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世界とギルドと教会と

 銀貨5枚?! 何かの冗談だろう。


 ちょうど猫耳の店員さんが接客を終えたので声を掛ける。そういえばあまり人間以外の種族と話した事がないな。


「すみません。そのレツスいくらなんですか?」


「あんたそんな恰好で軍人かい?」


 いや、レツスの値段聞いたんですけど。心の中でそう思いながらも話を合わせる。


「あまり言えないんですが、近々レツスが大量に必要になるんで市場調査なんですよ」


「なに? どこかの国で戦争でもあるのか?」


 野菜一つで戦争って。これそんなに凄いものなの?


「これ以上はちょっと……それでいくらなんですか?」


「ガセじゃ無いだろうな? 本当は金貨30だが、その情報で金貨20に負けてやるよ。どことどこがやりあうんだ? もったいぶってないで教えろよ」


「そうですか今は30ですか、ありがとうございます。調査なので持ち合せが無いんですよ。それじゃあ、仕入れ頑張ってくださいね」


「クソっ! もし覚えてたらうちの店に来いよ。レツス買わせて毟り取ってやるよ!!」


 野菜の売り買いのテンションでは無かったな。なんなんだあの野菜は。


 てか、金貨30ってどんだけの野菜なんだよ。色々クロエに聞きたい事があるのになんでアイツはいないんだ。


 そうだ、とりあえず冒険者ギルドに行こう。依頼が出ているかもしれないし、最悪情報が何も無かったら申し訳ないけどエドガーさんを頼ってみよう。


 野菜を販売する区画から冒険者ギルドに向けて歩いていく。


 クロエが居ないか探し回りながら途中に幾つか武器を扱う店があったので入ってみた。どの店も剣を主に取り扱っており、素材と形状によって値段が決まっている事が分かった。


 そして、製造元である鍛冶屋によっても値段が変っていた。機会があれば鍛冶屋に直接行ってみてもいいかもしれない。


 剣がメインだが、他にも槍や斧、珍しいもので言えばトンファーと呼ばれる攻防一体の打突武器やスペツナズナイフという刀身が射出可能なナイフなど、世界の武器見本市のような状況だった。


 明日からの武器の講習を受けるにあたって訓練用の剣を探すが、なかなかいいものが見当たらない。


 もうギルドのすぐ近くまで来てしまったので、また後で探すことにした。


 ギルドの中は相変わらず買取カウンターでは長蛇の列が出来ており、エイミーがあくせくしながら手続きを行っていた。


 あ、エドガーさんに怒られてる。


 エドガーさんの列は相変わらず誰もおらず、エイミーの横でミスした分だけをフォローしている。頑張れエイミー。


 買取カウンターの奥の方はバーのようになっており酒を提供する場所だ。買取カウンターの反対側から二階に行くと冒険者の中でも割と柄の悪い冒険者のたまり場になっている飲食店がある。まだ陽も落ちていないのに騒がしい。


 クエストボードの前もやはり数人の人が集まって依頼の内容を吟味しているようだ。


 クエスト受注・依頼カウンターはそれほど混みあってはいないが、とても慌てている人が大声でクエストを依頼しようとしていた。


「だから! レツスが盗難に遭ったんです! クワリファダンジョンの東側が全部で1000以上です!」


 なぜだろう、それってとっても身に覚えがある案件なんですが……


 慌てている人は冒険者風な服装ではあるものの買取エイミーと同じような服だ。


「千を超えるような莫大な量が市場に出回るんですよ? 過剰摂取の事故だけじゃなくて犯罪が起きてもおかしくないです。数が数なのでまだ市場には届けられていないと思いますが恐らく盗賊ギルドの仕業です。冒険者ギルドの方から意見しておいてください」


 うん、それきっと僕です。


「分かりました。向こうのギルドには意見書を提出しておきます。それとイニティでレツスの過剰摂取によってオーバーブーストになった方への対処に関しては冒険者ギルドから撃退報酬を出す様に王都のギルド本部に掛け合ってみます」


