ダンジョン攻略開始
洞窟に入るとその広さに驚いた。
天井までは3メートル以上あり、横幅も大人三人が並んで歩ける程広い。そして入口から少し歩くと金属板と木の板が岩肌を隠し坑道を補強するように支えている。天井にも金属板と木の板が張り巡らされ、岩石や砂を押しとどめているのだろう。
坑道という単語がまさにこのダンジョンを表すような光景だった。第一層の構造は単純で次の階層までの1本道。途中分岐が1か所あるがそれも次の階層に行くフロアで合流している。
「ランタンの明かりって結構明るいんだね」
僕は早鐘を打つような心臓を落ち着けるために声を出してみた。それでも鼓動は早まるばかりだ。
「ハルカも緊張する? 私もここじゃないダンジョンには何回が入ったことがあるけどやっぱりダンジョンに入ると緊張するわね」
「ローゼリスは全然緊張なんかしてないみたいだけど、緊張しているの?」
「そりゃそうよ、やっぱりいくら地上から近い場所だって分かっていても人間を襲うモンスターがいる場所なんだから」
「この階層は大きな蟻と大きな芋虫のモンスターってクマ所長が言ってたけど、ローゼリスは戦ったことはあるの?」
「蟻の方は戦ったことがあるわ。ここにいる種類よりももっと大きい種類だけどね。魔法で倒すようなモンスターだけど、ここのモンスターは接近戦でも対処できるから私が対応するわ」
「芋虫の方は無いんだね、資料には糸を吐くって書いてあったけどちょっと怖いね」
「大丈夫よ、移動速度も遅いみたいだし、身動きが取れなくなるほど一度に糸を浴びないように気を付けましょう」
ローゼリスはモンスターの対処法をしっかりと抑えて移動を行っている。対して僕はローゼリスの背中に付いているだけだ。まったく情けなくなってくる。
ランタンの光に照らされ、補強された通路を進んでいく。大きく曲がる事は無いが緩やかにカーブする通路はとても静かでそして不気味だった。
通路の奥から何かが擦れるような音が聞こえた。
「ローゼリス! 何か聞こえる」
「ええ、私にも聞こえたわ」
声のボリュームを抑えながら周囲を警戒する。無いとは思うが後方も念のため確認する。
ずずず、ずずずという何かが這う音と共に奥の方で何かが蠢く。
「モンスターよ! 注意して!」
ランタンを高く掲げてみると成人男性と同じくらいの芋虫を大型犬くらいのサイズの蟻が2匹で通路の奥へと運んでいる途中だった。
まったく距離感やサイズ感が分からなくなる光景だ。
「蟻も少数だから倒せるわ、合図したら炎の魔法を芋虫に当てて!」
「了解!」
僕は左側へ、ローゼリスは右側から挟みこむような形で攻撃の機会を伺う。一匹の蟻が加えていた芋虫から一度顎を外した瞬間にローゼリスが合図した。
マナを魔法陣に通し炎に変換して投射した。芋虫は一気に燃え上がり、噛みついていた蟻も火だるまになった。
顎を外していた蟻は触覚だけ燃えているがいまだ健在だ、すかさずローゼリスが両刃の剣で袈裟懸けに切り伏せた。
「流石は選定者ね、マナの取り扱いが凄いわね!」
「ローゼリスもあんな大きな蟻に切りかかって行けるなんて凄いよ」
互いの能力を目にして実際に敵を屠っていくイメージがなんとなく付くようになった。
そのあとも連携を確認しながら進んでいく。芋虫や蟻が単独で動いている場合は二人で交互に倒しながら先に進み、2匹以上いるときは単独になる様に誘導して対処した。そして辿り着いた分岐の箇所。
片方は今まで通りに壁面と天井が補強されており、もう片方はごつごつとした岩肌がみえている。
「予定通り補強されている通路を進むわ。話によると岩の奥に蟻の巣があるらしいから避けた方が良いわね」
「そうだね。結局また行くことになるしその時に倒しに行こう」
短く会話をしながら先に進む、モンスターに遭遇する頻度は高くなるが進む速度が落ちるわけでは無かった。しばらくして蟻の群れに遭遇した。一匹の蟻が一回り大きくその蟻は他の蟻に指示を出していた。
これまでのモンスターと決定的に違う群れを見て、僕らはゆっくりと後退していく。通路一杯に広がり、獲物を探す蟻の群れ。後方には指示を伝える蟻が控えている。
「大きな蟻を狙って炎で攻撃してくれる?!」
「分かった、そのあと正面の蟻を斬るからフォローお願いね」
「ええ、私も速攻で片づけるわ!」
僕はマナを少し多めに魔法陣に流し込み巨大な炎の帯を撃ちだした。轟轟と燃え上がりながら通路を焼き尽くす、魔法と共にとびだそうとしていたローゼリスが急停止しようと足を床に押し付けて炎の帯手前ギリギリで止まっていた。
