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夢に見た世界

 瞬きをすると知らない場所だった。


 真っ白いシーツに薄い布、白い部屋に白い天井


「こ、ここは?」


 ずっと声を出していなかったようで、のどの奥がくっついているのがわかった。


「ハルカくん? 気が付いた? よかった」


 看護師の恰好をした綺麗なお姉さんに声をかけられた。



「ここはどこ?」


「家の近くの市民病院だよ。ハルカくんは交通事故にあったんだ」


「えっ?」


 僕は驚いた、どおりで体があちこち痛いわけだ。


「あんまり激しく動いちゃダメよ。薬で痛みを誤魔化してるだけだからね」


 いや、もう少し強い薬でもいいと思う痛みだけど。


「お父様がさっきまではいらしたけど、どうしても外せない仕事があるみたいで出ていかれたわ」


 体をベットに預けながら呟いた。


「そうなんだ」


 昨日は出ていけと言われてたけど、一応心配はしてくれたのか。


「手紙と荷物預かっているから、手紙はここに置いておくね」


「ありがとうございます」



 何か仕事で大変なことがあったのかな、昨日は出ていけと言われてたけど。


 病室に一人残された僕は握りしめていたメダルを手のひらに乗せた。


「夢じゃなかったのか」


 きらきら光るメダルはひんやりとしていて心地よかった。


「いててて......」


 身を捩ると体中に痛みが残っている。


 特に左足に固定用のギブスが巻かれている。骨にひびが入ってしまったらしい。


 ケガをして動けないはずなのに向こうの世界では問題なく歩き回れた。もしかしたら、次に行くときにはケガをしているかもしれないな。


 まとまりのない思考も行き止まり。


 特に何もする事がなく天井を見つめる。



 父さんとの昨日の出来事が思い出される。


 そんなに怒るほどの事だったのだろうか。昨日は父さんにひどく怒られた。


 入ってはいけないと言われていた倉庫に勝手に入ってしまった。


 代り映えのしない普通の倉庫、目についたのはお母さんが使っていた園芸用具だった。


 何か大切なものを取りに行ったはずなのにそれがなんだったのか思い出せない。


 そんな所をお父さんに見られてしまった。


 父さんは自分にも、他人にも、そして子どもにも厳しい人だ。


 昨日、特に何か悪さをしていた訳じゃない。父さんとの約束を破ってしまった。


 それだけだ。


 たった、それだけなのに家を出ていけと言われてしまった。


 正直、今考えても、なんでそんなに怒ったのか分からなかった。


 突然怒られて、驚いているうちに父さんは家に入ってしまい。


 その後、僕は家を飛び出していた。


 あてもなく走り続けていたら交通事故にあってしまったのか、そんな感じだろう。


 事故の瞬間は思い出せないがその後の事は鮮明に覚えている。


 それにしても、夢みたいな世界だったな。


 僕には適正がなかったけど、きっと剣と魔法のあるファンタジーな世界なんだろうな。



 さすがに入院となったら保護者が出てこなければ無かったのだろうけど、きっと父さんの昨日の言葉は本気なんだろう。


 退院した後は、この先僕一人で生きていくのかな…...