「よろしくお願いします」


 クエストを発行する手続きに移ったギルド職員の肩をよそにカウンターで座り込んでしまう女性。


 自分が関わっているだけに放っておけなくなった。座り込んでしまっている女性に声を掛け、立ち上がれるように手を差し伸べる。


「あの、大丈夫ですか? よければあっちでお水でも飲んで落ち着いたらどうですか?」


 座り込んでしまった女性はとても小柄でペタンとした耳が銀髪の隙間から覗いている。


 鼻をひくひくさせて少しつり目気味の瞳を見開いた。


「あなた?! レツスの匂いがする?!」


 あ~、犬耳のかたでしたか……


「その件で僕のほうもご相談があるんですが……」


 見開いた瞳をキッと鋭いものにさせてこちらを睨みつけてくる。


 痛い、痛いよ視線がとても……


「いかがなさいましたかなハルカ殿?」


 ただならない雰囲気を感じ取ったのかエドガーさんがこちらに来てくれた。


「ちょっとトラブルが……」


「クロエ様の件ですな。あの方は朝からこちらに来られておりまして、二階でパーティーの募集をすると言って朝からずっとあのような感じですが。止めに来られたのですかな?」


「……え?!」


 犬耳の女性には申し訳ないが少し待っててもらおう。驚いて大きな声を出した僕はエドガーさんを問いただす。


「エドガーさん? 今なんて?」


「はて? 別の件ですか? ハルカ殿、こう言っては何ですがあまり一度に多くの女性をとっかえひっかえ……」


「待って、まてまて。待ってエドガーさんも落ち着こう。まずクロエはココにいるの?」


「はい、朝からずっとこちらで二階の冒険者たちと飲み比べをされております」


「あのポンコツ!」


 朝から居なくなったクロエの心配をして散々探し回ったのに、アイツは……


「それで、僕はこの女性に謝らなければならない事があってですね……」


 エドガーさんはそんなに目が開くのかというくらい目を見開き、硬直した後でスッと奥のバーの方へ僕らをいざなってくださいました。


 エドガーさん、何か勘違いしている?


 勘違いしていそうなエドガーの後に続き、買取カウンターの裏のバーに向かう。カウンターにはエドガーさんに勝るとも劣らない渋い老紳士が佇んでいた。カウンター席を抜け個室の一つに通された。


 エドガーさんはおもむろに個室に僕らを入れ”ごゆっくり”と言いたげな視線で立ち去ろうとしていた。


「違うんです。エドガーさんにも聞いてほしいんです!」


 完全防音であろう個室の中に僕の必死の願いはこだました。



「なるほど、盗賊ギルドですか……」


 エドガーさんは特に驚いた様子もなく、ただただ僕の話を聞いてくれた。


 そして犬耳っ子、犬の獣人サラはクワリファのダンジョン管理官で今朝から盗賊の襲撃を受けていたのを知らせるために急いで此処まで走ってきたらしい。


「何も知らなかったとはいえ、アナタはレツスを大量に市場に流通させてしまいました。あなたの罪は重い」


 厳しい表情のサラの言うことは正しい。僕にもう少し知識があったのならこんなことにはならなかった。


 そして、盗賊ギルドに関しても依頼があっただけでそれに従ったまでのこと。


 それがどのような結果を招こうとも正しい対価が得られるのであればどんな手段で取るのが

 盗賊ギルドだ。そういう物らしい。


「ハルカ殿、一つこの老いぼれから依頼をうけませんかの? その結果次第ではこの問題が解決するやも知れません」


「サラ殿、レツスは通常では収穫から販売までどのくらい熟成させるのでしょうか?」


 熟成?


「そうね。だいたい2日から3日はそのままにしておかないと食べたときにマナの吸収が難い状態になってしまうわ」


「市場が倉庫保管するならばきっと収穫当日は保管場所を移すことはないでしょうな」


「ええ、ただでさえ輸送時に痛んでいたらマナが吸収しづらくなってしまうもの」


「という事ですハルカ殿」


 エドガーさんは僕の顔を見てゆっくりと頷いた。本当に出来る人だ。


「僕、その保管庫入ったことがあります」


「何ですって? 普通ギルドの人間しか入れない場所ですよ? それをなぜ?」


「インベントリ!」


 空間に黒い亀裂が走る。そしてそこからレツスの葉の切れ端を取り出した。


 驚きのあまりサラは口を大きく開けて言葉を失っている。


「僕が倉庫にしまったから」


「それでは私は少々確認しなければならないことを思い出したので一度失礼します。なに、そこのバーカウンターに行くだけですのでお二人ともこちらで少々お待ちください」


 では、と一声かけてエドガーさんは出ていく。本当にあの人は何者なんだろうか。


「アナタの事は許せないわ」


 犬耳をピクピクと小刻みに動かすほどに僕に怒りをあらわしている。


「ココに来たばかりのアナタは知らないでしょうけど、あれにはマナを増幅する力があるの。魔力器官が強化されて誰でも簡単に魔法や身体強化が出来るの。でもそれを一度口にすると必ず中毒になる、それは耐え難い禁断症状が出るのよ」


