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はじまりの街イニティ

「おぃ、お前ずぶ濡れじゃないか? どうしたんだ」


 詰所に近づくともう一人の衛兵がこちらを迎えに来た。


「すまない、少し体調を崩してしまったみたいだ。こちらの迷子(ロスト)の方に助けてもらったんだ。仮の身分証発行を行うから記録簿を取ってくれないか。」


 詰所の中の椅子に座りながら同僚に手続きをお願いする衛兵さん、弱っていてもシャキッとしている。とても真面目な人のようだ。


迷子(ロスト)? ずいぶんと久しぶりだな、こっちに降りてくるのはいつぶりだ。50年ぶりくらいだろうか?」


 記録簿をめくりながら同僚の衛兵がこちらにくる。こちらの衛兵さんはだいぶ砕けた感じだ。


「おー、記録だと100年前の勇者アスカ様じゃないか。記録に残っていない迷子も多いから一概には言えねぇけどな。ほらよ。ここにお前さんの名前と年齢、元の世界の住んでいた場所と時代を書いてくれ。それとこっちには適性職業とステータスを記入してくれ。記入したくない所は省いておいてくれ。」


 そういって記録簿を手渡してくれた。


 複写式になっている記録用紙が束になっている帳簿だ。同じく渡されたペンで書いていく。


 名前: サクラ ハルカ

 年齢: 17

 アドレス: 日本 西暦2020


 適性: 村人

 ステータス : 省略


「おし、ありがとよ。それじゃ仮発行するぜ」


 複写式の記録用紙を帳簿から切り離し、魔法陣が刻まれた鉄板の様なものへ設置した。


 気さくな衛兵は手慣れた手つきで魔法陣を起動させた。


「坊主、こっちに手を乗せて、反対の手でここのスイッチを押してくれないか。」


 言われるままに鉄板の中央部に手をおいて手前側面にあるスイッチを押した。


 バチバチと音を立てながら記録用紙はみるみるうちに小さくなり、一枚のカードになった。


「出来たぜ、それが坊主の身分証だ。といっても真っ新な身分証で何も機能は付いていないから何の効力もないんだがな。そのカードをギルドや役所に持って行って”証”として使えるようにするのさ」


「失くしたらまた来な、ここは発行しか出来ないところだからいつでも空いてるぜ!」


「ありがとうございます。それともう一つ、妖精も身分証とかって居るんですか?」


「妖精?! 居るのか?! ここに?! どこだよ?!」


 クロエが衛兵の視線から外れるために僕の後ろに回り込んで小さくなっている。


 あ、この人も見れない人なんだ。


「あっ、あのー」


「あぁあ、悪いかったな、妖精がいると思ったらちょっと興奮しちまってな。妖精は神の御使いだ、身分なんてもんは神様に保障されてるようなもんじゃねぇか。そんなもんいらねぇよ」


 砕けた感じのいい人と思ったけどちょっと変わった人かもしれないな。


「そうなんですか、ありがとうございます」


「それじゃあな、ここから入って街の中心に向かってまっすぐ歩きゃあ各種のギルドがあるから、そこでいろんな手続きをするといいぜ」


「親切にありがとうございます」


 防壁の内側は陽が傾き夜の帳が降り始めた頃だというのに明るく、かなり賑やかな場所だった。


 魔法で照らされる市場は幻想的な雰囲気で満たされていた。色とりどりの野菜やフルーツのようなものが芸術的に積み上げられている区画。小さな雑貨を綺麗な装飾の移動式店舗が整然と並べられている区画、民族衣装のような色鮮やかな発色の服が軒先に吊るされている区画。

 どれもこれも露店や移動式の簡易な店舗ばかりだが、どの店も目を惹かれる魅力的な店だ。そして、そこで売る人も、買う人も色々な種族の本物のファンタジー世界だった。


 全体的な数で言ったら半分異常は人型の人間のような種族じゃないかなと思う。中には耳が尖っていたり身長が低い人も居たので単純に僕の知っている人間ってことではないと思う。


 それでも半数の人は身体的な特徴が顕著に出ている種族の方々だ。背の高い巨人のような種族に、動物の耳が髪の毛から覗いている種族、ゲームで言ったら敵で登場するかような真っ黒い肌に赤い目をした種族と、何をどこからどう突っ込みを入れればいいのか分からない世界が広がっていた。


「ようこそレヴェラミラはじまりの街イニティへ!」


 門の外ではなかなかの空気っぷりだったクロエはここぞとばかりに市場を案内してくれた。


「どう? 凄いでしょ?」


 クロエは得意げな顔をしながら説明し始めた。


「レヴェラミラはね、なんでもありの世界なんだよっ! ハルカが居た世界からもいろんな人が迷い込んで、そしてここに住む事にした人もたくさんいてね。その人たちの知識とか、動植物とかを持ちこんで行って、発展していったんだよ」


