妖刀と講習
「妖刀……」
赤で縁取られた眼がこちらの様子を漏らさず読み取ろうとしているのがキヅナさんから出ている雰囲気で伝わってきた。
僕はエドガーさんのアドバイス通りに渡された剣は迷わずに握る事にした。
触れた瞬間に足に力が入らずに膝をついてしまった。
「ハルカ?! すぐに離して!!」
クロエは必死に叫ぶが、握っている手が接着剤でも塗ったかのようにくっついて離れない。
「ク、クロ、エ……」
「いいから早く離しなさい!! 死んじゃうわ!!」
体中のマナが吸いつくされようとしている。そしてギリギリ僕が生きる事が出来るラインで止まった。これは後でキヅナさんから教えてもらった事だが、それを僕は身体で感じることができた。
「大丈、夫だ、クロエ、こいつは僕を生かした上でマナを吸い取ろうとしている。そんな感じがするんだ」
「おぉ、よく分かったねぇ、そうだよ。そいつは意思を持っている。そして、まだ生きていやがるのさ、だから全部は奪わない」
キヅナさんは目を擦りながら嬉しそうにニヤリと口の端を引き上げた。
「妖刀、つまりは呪いが掛けられた刀の事さ。こいつの場合は何でもかんでも吸い上げちまう呪いが掛かってるのさ」
「そしてこの木刀は鬼木から作られている。マナに対して特に吸い上げる力が強い。マナが枯渇した状態で訓練が出来るって代物だ。エドガーの旦那が此処に寄こしたって事は、おめぇさん、日本から来た迷子だろ?」
「はい、そうです」
エドガーさんは故郷が一緒の人を紹介してくれたのか。
「おいらの先祖も迷子でね。終の棲家に選んだ場所がこの上の建物さ、そんで元の世界じゃ割と有名な刀鍛冶だった。刀を打っては同郷の者たちの冒険の手助けをしてたもんさ。代替わりを何度も経てこっちでもそれなりに有名な鍛冶屋になったんだがなぁ。まぁ色々あって今じゃこんな有様だ」
ボロボロの作務衣に下駄をひっかけた恰好の事を指したのだろうか、それとも地上の家屋の事を指したのだろうか、どちらにせよ自嘲気味に語ったことだけは分かった。
「それで、今は上にあった一本だけしか売り物はねぇんだ。それであれは、お前さんには売れねぇ。そんでこの木刀を貸してやる。それを一日中振り回しても問題ない体力が付いたなら、お前さんがこの世界で何をしたいのかが決まるだろうよ。そしたら武器を作ってやるよ」
「あぁ、それと代金はエドガーの旦那からもう貰っているからな。なんにも気にしなくていいぞ。それとその木刀を納めておくベルトだ。これに挿しておけば歩くのには邪魔にならんだろう」
肩から腰までをぐるりと回る革製のベルトに収納するケースがついていた。そこに同じ皮のバンドが付いていて木刀を固定する仕組みになっている。
何とか木刀から手を剥がし、ケースに納めると少しだけマナが体の中から全身にめぐり、力が戻ってくるのが分かった。
「そいつもずいぶん懐いているな。お前さん、名前は?」
「サクラ ハルカです。」
「良い名前じゃねえか。今後もうちを贔屓にしてくれよ」
キヅナさんは含みのある笑みを浮かべながら木刀を背負う僕を見ていた。
「それはそうと、そろそろエドガーの旦那の講習だろ? まだ間に合うが、急がねえと遅刻しちまうぜ。」
「ええ?! エドガーさんが講師なんですか?!」
「何よ、ハルカ。知らなかったの?」
「クロエも知ってたの?!」
「ほら、訓練用の武器も頂いたわけだし、早く戻るわよ!」
「なんだかすみません。今度はちゃんと時間のある時に来るので、お仕事されている所を見学しても良いですか?」
「おうよ構わねぇぜ、それにゃあ早く身体を作ってくれよな。おいらとしちゃあ早く打ちたいが、今のお前さんが扱えるもんは作れないからよ」
「分かりました。毎日頑張るので待っていてください!今日はありがとうございました!」
先に階段を登っていったクロエの背中を追いかけて僕は走り出した。といっても3歩足を出したところで足がもつれて転んでしまったが……
「お邪魔しました……」
起き上がりながらも最後にキヅナさんにそう言い残して、恥ずかしさを誤魔化す様に少しだけ速足でクロエを追いかけるのだった。
「こりゃあすぐに素材集めに行かにゃならんな」
騒々しい客が去った鍛冶場で道具の手入れをし始めたキヅナは虚空を見上げて呟いた。
「ほらっ! あともう少しよ! 急いで!!」
「分てるって、分かってるけど、足が、足があがらなくて」
クロエが僕のパーカーの裾を引っ張って叫んでいる。
「もうだいぶマナは戻ってきているわ。しっかりして。遅れるわよ」
せっかくここまでお世話になっているエドガーさんの講習だ。ちゃんと最初から受けておきたい。しかし階段が長い。降りる時より登るときのほうが長く感じるのはきっと気のせいではないと思う。
