依頼その1 開店の白魔術師
「ここで降ります!」
「あいよ、200ネルね」
運転手さんに2枚の硬貨を渡し、私は馬車から飛び降りた。
商業大国ブレキア、首都ブレキア。
その街道を走る馬車から飛び降り、ふわりと宙に浮く麦わら帽子とワンピースを手で抑えた。
私、ソフィー・テレジア、遂にやってまいりました!
商業大国ブレキアです!
子供の頃からお店を開く事を夢見て、魔術アカデミーを主席で卒業した私がお店を開いたあかつきには、きっと毎日店の前に長蛇の列が出来ている事でしょう。
親のお金で買って貰った屋敷の鍵を貰うため、私は不動産屋へと向かった。
我がテレジア家は裕福なので、両親が大金をはたいて、1人が暮らし店を開くには大き過ぎる程の屋敷を買ってくれていた。
お父さん、お母さん、ありがとうございます!
不動産屋に入った私は、職員の方から鍵を貰い、屋敷に向かおうとして……男の職員の方に呼び止められた。
私のような美女に一目惚れして、ナンパでもしてくるのでしょうか。
「君は白髪をしてるんだね。白髪は人数が少ないが、全属性の魔法が使えるのだとか。白髪は初めて見たけど羨ましい限りだよ」
18歳の私は年上とは付き合いたくありません、と言おうとして、私が勘違いしている事に気がついた。
この世界の全ての住人は魔法が使え、生まれつきの髪の色で使える魔法の属性が決まっている。
例えばアカデミーの同級生のエリスは赤髪なので、炎属性の魔法を主に扱える。
白髪の人間は少ないものの、全属性を扱える天才とされている。
しかし、一族の間で髪色が必ずしも同じであるとは限らず、私の妹は光属性を主に扱う金髪だ。
「そうなんです! 私は魔術大国マセントシアの国営アカデミー主席卒の天才白魔術師なんです!」
私の自己紹介を聞いた職員は、自身のことを天才と言う女を怪しんだのか、おかしい人を見る目で少し後ずさる。
乙女をそんな扱いするなんて酷いじゃないですか。
この世界の魔法には、5種類のランク付けがされており、最上級の魔法を除く全属性の魔法を扱える白髪。
更にはアカデミー主席卒。
これで自分を天才と言えない方がおかしいのではなかろうか。
私は絶対おかしくない。
そう、絶対。
その職員の可哀想な人を見る目に耐えきれなくなった私は不動産屋を出て、出発前に発送していた家具等の荷物を取りに行った。
──運送屋の方々に、屋敷の中へ家具等を運び込んで貰った後。
私は屋敷の前に立ち、これから私が暮らす事になった木造二階建ての屋敷を見上げた。
1階を事務所とし2階で暮らしましょうか、と屋敷を見上げながら、これからの予定を考え楽しむ私。
親元を離れ、仕送り無しで一人暮らし。
なんだか大人っぽいです!
さて、明日からの開店準備でも始めましょうか。
大通りに面するこの屋敷に、通りを歩く人が目につくような大きな看板を設置した。
そこには『ソフィー・テレジアの何でも屋』と書かれている。
うん、我ながらナイスな店名です!
何でも屋。
私が開いたのは、何でも屋。
私は考えたのです。
アカデミー主席卒の天才の私が何でも屋を開けば、多くの人が集まり大金を手に入れる事が出来ると。
そのお金で、この屋敷より更に大きな屋敷を買う事が目標なのです。
家のお金では無く、自分のお金で建てたいのです。
アカデミーでゼノン学長に話した際には呆れられましたが、私の薄い胸を張っておかしくない目標だと言いきれます!
明日からの仕事に胸を踊らせながら、私は屋敷の中に入った。
街が紅く染まる夕暮れ時、明日からの仕事に備え、早めに夕食を済まし寝る事にした。
──翌日。
私の店には、昼前から少なくない客が詰め寄せていた。
アカデミー主席卒で、全属性の魔法を操る者。
やはりその肩書きが評判にいい影響を及ぼしたらしい。
朝からチラシを配ってきたかいがありますよ。
1つの依頼を終え事務所に戻り、数十分もしない内に次の依頼人がやって来る。
そうしていると、いつの間にかだんだんと人の来るペースが上がり、休む暇もない状況となっていた。
トイレの詰まりを風魔法で直してくれ、息子に勉強を教えてやってくれ、両親を喜ばすために彼女のフリをしてくれ、カードゲームの相手をしてくれ、等といった依頼をこなしていると、いつの間にか夕暮れになっていた。
仕事って意外と大変なんですね……。
ブレキアに来て2日目、仕事を始めて1日目の今日。
今日の収入は約5万ネルと、まあまあな結果だった。
明日からはこの店の評判を聞いた人達が来て、更に客の数は増えるでしょう。
「──ッ!」
今日一日の疲れを吹き飛ばそうと、屋敷の中で思い切り伸びをする。
仕事は思った以上に大変でしたが、明日からも続けれるでしょう。
私は仕事着としている、汚れても大丈夫なように、白い布を縫い合わせただけの自作の服を脱ぎ、お気に入りの水色のワンピースに着替えた。
「そういえば、今日は店じまいだと言うのに、鍵を閉めてませんでしたね。私とした事がうっかりしてました」
ブレキアは治安がいいと聞いてはいるが、私しか暮らさないこの屋敷には常に鍵を掛けておきたい。
そう思って屋敷の玄関の方を向くと、1人の黒髪の男が屋敷の玄関に立ち、こちらを見ていた。
「依頼に来たのだが、良い物を見せてもらった。今日はもう店を閉めるんだろ? 良い物見せてくれたお礼に明日また来るよ」
「…………」
私は、失礼な変態男を全力で床に抑えつけた。