「レツスの葉一枚だけでも1人の一般人を10人の傭兵を殺せるような化け物にしてしまう。そんな暴力を持った人が禁断症状が出たらどうなると思う?」


 一般人でさえ戦闘狂にしてしまう野菜、それが一般人や冒険者果ては兵士までに出回ってしまったら。それこそ街は壊滅するだろう。


「レツスはね、ダンジョンで死んだ生き物やその場所のマナや肉体記憶までも本当に全てを栄養に育つの。放っておいても育つのよ。自生したレツスを食べて暴走する。そんな状況にならないように管理するのが私たちダンジョンギルドなの」


 まるで向こうの世界の麻薬のようなものだろうか。薬にもなるが毒にもなる。それを適切に管理するための組織がダンジョンギルドになるのか。


「あなたの元居た世界がどんな世界か知らないけど、この世界にはギルドや組合がたくさん存在してそれこそ国家を横断するような組織がたくさんあるの。国家の利権だけでなくギルドや組合の利権争いも絶えないわ。でもそんな世界だけど、こんな世界だけど、ここで生まれ育った私たちはここで暮らすしかないの」


 僕のようにロストがこの世界にはたくさん居る。しかしそれだけではなくて、ロストの子供やその子供というようにレヴェラミラで生れ、生きる人たちもたくさん居るサラさんもそういった生い立ちなのだろう。


「私たちは私たちでこの世界で正しく生きたいだけなのよ!」


 悲痛な叫びだった。無責任に知識を、技術を貰たす異世界人。そんな異世界人が世界を変えていくのを黙って見ているだけ、流されるのを待っているだけと思ったとしてもそれは仕方のないことなのかもしれない。


「お願い、このレツスがこの街を中心に出回ったら、この街は一度滅びてしまう。私たちが守ってきたこの街が、どうかお願い! この街を救って! お願いします!」


 悲鳴のようになった叫びは完全防音されているこの部屋の外へは出ることは無かった。レヴェラミラの住人の想いが異世界人に届かないように、この部屋の中だけにしか届かなかった。


「お願いだから……」


 サラの悲痛な叫びが消え入りそうな時に部屋のドアが開いた。


「ハルカ殿、盗賊ギルドへの依頼内容を確認しました。クワリファのダンジョンで栽培されているレツスを収穫する事までが依頼だそうです」


 サラは俯いたままエドガーさんに問いかける。


「誰が、そんな依頼を……」


「依頼主はテュルカ神聖教国の暗部の者らしい」


「テュルカ……あの枢機卿か!」


 サラのつぶやきは誰に聞かせるものでもなくつい口にしてしまったようなものだった。


「サラさん、僕はまだイニティにきて2日だけど、この街で出会った人は皆、いい人できっとこの街はそんな人が多いんだと思います」


 サラさんはうつむいたまま何の反応も返してはくれない。


「これは僕がやったことです。僕にしか解決も出来ないのであれば僕がやらない理由はありません。失敗するかもしれません。流通は止められないかもしれません。でも、どうにかして見せます」


「ハルカ殿、微力ながら私もお手伝いさせていただきます」


 エドガーさんが当たり前のようにそんな返事を返してくれた。本当にこの人は何者なんだろう。


「サラさん、レツスはちゃんと回収します。ここで待っていてください」


「わたしも! 私も行くわ!」


「ありがとうございます。でもそれだとサラさんやダンジョンギルドがこの件に関与している事になってしまいます。ここはどうか僕に任せてください。お願いします」


 僕はサラさんに頭を下げる。その向こうでサラさんがどんな顔をしているのかは分からない。それでもサラさんが泣いているのが分かった。悲しみから涙を流しているのではないことを祈りながら。僕は部屋を出ていく事にした。


「お願い……」


 ドアが閉じる瞬間にサラさんの声が聞こえた気がする。


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