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迷子の鍛治師と鍛錬

 胸のざわつきはレヴェラミラに来てからも収まる事は無かった。龍鱗亭のふかふかのベッドでシーツに包まるが胸の内側はザラザラとしたままで一向に良くならない。


 しばらくしてクロエが部屋に入って来た。


「どうしたのよ! そんなにシーツに包まってもベッドにはなれないのよ? それよりも今日は予定が一杯なのよ? まず訓練用の装備を早く揃えないと講習を受けても訓練が出来なくなってしまうわ!」


 ハイテンションなクロエは僕の気持ちを知る由もなく早口にまくし立てる。


「ついでにクワリファで使う防具も揃えちゃいましょう! バランスの良いハルカには……そうね! 付与が付いている皮の装備が良いわね! そうなると素材を良くしてそこそこの付与術式のものか、素材を少し抑えて良い付与術式のものにするか、ハルカはどっちがいい?」


 クロエの騒々しい雰囲気に当てられてシーツの中に包まっているのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。


「この前の白、白金貨……ぐへ……へへ……」


 シーツの外で騒がしくて邪な気配がこちらに近づいてくるのが分かる。


「ハルカー!! 今こそ白金貨さまを使う時が来たのよ!! 寝ぼけてないでさっさとでて来なさい!!」


 シーツを剥ぎ取られてしまい、無防備な姿をさらしてしまう。


「……ハルカ? どうしなのよ、泣いているの?」


 僕はいつの間にか涙を流していたみたいだ。


「ふーん、それで泣いていたの? とんだ弱虫小僧ね!」


 クロエの容赦のない言葉が僕を襲う。


「大体、ハルカとそのアオイって子は他人なんでしょう? そんなに落ち込む必要はないじゃない!」 


 クロエはとても単純な事を当たり前のようにきっぱりと言い切ってしまう。僕もそれくらい割り切れた性格だったらよかったんだけど。


「アオイは昔から一緒だったんだ、それこそ小さいときには家族みんなで一緒に出かけたりしたんだ。兄弟みたいに遊んだりして、家族みんなで出かけたりもしたんだ」


「人間は脆いのよ。心も、身体も、だから仲間を作って、家族を作って、互いに寄り添って生きていく生き物でしょう?」


 僕の呟きにクロエは律儀にも応えてくれる。


「そのアオイって子の問題とアンタの問題は別の物なのよ! ハルカにはハルカの問題があるの! しっかりと見失わないようにしなさい!」


 いつものように豊かな胸部を反らしながらビシッと指を立てて言い切った。


「それに、アナタは選ばれた存在なんでしょ? まだ訓練している途中かも知れないけど、魔力器官も大分成長しているみたいよ? ちゃんと毎日訓練しているのね。凄いじゃない」


 こちらを見ずにクロエが僕の事を褒めてくれた。そして気付かせてくれた。


「僕にはアオイ達を救う事が出来るかもしれない!!」


「そうよ! 分かったらとっとと気持ちを切り替えて準備しに行くわよ!!」


 回復魔法を習得してシハルさんの病状を改善させるんだ。間に合うかも分からない。改善出きるかも分からない。それでも僕にしか出来ない事なんだ。絶対に救って見せる。


 決意を胸に秘めて準備をする。こちらでの服も最初に来た時のままで大分くたびれてきて居いる。心機一転新しくしようと思った。


 銀行でお金を引き出して、エドガーさんが紹介してくれて店に行くまでに、さっきまでの胸のドロドロとした淀んだ気持ちは吹き飛んでいた。


 そのきっかけをくれたクロエにはなんと言ったらいいのか……



「クロエ……その、さっきはありがとうね」


「何よ?!この白金貨は私の何だからね!!」


「……うん。ありがとうね」


 やっぱりクロエだった。いや、流石というべきか……とにかく残念な気分になりながらも、僕は回復魔法の魔法陣を常に構築するように訓練をするのだった。


「ハルカ! 着いたわよ! エドガーさんが言っていたお店よ!!」


「うん……」


 僕の返事は弱々しいものになってしまった。なぜならそこは店というよりも民家、というかそのままあばら家だった。


 強い風が吹けば飛んでしまいそうな佇まい、軋む屋根、そこに気持ち程度のボロボロの看板が見る人を寄せ付けない。


「源鍛刀場……?!」


 そこにははっきりとした漢字で看板が銘打たれていた。僕は驚きながらも、やはり見た目のボロさ加減に戸惑いながら扉を開けた。


 そこには一本だけ、ガラスケースに囲われた日本刀が置かれていた。


 その刃は滑らかな曲線を描き、きつく反り返った刃で、其れを納める鞘は細やかで滑らかな白木の作りだった。


「いらっしゃい……」


 店の奥はそのまま店主の住処なのだろうか、生活感の溢れる住空間が広がっていた。


 ぬっとその空間から現れた店主らしき人はずっと目を擦り続けている。服装は純和風で作務衣のような恰好で下駄をひっかけこちらを迎えてくれた。


 なんだろう、このバランスの取れていない感じは……


 いけない、ここはエドガーさんの顔を立てなければ。


「エドガーさんの紹介で来たのですが……」


 目に入ったゴミが取れないのか、ずっと目を擦り続けている。


「ほぉ、エドガーの旦那の紹介かぇ?」


 やがて目をこする手を降ろし、目をぱちぱちと開閉した。その瞼の後ろから現れたのは異常な程充血した赤い瞳だった。


「ひっ……」


 クロエは堪らず小さな悲鳴を出してしまっていた。同じく悲鳴を上げそうだった僕はクロエの悲鳴を聞いていたのでなんとか堪える事が出来た。


「目、大丈夫ですか?」


「おぅ、おめぇさん、この眼が怖くねぇのかい?」


 かなり芝居がかったような喋り方だが、口の動きと音が合っていることからこの人は日本人なんだろうと予想が出来た。そんな風に注目していたせいか、それほど驚きが強くなることは無かったようだ。


