依頼その7 窮地の白魔術師
「ふわぁ……ただいま帰りました。おはようございます」
私は欠伸をしながら馬車に戻ってきた。
昨晩はノヴァさんに襲われそうだったので、こうして逃げていた訳だ。
ブレキアから持ってきた朝食を摂りながら、ノヴァさんが返事をする。
「お、朝帰りとはとんだクソビッチだな」
「違います! 1人で寝てたんです!」
「なるほど、夜の一人遊びしてた訳か」
「違いますってば!」
ノヴァさんは私の事をどれだけ痴女だと思ってるんですか。
ホント最低ですよ。
「さ、バカな事言ってないで今日も旅しますよ」
私は未だ食事中のノヴァさんを促し、馬車を動かした。
──私達が温泉に入った街を離れ、少し経った頃。
何もする事がない私達は無駄話を続けていた。
「そういえば、昨日は独りで寝てて怖かったんだぞ。それに寒かったし」
「ノヴァさんが変な事言ったからですよ」
またおかしな事を言い出すノヴァさんに、私はジト目で言い返す。
「でも、ソフィーの下着布団で寝たから暖かかったぞ。ありがとな」
「なっ!? なんて事してくれるんですか! わ、私の下着になんて事するんですか! それに、ノヴァさんに初めてお礼を言われましたけどこんな事でお礼言われたくなかったですよ!」
激昂し立ち上がる私に。
「……嘘だよ」
「今の間はなんなんですか!?」
本当に最低ですよ……。
もうこの男と一緒に旅したくないです……。
「本当はしてないって。カバンの中見てみろよ。黒の下着達にシワなんて付いてないから」
私は言われた通りにカバンの中を確認し、ノヴァさんが嘘をついていないと事が分かった。
「あ、ホントですね。疑ってすみませんでし…………ちょっと待ってください。なんで下着の色知ってるんですか!」
叫んで詰め寄る私にノヴァさんが不思議そうな顔をして。
「なんでって、見たからに決まってるだろ?」
私はノヴァさんの首を絞めにかかった。
「──ったく、その薄い胸を押し付けてくるのかと思ったら首絞めてくるなんて、とんだアバズレだな」
散々暴れ回って疲れた私達は、肩で息をしながら休息をとっていた。
そんな私に胸の事で煽ってくるノヴァさん。
「私だって好きで貧乳になってる訳じゃないですよ! 私だって大きい方がいいんです!」
私はとある作戦のため、昼前から食事を摂りながら言った。
ブレキアから持ってきた食糧品と水を大量に広げて片っ端から食べていく私を見ながらノヴァさんが。
「そりゃあ俺だって大きい方がいいさ。俺の息子にはスクスク元気に大きく育って欲しいしな」
「ブフッ!! ごほっ、けはっ……なんて事言うんですか! 今、最低な下ネタを言いましたね!」
「おまっ、汚ねぇな! ていうか下ネタって何がだ? いったい何がどう下ネタなんだ? 俺はただ、いずれ産まれる息子に大きく育って欲しいと……」
「分かりましたよ、私が悪かったですよ!」
吹き出したモノを拭きながら、私はノヴァさんに訳も分からず謝った。
もうこの人と一緒に居たくない!
「ハア……ったく、お前と居るとすごい疲れるんだよ」
ため息をつきながらノヴァさんが言うが、それはこっちのセリフです。
「お前みたいなのがアカデミー主席卒って言っても誰も信じないだろうな」
私はご飯を頬張りながら、ノヴァさんの言葉に顔をしかめる。
「わ、わたひはって、あはへみー」
「飲み込めって! 昨日も言ったろうが! 飲み込むまで待ってやるから!」
少しして、言った通りに私が飲み込むまで律儀に待ってくれたノヴァさんに。
「私だってアカデミーで勉強して好成績残してたんですよ? いろんな研究もして、アカデミーで講師として働いて欲しいとまで言われたんですよ?」
「誰が言ったか知らんが、そいつの目は節穴だな」
ノヴァさんの言葉を無視して再びご飯を食べ始めた私に、ノヴァさんが聞いてくる。
「アカデミーで研究っておっぱいを大きくする研究でもしてたのか?」
「ンンっ! ゴホッ!」
私はまた吹き出しそうになるが、口元を抑えてなんとか耐える事に成功した。
胸を大きくする研究は全くしてないが、一時期そんな研究をしようかと本気で悩んだ時期があったため、私は目を逸らしながら答えた。
「わ、私は魔法への抵抗について研究してたんです! そんな研究してません!」
私の返事を聞いても興味が無さそうなノヴァさんが。
「ふーん。そんなに飯食ってるからおっぱい大きくしようとしてるのかと思ったよ」
「ブハッ! な、なんて事言うんですか! 違いますよ! ご飯食べても胸が大きくならない事くらい知ってます!」
私は口に含んでいた水をノヴァさんの顔に吹きながら慌てて答えた。
「お前さあ……美女の口から水をかけて貰うのは悪くないんだが、時と場合をだな……」
うわぁ…………。
どうしましょう。
これは本気で引きますよ。
私はこれ以上この話題を続けたくないと思い、適当な話題に変えた。
「そ、そういえば、ノヴァさんは故郷でどんな仕事してたんですか?」
その言葉を聞いて、タオルで顔を吹いていたノヴァさんが。
「学者だ。ありとあらゆる事を勉強していた。あれだ、おっぱいが大きくなる方法も知ってるぞ」
なんですと!
おっぱいが大きくなる方法!?
私はその話に食いついた。
「本当ですか!? どうやるんですか!?」
早口で鼻息を荒くしながら、私はノヴァさんに詰め寄った。
すると、ノヴァさんが深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。
「揉むんだ」
え?
私が呆然としていると。
「揉むんだ。おっぱいを揉むんだ」
……うーん。
「揉んだら大きくなるんですか……では、今度揉んでみます……」
揉んだら大きくなるって本当でしょうか。
私が考え込んでいると。
「今俺が揉んでやるよ」
「次セクハラ発言したら警察に突き出しますよって言いましたよね!?」
「なぁ、そんな事より、なんでそんなに飯食ってんだ?」
セクハラをそんな事扱いするノヴァさんが私に聞いてきた。
「な、なぜって……お腹が空いたからですわよ?」
「おい、口調が変だぞ。…………そうか、分かったぞ。マセントシアに着くまでに食糧を尽かして、街まで戻らせて時間を稼ぎたいんだろ? そしたらより多くの金を貰えるもんな」
な、なんでバレたんですか!
「ち、違いますよ……」
「おい、目が泳いでるぞ。俺の目を見てみろ」
私の頬を両手で挟んで無理矢理目を見せてようとしてくるノヴァさん。
まずいです!
私の計画がバレちゃいます!
……あ…………。
「おい、どうした? 急にそんな顔して」
私は、今この状況が非常に危険だという事に気がついた。
ヤバいです。
ヤバいです!
私は馬車の床にへたり込み、ノヴァさんを涙目で見つめ、蚊の鳴くような声で言った。
「さ、さっきご飯と水を摂りすぎたので……」
「……トイレに行きたいです…………」