不思議な空間と美味しい立方体
冒険者ギルドの入口でエドガーさんと別れて竜鱗亭でローゼリスと昼ごはんを一緒に食べる予定だ。なぜ冒険者ギルドに入らなかったかというとクソガイドが二階で酒宴を開いているとエドガーさんから事前に聞いたからだ。
きっと出会い頭に木刀を叩きこみかねない。元の世界なら通り魔として捕まってしまうだろう。そんなことはしないけど。
向かった先の竜鱗亭はまさに戦場のようだった。朝食時よりも席の数が多く、さらにはテラス席まで増設されている。さらには厨房の中から怒号が飛び交いそれがBGMとなり、お客さんは笑顔でランチタイムを楽しんでいる。テラス席にはゆっくりと食事を楽しむお客さんがワイングラスを傾けながら魚料理を美味しそうにほおばっている。
立ち食い形式のカウンター席には定食のような形で一つのトレーに主菜副菜とバケットとスープが盛られたランチセットを食べるお客さんが多い。
それぞれの席がそれぞれのペースで回転して過不足なく回っていく。それらの状況に的確に対応する従業員さん達のレベルの高さが伺える。本当に凄いお店だ。
厨房内の怒号もこの繁盛している店を支えていると思えば頷ける活気だ。
「テラス席もなかなか空きそうにないわね」
ローゼリスが空いているテーブルを探すがなかなか見当たらない。
微妙に露出部分が多めの鎧を身にまとう冒険者スタイルのローゼリスはランチを食べる男性の注目を集めつつ混雑の中ぴょこぴょこと飛び跳ねながらこちらに近づいてくる。
うん。可愛いは正義だ。
「うーん、昼間にここに来たのは初めてだけど凄い活気だね。圧倒されるよ」
「そうね、今日は特に割引イベントをやっているから諦めた方がいいかもね。よかったら私がご飯屋さんを紹介するけどどうする?」
「待っていてもご飯食べるまで時間が掛かりそうだし、お願いしてもいいかな」
「分かったわ、その代わり高いわよ? 大丈夫?」
「多分大丈夫……白金貨で足りるかな?」
「あんた馬鹿じゃないの? 白金貨を使うようなランチがどこの世界にあるのよ」
「そうなの?」
「まったく、どんな金銭感覚の持ち主なのよ」
「あははは。ごめんね」
呆れられてしまったが、ローゼリスはそれでもどこか楽し気な表情で僕をお店まで案内してくれた。僕のずれた金銭感覚の話をしていたらすぐにお店についた。聞いていた話だと結構な距離だったらしいけどあっという間だった。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
「止めなさいよ! 私も客として来たのよ? そういうのは無し!」
「畏まりました、お嬢様。お連れ様もようこそおいで下さいました」
クラシカルな燕尾のジャケットを羽織り、身のこなしも流麗なフロントの店員が店の扉を開けるとそこはまさに異世界だった。天井一杯に広がる巨大なステンドグラスが視線をくぎ付けにする。その向こうには蝋燭のような揺らめく灯がこちらを優しく照らしている。逆に床一面の墨を零したような真っ黒な絨毯は草原を歩くが如くふかふかと足裏を押し返してくる。テーブルや椅子などの調度品も絨毯と同じく黒く統一されており、ステンドグラスと壁に掛けられた絵画が空間に彩りを与えている。
「ここってどんなお店なの? ご飯食べるところだよね?」
元の世界でもここまで不思議な空間は無かった。
「そうよ、元々は絵画の販売を行うギャラリーとして使われていた場所を改装して料理屋をしているのよ」
「そうなんだ。それでこの大きなステンドグラスの天井? なのかな」
「すごいでしょ? これを見せたかったのよ」
「お褒めに預かり光栄でございます。お嬢様、本日もメニューはコース1つしかございませんがお持ちして宜しいでしょうか?」
「お願いするわ、時間があまりないから一遍に持ってきてちょうだい」
「かしこまりました。それではごゆっくりお楽しみくださいませ」
それからは訳が分からないキューブ状の食べ物が一皿ずつ運ばれてきた。
白いお皿の中央に鮮やかな緑と赤の重ねられた立方体。
「前菜のサラダでございます」
お皿に乗って給仕され、なおかつ説明を受けなければ食べ物だとは思えない見た目のそれは、例えが悪いかも知れないが少し大きなレゴブロックのようだった。
「見た目はアレだけど美味しいから食べてみて!」
「分かった……」
ナイフを入れるとスッと通り抜け皿に当たった。フォークを使ってレゴブロックのようなサラダを恐るおそる口に入れた。その瞬間ふわっとトマトのような酸味とチーズのような滑かな舌触りが舌に広がった。噛むと葉物野菜のシャキシャキとした触感があり、フレンチドレッシングのようなまろやかな酸味も現れた。
「凄い……ぎゅっと詰まった料理だね」
「驚いた? 手間もかかるし見た目も不思議だけど味はまともなのよね」
「お褒めに預かり光栄でございます。お嬢様」
「いい加減やめなさいよ、他のお客もいるんでしょう?」
「失礼いたしました。次のお皿をお持ちいたします。少々お待ちください」
ウェイターの彼はローゼリスとはどんな関係なんだろう。年齢はちょっと離れているようだけどとても仲がよさそうだ。
「そういえば、お母様の情報が手に入ったかもしれないのよね? 良かったじゃない」
