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老練のギルド紳士

本日2話投稿予定!

 ここはレヴェラミラ。はじまりの街イニティの冒険者ギルド買取カウンター前に来ている。


「遅いのよ! おそーい!」


 さっきからクロエはこの調子だ。小さな頬をチューリップの蕾のように膨らませて可愛らしく苛立ちを表現している。


「クロエ、そんなこと言っても順番待ちの順番は変らないよ」


 周囲にはクロエは映っていない場合が多いようで、何もいない場所に向かって喋りかける不審者にならないように僕はなるべく視線をまっすぐに、ギリギリクロエにだけ聞こえるような小声で喋っている。


「ぼそぼそ喋ってたら聞こえないでしょ! なんなのよ!」


 逆ギレ? 逆ギレですか?


「そんな事言ったって僕が不審者になったらクロエだって色々やりにくくなるでしょ?!」


 小声で言い返すのも危険だ。独り言をぶつぶつ言っている危ないヤツだと思われてしまう。


 買取カウンターの前は買取素材を携えた屈強な冒険者たちが列を成している。その列の進み方はとてもゆっくりと流れている。


 その原因を探るべく周囲を眺めると列の先頭、買取カウンターの窓口に原因はあった。窓口はは2つあるのだがなぜか、片方しか進んでない。そりゃ列の進みも遅くなる。


 片方の窓口に並ぶ屈強な男が怒号を上げているのが聞こえてくる。


「なんで買取額がこんなに下げられるんだよ! ふざけるなよ!」


「そうは言ってもこちらのカウンターは買取査定を短時間で済ませる緊急窓口ですから、本来の報酬よりも低い価格で買取を行うのが普通です」


「んなこといっても半額以下はないだろうが!」


 列の先頭はそんなやり取りをしている。それを僕と同じように見ていた近くの冒険者が言った。


「またエドガーの爺さんに喧嘩売ってる馬鹿なヤツがいるのか? 誰かもう一度エイミーの列に並び直す様に言ってやれよ」


「あんな常識知らずの冒険者に誰が声かけるんだよ。放置しとくのが一番さ」


「そんな事より先月買取カウンターに移動して来たエイミーはまだ受付遅いのか? あの子も可哀想だが早く手続き出来るようになってほしいもんだな」


 なるほど、買取カウンターは二種類あって短時間の査定窓口と時間が掛かる通常窓口があるのか。窓口で簡易査定を行って即日で報酬を渡す窓口と査定の受付を行って後日報酬を貰う窓口のようだな。


「お、やっと新人が折れた見たいだな、あぁー、やっぱりもう一度列に並ぶみたいだな。アイツも命拾いしたな、爺さんに手を出したりなんかしたら今後はもっと酷い割合でしか報酬がもらえなくなるからな」


「あんなヤツが行った後だ、エドガーの窓口は空くと思うぞ、お前行って来いよ」


「誰が行くんだよ。お、馬鹿が行ったぞ。あーやっぱり買い叩かれてるな」


「仕方ないな、今日は時間がかかってもエイミーに預けようぜ」


 名も知らないベテラン冒険者たちは諦めムードを漂わせ、大人しく列に並びながらエイミーという女性受付の列に並んでいる。


 対してエドガーの簡易査定の受付窓口に依頼を持ち込むものは居なくなったみたいだ。


「ハルカ、やったわ! 空いている窓口を見つけたわ! すぐに行きましょう! また列ができちゃうわ!」


 この妖精はさっきのやり取りも冒険者たちの会話も聞いていなかったのだろうか? そういえば文句を一通り言った後はギルドの中をぐるぐる見回っていて聞いていなかったかもしれないが。


「あっちは簡易査定で安い値段で買い叩かれるみたいだよ? それてもいいの?」


「何言ってるのよ、すぐにお金が必要なのよ? どう考えても簡易査定に並ばなきゃダメでしょ? 行くわよ!」


 う、うん、反論できない。今は無一文、お金を作らないとダメな状況だった。僕は肩を落としながら重くなった足を頑張って前に運ばせていく。


「おぃ、兄ちゃん? 見てただろ? 今日はやめといた方が良いぜ?」


 列をはずれて簡易査定窓口に行こうとしている僕の後ろに並んでいた気のよさそうな冒険者が声をかけてくれた。すごくうれしかった。


「ありがとうございます。でも今日どうしてもお金が必要なんです。せっかく声をかけてもらったのにすみません」


「そうか、訳アリだな、仕方ねぇさ、運が悪かったな。頑張って来いよ」


「ありがとうございます」


 励まされた僕は気合を入れなおし、るんるん気分のクロエの背中を追いかけた。


「坊主、こっちは簡易買取の窓口だ。間違えてないのなら身分証と依頼書を出せ」


 淡々と仕事をこなす老練なギルド職員といった感じだろうか、元の世界の洋画に出てくる渋い俳優さんにどことなく似ている。顔に刻まれた深い皺と蓄えられた口髭は出来る男感が止まらない。


