探し人の足跡
「こちらがテュルカ聖教教会のイニティ代表司祭、ミナート様です」
装備の調整を終えた僕はエドガーさんに連れられて聖教教会の司祭に会いに来ていた。
「初めまして佐倉ハルカと申します。本日はこのような機会を頂き誠にありがとうございます」
「これはこれはご丁寧に、エドガーの紹介ということでお会いしましたがあやつが居なくともお会いしたい御仁ですな」
白髭を蓄え、金髪と白髪の丁度境目のような髪色の長い髪の毛を後ろでゆったりと結び、典雅な装いをきっちりと着こなし、聖書らしき本を片手にこちらに歩み寄る高齢の聖職者。
「いやはや、ご高齢のミナート様にも伝わった様ですね」
「堅苦しい挨拶など、どうせこのエドガーに唆されたのだろう? ハルカ殿、貴方は選定者でしょう。そうなれば私なぞ取るに足らないクソ爺なんですから敬語は止めにしましょう」
見るからに温和な老人から”クソ爺”という単語が出てきたのがびっくりしたがエドガーさんの昔からの知り合いのようだし、見た目は温和だが少し尖った人物なんだろうと勝手に分析した。
「そういうわけにはいきません。確かにエドガーさんからは司祭に対しての礼儀を教わりましたが、僕がこうしたいのです」
「ほっほ。やはり良い子ですな。精霊達も加護を授ける訳ですな」
皺くちゃの目元にもっと皺を寄せて微笑むミナート司祭とエドガーさんはにこやかに会話を続ける。
「まだ喋れるくらいには生きておられるのですなミナート司教様」
「こらこら、いつになってもクソガキのままのエドガーが儂より先に死にそうな顔色じゃないか。どれ回復魔法でも掛けてやろうかの?」
「大丈夫ですよ、ミナート司教様。それくらいの判断も出来ない程耄碌されてしまったとは。そろそろ隠居でもなさったらどうでしょうか?」
「ぬかせ小僧」
「師匠もまだまだ青いですね」
すみません。まったく話に付いていけないんですが、二人は知り合いで今エドガーさんが師匠って呼びましたけど? どういうことでしょうか。
「ハルカ殿すみません。こちらのミナート司教様は私の師に当たる方なのです。見た目はこのような高貴な感じですが、中身は私以上の狂暴さを持っていますのでご注意ください」
「何を言っているのでしょうね。こんな老人を捕まえて失礼ですよね。それで今日は回復魔法について何かご質問があるようですね」
「はい! ぜひお伺いしたい事があるんです!」
人柄や立場、エドガーさんの知り合いだとしてもそんな事は関係ない、純粋に救いたい人がいるんだから。僕は改めてシハルさんを助けるという意志を固め、膵臓癌の事や元の世界の医療について僕が調べたことを元にミナート司祭に説明した。
「なるほど、その病気はこちらの世界でも前例がある病気ですね。こちらの世界ではあまり医療は発展していないので詳しくはご説明出来ませんが、時間遡行の回復魔法で対処が可能だと思います」
よし、前例があるというだけで希望が湧いてくる。
「まずは、それぞれの回復魔法について一度おさらいをしておきましょう。回復魔法には3つの種類があります。活性化・時間遡行・事実の消失の3つです。お手軽なのは活性化で、人体の細胞を調整して傷を修復したり病気を撃退したりします」
「次に時間遡行です。これは適正がある方でないと発動は難しいでしょう。最後は事実の消失です。これはスキルと魔法のハイブリットのようなものですが、私どもの抱える聖女様のおひとりが使う御業でございます」
そんなチートのようなスキルはやはり僕のようなその他大勢ではなく主人公補正のある人間に与えられるのだろう。異世界にきても世の中の不公平さを呪いたくなる。
「3種類の魔法はそれぞれ習得する為に何が必要ですか?!」
「そうですね、見ていただいた方が早いですな。それではまずこの魔法陣にマナを可能な限り注いでもらっても宜しいかな?これも訓練の一環ですな」
「やってみます」
