現実世界の回復魔法
お、今日は窓のカーテンだ。寝返りをうったタイミングで目が覚めたのだろう。
今日はこっちでもやることがたくさんだ。
まずは魔力器官のトレーニング。意識を失うとどうしようもなくなるのでギリギリを見極めつつやっていく。
ベッドに張り付けられて早4日、すでに身体が動かしづらくなってきている。レヴェラミラで身体を動かしている分、戻ってくる度に違和感を感じてしょうがない。車椅子でも構わないからなんとしてでもシハルさんのところまで行かなければ。
そしてシハルさんの病状について確認を取りながら人体の構成についても勉強する必要がある。
クロエから教えてもらった情報だと回復魔法と一括りにいっても幾つか種類があるらしくマナを使って細胞を活性化し治療するタイプ、細胞を元の状態に戻すタイプ、そして事象の書き換えをするタイプの3つに分けられるらしい。
どのタイプも一長一短あるらしいが癌という病気を考えると細胞を元の状態に戻すタイプが適していると思う。そしてそれを行うために必要なのが人体の構造についての知識だ。その為にナツミに図書館で本を借りてきてもらうようにする。そして申し訳ないが黒江さんにも協力してもらいたい。
僕はナツミにメールを送信して今日中に本を届けてもらうことにした。メールを作っている内に朝の検診に黒江さんが来てくれた。まだ運は尽きていないらしい。
「おはようございます。今日は二日酔いじゃ無いですか?」
黒江さんは顔を赤くしながらこちらに近づいてきた。
「おはようございます。それと今日は二日酔いなのでもう少し静かにお願いします」
しまった。本当に二日酔いになっているとは思わなかった。ナースステーションが近いから聞こえないようにして欲しかったのか。なんだか知っている妖精ガイドに似ているみたいで可愛く感じてきた。
「ごめんなさい。本当に二日酔いになっているとは思わなかったです。仕事辛いんですか? 愚痴くらいならいくらでも聞きますよ」
なんとなくクロエと喋っているみたいになって軽口を叩いてしまった。
「大丈夫です。ただの飲み過ぎです」
会話しながら検診を進める黒江さん。
「ムカイ シハルさんって患者さんが入院していると思うんですけど、今って面会出来るんですか?」
検診の手が止まる黒江さん。
「ムカイさんと知り合いなんですか? 昔は近所に住んでたんです。家族ぐるみで遊びに行ったりしてました。同級生のアオイってのが腐れ縁ってやつなんですかね。ずっと一緒なんですよ」
「そうなんですね」
何か迷うように考える黒江さん。血圧を測る為に動かしていた手は止まってしまっている。
「出来れば会いたいんですが……難しいですよね?」
「分かりました。アオイ君と一緒だったら面会出来るかもしれないので聞いてみますね」
「ありがとうございます。それともう一つお願いがあるんですが……」
「私に出来る事はあんまり無いんですけど、それでも出来ることなら考えます」
「すい臓がんについて、知りたいんです」
「……他の患者さんの情報は教えることは出来ませんよ」
再び血圧計を腕に巻き始めた黒江さん。まあそうだろうな。話の流れからはそうなるだろう。
「違うんです。アオイの為に何か出来ることは無いかと思って、それで病気自体を調べたいんです。何か素人でも分かりやすい本とか、医療系の専門書でも構いません。何か出来ることが無いか調べたいんです!!」
今度は検診の手を休めずにポンプで空気を送り続ける黒江さん。無言のままに検診は進んでいく。
「お願いします。アオイにはシハルさんしか居ないんです! 僕に出来る事が何か少しでもあるならそれをしたいんです!!」
僕は思った以上に大きな声を出していたようで、黒江さん以外の看護師が入ってきて僕に落ち着くように説得してきた。結局黒江さんからは返事はなく、そのまま朝食の時間になった。
回復魔法の訓練は食事を取った後から始めた。自分の体内のマナが枯渇しないようになるべく身体の中を循環させるようにマナを巡らせ魔法陣を最小の大きさで起動する。
昨日よりは長い時間マナを操作することが出来るようになった。そして若干だが事故で受けた肋骨のひびの痛みが収まっているような気がする。検査がメインだった入院期間がもっと短縮できればいいんだけど。
夕方になってナツミが本を届けてくれた。人体の構造を図鑑にしたものから、癌から奇跡的に回復した人の体験談など幅広く15冊程集めてくれた。
その本だけ届けてナツミはそそくさと帰ってしまった。やはりアオイと会うのが気まずいのだろう。僕は人体の構造を描いた図鑑を見ながら膵臓がどの位置にあり、どのように機能しているのかを本に食入る様に読破していった。