「ありがとう。でもまだ本物の母さんか分からないし、それに……」
「それに? なによ」
「本物の母さんかもしれないけど、それが僕には判断出来ないから……」
「そうなの……」
どうしてだろう、何も情報が無かった時よりも進展しているはずなのに、ネガティブな思考になってしまう。二人とも黙ってしまいただただ時間が流れていく。そこへ別のテーブルから一人の男がやってきた。
「あれぇ? ローゼリスじゃないか。俺に会いに来てくれたのか?」
整った顔立ち、如何にも貴族といった豪華な服装。それでいてどこか間の抜けたような喋り方は少し残念な雰囲気を醸し出していた。
「ようやく婚約者にあいさつに来たってわけか」
「バルバロッサ伯爵、私は貴方と婚約をした覚えなどありませんが」
「まぁそう照れるな。学園では皆が言っていたではないか、お前が私のことを好いていると」
なんだろう、勝手なことを言っているからムカつくのだろうか。それともローゼリスに言い寄ってきているのに腹を立てているのだろうか。自分の中のもやもやした気持ちがこぼれだしそうなのを何とか持ちこたえた。
「ローゼリス、そちらの方はどなた様なんだ?」
「相手にしなくていい、時間のムダだわ」
「おいおい、未来の旦那様だろうが。そんな俺にその言い方は無いんじゃないか?」
ダメだ、もやもやした気持ちがイライラに変わってくるのが自分でも分かる。
「未来の旦那様かどなた様か知りませんが、彼女は嫌がっているみたいですよ? 嫌がっているのは分からないんですか?」
僕の軽い挑発にも動じない。とりあえず理性はまだあるようだ。
「お前こそ誰だよ。ローゼリスもテーブルを間違えてるんじゃないか?」
整った顔立ちの嫌な奴は、尤もな事と馬鹿みたいな冗談を並べて言った。感覚的にあまり友達になりたくない人間だと思いながら僕はイライラする気持ちに蓋をした。
「私はハルカと一緒に食べているの、貴方も意中のお相手と来ているのではなくて?」
ローゼリスの言葉で端正な顔に青筋を立てて怒りをあらわにした。それでも怒りをぶつける訳でもなく、ふっと鼻で笑い身を翻して立ち去ってしまった。
テーブルに戻ると先ほどの男に何処か似ている顔立ちでより軽薄そうな女性がこちらを見て微笑み、ひらひらと手を振っている。
「あの子も大変ね」
手を振り返すローゼリスはそんなことを呟いた。二人とも知り合いだろうか。
「あの男は……」
なんだか彼氏ぶったつもりで聞いてしまった気がして途中で言葉を切ってしまった。情けない男だ。
「ごめんね。あの男はバルバロッサ伯爵、若くして伯爵の爵位を授かった天才よ。ダンジョン討伐の作戦指揮を取って被害を最小にして解放を行ったのよ」
「凄い人なんだね」
態度や言動には問題がありそうだけどね。と続けなかったのはウェイターの彼が次の料理を運んで来てくれたからだ。
「ありがとう」
僕は彼に感謝を伝えると、変わらず流麗な動作で膝を曲げて優雅に会釈をしてそのまま去っていった。口は災いの元と良く言ったものだ。自らの言葉でそれを体現してしまうところだった。態度で示す彼のような人間になりたいと僕は思った。
何とか落ち着いた僕を見てローゼリスがどうしたのという顔でこちらを見ていることに気付いた。
「ウェイターの彼はとっても素敵な方だね。僕も見習わないとと思ったんだ」
そのあとは、先のバルバロッサ伯爵と連れの女性とローゼリスの通っていた学園の話をしながらなぜバルバロッサがローゼリスを婚約者と言っていたのかという事のあらましを聞いた。
学生の内によくある誰が誰を好きだ。なんていう噂が立って大変だったという事だ。噂とは怖いものだ。僕もこっちの世界では女性関係には気を付けないといけないと思った。
いや、真剣にこっちに来てから何かオカシイ。本当に注意しないと……
学生の頃のローゼリスに会いたかったと冗談を言っていたら今度制服を見せてくれるという話になった。やっぱりオカシイ。注意していたはずなのに……
そのあともレゴブロック状のメインディッシュからデザートまで運ばれてきたがどれもこれも不思議な食感と不思議な体験をさせてくれる料理だった。
一番驚いたのがデザートで、スプーンの上に小さなレゴブロックが乗せられており上から鮮やかな色のソースが掛かっていた。
口に入れて噛もうとしたらパチンと弾け、暖かなチョコレートが香ばしいカカオの香りとともに口いっぱいに広がった。例えると、濃いフォンダンショコラのような味わいだった。
癖になるこのデザートはこの店の看板メニューらしい。
少し物足りない気持ちもあるが時間もないのでこの店を後にした。
「凄く不思議な体験だったよ。変な話だけど別の世界に行ったみたいだったよ」
「ふふふっ、おかしいね。本当に異世界に迷い込んだハルカが別世界に行ったみたいっていうのも」
言われてみればそうだった。僕はレヴェラミラに迷い込んだんだった。
「そうだね。ちょっとおかしいね」
僕らはその後も道すがら二人で談笑しながらクワリファダンジョンに向かう馬車まで歩いていくのだった。
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