お酒の魔力とレヴェラミラの女性たち
夜の竜鱗亭の食堂は朝の賑やかさとはうってかわって各テーブルの蝋燭の明かりと壁際の間接照明だけで照らされておりテーブルの数も減り、高品質な空間が演出されている。
給仕をしているスタッフの人たちも立ち振る舞いが何か違う。きっと歴戦の冒険者のような無駄の無い身のこなしだ。
「さてと! それでは皆さん自己紹介からはじめましょうか!」
こんな雰囲気の良い場所でも何も変わることなくクロエが元気よく仕切っている。周りのお客さんも、クロエが見える人もいたようでとても驚いている。
「サクラ・ハルカです。迷子でついこの間レヴェラミラに来ました。18歳です。選定者としてここには母親を探しにきました」
「はい! いろいろ質問したいと思うけど次ね。サラお願い」
ローゼリスとサラさんが開きかけた口をクロエが先に閉ざす様にしてしまった。
大丈夫かな?
少しの間を置いてサラさんがおずおずと短い自己紹介をする。
「サラ・ツインバウム。ダンジョンギルドの管理官をしているわ。ハルカとはその時に知り合って、その、あの、色々お世話に……」
いや、間違ってはいないけど……言葉に含みがたくさんあって色々誤解がうまれそうな。ってローゼリスさん?! なんで泣きそうなの?!
「ローゼリス・クリストフ。イニティの管理を任されているクリストフ家の者よ! ハルカも知っているでしょ?!」
潤んだ目と震える声で僕にすがる様に話すローゼリス、なんでこうなった。恋愛初心者にこれは難易度が高すぎる。ここは元の世界の小説によく登場する何も気付かない鈍感系主人公を装ってスルーするしか、ないっ!
「さっきクロエから聞いたよ! 失礼な呼び方をしてごめんね。」
「良いのよ! まだこっちの世界に来たばかりで何も知らないんでしょう? だったら、私がイニティを案内してあげるわ!」
震える声を抑え目元を拭いながら気丈に振舞うローゼリス。気の強そうな子なのに意外と繊細なんだな。てかぐいぐい来すぎだろ! 頑張れ僕のスルースキル!!
「クリストフお嬢様。申し訳ありませんがハルカさんにはクワリファダンジョンの解放を行っていただく事になっておりまして、明日は講習が無いのでそちらに取り掛かっていただく契約になっております。」
サラさん? なんかちょっと怒ってます?! 確かに講習はないですが、明日は確かダンジョンに入る準備をする日だった気がするのですが……
ダメだ、全然スルースキルが活躍しない。なぜこんな素敵な女性に好意を抱いてもらえるようになったんだ。というか僕の勘違いだな。そうだ。こんな綺麗なお姉さんと、可愛い系美少女が僕に興味を持つはずがない。
なんだ。僕はてっきりハーレムとか作っちゃう系主人公になったつもりでいたみたいだ。ちょっと気を付けないと勘違いで気持ち悪いとか言われるからまずいな。目を覚ませ僕!!
「ふたりとも! 落ち着いて!!」
そうだ、落ち着こう。落ち着くことが大切だ。クロエの癖にたまには良いこと言うじゃん。
「ハルカは私のものよ!!」
「「……そうなの?!」」
サラさんとローゼリスがクロエの発言に同時に反応した。クソガイドが! 紛らわしい事を言うなよ!
「そんな、ハルカ君はそんな趣味だったの? でも、やっぱり妖精とはあんなことは出来ないしね。大丈夫、まだまだ行けるわ! 頑張るのよサラ・ツインバウム!!」
サラさん? いや、結構大きい声だしてますよ?
「負けないわ! 私だって、ハルカの事もっと知りたいし、知ってほしいもの!」
ローゼリスは下を向いて自分に言い聞かせるように拳を握りしめ決意を固めたようだった。
俺の、スルースキル……どこに行ってしまったんだ。
唖然とする僕は三人の女性のそれぞれの思いを確認してしまった。いくらなんでも積極的な女性が多過ぎやしないだろうか、どうなってるんだこの世界は。
僕がこの世界を嘆いていると、料理を運ぶワゴンカートと共に竜鱗亭の店主マリナローゼさんがやってきた。
「いらっしゃい、ハルカ君こんな美人や美少女をウチに連れ込んで何しようとしてるんだい?」
マリナローゼさん!! 今はダメです!! それは一番ダメなやつです!!