「ごめん! やり過ぎた」
「いいえ、いいのよ。それにしても凄い威力ね。その魔法陣て初級のでしょ?」
回復アイテムと同じく預かったスクロールと呼ばれる魔法陣を書いた布だ。マナを通すとインクが消費されて消えてしまう消耗品。初級のスクロールは普通に使えば火の玉が3発放てる位はインクが持つと言われていたが今まで全て一回で消えてしまっている。
「そう聞いていたんだけど、今のって違う種類が混ざってたんだよね?」
「きっと初級のスクロールだよ。あんな使い方する人を見たことは無いけど」
「あははは」
乾いた笑い声が坑道に響く。プスプスと音をたて更には白煙まで燻らせて壁面の木板が黒く焦げている。
「この階層は問題なさそうね。きっと今のでこの通路は先の方まで安全になっているわ」
ローゼリスが言った通り、炎の帯は勢いを殺しながらも進んだようで、下の階層に移るフロア付近まで焦げ跡が伸びていた。
下の階層に伸びる階段は螺旋階段だった。フロアの壁に沿うように階段が伸びており、暗闇の中に伸びていた。
「かなり深いね。落ちたらマズそうだ」
「時々滑落事故もあるみたいだから降りるときは注意して降りましょう」
次のフロアへの階段も確認したのでダンジョンの入口に向かって歩く。ダンジョンに入ったばかりのような早鐘を打つような鼓動はなくなったが、今でも鼓動が大きいように感じる。
「ハルカ、どうだった。初めてのダンジョンは?」
「緊張したけど、少しこの雰囲気にも慣れてきたかな」
「やっぱりハルカは凄いよ。私なんか、また手が震えてるもん」
両刃の剣を鞘に納めて自分の腕が震えているのを確認するローゼリス。いくら訓練をしたとしても自分の命を掛けて剣を握り、命を奪いに来る相手を切り伏せるのはやはり違うのだ。相手は生き物だ、よくあるゲームの中の敵や小説の中の化け物とは違う。
震える手をぎゅっと握りしめ、呟いた。
「私はまだ生きている」
物悲しそうな表情で握りしめた拳を見つめている。僕は彼女を巻き込んでしまった。モンスターと戦う事はこの世界のルールや常識なのかもしれない。けれど特殊なこの状況に巻き込んでしまったのは変わらない。何が何でも彼女を守り切らなければ。
やらなければいけないことがまた一つ増えてしまった。いや、やらなければなんて言葉じゃダメだ。絶対守るんだ。母さんも、シハルさんも、そしてローゼリスも。僕に僕としての使命があるのならば、それはみんなを守ることだ。必ず守る。
「僕が守るから……」
決意を口にしてもう一度自分自身に言い聞かせる。
「僕が、皆を守るから!」
ローゼリスが白い頬を真っ赤に染めてこちらを見つめている。ランタンの揺らめきでローゼリスの瞳が煌めいている。
「うん、よろしくお願いします」
僕とローゼリスはダンジョンの中という事を一瞬忘れて見つめ合っていた。
「ごめん! 急に変な事言って」
「ううん、全然! だ、大丈夫だよ! も、戻ろっか」
ダンジョンの入口まではスムーズに戻ることができた。単体のモンスターと数回接敵したが、アイコンタクトだけでどのように連携するのかが分かる様になっていた。
明日からの本格的なダンジョン攻略に向けて頑張らないと。
入口の洞窟部分に戻ってくると熊が仁王立ちして待っていた。
「おかえり、二人とも! クワリファダンジョンはどうだったかな?」
熊の着ぐるみの中から籠った声が零れてくる。
「あっ、はい。すごく緊張しましたけど、ローゼリスのおかげで何とかなりました」
「ちがうでしょ?! ハルカの魔法が無かったらもっとギリギリだったって!」
互いに謙遜しあう変な空気のなかクマ所長の後ろからサラさんが現れた。
「ハルカ君! いつの間にローゼリスさんとそんなに仲良くなったのかな?! ちょっとお姉さんとお話しようか!」
サラさんに腕をグッと掴まれてダンジョンギルドの建屋の中に引き連れられていく僕。何か悪いことしたのかな、教えて偉い人。
「それじゃ、ローゼリスさんも向こうに行こうか」
すっとクマは腕を差出してエスコートしようとした。が、ローゼリスは何もなかったかのように返事をして駆け足でサラとハルカを追いかけていくのだった。
「ふっ、やはりクマの魅力は熊にしか分からないのだな」
誰も見ていないのに、クマ所長は本物の熊そのもののように四つ足でギルドまで戻っていった。
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