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ペチュニア

作者: 金芳 奏

 思い出したあの言葉を忘れない。



 私は偽善者だ。


 自分の事を良く思ってもらいたい、良く評価して欲しい、その為に自分の手の届く範囲、声の聴こえる範囲、文字の見える範囲に優しさを振り撒いてきた。

 その相手のことを顔色、声色、所作、発言などのそれぞれを経験と知識で出来得る限り見極め、適切で適当な最善を尽くしてきた。


 偽善に見返りは求めない。求めてはいけない。自分の行為が偽善だと暴かれないために。偽善だと分かっていたから。そのために、見返りは要らないと、やめてくれと相手の恩を可能な限り受け入れなかった。受け入れたとしても、それを見返りで返していた。それが相手を困らせ、時に傷つけていると分かっていても。


 私は無礼者だ。


 優しさを受け入れられなかった。自分の行為が偽善だったがために相手の行為を同じように見てしまっていた。それが本当に心からの善だと思えていても、偽善と見なければいけなかった。そうしなければ、今までの相手への平等の扱いを失う気がしたからだ。


 人の優しさを受け入れる純粋を汚してしまっていた。優しさを受け入れるのが怖かった。一度でも優しさ受け入れてしまったら、また優しさを欲するようになってしまう、自分が相手に心を許してしまっている気がしたからだ。その優しさを受け入れることが歪みを治す薬だと、汚れを落とす薬だと分かっていながら。自分が愛する今の自分が変わってしまうことを恐れて。


 私は臆病者だ。


 時に真面目に、時に剽軽に、時に軟派に、時に硬派に、自分を演じてきた。笑顔の仮面を被って。演じてきたとは綴ったが、でもその全てが本当の自分であった。演じた偽りの自分であっても、演じたのは自分だからだ。演じることが自分の本質のひとつだったからだ。


 笑顔の仮面を被っていれば、何事もなく過ごせると信じていた。そう自分に暗示していた。臆病者であるが故に、自分を信じることしか、暗示することしかできなかった。全ての相手を恐れていた。恐れるが故に、笑顔の仮面を被り続けた。誰にも仮面の下を見せないように。


 私は道化だ。


 いつでも笑顔の仮面を被り続けていた。例え転んでも、虐げられても、嘲笑われても。自分を虐げてまでも。相手に少しでも笑顔で居てもらうために。相手を恐れるあまりに。代償が呪いであるとも、毒であるとも知らずに。いつ何時でも、笑顔の仮面を被り続けた。


 仮面を被り続けたが故に、仮面の外し方を、外す時を見失った。それは呪いであった。そして、その呪いは毒でもあった。その毒が自分を相手をも蝕んだ。相手が自分を虐げることが当たり前になった。自分は虐げられても笑い続けることが当たり前なった。虐げる行為も時間とともに増長した。


 そして、気づかされた。自分の意識していなかった本質、呼吸や鼓動ともいえる最もの歪みに。



 私は壊れていた。

 虐げられることに安心を感じていた。

 虐げられていないと不安だった。



 それは、決して自分で気づくことの出来ないほど、記憶の奥深くに刻まれていた自分の本質だった。

 酷く虐げられることがなかったら気づけなかった。気づきたくもなかった。でも、気づいてしまった。


 それと同時に、私を壊した言葉を思い出した。


 私は偽善者でも、無礼者でも、臆病者でも、道化でもない。



 私は…出来損ないだ。



 出来損ない。

 その言葉だけが頭の中で反響し続けている。今までも、これからもきっと。


 虐げられる安心。それをどうしても手放せない。私にとっての呼吸であり、鼓動なのだから。


 それでも…それでも、この呼吸と鼓動を止めてしまいたい。虐げられることは安心を感じる。でも、それと同等以上に、身体も心も痛い。


 この呪いを、毒を誰か解いてはくれないだろうか。

 そんな願いを抱きながら、今日も安らぎを求める。


 その安らぎが、いつか綺麗な形に変わると祈って。


 心を、身体を、そして私を、綺麗な安らぎで満たされる日を探し続ける。

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