そんな中、僕が読書に夢中になっている間にアオイが僕の病室に入ってきていた。
気付いた時には椅子に腰掛けて前回読んでいた漫画の続きを読んでいた。
「うぉ! びっくりした」
「おう。邪魔してる」
アオイは漫画から目を離さずに返事をしている。
「声くらいかけてくれよ」
「一応掛けたよ、返事なかったからとりあえず座っておいた」
「そうか……」
僕が呟いた後にはアオイの持つ漫画が出す紙の擦れる音だけが病室に響いている。
「ハルカ、母ちゃんの見舞に来たいんだって?」
黒江さんが伝えてくれたのかな。朝はごたごたしてたけどちゃんと伝えてくれたんだ。
「出来れば会いに行きたいと思ってるんだ」
「お前こそベッドに張り付けられてるけど大丈夫なのかよ」
「ちょっと意識が戻るまで時間が掛かったから安静にしてないとダメなんだけど、怪我自体はそんなに酷くないよ」
「そうか、動けるようになったら会いに来てくれ。母ちゃんも喜ぶから」
「ありがとう、車椅子でも良いからベッドから抜け出せるように頑張るわ」
そのまま僕らは無言で本を読み続けた。
「それじゃ、俺は母ちゃんのとこに戻ってそのまま今日は戻るわ」
パタンと漫画を閉じたアオイは苦笑いをしながら僕の病室を出ていった。
「またな……」
そう、僕はアオイの背中に声を掛けるのが精一杯だった。
必ず、シハルさんを救ってみせる。そして母さんも見つけ出すんだ。僕は必ずやり遂げる。その為にはどんなことだってしてみせる。僕は人体の構造図鑑の肋骨部分を見ながら自分の肋骨に手を当てて回復魔法を発動させる。淡い緑がかった光が明滅しながら胸の下あたりを暖かく照らす。昨日より断然魔法が使えるようになってきている。
絶対にシハルさんを治すんだ。
夕食を持ってきてくれたのは黒江さんだった。
「佐倉さん、夕食ですよ」
いつも通りの黒江さんが食事を配膳してくれる。
「朝はごめんなさい。僕もどうかしてました」
僕は朝から騒いで迷惑を掛けてしまった。もう謝る事しかできないし、許してもらえるかも分からないがそうするしかないんだ。
「大丈夫ですよ、お友達のご家族の心配をしていただけですからね」
黒江さんの言葉は内容こそ許している感じだが、声のトーンからは距離を感じる。
「どうしても助けたいんです。僕にしか出来ない事だから」
黒江さんは冗談半分に聞いているだろうが僕は伝えるしかないと思った。
「僕なら助けられるかもしれないんです。だから、力を貸してくれませんか?」
「そうですね、アオイ君には伝えましたよ。アオイ君も佐倉さんが動けるようになったら面会出来るようにしたいって言ってましたよ。私が出来るのはここまでです」
やはり黒江さんは朝の事を気にしている
「ありがとうございます。でも、やっぱり何か教えて頂けることは無いでしょうか? ほんとに些細なことでもいいんです」
黒江さんは溜息を付きながら僕を見つめた。
「しつこい男性は嫌われますよ。まだ若いうちからそんなんだと将来が心配です。それにもう頑張ってるじゃないですか、この本だって一日二日で読める量じゃないですよ?」
黒江さんは僕が読んでいた癌の本を一冊手に取り中身をぱらぱらと眺めている。
「僕にしか出来ない事があるんです……」
回復魔法の事を伝えるべきか、伝えないべきか僕は迷った。信じてはくれないと思うし、僕がそう言われたとしたら病院に行くことを勧めているだろう。だけど言わないと伝わらない。
「もうしているじゃないですか、この本だってナツミちゃんが私のところに来ておすすめの本を聞いていったんですよ?」
まさか、ナツミがそこまでしてくれているとは思わなかった。僕はなんでも良いから本を借りてきてくれと頼んだだけだ。
「周りの人を動かすくらい佐倉さんの気持ちがあるのは分かりました。でも……それでも出来ない事もあるんです」
黒江さんは泣きそうな顔で答えてくれた。出来ない事……それは僕にシハルさんの事を教えてくれることなのか、それともシハルさんの病気自体の事なのか僕には分からなかった。
「すみません、もう必要なことを教えてくれていたなんて……本当にごめんなさい」
僕は黒江さんに謝ってばかりだ。これ以上迷惑を掛けるわけにも行かない。あとは僕自身が頑張らなければ。
「それじゃあ食べ終わったらまた来ますね」
「ありがとうございます」
僕は黒江さんに伝えきれない感謝をもどかしく思いながら病院の食事を平らげた。
黒江さんに感謝を伝え、まもなく消灯時間となった。
枯渇するギリギリを感覚的に感じ取れるようになった僕はその状態をキープしたまま深い眠りについたのだった。
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