「びっくりしましたけど、それは目を擦り過ぎたせいでしょう? 大丈夫なんですか?」


 作務衣の男はガハハと笑い、ガラスケースに寄りかかりながらこちらを見る。


「あぁ、こりゃあ生れつきでね。こんな見た目だ、客も寄り付きゃあしねぇよ。お前さんはエドガーの旦那に見初められただけはあるね。胆が座ってやがる」


 充血しただけではなさそうな赤と黒の瞳は値踏みするように足元から頭のてっぺんまでを眺めているようだった。


「ここに訓練用の武器を頂きにきました。よろしくお願いします」


「いいねぇ、礼儀も成ってるよ。それじゃあ久々に鍛えさせてもらおうかねぇ。それじゃあついておいで。」


 ガラスケースに入った刀はなんだったんだろうと思いながらも作務衣の男についていく。生活感溢れる住居の中を抜けて階段を降りていく。


 その階段はつづら折りになっていて降りても降りても先が見えなかった。10分程降りただろうか。それほど経ってようやく扉が現れた。


 扉を開けると刀を打つ為の工房になっていた。


「凄いわね。これほど強いマナを感じたのは久々だわ……」


 クロエが大人しくしていると思ったらそんな事を感じていたのか。


「ここがおいらの仕事場だ。自己紹介がまだだったな。おいらの名前は源毀綱だ。キヅナとでも呼んだらいいさ」


「キヅナさん、早速ですが僕に訓練用の武器を譲ってはくれないでしょうか?」


「そらぁ、その為に呼んだんだからな。それじゃあまずはこの3本の中から一本を選んでくれ」


 キヅナさんが指差したのは工房の入口に掛かっていた3本の木刀だった。


 一番下に掛けられたのはやや小ぶりの短刀のような木刀、柄の部分を除くと恐らく刃渡りは30センチもない短い刀。


 真ん中は一般的な長さの刀だろう1メートルくらいの長さ、異常な程柄の根本部分から反り返っており不思議な形状だ。


 そして一番上に飾られているのは3本の中で一番の長さの刀だ。恐らく1メートル50センチくらいはあるんじゃないだろうか。反りは少ないが自分の身長に迫るような全長でかなり扱いが難しそうだ。


 僕は3本の刀の前で腕を組み悩みこんでしまった。


 どれも癖が強く扱いずらい、自分自身がもしこの中で使うのであれば真ん中の刀だが、この刀でどのように戦えば良いのだろう。反りが強く、長さも今まで見てきた冒険者の剣よりも短い、自分自身の身体能力が高くなければ扱い切れないだろう。


 でも他の刀はどうだろう、短刀は小回りが利くがリーチが足りない。斬撃を受け止めるような反射神経は僕にはないだろう。


 長い刀は持つまでもなく扱いきれないだろう。振り回して終わり、懐に入られたら終わりだ。


 うーん、どうしたものか、それぞれに長所があり、それぞれに短所がある。

 どれを取って、どれを捨てるのか、自分のスタイルにはどの刀が合っているのだろう。


 かれこれ10分以上悩み、それでも決めきれないでいた。


「ちょっと、早くしないと講習に間に合わなくなるわよ!!」


 しびれを切らしたクロエは僕を急かす。


「クロエ、でもすごく難しいんだ。どれが良いとか、どれがダメとか、そうじゃなくて選べないんだ」


 クロエに謝り、もう一度刀を見比べて自分だったらどう扱うのか、どう戦うのかを考える。


「まぁ、合格だろうな。今回はおまけしてやるが、次はちゃんと選んでくれよ、こっちも商売だからな」


 なぜかそんな事をいうキヅナさんは工房の奥へ消えたかと思うと一振りの木刀を肩に担いでこちらに戻ってきた。


「お前さん、こいつを持っていきな」


 肩に掲げていた刀をこちらに放り投げるキヅナさん。それを落とすまいと受け取った僕は驚きのあまり木刀を取り零してしまった。


「重っ!!」


 工房の床に突き刺さった木刀は木で出来ているとは思えない重さだった。


「な、ナニコレ?」


 僕とクロエはきょとんとしてしまった。


「おふたりさん、良い顔するねぇ、そいつは鬼木といって地下深くにしか生えない木で出来ている。なに、ただの妖刀さ」


 不敵な笑みを浮かべるキヅナさんは面白いオモチャをみつけたような眼で僕らを眺めていた。



読んでいただきありがとうございます。 


面白いかもしれない、とか続きが気になるよ?と感じたら画面下部から感想、評価して頂けるとありがたいです!


今後の展開にもご期待ください!よろしくお願いします!

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