依頼その5 粘液の白魔術師
止まった馬車から勢いよく飛び下りた私の前に、3匹のモンスターが居た。
その名前はテンタクルホワイトスライム。
通称ホワスラ。
白い粘液を出す触手を持っているスライムだ。
あまり強くはないが、状態異常攻撃などを使うとして厄介なモンスターとされている。
「ノヴァさん、ホワスラですよ! 雑魚ですが3体居るので一緒に戦ってください!」
私が迫り来るホワスラに背を向け、馬車の中に呼びかけると。
「は? なんで俺が? 面倒臭いしいいよ」
馬車の窓から顔を覗かせたノヴァさんが言った。
「なんのために自前の剣を持ってきたんですか! 早く出てきてくださいよ!」
腰のワンドを取り外し構えながら、焦る私は叫んだ。
「おいクソビッチ、昔からホワスラの相手は女だと相場が決まってんだ。男が白い粘液まみれになっても需要は無い」
馬車の窓に肘をつき、眠そうな目で眺めているノヴァさんが言った。
「なんで女の人がホワスラの相手をしなきゃいけないんですか! こんな卑猥なモンスターの相手なんてしたくないですよ!」
触手から白い粘液なんて完全にアレじゃないですか。
ホワスラは、一部の男性が好むようなエロ展開に持ち込む、女の敵です。
「どこが卑猥なんだよ。お前のその発想が卑猥だよ」
尚も動こうとせず眺めるだけのノヴァさんが言ってきた。
「『クリスタル・ブリザード』!」
触手を伸ばしながら近づいてきた1匹のホワスラに、私は氷結魔法を放った。
魔法を喰らったホワスラは、完全に氷漬けにされ、身動きがとれなくなった。
まずは1匹!
「おまっ、何倒してんだよ! せっかく美女がホワスラに触手で弄られるっていう画になるシーンを拝めたのに!」
「何バカな事言ってるんですか! モンスターを倒すのは当然の事ですよ!!」
私がノヴァさんに抗議するも。
「俺……人間のモンスターは共存できると思うんだ。まずは相手の事を分かるために、武器を捨てて触れ合うべきだと思うんだ」
「何カッコイイ事言ってるんですか! ノヴァさんにそんなセリフは似合いませんよ!」
怒った私はホワスラを1匹手掴みにし、馬車の中へ投げ込んだ。
私が放ったホワスラは、放物線を描いてノヴァさんの顔面にペシと直撃し、そのまま馬車の中に入っていった。
よし!
「このアバズレ女が! てめぇ、ふざけんなよ! あっ、畜生、離れろ!」
馬車の中でホワスラと格闘するノヴァさんの声を聞き、私はニヤニヤが止まらなくなってしまった。
ぷぷ、今頃触手で弄り回されているんでしょうね。
残りの1匹を倒したら、ノヴァさんの惨めな姿を拝みに行きましょう。
そう思って最後の1匹に魔法を放つべく詠唱を始めると。
体が動かなくなった。
なっ、どうして!?
まさか、ホワスラが麻痺魔法のパラライズを?
でも目の前のホワスラはその素振りも見せてないし……。
焦る私の後ろから、ノヴァさんの声が聞こえてきた。
「ざまあねぇな、アバズレクソビッチ! 俺の方のホワスラが放った『パラライズ』だ! 俺が交わしたのが当たったみてぇだなぁ!」
嬉しそうにギャハハと笑うノヴァさん。
しかし、その手に抱えるホワスラが触手を伸ばし、ノヴァを縛り上げ押し倒した。
そっちこそ、ざまあねぇですよ。
しかし、体が動かないこの状況では、ホワスラに触手で弄ばれて……!
それだけは何としても避けなければ!
強大な魔力を持つ私は、人並み以上の魔法抵抗力も持っており、パラライズによる痺れがだいぶ治まってきた。
私はまだ痺れる体を動かし魔法を放とうとして……再び体が動かなくなった。
「絶対に倒させるか!」
声のした後ろを見れば、ホワスラに絡まれながらもロープを握り、私の両手にそれを掛けたノヴァさんがいた。
既にノヴァさんは真っ白でドロドロネチョネチョだ。
そんな姿でも確かにロープを握り、私の動きを封じている。
なんという執念!
私がロープで両手の自由を封じられている間に、目の前のホワスラが触手を伸ばし絡みついてきた。
そして白い粘液を出しながら私のおっぱいにしがみつき、服の中に触手を……!
「あっ、あははははは! くすぐったいってばぁ! んっ、ソコはダメ!!」
コイツ、絶っっ対許さない!!
というか、誰も見てないのにめっちゃ恥ずかしい!!
服の中を一通りまさぐられ、どことは言わないが恥ずかしいところも弄られ、恥ずかしさとくすぐったさで死にたくなって来た頃。
ようやくホワスラの触手を剥せるほどに痺れが治まってきた。
私は勢いよくホワスラを引っ剥がし地面に叩きつけると、ほぼ全ての魔力を込めて魔法を放った。
「『クリムゾン・インフェルノ』!」
地面に叩きつけられ弱ったホワスラを、沈みかけている夕日と同じ色で、業火が焼き払った。
うぅ……最悪です…………。
アカデミー主席卒の私が、中堅冒険者ならラクラク狩れるホワスラに苦戦して弄られるなんて…………。
テンタクルホワイトスライムに苦戦していると、いつの間にか夕方になっていたようですね。
そういえば、ノヴァさんはどうしているのでしょうか。
私は馬車の中を覗いてみると。
疲れ果てたように肩で息をするノヴァさんがいた。
右手に刀を握り、馬車の壁にもたれているノヴァさん。
その前には2つに斬られたホワスラ。
そして、馬車の中は一面ドロドロベチャベチャだった。
私が馬車の中に足を踏み入れると、ヌチャっと音がする。
ベタベタでヌルヌルな車内に入ると、ノヴァさんが顔を上げて叫んだ。
「お前、ふざけんなよ! 早くこれどうにかしろ! お前のせいでヌルヌルなんだぞ!」
激昂しいきり立つノヴァさん。
しかし、たった拍子に足を滑らせ転んでしまう。
「プッ! ……どうにかしろと言われましても、魔力が尽きてるのでどうにも出来ません」
「お前今笑ったろ。魔力が尽きたってどうすんだよ!」
「笑ってません」
笑いを堪えて肩を震わしている私の前で、ノヴァさんが見下ろしていることに気づき、顔を上げると。
その手にはホワスラの残骸が握られていた。
「今からこれでお前の所持品全部をヌルヌルにした後、お前もヌルヌルにしてやるからな」
キレ気味の表情でそう告げるノヴァさんに、私は流れるような動作で土下座を敢行した。