「さぁハルカ、このジジイに目にもの見せてやるのよ!」


「妖精のお嬢さん、ジジイにはあんたの事は見えているよ安心なさい。」


「あたしのことが見えるの? ようやく……精霊眼持ちに会えたわ!」


 あ、なんか感極まってる。まぁいいや、トロンとしたたれ目の可愛らしい瞳をうるうるさせているクロエは放っておこう。


「これが身分証で、依頼書はこっちです。よろしくお願いします。」


「うむ、レモバの葉の採集依頼か。レモバの群生地帯はかなり距離があったと思うが、仮身分証とはの、身分証でも失くしたのか?いや迷子か。」


 この爺さん、渋い見た目とは裏腹に割とおしゃべりなのか?


「そうなんです。今日塔から出てきたところなので、この身分証しかなくて。」


「そうか、それじゃ、レモバの葉を出してくれ。」


「分かりました。インベントリ!」


 空間魔法を発動させ、大量のレモバの葉の入った袋を取り出した。


「おぃ! なんだ今のは? どういう理屈だ!」


 列に並ぶ冒険者たちが、可哀想な目で俺を眺めていたのを忘れていた。辺りが騒がしくなる。


 やべ、やらかした。空間魔法ってレアなやつだった。誤魔化さないと。


「あー、空間魔法ってヤツらしいんですが妖精の魔法です。僕は関係ないんですよ? 今のもインベントリって言って…」


 僕の声に反応して、もう一度何もない空間にインベントリの空間魔法が発現した。


「妖精に合図しただけで…...」


 あ、またやらかした。もう誤魔化せないかな。




「そ、そうか、妖精の魔法を使ってもらっただけなんだな。それなら仕方ない、坊主の魔法じゃないのならいいんじゃ。」


 違和感を感じる大声で喋るエドガーさん。驚きを隠そうともせずに大声で他の冒険者に聞かせるように聞こえた。


「何言ってるのよ、そんなもの私が使えるわけないじゃない。ハルカの魔法でしょうが。」


 おぃ、ポンコツ妖精!! なに言ってくれてるんだよ!


「そこにいる妖精さんや、いいのじゃ、能ある鷹は爪を隠すという。謙遜なされるな。」


 相変わらずでかい声で喋るエドガーさん、クロエの言葉を聞いていても僕が空間魔法を持っていることを隠そうとしてくれているようだ。


「それで、このレモバの葉は妖精さんとお前さんが持ち込んだということで間違い無いんじゃな。」


 なぜかニコニコ顔のエドガー、皺の入った顔がもっとくしゃくしゃになっている。


「それじゃ口数を確認する。そこの可憐な妖精さんも手伝ってくれますかな」


「し、仕方ないわね」


 この妖精、ちょろいな。



 エが風魔法を使って空気を操作し、葉を10枚ずつの束にしていく。レモバの葉を傷つけないように絶妙な魔法操作を行っていると思われる。


 10枚ずつの束が150組作られた。


「さすが妖精様ですな、お見事でございます。買取の希望でございましたな。今回妖精様からの持ち込みということで、こちらの窓口でも確認作業が省略出来る部分がございますので、手数料として頂く金額を5万レクスルとして残りの10万レクスルをお支払いいたします」


 おぉー。と周りの冒険者からは感嘆の声が漏れ出る。


「今回ハルカ様は採集のランクを無印から2ランクアップのFランクとして身分証にも登録いたします。依頼達成数も150回を加えますので、総合ランクもFといたします。討伐ランクに関しては無印のままとなりますので依頼を受注する際は注意してください。今後とも冒険者ギルドをよろしくお願いいたします。」


「まじかよ! あの不愛想なエドガーの爺からあんな言葉が聞けるなんて思ってもみなかったぜ」


「あの少年は迷子か?! 凄い能力を持っている妖精と一緒なんだな。うらやましいぜ」


 一連のやり取りを見ていた周りの冒険者は口々に僕の事を称えるような事を言っている。


「ハルカ様、一度クロエ様と同一のパーティとして身分証に登録させていただいてもよろしいでしょうか? 今後も冒険者ギルドで何かあった際にクロエ様の絶大なお力を借りたいのでそうしておきたいのですが」


「し、しょうがないわね。いいわよ!絶大可愛い私の事をちゃんと理解してくれているみたいだからね」


 会話は僕を置き去りにされたままに進められていく。絶大可愛いってなんだ。


 僕の疑問はなんの答えも得られぬまま、絶大可愛い”らしい”クロエさんとチョロイ妖精を手玉にとるエドガーさんの攻防を傍観するのだった。


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