいっぱいいっぱいで喋れない。
「ほらほら見せもんじゃねーぞコラ! 文句のある奴ぁ掛かってこいや!」
突如二階の吹き抜けの手すりに男が飛び乗り、そんな調子で乱闘が始まったようだ。背中しか見えなかったが声の感じだとおそらくルガンさんだろう。
いつもの喧噪にもどった冒険者ギルドは僕たちの事などまるで見ていなかったように騒がしくなった。
どこからともなく現れたのはエドガーさんの弟のエドウィンさんだ。クロエに小さなブランケットを手渡し、それにクロエが包まったのを見てそっと手を添えてブランケットごとクロエを奥のバーカウンターへ連れていく。
視線で付いて来いと言われたのでぐちゃぐちゃな気持ちの整理もつかぬまま重い足を引きずるように後を追う。
「あなたも付いてくるのよ、ローゼリス」
僕らの後ろ、丁度二階の階段の所から声をかけてきた人がいた。
「なんでお母様がいるの?!」
「あら、言ってなかったわね? クロエちゃんは私の昔からの飲み友達なのよ?」
雪のように白い肌、そしてローゼリスより青みがかった髪色の妙齢の女性が近づきながらローゼリスと会話する。お母様? ローゼリスの? しかもクロエの友人と言っている。
「初めまして選定者殿、ローゼリスの母のセレスティル=クリストフです。この度は娘がお世話になる形でとても光栄でございます」
意味深にそこで言葉を切ったセレスティルは僕の返答を待っているのだろうか、口を開きかけた僕を遮る様に指を伸ばし、僕の唇に触れた。
階段からここまではかなり距離があったがその距離は今はない。瞬間的に移動したのだろうか。動作もなにも分からなかった。気付いた時には僕の唇にセレスティルさんの細い指が当たっていた。唇に当たる冷たい感触はおそらくセレスティルさん怒気が漏れていたものだろう。
「口は災いの元。よくキヅナが申しておりました。男なら態度で示せ、ともね。さぁエドウィンが美味しいお酒を用意してくれているわ。行きましょう?」
唇に触れていた手はすでに肩に置かれており、そのまま回れ右をするように僕の背中を押すセレスティルさん。
そしてやはり肩に置かれた手は皮鎧の上からなのに氷のように冷たかった。
エドウィンさんはいつもの個室を一つ貸してくれた。
テーブルには涙が止まらないクロエ、戸惑うローゼリス、そのとなりに微笑みが崩れないセレスティルさん、テーブルを挟んで僕が一人座るという謎の構図だ。
いや、自分でも気付いている。さっきの行動は最初から最後まで僕の八つ当たりであり、どうしようもない苛立ちをただただクロエにぶつけただけなのだ。
エドウィンさんが個室に戻ってきた。外は夏のような暑さなのに冷える個室の中に合う温かいお酒だ。檸檬の甘酸っぱい匂いとミントのすっきりするような香りと湯気が部屋を徐々に満たしていく。
「さすがエドウィンね、お兄さんとは似てなくて本当に気が利くわ。これが終わったら私に炎酒のロックを持ってきてね」
黙ったまま軽くうなずくエドウィンさんはそのまま部屋を出ていった。
部屋を包む沈黙の中徐々に檸檬とミントの香りに包まれていく。
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