第一話
こんばんは。暁海洋介です。朝に投稿予定でしたが、正月早々の夜勤後にやるにはあまりにも体力を消耗していたので遅くなってしまいました。というわけで、第一話どうぞ。
俺がそれを感知したのは明け方の事だ。自分の所有するダンジョン――といっても何年も前に用途廃止したもので、最近は俺が発案した魔物を家畜にする計画のおかげで牧場と化している――で飼っている魔物たちに出す朝の食事を準備しているところだった。いきなり大きな揺れがやってきて咄嗟に落盤に備えた。幸い、落盤は周囲には起きておらず、自分は無事だ。
「みんな無事か?」
「みくは無事です」
「はつも無事ですーー」
俺が肉声と魔力通信機で呼び掛けると使い魔たちからも声が返ってきた。ほかにもたくさんの声が返ってきてほっとするが、すぐに安全確認をする。ダンジョン内部は複雑かつ広大なので徒歩では移動しない。専用に鉄道を敷いてそれで移動しているので可能な限り走れるところまで確認に出る。
「それじゃ、出しますね」
「おう。頼むよ。みく」
「はーい」
ダンジョン内は広いので、俺用に作った専用の事業用車を走らせて巡回するが、階層間の移動は蒸気機関車に押してもらっている。勾配がきつ過ぎて上れないからだ。後押し機関車の運転台には体力自慢のオークと車両自身でもあり、使い魔でもあるみくがいて、機関車を動かしてくれる。彼女の正式な名前は三九〇〇形蒸気機関車という。かつて日本の鉄道で走った機関車で今は無き、信越本線の横川と軽井沢とを結ぶ碓氷峠区間で最初に走ったアプト式蒸気機関車だった。みくはその機関車の車魂とでも呼ぶべき存在だ。
「そろそろエントランスに入ります。揺れるので気をつけて」
「はいよ」
機関車はゆっくりとレールとレールの間に歯のついたラックレールと呼ばれるレールがある区間に入る。ラックレールは三枚を通常のレールに並行に並べたものを一セットとして敷設されている。機関車の一個目の動輪がラックレール区間に入ると車体が衝撃で上下に揺れる。その動輪の後ろにある歯車と噛み合ったからだ。
このように機関車の歯車とラックレールとを噛ませて走るのがラック式鉄道で、この方式のは種類がいくつかあり、ただの歯がついただけのレールを一枚ないし複数枚並行に並べて機関車の歯車つき台車と噛ませるこの方法は考え出したスイス人のローマン・アプト氏の名前からアプト式と分類されている。アプト式は急勾配に強いが、保守性に難があるし、輸送力も小さい。しかも構造上高速は望めない。
だが、広大すぎるダンジョンを牧場化する際、移動の関係で鉄道を敷いたはいいが、各階層を移動するのに使うルートは高低差が激しいので、普通に建設してしまうと勾配を緩くして入口から最下層のマスタールームまでかなりの距離を大きく迂回しながら下ることになる。
だが、そんなスペースはないし、資材が足りないので距離を短くとるためにアプト式を採用した。この方式なら敷設距離を短縮できるメリットがあるが、それを覆い隠すほどのデメリットがあるのはさっき言った通りだ。
それでもアプト式にしたのは、初めてこのダンジョンを視察しに来たらなぜかすでにlpこの方式の線路が敷かれていて、さらにかつての碓氷峠で活躍していた機関車たちが眠っていたからだ。使えるものは使う。その方が車両の用意については考えなくても楽でいいしな。
ちなみにもし彼女たちがいなかったら、ケーブルカー式かオーク辺りに押させて運ぶ形にするつもりだった。材料が無いわけではないし、構造もアプト式よりはるかに簡単だからな。
そんなダンジョン内鉄道でマスタールームから各階層へ安全確認の指示を出してから自分の目で出入り口までの出入りルートを確認した。とくにラックレールのゆがみや外れがないかを目視でゆっくり確認しながらだ。ちなみに勾配のきつさは千分の六十パーミルで、今日は安全確認でいつもより低速だし、みくは蒸気機関車なのでそれほど速度が出ないので四時間ほどかかったが、普段はアプト式線の横に敷設してある普通鉄道方式の専用線路を使っているむつみに乗せてもらえば坂を登る場合で一時間、下りる場合は一時間四十分で出入り口とマスタールームを行き来できる。
「マスター。もうすぐ出入り口ですが、いかがなさいますか?」
