あいつを抱く
神崎に失恋した一週間後の放課後。
俺は二週間前とは逆に、神崎から済陵の図書室へと呼び出されている。
「やっぱり、あなたとつきあうことにするわ」
神崎は、恥ずかしそうに目を伏せながらそう呟いた。
「神崎……」
俺は感無量で、あいつを抱き締めた。
あいつは、俺に抱き締められるまま、俺の胸の中でずっと黙って微笑んでいた。
***
俺の部屋に、神崎が訪れている。
俺は、隣に座ったあいつを抱き寄せる。
華奢なあいつの躰を力一杯抱き締める。
次の瞬間。
俺は、あいつを押し倒した。
あいつの紺のブレザーのボタンを外す。
ジャンスカがあいつの足下へと滑り落ちてゆく。
あいつはブラウス一枚になり、その白く引き締まった脚が露わになる。
そして、首の緑のネクタイを緩めてほどく。
そして俺は、あいつの白いブラウスのボタンを一つ、また一つ……と、外していった。
あいつは頰をうっすらと紅らめながら、俺から視線を逸らす。
しかし、俺は、あいつのその尖った顎を持ち上げ、その紅く色づく口唇に口づけた。
あいつの透き通るような白い肌に触れる。
柔らかいマシュマロのような口唇を吸う。
そして俺はあいつの、胸元がレースで飾られている淡いピンクのキャミソールに手を掛ける。
細い肩紐をずらすと、あいつはしどけない吐息を吐いた。
その時。
「あ……」
初めて、弾かれたようにあいつは俺を、拒んだ。
小さな躰が震えている。
しかし、俺は構わず、強くあいつを抱き締めた。
あいつは、これ以上はない程の羞恥の面持ちで、その痩せた頬を更に林檎のように紅く染めた。
俺は再び、あいつの口唇を奪う。
その細く、華奢な躰を折れんばかりに抱き締める。
「愛してる……」
耳元で囁く。
「吉原君……私も……」
俺は、これまでの十七年の人生で、最も昂ぶる激情を感じていた……!
その時──────
「……湘! 湘!!」
耳元で、声がした。
「いつまで寝てるの?! 早く起きなさい!」
何が起きたのか、一瞬、わからなかった。
「また遅刻するわよ」
それは、お袋の声だったのだ!
お袋はそう言うと、部屋から出て行った。
朝の光が、東側のブラインドの窓越しに射し込んでくる。
「夢……」
俺は、呆然と呟いていた。
神崎の告白も囁きも。
あいつを抱いていたことも。
全て、昨夜の俺の「夢」……。
夢の中のあいつを思い出す。
その口唇はマシュマロのように柔らかで。
その華奢な躰は女豹のようにしなやかで。
肌は真珠色に輝いていたあいつの躰。
恥ずかしそうに俺を見つめていたあいつ。
俺の熱い囁きに頬を染め、俺に抱かれていたあいつ。
それもこれも何もかも。
「夢」……!
俺は、まだベッドに潜り込んだまま思う。
まだまだ忘れられない。
忘れるなんて出来ない。
あいつとつきあいたい。
あいつを抱き締めたい。
あいつの優しい笑顔を奪うもの。
あいつの純な心を傷つけるもの。
あいつを泣かせるあらゆるものを俺は、許さない。
この世の全てのものからあいつを守ってやりたい。
ベッドの上の時計を見る。
今日は、あの図書室で、あいつと俺が初めての口づけを交わした日から丁度一週間。
夢の中であいつから告白された日の翌朝だった。
どこまで俺は執念深いんだ!
あいつに、触れた。
あいつに口づけた。
あいつは俺に、抱き締められた。
恥ずかしげに俺の目を見つめた。
何もかも淡く儚い俺の夢……。
夢の中のあいつを思い浮かべる。
俺の手に触れられても、やはり、その優しい微笑みを湛えていた神崎……。
俺は、あの図書室での口づけを一生忘れないと思う。
あいつの微笑みは、いつまでも俺の心に残ってゆく。
それは、男泣きの涙に濡れた朝だった……。