 とても楽しそうにそして誇らしげにクロエは言う。


「本当に凄いなここは。これだけ色々な種族が同じ場所で生活するのはなかなか難しいんじゃないか?」


 クロエは自慢するように教えてくれた。


「ねぇ、出会ったばかりの時にも説明したでしょ?言葉のこと、この世界には魔法がかかっているのよ。言葉や意思の疎通なんかはしっかりと相手の事を理解しようと思えば理解出来るのよ。もちろん個人の諍いや国家間の戦争はこの世界にもあるわ。それでもこの世界に存在する全ての生き物は、この世界とはまた別に生きてもいる。ここで死を経験したとしても完全には消滅しないのよ。だから、この世界で生きる者は死というものを次に進むステップのようなものとして考えられているみたいよ。リスクを犯してまでこの生活を手放したく無いって感じなのかな」


「そっか、みんなこの世界が好きって事なんだね」


「そうね、誰かと争っても良いことがないって分かっているからね」


 含みをもったような返答だったが、この時は僕はその意味に気づけなかった。


「さっき言ってた死が次に進むってところ、少し難しいからもう少し分かりやすく教えてもらってもいいかな?こっちの世界で死ぬとどうなるの?」


「この世界からその人は消滅するわ。そして元の世界ではそれまでの記憶や立場、が無くなって新しい人生を強制的に始めさせられるわ」


「えっ? それって具体的にはどうなるの?」


「記憶喪失になってそこから元の世界での新しい生活がスタートするの。そして、それまで関わっていた人たちの中にある記憶まで消去されるの。」


 改めて聞くと本当に凄い事が起きている。本人の記憶だけでなく、その人にまつわる記憶や出来事まで消えてしまう。しかもこれは死ななくとも、こちらの世界に長く存在すればするほど元の世界では顕著になってしまう特徴でもあるのだ。母さんは今そんな状況の中で生きているのだ、僕が助け出さずに誰が助けるというのだ。


「……絶対に母さんを連れ帰る。もう一度みんなで一緒に暮らすんだ!」


「そうね、それがいいわ。それがこの世界のためにもなるのだから」


 なぜかクロエも真剣な表情で僕と向き合い、互いの意思を確認しあった。


「焦らずに着実に迅速に進めていかないといけないわ。ハルカ、いきなりこんな所に連れてこられていきなりこんな状況になってしまって戸惑っていると思うけどこれからも頑張っていきましょうね。素敵妖精のクロエ様もサポートしっかりするからね。」


 相変わらずのクオリティの低い説明だが、必要な部分はしっかりと聞けば答えてくれる。クロエと共になんとかして母さんを探さなければ。


「そろそろギルドに付くわ。このギルドは冒険者ギルドでクエストの受注と発注を行っているの。それと各ギルドには武術や魔術の指導者が常駐して、研修を行っているの。その研修を受けながらクエストをこなしていくのが一般的な冒険者よ」


「へー、冒険者の育成もしているんだね。今から行くギルドはどんな研修があるの?」


「イニティにあるギルドのは剣と魔術の研修が受けれる様になっているわね。この世界でのスタンダードは2人1組~5人1組までのパーティを組むの、その中核になる二つの職業が剣士と魔術師ね」


「念のために聞くけど、村人に……」


「無いわ……」


 僕が喋っているのに被せるようにクロエは言う。そして、次の言葉を互いに見失った。


「……」


「……」


 なんとか口を開き、様子を伺った。


「ですよね」


「当たり前じゃない。適性もなにも、ここで生まれ育った生き物はすべからく村人よ?」


「村人、どこにでもいるもんね」


「ここは素直に剣士の研修を受けて地道にやっていきましょう。バランスは取れているのだから大丈夫、もしかしたら剣も魔術も両方いけるかもしれないわ。」


 クロエの最大限の励ましの中、僕等はクエストボード、依頼を受注する場所に来ていた。


「あったわ!レモバの葉の収集クエスト。10枚1口で1000レクスル! しかも収集上限が無いわ! ハルカやったわね! もしかしたら初日からお金には困らないかもしれないわ!」


 クロエはクエストボードに張り付けられている依頼用紙を持ってきた。


「これを持って買取カウンターへ行くのよ。正式なクエスト受注にはならないけど、買取と実績にはなるからね。それじゃあ行きましょう!」


 薔薇のドレスをくるくると躍らせながら、しかしその笑顔は悪徳商人のような暴力的な笑顔で買取カウンターへ向かうクロエ。


 その後ろをクロエが放り投げた依頼用紙を何とかキャッチした僕が続いていく。

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