長い一日の終わりに
2話目です。
簡易査定の受付カウンターで15万レクスルを買い取ってもらいそこから手数料を5万引かれて、手元に残るお金は10万レクスルだ。この金額が多いのか少ないのか分からないが、戦闘技術をどうにか習得したいと思っている。
「クロエ。今回の買取でもし余裕があるのなら剣の講習を受けたいんだけど大丈夫かな?」
「おぉ、今回の迷子の方は非常に積極的ですな! 私の祖父がアスカ様を案内したことがあったようで、私も迷子の方の案内が生きているうちに出来ればと思っていたのです。話に聞くアスカ様はそれはそれは面倒な事を嫌がる迷子の方のようで、よく祖父と喧嘩をしていたようでございまして……」
厳格な老紳士のエドガーさんは急激に饒舌になり、驚くほど思い出話に花を咲かせている。
「ごめん、エドガーさん講習は受けれるのかな……」
「もちろんでございます。剣の講習はⅠからⅣまでございまして、Ⅰから順に受講可能となります。修了認定を取得される事で次の講習を受けることが出来るようになります。講習の費用ですが、Ⅰに関しては分割での支払いや依頼の報酬の天引きなどでお支払い頂けます。剣の講習Ⅰは受講代金が1万レクスルですので、今回の依頼報酬で一括での支払いも可能でございますがいかがなさいますか?」
とりあえず話を遮ってみたけど、今度は食い気味に説明をし始めた。
「あー、それじゃ一括で」
「かしこまりました。では身分証に受講情報を追加しておきますので、スケジュールの合う講習に随時参加していってください。こちらが直近のスケジュール表でございます。最短ですと、明後日の講習になりますので、ご都合よろしければそちらから受講ください」
「丁寧にありがとうございます。僕も今日ここに付いたので、右も左も分からなくて正直不安だったんですがエドガーさんが居てくれて助かりました」
クロエの雑説明に慣れすぎていた僕は、丁寧な説明のエドガーさんに感動を覚えつつ感謝を伝えた。
「もったいなきお言葉です。今日塔を出てこられたという事は宿などはまだ手配されてはいないのではないのですか? それでしたらこちらの宿がこのギルドからも近く、治安も悪くありませんので講習をこちらでうけるのであれば便利かと思います。わたくしが紹介状も書かせていただきますので、よろしければお使いください。それと妖精様がいらっしゃるので不要な説明かも知れませんが老婆心ながらあまり現金は多く持ち歩かないほうがよろしいかと思います。ギルドと提携しております銀行がございますので、そちらで口座をお作り頂ければ通常査定が終わり次第お振込みが出来るようになりますので、もちろん引き出しも銀行、ギルドでも行えるようになり便利ですよ。今日にでもお作りになられた方がよろしいかと思います」
なんだ、この圧倒的なチュートリアル感は?! クロエの説明の比になんかならない。素晴らしすぎる。エドガーさんの変化は最初はちょっと驚いたけど本当に出来る紳士だった。
対する妖精ガイドのクロエさんは手元のレクスル金貨を眺めてニマニマしている。完全に悪徳商人だ。
「本当に助かります。それじゃあすぐに銀行に行って預けてきますね。宿の紹介状もありがとうございます。それではこれで失礼します。」
「はい、また明後日お待ちしております。」
ん? 明後日? あぁ、剣の講習か。会場は、なるほどギルドに併設されている訓練所を使って行うからか。信頼出来る人にすぐに出会えて良かった。
「ちょっと怖そうな人かと思ったけどめちゃくちゃいい人だったな、なぁクロエ……クロエさん?」
渡されたスケジュールや招待状、銀行の場所が書かれたメモから目を外しクロエの方を見ると。妖精ガイドは周囲の警戒を完璧にしつつ手元にレクスル金貨9枚の入った簡易袋を大事に抱えて移動している。
「てか何やってんだよ、早くいくぞ。銀行の窓口しまっちまうよ」
「ハルカは知らない。現金程尊い物は無いっていう事を」
なぜか悟りを開いたかのようなフレーズを唱え始めた妖精ガイド。あれ? アナタ神の化身かなにかじゃなかったんですか? いいや、放っておこう。気にしたら負けだ。