 そんなことを考えると不安な気持ちでいっぱいになり、胸が締め付けられる気持ちがあふれてきた。



 お母さんがいなくなって、お父さんまでいなくなったら、僕はひとりぼっちだ。


 どうやって生きていけばいいんだろう。



 父さんも、母さんもいない。友達や親戚もいるけれど、世話をしてくれる程、頼れる人もいない。


 これから先、何年も生きていかなければいけないのにこの年齢で詰むとは思わなかった。


 いっそのこともう一つの世界で暮らしていこうか、きっと、今の生活よりもましだろう。


 向こうの世界、あのレヴェラ・ミラで生活することをもう少し真剣に考えてみよう。


 きっとお父さんも僕みたいな子供が一緒で、父さんの生活が縛られたものになって、我慢するくらいなら、そのほうがいいかもしれない。お父さんのためにもなるんだ。



 そんなことを考えているうちに、追加された鎮痛剤が効果を出し始めたのか、急な眠気が襲ってきた。



 もう一度あの世界へ行くんだ。そう思いながら瞼を閉じた。





「えっ戻ってくるの早くない? 何かあったの?」


 薄いピンク色の薔薇ドレスと蝶の翅を纏う妖精クロエは可愛らしいちいさな顔いっぱいに驚いた表情を描いていた。


「やぁ! ただいま! ちょっと事故にあってね。ベットの上だったからつい寝ちゃったみたい。」


 向こうの世界では折れているはずの足はこっちの世界では問題なく動く。というか、身体が軽い気がする。


「それにしても、こっちではちゃんと体が動くんだね。不思議だね」


「それはそうよ、こっちの世界と向こうの世界はまったく別の世界なんだから、って向こうの世界で体が動かなくなってたの?それって大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫、ちょっと事故にあっただけだから」


「ちっとも大丈夫じゃないじゃない!!」


 クロエは呆れたように驚いている、そんな表情も可愛いと思ってしまった。説明ヘタクソだけど。


「もう病院にいるしすぐ退院できるよ。」


「そうなの?ハルカがそういうなら大丈夫かもしれないけど、いい?こっちの世界とつながったまま向こうで死んでしまうと、こっちの世界で生きなければならなくなるわ。」


 向こうで死ぬとこっちで生活しなきゃいけない?


「それが何か問題なの?」


「えぇ、問題よ! 向こうの世界であなたがいたって事が無くなってしまうのよ。」


 相変わらずクロエの説明は肝心なところが抜けていてざっくりとした説明だ。


「だって向こうで死んだ時の話でしょ? 居たことがなくなるって、普通の事じゃないの?」


「違うわよ、普通なら、死んだ後も誰かの記憶に残るけど、それがまったく無くなるのよ。」


 なるほど、こっちの世界と繋がったまま向こうで死ぬと向こうの世界での存在自体がなかったことにされてしまうのか。


 そんなことを聞かされると急に不安になった。さっき病室のベッドの上で感じたような不安をこっちの世界でも感じた。



「良い?親しかった人も、家族も、お隣さんも、学校の友達も、みんなあなたの事が思い出せなくなって、やがて忘れてしまうのよ」


「それはどうしてそんなことになるの?」


「分からないわ、もともと違う世界がつながる事自体が謎なのよ。こちらの世界でも同じことが起きているから、それは確実。でも、こちらの世界で死ぬってことは、向こうにも還れなくなるってこと、だから、あなたたち迷子ロストはこっちで命を失う前に向こうの世界に還らなければならないの」




「そう、僕の居場所はやっぱりどこにもないんだ」


 僕は得体の知れない徒労感を味わいながら、元の世界に戻りたくない気持ちをうまく扱えないでいた。


「なんだか疲れた」


「なら少し休みましょうか。私も久々のガイドで迷子の世界、向こうの世界の話も知りたいし。」


 クロエはそういうと僕の話を聞くふりをして、”こっちの世界ではね。”とレヴェラ・ミラでの世界のことを自慢げに話してきた。



「ハルカの世界は科学というのが進んでいるみたいね。それにしても、なんだか魔法でやればいいのにって事がたくさんあるわね。」


 魔法なんて便利なものがないから人間の叡智を結集させて科学を発展させてきたんでしょ?なんて言っても仕方がないと思い口には出さなかった。


「こっちの世界でも魔法の元になるマナは扱い易いエネルギーでしょ? しかも生物から直接つくりだせて、詠唱や魔法陣なんかで、自由になんにでも作り変えることができる、あなたは元の世界に還ったら魔法を使えるようにするべきよ。」


「わかったよ、試してみる。どうやって魔法を使えるようになるの?」


「マナを操る魔力器官を鍛えることと、魔法について勉強することね。詠唱や陣が描かれた呪符を用いて使う事が多いわね。一部の迷子ロストが詠唱を省略して簡単な魔法を使ったりするけど、これは才能がないとダメなやつね。」


