妖精と聖痕
「それではハルカ殿、これ以上兄者と一緒だと混乱してしまうでしょうから私はここで失礼させていただきます。それではまたイニティのギルドでお会いしましょう。では失礼!」
エドワードさんは煙のように姿が薄くなり、やがては居なくなってしまった。そして正面に残っているのがエドガーさんだそうだ。このまま入れ替わられていても判別は出来ない。
「心配しなくとも私がエドガーですよ。それでは冒険者ギルドまでもどりましょうか」
「はぃ! よろしくお願いします」
まったく、本当にこの人は何者なんだ! 心まで読んでくるのか?!
「大丈夫ですよ心なんて読めないんですから。おっと、失礼」
イヤ、心の声に話しかけてきてるし笑顔が凄く怖い。エドガーさんだけは敵にしてはいけない、僕はそう心に決めてギルドで待つサラさんの元へ急ぐのだった。
ギルドに着くと真っ先にクロエが絡んできた。相変わらず飲んでいる。妖精用のグラスだろうかかなり小さい、しかし妖精にしてみれば自身の顔以上もあるグラスを片手に僕の肩に乗ってきた。
「ハルカ、私を置いてくなんて酷いじゃない!」
「絡むなよ酔っ払いが! 今僕は忙しいんだ。」
肩を揺らし追い払うとクロエは予想外にもしつこく絡んでこなかった。イヤな予感がして振り向くとクロエはグラスを手放し、そのとろけてしまいそうな瞳に大粒の涙を湛えていた。
僕は慌てて落ちるグラスをキャッチした。
「うっ、私は、ハルカがちゃんとお母様を探せ……るよに、うっ、探せるようにと、思って……」
すんでのところでなんとかグラスを割らずに済んだ、割らなくて済んだのは良いがつまずいて床にダイブしてしまった僕は、クロエを下から見てしまった訳で……それは本来なら見えるはずもない角度からの光景が広がっていた。
涙で視界が滲んでいるのか、そもそも目が開けれていないのか目の前から消えた僕に気付くことなくクロエの涙の独白は続いている。
「わ、私、仲間の妖精からもヘタクソガイドとか、クソガイドとか糞害とかたくさん言われてて、それでも、ハルカみたいな選ばれたような迷子をちゃんとガイドしなきゃと思って……」
淡いピンクの薔薇のドレス、ふわふわとした見た目どおり生地は謎の力によって形状を維持している。本来ならばドレスの下にスカートを広げるアンダースカートを履くのだろうがこの世界ではそんなものは必要ない。ということはドレスの下からは綺麗な曲線を描くクロエの足が伸びている。そして中央にはドレスと統一された色の下着が程よい肉付きの足から零れるように覗いていた。
そう、僕が覗いているのではない。クロエの下着がこちらを覗いているのだ。それにクロエは妖精であって人間ではない、人間サイズであればもしかしたらそういう気持ちになったかもしれないが……どうしてもフィギュアや人形を見ているような感じにしかならない。
白磁のような滑らかな肌に傷のような痣が見え隠れした。太ももの上に自然に出来たものとは思えないような痣があった。なんなんだろう。三角形をずらして重ねたような痣が目に留まった。
そんな、普段見ることのない不思議な光景をしっかりと目に焼き付けた僕は、クロエがこちらを見ていないことを良いことに何もなかったかのように起き上がる
「クロエ、グラス落としたぞ! 割れたら危ないだろ? 気をつけろよ。まぁなんだ、俺も酷い事を言って悪かったよ」
漫画のように目を擦り、涙を拭いながらも嗚咽を漏らすクロエ。先ほどの自分の行動が胸を締め付ける。
「ごめん、酷いことをした」
もう一度、二つの行為に対して僕は謝罪した。
「うっ、良いの、私も何も言わないままココに来ちゃったから。私もごめんね」
俺の良心が悲鳴を上げている、なんて事をしたんだ。クロエが悩みを打ち明けているのに、お前は何をしているんだと……
そんな良心の悲鳴を心の奥底にしまい込み、クロエの背中をポンと叩く、
「これからもよろしくな!」
「うぅ、うえぇーん、ハルカが優しいよぉー。こんなクソガイドに優しくしてくれるよぉー」
「おーよしよし。もう泣くな、問題が一つ片付いたんだ。とりあえずお前も来い」
「えぇーん、ハルカがお前って呼んでくれたよー、こんな糞害を頼ってくれたよー」
なんだろう、だんだんイライラして来たぞ。
「ほら、行くぞ!」
泣いているクロエを無視して、少し乱雑にクロエの背中に手を添えて押していく。
「ぐすっ、ありがとう、なんだか泣いたらすっきりした」
「よし! もう平気だな? これ以上泣いてたら、ぶっ飛ばしてたとこだったよ」
クロエを引き連れてサラさんの元に向かう。
サラさんは僕が出ていった冒険者ギルドの個室で横になって倒れていた。
「サラさん? サラさん?! 大丈夫ですか?!」
大声で呼びかけても何も反応がない、一体何があったんだ?!