なんとか長い長い階段を登り切り、時間ギリギリだが受付も済ませた僕は冒険者ギルドの隣のホールに入った。
ホールは階段状の椅子が並んだ作りだ。すこしゆったりとした映画館のような作りだ。そして前の座席から引き出して使う簡易テーブルが拵えてあり、講習の参加者は簡易テーブルを引き出して、テキストを広げて講習を受ける姿勢を見せている。
ホールに収容出来る人数は 一列20名の15列、二階席は分からないが1階席だけで300名前後が座れるようになっている。その内の半分くらいの席が埋まっているということは少なく見積もって100名くらいの参加者だ。
最前列は席が開いていないのでなるべく前で空いている席として3列目に座った。隣を一つ空席を開けてうさ耳のような長い耳をもった獣人の少女が座っていた。年齢は僕と同じくらいだろうか、全体的に色素の薄い、艶のある白髪で肌も雪のように白かった。いや、言い訳を一つだけしておくと、綺麗な女の子の近くに座りたかったのではなく、エドガーさんの講義をなるべく前で見たかったという気持ちには嘘はない。ただし下心も無くは無い。
時間丁度を知らせる鐘がなり、同時にエドガーさんが入ってきた。
壇上に立つエドガーさんは普段通りの素敵な老紳士だ。どのように生活したらあんなに良い感じの雰囲気が出せるのだろうか。
「それでは時間となりましたので講習を始めたいと思います。講師を務めるエドガーです。短い時間ですがよろしく。」
「それでは、テキストを開いてください。今回の講習は第一回目の講習ということで、冒険者の心構えと武器についての講義です。」
「冒険者は職業としてモンスターを狩る者達の総称です。その中には剣士もいれば、魔法使いも居ます。どんな高い適性を持っていたとしてもそれを正しく理解し、活用出来なければ冒険者としては3流以下です。今回の講習は剣の講習ですが、参加者の方は可能であれば他の技能の初級講習を受けることをお勧めします。
これはなぜかといいますと……そうですね、私が喋ってばかりでも眠くなりますので、そこのアナタ。三列目、中央の白髪のアナタ、そうです、アナタです。なぜ冒険者ギルドでは一つの技能ではなく複数の技能講習を受講するように案内しているかお分かりになりますか?」
僕の隣の女の子は当てられるとは思っていなかったようで慌てながらも立ち上がった。
「ローゼリス・クリストフです! 様々なモンスターがいるダンジョンにおいて相手の攻撃方法を知ることこそが、生存確率を上げる有力な手段だからです!」
緊張からか頬を少し染めながらも堂々と発表した彼女からは強い意志のようなものを感じられた。同じくらいの子なのにずいぶんしっかりしているな。彼女の答えを受けてエドガーさんが講習を進める。
「ありがとうございます。彼女が言ったように、冒険者ギルドが発行する依頼のほとんどがダンジョンに関わるものです。そしてそこで生き残る為にはモンスターの事を知る事、正しい知識が必要です。獣のようなモンスターもいれば、知恵のあるモンスターも居るのです。自分の攻撃手段としてだけ考えるのではなく、相手の攻撃手段として対策を考える事を訓練としてこの場で学び取って頂きたいのです。」
「前置きが長くなってしまいましたが、講習を進めたいと思います。それではテキストの10ページを開いてください。まずは剣という武器について知ってほしいと思います。剣とは相手を切る、突く、殴る武器の事です。古くは先の鋭い石を刃として使った記録も残っています。そこから進化し派生して金属を加工して現在の剣として広く普及しました。長さや形状も多種多様に進化しました。地域ごとでの特色ある剣が多く存在しています。」
すこし短めの剣を模した木剣を掲げて見せるエドガーさん。テキストは今朝一通り目を通していたので、エドガーさんをずっと見ていたが……一体いつどこからその剣をとりだしたのやら。もしかしてエドガーさんも”インベントリ”をつかえるのではないだろうか。
「それでは、ここにまったく同じ木剣が2振りあります。一般的な長さのものを用意しました。それではここで打ち合いをしてもらいたいと思います。今回助手としてサポートしてくれるルガンとサラです。拍手で迎えてください。」
ホールの最後列から歩いてくる二人、その不思議な組み合わせに驚きながらこれはエドガーさんが仕組んだ事だと想像した。
「それでは模擬戦を行いますのでお二人はこれを使ってください」
エドガーさんが二人に同じ作りの木剣を渡す。
「それでは、始めてください。」
広いホールを二人の闘気が駆け巡った。
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