「簡単なやつでいうと、これね!」


 得意顔のクロエはタレ目な瞳を閉じて、フーッと息を吐き集中した。


「≪サラス・エルドット・水よ生じろ≫」


 クロエが呪文のようなものを唱えると、空中に魔法陣が描かれて、その中心から直径5センチくらいの球状の水が空中に現れてそのまま浮遊している。


「これは基礎魔法で、迷子ロストに関して言えば適正とか関係なく使える魔法よ、あなたたちはこういうところ神様にひいきされてるからね」


 うん、やっぱ説明が雑だ、むしろ説明してないし。

 詠唱する事で魔法陣を生み出して、そこにマナを送り込む事でマナが魔法として発現する、みたいな感じかな?まぁいいや、後で練習してみよう!


 ひとまず魔法は置いておいて、クロエの言葉を拾っていく。


「へー、なんとなく分かってたけど、やっぱり神様がいるんだ」


「当たり前でしょ? この世界の神様はいろいろな姿やかたちで存在しているの。それこそ数えきれない程の神様がいるのよ。神様もいい神様もいれば悪い神様もいる。」


 なんだか日本の神道ににているのかな、それとも人型の神様がどろどろの愛憎劇を繰り広げる系かな。ネットのにわか知識とゲームから仕入れた知識では図れない信仰の話でも、どうしてもそっちの方向に思考が向いてしまう。


「それぞれがそれぞれの個性を持っているんだ。君たち人間と同じようにね。そしてその力の一部を貸しているのさ。その代わりに僕らは神様に祈りを捧げ、マナの一部を神様に預けているんだよ。」


 うん、ファンタジーな感じだ。もう深く考えるのはやめておこう。


「神様の力が強くなれば祝福をもらえるし、祝福が重なっていけば新しい力を使えるようになるんだ。といってもどれも一朝一夕には得られない力だよ、それじゃ練習してみようか」


 説明は雑だけど、なんだかんだで察しの良い妖精と魔法の練習を始めた。


 魔法を使うのは難しいと前置きをしたくせに、相変わらず今日の晩御飯をつくるノリで話を進めていくクロエ。やはり世界異文化についての隔たりを感じた。



 ①まず、水の神様に祈りを捧げます。


 ②マナを流す陣を地面に描きます。


 ③そして陣のこの部分に手をついて、陣にマナを流し込みます。


 ④はい、基礎魔法の出来上がり。


 本当にガイド何だろうか、不安を覚えてしまいそうだ。


 僕の心配をよそに真剣な表情で指導してくれているクロエ。


 可愛い外見に真剣な表情が素敵だ。


「右手からグッと左手まで血液を届けるイメージだよ」


 うん、やっぱり残念だ。


「少し集中すれば少しづつ感覚がつかめるかな、」


 適正もまったくないわけじゃないからね。


 はじめは糸のようなものが指から出たように感じた。

 徐々に糸が太くなっていくイメージがつかめたところで変化が起きた、陣が薄く青く光りはじめた。


「ちょっと! す、凄いじゃない! 一発でここまでできるなんて! 私、適正見間違えたのかしら。」


 クロエは驚いた顔でそんなことを言っている。


 光は徐々に強くなっている。加減がわからない、はじめは細い糸のようなイメージだったのが、今はしっかりとしたロープくらいで手と手の間をつないでいる。


「それじゃマナがあふれる前に呪文を唱えましょう、さっきに言葉覚えてるわね。」


「うん、やってみる!」




≪サラス・エルドット・水よ生じろ≫


 薄く光っていた魔法陣が強く光り、目の前には大きな水の塊が発生した。


「こ、これは魔法使いの中でも特に力が強い人間にしかできないウォーターウォールと同じようなレベルね。」


 おそらく直径2メートルはあるだろう水球が発生した。


 もはやそれは水を発生させる魔法ではなく、防御魔法か攻撃魔法のようだった。


 クロエは早々に僕へのレクチャーを放棄した。「世界とマナ」という本と「元素魔法入門」という、2冊の本をクロエからもらった。その本に書いてある元素魔法と呼ばれる火と水と風と土の元素魔法の祝福を取得出来た。