「もちろん外へ出て確認もするよ。王都の方が大丈夫か確認したいし」
「かしこまりました。お気をつけて」
「うん」
出入り口に問題もなかったので、みくに留守を頼んで機関車を降りて外へ出た。その瞬間に俺は硬直した。
「なんだよ。これ……」
本来なら日本ではないとある世界の山の中腹にある森に出るはずなのだが、目の前には線路があって、架線があって、さらに変電所、奥にはトンネルが三つある。
出てきたところを正面に見れば左隣りにはトンネルが三つ。うち二つには線路があり、かなりの急勾配。これはひょっとして俺の記憶に間違いが無ければ信越本線の廃止された碓氷峠区間にあった熊ノ平信号場じゃなかろうか。
もしそうなら変電所の奥のトンネルは三つじゃない。さらにもう一つあるはずだ。確認のために変電所の先へ進むと確かにもう一つあった。うちでも使っているアプト式が現役の頃に坂を上る下り列車用の押し下げ線の距離を確保するためのトンネルだ。出てきたところから見えた三つのトンネルのうち、線路の敷かれていない方は廃線になってからだいぶ経ってアプト式時代のルートを整備した遊歩道になっている区間の物で、これを通って行けば麓の横川まで下りられるはずだ。
横川まではここが本当に熊ノ平ならトンネルは十個ある。これを数えてさらに途中で橋を二つ渡ればつける。さらに横川までの途中には碓氷温泉郷湯の里村という温泉施設がある。これらの存在を確認できた場合には最後に横川駅まで行ってそこで連絡を取ろう。
その前にろくに使っていない携帯と日本円を取ってこないと。あと、穴が空きっぱなしの出入り口は隠さないと騒がれて中を調べられてしまってエライことになるので擬装しなきゃ。
そう決めた俺はいったん、戻って準備をすることにした。まず魔法が使えるかのチェックも兼ねて出入り口としてぽっかり空いてしまった穴を元のコンクリート壁に擬装してみた。これも重要なチェックである。
「出来ちゃったよ……。おいおい。一番考えたくないことが起きちまってるな」
さっそく試してみたら、擬装魔法で出入り口を隠すことが出来てしまった。最悪だ。
もし、仮に魔法が使えなかったとしてもこの出入り口を出れば自分のダンジョンから日本に出られる状態というのは考えたくもない事態にあることを意味するのは変わらないけども、これが意味することは最悪である。どのみち早急に対策をしなければならないからうまくいったことは歓迎すべきなのだろうけど。
もう一刻の猶予もないので普段は使わない転移魔法でマスタールームに戻り、支度を済ませて使い魔たちに外へ出ないように注意して留守をお願いし、出てくると、遊歩道を足早に降りて行く。横川までは約二時間の道のりだが、信じたくないものが次々と見つかってしまう。
「なぜか中が停電してたけど、トンネルは十個あるし、途中でめがね橋で有名な碓氷第三橋梁も渡った。最後のトンネルを抜けて、新線合流地点の湯の里村の建物まできっちり確認できちまった……」
ここまで見てしまえば、おそらくこのまま下りたら間違いなく横川駅に着くのはもう明らかだ。その確信が出来てしまったのは、頭が痛い。
そこから四十分少々、新線を下って駅が見えてきた。横川駅だ。何が起こっているのかさっぱりだが、とりあえず確認したいことはしたので久しぶりに携帯を起動して電話を試みた。残念ながら起動はしたが、基地局も停電しているのか電波が入らないらしく、圏外表示になっていた。
「ちっ。アプトの道のトンネルが停電してたから横川の町でも停電して携帯が使えない可能性があるのは分かってたけど……。公衆電話は無事かな?」
駅前にある公衆電話で電話をかけた。だが、これも通じない。おそらくと思って確認したら駅の信号機も消えていた。間違いなく停電しているな。仕方がない。バレて騒ぎになる可能性があるが、魔力で作動させてみよう。ちょっと小細工がいるけど。
魔法で公衆電話をいじくってなんとか使えそうな状態にして、さっそく電話をかける。かけた先は遠く離れた宮崎のとある家に住む人だ。俺自身は宮崎出身でもないし、家族でもないけど、その家は赤の他人というわけでもない。むしろ彼がいなければ今、ダンジョン管理なんて気の狂った仕事をやってはいない。