この後牛歩のような歩みのクロエを引っ張ってなんとか銀行の営業終了時間までに手続きを済ますことができた。辿り着くまでも大変だったがついてからもクロエは大騒ぎで大変だった。
銀行の受付のお姉さんがクロエを見ることができた様で、金貨を手放したくないと号泣するクロエを見てドン引きしていた。
「ありがとうございます。今後とも御贔屓に……」
見送りしてくれた担当のお姉さん、金髪エルフな種族なのだろうか凛として素敵なお姉さんだったのに。クロエのせいで……
銀行を出て次は宿屋だ。やっぱり今思い出しても銀行の対応してくれたお姉さん可愛かった。お姉さんの視線は可哀想なものを見る目だったけども…
ギルドの近くに戻ってきた僕らはエドガーさんの招待状を片手に宿屋を尋ねた。
「いらっしゃい。あなたがハルカ君?」
驚くことに初めて会う宿屋の女店主らしき人に歓迎された。
「…」
ぽかんとしているとうふふと笑う女店主らしき人が教えてくれた。
この宿の店主マリナローゼさんは精霊眼の持ち主でクロエと僕が今から来ることをエドガーさんから直接聞いたそうだ。そしてクロエが目印になって僕の事が分かったようだ。
どうやらエドガーさんは精霊眼を持つ知り合いに僕らを対応して貰えるようにしたみたいだ。さらに宿屋には僕らが銀行に行っている間に顔も出して説明してくれたみたいだ。
なんという気配り、なんという対応力。エドガーさん、素晴らしい。
招待状も渡し、部屋を借りる契約をした。一泊1万5千レクスルの部屋を半額以下の7千レクスルにしてもらい長期で借りる約束となった。部屋の間取りはかなり広めの豪華な部屋だ。浴室はないがトイレが部屋についている。これはかなり有難い。こんな素敵な部屋をかなり割引してもらい申し訳ないと伝えると、マリナローゼさんは一言気にしないでねと言い、妖艶な笑みを零しながら僕の方に手を添えてからゆったりと押し出され部屋に戻された。
部屋に戻り一息ついているとマリナローゼさんがワゴンを押しながら部屋を訪ねてくれた。
「あなた達もしかして何も食べてないんじゃないかしら?」
そうだった。確かに何も食べていない。不思議とそんなにおなかも空かずに、水分補給だけ小まめにとっているくらいだった。
「呆れた、これだから迷子は困るよ。もう少し自分の身体を大切にするんだよ?! 分かったかい? これくらいしか今はないけど明日の朝はちゃんと食堂でご飯を食べなさいな。」
ワゴンに乗っていたのは見た目クリームシチューのようなスープだった。
大きな木製の匙をスープにくぐらせた。とろみのあるスープを口に含むと濃厚なミルクの香りと野菜の優しい味わいが口いっぱいに広がった。最近の野菜では感じにくくなった土の香りというのだろうか、根菜類の皮の部分の風味というのだろうか、野菜の力強い味わいが舌を刺激する。
ジャガイモ、人参、鶏肉、のようなものに数種類のハーブらしきものが入った”ミルクスープ”だそうだ。名前こそ違うものの味もそのまま”クリームシチュー”だった。しいて違いをあげるとしたらこちらの方がミルク感が濃厚でハーブが効いている為、コクがあるのに爽やかな風味が付いているところだろうか。
マリナローゼさんの見た目のような豪快で優しさのある料理だった。
レヴェラミラでちゃんとした料理を食べるのは初めてだったが、かなり美味しかった。
市場でも食料品はしっかりと販売されていたし、軽食を提供するような屋台も見られた。
今のところ豊かな街という印象だ。
木製の大きめの椀が空になり一息つくと全身がけだるくなっているのを思い出したように感じた。
今日はシャドウとの対戦から始まり、レモバの葉採集、イニティの街まで着て身分証から生活基盤を整える所までと、まぁなんとも内容の濃い一日だった。
時間もだいぶ遅くなったのでクロエとこれからの打ち合わせもそこそこに済ませ、僕らはそれぞれベッドに入り、僕はそのままアーティファクトを起動し元の世界に戻る為にスキルを発動した。
”セーブ”
スキルは眠りと共にレヴェラミラから元の世界へといざなってくれた。
父さんに今日の事を話さないとな。父さんは元気だろうか。ちゃんと僕のことを覚えてくれているのだろうか。
まどろみとも、夢とも区別が付かない意識の間で僕は不安な気持ちが芽生えたことに気づけなかった。