 本来であれば得意な元素と苦手な元素があるようだったが、なぜかすべての元素を同じように扱うことができた。


「おかしいな、絶対魔法使いの適正が高いのに、なんで村人なんだろう。」


 そんなクロエのつぶやきをよそに今度は回復魔法に取り掛かる。


 これは元素魔法とは別に人体の機能を高めるための魔法であり、医療の知識が必要になる分野らしい、しかし、基礎はそういったものは関係なく、手のひらに陣を描き、そこにマナを流すというものであり、陣が光れば治癒魔導士の適正があるとのことだ。


 そして元素魔法の時と同じように陣に集中し手のひらにマナを集中させた。


「えぇーっ! なにそれっ!」


 クロエが大声を出すのも無理はない、僕もびっくりした。


 陣が光りだしたと思ったら、手のひらを包み込むほどの範囲で光があふれだした。


 治癒魔導士の適正を持っている迷子は少ない。人体の構造や医療の知識を持っている少年少女が少ないからだそうだ。


 そして治癒魔導の陣はマナが通りにくいことで有名らしい。


 基礎魔法や回復魔法の祝福を受けてすぐなのにここまで強い力があるものはめったに居ないらしい、


 だんだん調子に乗ってきたクロエはこれも試してみる? なんて一冊の本を取り出した。


 時空間魔法の存在と証明というなんとも仰々しい名前の本だ、

 レヴェラミラの歴史上で唯一、ギフトと呼ばれる特別な能力があった。それが、空間収納というギフトだった。


 それはどのような仕組みでうごいているのか、さっぱりわからなかったが当時の天才たちがこぞってその謎を解き明かそうとした。


 しかしその夢は叶わなかった。


 しかしこの本、存在と証明の著者はなんとか時空魔法という分野を開拓し、仮説をたて、検証し続けた。



 その結果、時間の歪みに吸い込まれていなくなってしまった。そしてその本だけが残ってしまった。


 いわばミステリー小説のような内容で書かれているそれは冒頭に一つの陣が記載されている。


 どんなジョブの者も一度も起動させたことのない陣らしい。


 そんなものが、村人たる僕が使えるわけが……



 なんという事でしょう! いままでの陣とはくらべものにならないくらいの緻密さで描かれている陣が光っているではありませんか。


 陣は安定しており、真っ暗な空間が魔法陣の中に存在するのが伺える。


 魔法陣の上に光があふれ、その中心は影が落ちている不思議な光景が目の前に広がっていた。


「あははは」


 クロエは顔をひきつらせながらこれは見なかったことにしようといって本を閉まった。




 今日はゴブリンを倒す。というか殺す。


 表現の違いとして倒すと、殺すはまったくもって違うもの、そして昨日殺したモンスターのスライムはモンスターらしいモンスターだ。殺すという罪悪感はほとんどの場合で起こりにくい。


 でもそれがどうだろう人の形に似たモンスターを倒すことはできるのだろうか、


 ゴブリンには炎の元素魔法が有効だ、そういうこともあって魔法の習得をしたわけだ。


 しかし、魔法のいいところであり、悪いところでもある、自分がなにをしたのかが理解しにくいという事があげられる。


 簡単な魔法で生き物の命を奪うという事。それを行ったのが自分自身だということ。


 それを自覚するための試練でもあるのだろう。


 とクロエは説明は雑なくせに感慨深げといたようすでうなずいている。



「それじゃあ準備はいい?」


 第2層に行く階段を前にクロエが確認をとる。


 階段を上がるとすぐにモンスターが現れる仕組みらしい。


 魔法の手順を確認し、初級攻撃魔法陣の書かれた呪符を握りしめ、僕は階段を駆け上がった。

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