おかげで、ファンタジー世界で就職なんて得難い経験と好きなものに囲まれた生活という変に精神衛生的によろしい生活を送ることができているわけだし。
「もしもし。あ、高森さんのお宅で合ってますでしょうか。熊野です」
「合ってるが、熊野くん。なぜ、電話が通じるのだ。今、停電中で電話が通じない状態だぞ。それにそっちから連絡するなら信之のところを経由して会いに来れるだろう。何があった?」
「ああ。やっぱり。こちらも停電しておりますが。、僕の方で公衆電話に細工をして何とか繋いでいる状態です。実はダンジョン管理の作業中に地震が来て、確認のために外へ出たら群馬の田舎に出てしまったんです。本来なら僕は向こうで魔王様のもとにまっすぐ向かえるはずなんですが。ダンジョンは今のところ落盤などによる損傷はなし。使い魔たちも無事ですが、出入り口が熊ノ平の信号場跡に通じてしまっているので、念のため、地元住民や観光客がうっかり穴を見つけて騒がれないように擬装しました」
電話に出てきた爺さんと今の状況を話す。名前は高森修三。俺がダンジョン管理を任されるきっかけになった魔王様の知り合いで日本とダンジョンがある異世界とを結ぶ連絡路の管理をしている。
その爺さんが言うには突然、強い光に包まれたかと思えば地震が発生。何が起こっているのか分からんが、収まったと思ったら停電状態になっていたそうだ。宮崎でも電話がうんともすんとも言わないということは全国的にダメだろうな。これは。
「ふむ。そっちの状況は分かった。一度、きちんと話し合って改めて状況を確認せんとな」
「ええ。僕も一度、高森さんのとこから、まだ王都へ直接行ける状態なのかと元の場所の現状確認はしたいですし」
「おっと。そうだな。それもしなければ。わしも信之と連絡を取りたい。魔王様のところに行けるかどうかは、こっちで先に確認しておこう。他には?」
「ありがとうございます。停電ですが、もしかすると全国規模かもしれません」
「……参ったな。停電が全国規模の可能性はあり得る。そうなるとこのままだと終日動かない可能性があるだろうから、こちらにもすぐには来れそうにないな。どうやってそっちに行くか、もしくは来てもらうか悩むな」
お互いにとにかく情報が欲しいのは一致している。爺さんの方は地震もそうだが、謎の光という事態も見ている。しかもこちらから出向くにせよ、向こうから来てもらうにせよ、電気が使えないということはほぼすべての交通システムが全滅だろう。鉄道関係も動力はもちろん、列車制御システムも使えない。道路だってろくに信号がつかないのではどこでも事故も起こるし、渋滞もひどいままになるだろう。航空機についても同じだ。離着陸はパイロットの目視で出来るが、空港までは誘導できない。
つまり、船舶以外はどの交通機関でも発電所が復旧できなければ、動くことはできない。これでどうやって爺さんのところに行けばいいのか。
しかもだ。魔法が使える。いや、そういえば爺さんのところと魔王様のいる街と繋がっている場所も使えるから、もしかしたら元々日本中で魔法が使えるのかもしれない。決めつけるには早すぎる気がするな。この状況から考えると俺が揺れを感じている間にダンジョンが日本に移動してきたか、あるいはダンジョンのあるこの世界に日本が移動してきたのかのどちらかが起こっているのは間違いが無さそうだ。
「ですね。停電の規模次第ですけど、もしも全国規模なら、どのルートも使えません」
「だな。うちもそうだが、東京の方ですら全域停電ならおそらく全国的なものになっていると見ていい。地震で発電所が緊急停止しているなら余震に警戒してしばらく動かないだろうな」
ここで自分のダンジョンで飼っているもののことがふと頭に浮かぶ。鳥系の魔物がいるじゃないか。あれで移動が出来るかもしれない。
「その手もあるかもしれんが、それはやめた方がいい。プロのパイロットでもできないのにお前が日本の上空を誘導なしで最短距離を通ってたどり着けると思うか?」
「無理ですね。よくよく考えれば、うちで一番遠くまで飛べるやつに乗っても、ここからじゃ、一気に飛べるのはせいぜい静岡くらいまでです」