「大丈夫ですよ、眠っているだけです」
「エドガーさん! サラさんはどうしたんですか?!」
「クワリファダンジョンから徒歩で来られたサラさんはいくら身体能力の優れた獣人だからと言っても疲労困憊でした。そこで私が弟に頼んでサラさんには休んで貰えるように下のです」
ガチャと部屋のドアが開き、バーのカウンターに居た老紳士が独特な香りのお香を持って入ってきた。
「すまないな、エドウィン。助かったよ」
エドガーさんは入ってきたバーのマスターに声を掛けた。
兄弟? もしかして六つ子ちゃん?
バーのマスターは無言で頷き、お香を部屋に残して出ていった。
ガチャと音を立ててドアがしまるとサラさんは目を覚ました。
「アレ? 私どうしてこんな所に? アレ、クワリファじゃない? ここは、イニティ?」
気が付いたサラさんは記憶が混濁しているようだった。
「サラさん。レツスを取り戻してきましたよ! もう大丈夫です!」
まだ、ぼーっとしているのか僕の顔をじっと見つめて顔を近づけてきた。
「レツス? アナタは? えっと……」
そのまま顔と顔とが重なるかと思いきや、エドガーさんが寝ぼけて揺れているサラさんを支えながら話しかけた。
「おはようございますサラさん。冒険者ギルドのエドガーです。クワリファからイニティまで、かなりの道のりを疾走されてきましたから、少し横になられて眠ってしまった様ですね」
「クワリファ? はっ! レツス?! レツスはどうなったんですか?!」
エドガーさんの声を聞いて眠る前の記憶が繋がったみたいだ。エドガーさんがやったのか? 薬か? 催眠術なのか?! 本当にアナタは何者なんだ。
「大丈夫です、ハルカ殿がほぼ全てのレツスを回収しましたよ。幾つか個数が合わないようですが、恐らくテュルカ神聖教国が一部を自国に持ち帰ったのでしょう。盗賊ギルドからはそのように報告が上がってきています。イニティでレツスが出回る事はありませんよ」
意識が戻ったサラさんは事態がすでに解決されている事に驚き、またもや呆然とし始めた。
半開きになった口が幼い子供のようで微笑ましい。
「えっ? 大丈夫なんですか? かなり大量にあったはずですが、どこにいったんですか?」
驚くサラさんはエドガーさんに尋ねる。そして尋ねられたエドガーさんは僕を見て頷いた。
「インベントリ!」
僕はサラさんの疑問に応えるべくスキルを発動し、レツスを一つ取り出しサラさんに渡した。
「あっ、ハルカさん?! そうですか、無事に取り返せたんですね? 良かった」
無事に取り返せて安心したサラさんがほっとため息を吐いた。そして思い出したように、満面の笑みでこちらを向いた。
「ハルカさんが居なかったら本当にどうにもならない状況でした。本当にありがとうございます!」
純粋な笑顔と感謝を向けられ、まぶしく感じてしまった。
「いえ、おそらくですが僕がいなくてもここにいるエドガーさんや別の冒険者の方たちでどうにかしていたんじゃないでしょうか?」
エドガーさんやエドワードさん、それにバーのマスターのエドウィンさんはきっと僕以外の誰かと協力して問題を解決していただろう。僕というイレギュラーが入ったからこそ僕が関わっただけだ。
「そんなことないです! あんなにたくさんの数を一度に回収するにはハルカさんにしか出来ませんでした! 本当にありがとうございます!」
レツスをテーブルに置いたサラさんは僕の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
柔らかい女性の掌に包まれた僕の手は異常なほど熱くなっただろう。
「んっ、んん」
咳払いなのか、それとも卑猥な声なのか分からない声が僕らの間に割り込んだ。
クロエだ。
先ほどから鼻水を啜り、酔いを覚ますために水を飲み大人しくしていたクロエが裏返った声で咳払いをした。なんだそりゃ。
本人も変な声を出して酒で火照った顔を更に赤くして照れている。
「なんだよクロエ、まだ酔っぱらってんのか?仕方がないな、エドウィンさんから水でも貰ってきてやるよ」
サラさんの柔らかい手の感触は名残惜しいが、クロエがいつもの調子に戻ったんだからさっきのお詫びに相手をしないとな。
僕はサラさんの手に手を重ね、反対に握り返してからゆっくりと手を離す。決して触りたかったからではない。
「うぉっ?!」
振り返るとそこには水の入った妖精用のグラスを持ったエドウィンさんがクロエにグラスを渡すところだった。
本当に何者なんだあんたらは?! 若干エドガー兄弟の能力にひきながらもなんとか耐えた。
「それではハルカ殿、今回の報酬の100万レクスルです」
「えぇ? なんですかそれ? そんなのもらえませんよ?!」
この兄弟は本当に心臓に悪い……
読んでいただきありがとうございます。
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