「連れ込んで……何を……」
サラさんはそれだけ呟くと何処か遠い場所を見つめているようだった。そして大人しいと思っていたローゼリスは顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
「あら、違ったのかしら? それじゃあ皆の代わりに私がハルカ君のお部屋に遊びにいっちゃおうかしら?」
魅惑的な微笑みを湛えながらマリナローゼさんは前菜のサラダとスープをテーブルに並べる。
「ダメ!!」
「ダメです!!」
「ハルカは誰にも渡さない!!」
三者三様に反応するがそのあとの言葉は誰も続かなかった。
テーブルが竜鱗亭の料理で彩られ、とても美味しそうな香りが場に立ち込める。
「あらあら、モテモテねハルカ君。でも私の事もときどき相手してほしいな。それじゃあ次はメインを持ってくるわね。それとも部屋に私をサーブさせてもらっていいかしら。」
「マリナローゼさんも揶揄わないでください。僕はそうでなくても今はいっぱい一杯です。」
うふふと微笑みを残してマリナローゼさんは厨房の方へ戻っていった。なんでこんなクソガキが急にもてるようになったのか。本当にどうにかしてほしい。もう少し定期的に均等にチャンスを与えてほしいもんだ。
そんな事を考えているとテーブルに座る皆が僕を見つめている。
「えっ? 何? どうしたの?」
一人注目される方はどうしたらいいのか分からない。
「「わたし……」」
意を決したように口を開いたサラさんとローゼリスは同時に喋りだして、同時に言葉を詰まらせてしまった。今しかないと思って喋りだす。
「ほら! スープも冷めちゃいますし、ご飯にしましょう!」
手を合わせて竜鱗亭の美味しいご飯に感謝を捧げる。有難う、僕を救ってくれて!
前菜のサラダは脂の乗った白身魚を炙ったものを白い半透明の野菜で包んだものだった。一見すると生春巻きのようだったがカブやダイコンのような野菜で包んであるためシャキシャキとして歯ざわりの中から白身魚の淡泊でいてうま味の詰まった味わいが広がる前菜だった。
そのあとも、魚料理、肉料理、デザートとどれもこれも元の世界では口にする機会がなかったような贅沢な料理がテーブルを彩り、そして僕らのお腹へと収まっていった。
レヴェラミラでは飲酒は15歳から可能らしく、最初からテーブルに置かれていた果実酒をクロエを中心に皆で飲んでいる。
僕も一口頂いたがこの後エドガーさんのところへ行くので控えていた。柑橘系の爽やかな飲み心地のお酒だった。色も透き通っているので、レモン水と言われて飲めばそう感じるくらい飲みやすくほっとする味わいだった。
しかし、いくら飲みやすくともお酒はお酒だ。それを水のように飲んでいるクロエは早々に出来上がってしまった。この前の件と言い、今後はこいつに酒を飲ませたらダメだと僕は固く決意した。そんなクロエにつられて飲まされている二人も頬は赤く、目尻も少し下がってきている。
これまで無言で食事していたがクロエがローゼリスに絡んでいった。
「どうしてアンタは此処にいるのよ! クリストフ家っていやあ世界中立のゲートを納める大貴族様じゃないの。」
「知らないわよ! 貴女が連れてきたんでしょ?! 私は”あのエドガー様”に目を掛けられている同世代の方がどんな方なのかと思って声を掛けただけです」
”あのエドガー様”か。きっと知り合いなんだろう。今でもあれだけ格好良い老紳士だ、もし僕が幼い時に見掛けていれば憧れただろうな。ローゼリスは憧れている知人に手厚くされている僕の事が気になっただけのようだ……
僕がローゼリスの言葉からローゼリスの気持ちを推し測っているとクロエがまたもや騒ぎ始める。
「私はサラと一緒にハルカの良いところを語り合いたかったのよ! この前の続きからね」
ん? この前の続き? そんなの知らないぞ。頑張ってスルースキルを発動させていたがひっかかるフレーズが多すぎてつい気にしてしまった。
「クロエさん、クロエさん! ちょっとお尋ねしたいんですが。この前の続きって何のことでしょう?」
「ハルカには関係ないでしょ! どうせまた今日も帰っちゃうんだから!」
「え? なんかごめん。でもサラさんと二人で飲んでたりしたの?」
「ハルカ君、やっぱり私の事少しでも気にしてくれてるの? なんか嬉しいな」
小さな声でサラさんが何か呟いている。手にしたグラスの中を覗きながらえへへと可愛らしく笑っている。
「なんか皆お酒弱いんですか?大丈夫ですか?」
凄く心配になってきたんですけど、この感じ大丈夫なのかな?みんなの出来上がった様子を見ているとデザートを運んできたマリナローゼさんがまた声を掛けてくれた。
「なんだか凄いことになってるわね。そういえばエドガーさんに呼ばれているんでしょ?ハルカ君、私がこの子達を見ておくから先にエドガーさんの所に行っておいで」
すっかり忘れてしまっていた。エドガーさんから依頼書を貰わなければいけなかった。
「すみません、こんな感じですっかり忘れちゃってました。マリナローゼさん、ありがとうございます。」
「わ、わたしもエドガー様のところに行きたい!!」
ローゼリスが急に席を立ちそのまま外に向かって走って行ってしまった。
サラとクロエは小娘は敵じゃ無かったようねとなにやら怪しい笑みを浮かべて話している。なんかちょっといやだな。
「ちょっと、ローゼリス!! すみませんそれじゃ、この二人よろしくお願いします。」
マリナローゼさんにクロエとサラさんをお願いして、ローゼリスを追いかける。
店を出てギルドに向かう曲がり角で立ち止まっているローゼリスにぶつかってしまった。そして吹き飛びそうになるローゼリスを後ろから捕まえて、そのまま抱きとめてしまった。
「っと、ごめん!ローゼリス? どうしたの?」
本当はすぐ離すべきだったと思う。けれど涙を流しているローゼリスを見たら離してはいけない気がした。
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