ミナート司祭が渡してくれた魔法陣が描かれた布には魔法陣が五重になって描かれていた。両手を魔法陣の上にかざして意識を集中する。右手から左手にマナを送り出す様に魔法陣にマナを送り込んでいく。
一番中心の魔法陣がほどなく起動した。高度な回復魔法の起動式だろう、それに呼応するように残りの四つが発光し始めた。
中心の緑色の薄い光が魔法陣の上を踊り回る。二番目の魔法陣は薄い水色、3番目は青、4番目が紫、5番目は赤だった。しかしそれぞれの魔法陣はどれかが光るとどれかが消え、持てる限りマナをつぎ込んだが全てを同時に光らせる事は出来なかった。
「流石ですな、この魔法陣に初めて挑戦したのにも関わらず全ての色を光らせるとは」
エドガーさんはいつも僕を褒めてくれるがこれは適性があるってことで大丈夫なのだろうか。
「お見事! あとはマナの総量を増やすことと、大きな出力をコントロールする事を覚えると時間遡行の回復魔法を覚えるでしょう」
「その、あとどれくらいで使えるようになるでしょうか?!」
僕はシハルさんを救えるかもしれないと思って興奮して聞いてしまった。僕の様子を見たミナート司教は首を横に振りながら僕を窘める。
「マナの総量は一朝一夕に増えるようなものでもありません。それこそレスツのようなものを使えば別ですが……それを使わせる程、儂もエドガーも耄碌しておりませんご容赦ください」
結果から言えば今はまだ使える訳もない段階だそうだ。そして、空気中のマナが皆無な元の世界で膨大なマナを消費する時間遡行回復魔法は夢のまた夢だそうだ。
「でもきっと何か方法はあるはずですぞ。希望は持たねば希望足り得ませんからな」
ミナート司祭はそう言葉をしめくくり、具体的なトレーニング方法と魔法陣と手順を纏めた一冊の魔導書を貸してくれた。
「ハルカ殿に神の息吹が吹かんことを」
去り際に祈りを捧げてくれたミナート司祭にもう一度お礼を言った。
「今日は本当にありがとうございました。また質問とかあったらココに来てもいいですか?」
「もちろんですぞ、こんなクソガキと一緒ではなくおひとりで来られても歓迎いたしますぞ」
「ミナート司教様、あなた様はいつもスケジュールというものをお忘れになられますからね。下の者はさぞ苦労されているでしょう、困ったものですな」
「なにを言う、今では儂を慕う素晴らしい聖女様までいるのだぞ。貴様こそもっと儂を敬うがいい……」
「どうかしましたかクソ師匠様」
「そんなことはどうでも良い。ハルカ殿。ミユキという名に覚えはありませんかな?」
「ミユキさんですか?確かに元居た世界にある名前だとは思いますが、僕の知り合いにはそんな名前の人は居ませんが」
「そうですか、これは失礼いたしました。いや、先ほどハルカ殿がされた困ったような顔の笑顔がどうも儂の知り合いの聖女に似ていましてな。気のせいのようですな」
え? それって……
「母さん?」
「まさか? そんなことが起こるわけがない」
「師匠、そんな偶然が起きるかもしれないのがこの世界ですよ」
「そうだな、儂としたことが。ハルカ殿、その聖女はこの大陸にはおらんのだ。もし機会があるようならば儂が渡りを付けよう。時間が掛かるが構わないだろうか?」
「はい! 問題ないです!! よろしくお願いします!!」
シハルさんを助けるにはまだ時間がかかるかもしれない。でも何も情報が掴めていない母さんの情報が手に入るかもしれない。そう思うとどうしても気持ちを抑えきれないでいた。
そのあとは僕は浮ついた気持ちのまま色々な説明を受けたがほとんど覚えていない。エドガーさんに叱られたが、その内容もあやふやだ。本当に情けない。
「さっきはすみませんでした」
「ハルカ殿の気持ちも分かりますので」
それだけ口にしたエドガーさんは内容をまとめて竜鱗亭に届けると言ってくれた。
僕は気持ちがざわついたまま竜鱗亭の食堂へ向かうのだった。
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