爺さんの言うとおりである。しかもレーダーに引っ掛かれば確実に自衛隊が飛んできてしまうし、千キロ以上の長い距離を飛ばしたことはないから食事や休憩のために寄り道しながらになる。その全行程でどうやって魔物を隠すのか。隠れて出るには日本は発展し過ぎだし、ダンジョンの出入口をふさぐのに使ったように隠蔽魔法を使う方法は無いわけではないが、生物の出す体温などを隠すことは無理だ。何より、今の状態では効果時間の見極めが難しい。
それに空路で移動したことはないのでどう向かえばいいかに悩む。あまり高高度を飛ぶことはできないし、地図通りに進めばいいとはいっても経験のない場所を飛ぶのは簡単じゃない。
「なら、なおさらだ。こっちから迎えを寄こしてやるからそれを待て」
「やっぱりそうなりますよね。でも、迎えって、ここからじゃ千キロ以上ありますよ?」
「心配するな。明日、列車が動くのを期待しても構わんが、それに期待するのは酷だと思うぞ」
爺さんとの打ち合わせの後、ダンジョンに戻ってから状況整理を兼ねて各層を見て回ることにした。彼が言うには翌日にはつくそうだが、どうやってここに来るというのだろうか。
「え。熊ノ平に出られるんですか!」
「ああ。前にむつみたちが言ってた通り廃線になって久しい遺構だけどな」
「跡が残っているなら見たいです!」
「今はダメだ。もうすぐ夜になる」
「じゃあ、明日は?」
「しばらくは無理だ。今の状況で出たら間違いなく、ここのことがバレる」
「あ。そうですよね……。マスターの言う通りなら余計な混乱を招いてしまいます……」
それと戻ってきてすぐに使い魔たちに状況を教えてやった。予想通り、みんな外へ出たがったが、気持ちは分かるが、もうすぐ日が暮れるので出ることを禁じた。熊ノ平の名前通り、ここは、ほんとに熊が出る。熊だけならいいが、他にも猿やイノシシの出現情報もある。時期的にスズメバチもまだ元気だ。いくら車魂でも彼女たちが無事で済む保証はない。
ちなみに碓氷峠区間が廃線になったことは一番新しいEF六二や六三形電気機関車の車魂たちのおかげでみんな知っている。なので、見せてやることも考えはしたが、熊ノ平を見せたら間違いなく横川や軽井沢の状況を見たがる。どっちに行くにしても本体を熊ノ平の構内に出さないといけない。それをやってしまうと騒ぎになるのが分かりきっている。
だから、悲しい顔をされるのはつらいがいつか見せてやるからしばらくは我慢してくれとお願いした。
「よう。大河。元気にやってるか」
「の、信之さん!?」
「相変わらずだな。爺ちゃんから頼まれたんで迎えに来てやったぞ」
翌日。夜中に魔導通信機が鳴ったので出てみたら、爺さんの孫で魔王様の街で鍛冶屋をやっている信之さんだった。彼が来たということは爺さんところの連絡ルートは生きているわけか。なら、魔王様と相談もできるし、他の連中とも連絡が取れるはずだ。
「よくここまで来れましたね。どうやって来たんです?」
「ははは。まあな。車で来た。今朝には復旧したけど、停電のおかげで昨夜は高速はほとんど使えなかったし、信号が死んでるから幹線道路は渋滞ばっかりだったし、二度とこんな状況で運転なんかしたくねえわ」
「車ですか!」
「ああ。燃料はガソリンだけどな。災害対策で給油しなくても魔素を使ってタンク内で自動生成できるようにしてあるから給油する必要はないぜ」
「ま、魔素ですって!?」
「そう。魔法を使うのに必要なあの魔素だ。向こうで足として使う用に軽トラ持ち込んで改造してあるのはお前も知ってるだろ。魔法がこっちでも使えるのは知ってたから、ついでに親父たちの車も改造したんだ。まあ、荒れ地を走る前提でタイヤを交換してある俺の軽トラと違ってこっちはガソリン車だけどな。というか、お前、前にも言っただろうが。こっちも魔法はどこでも使えるって」
「そうでしたっけ?」
どうやって車をこっちまで走らせたのか聞いたらとんでもない答えが返ってきた。車でよくこんなところまで。しかし、そんなこと言っていたかな。全然覚えていない。
「はあ……。五年前に陛下にお前を紹介する時に言ったじゃん。ああ。そう言えば、お前ろくにメモも取って無かったな。覚えてるわけないか」
露骨にがっくりされた。魔王様の前で緊張し過ぎたから仕方ないじゃないか。まったく。そんなやりとりのあと、マスタールームに案内して、出発は明日ということにして爺さんに話したことを同じく彼にも伝えた。魔王と相談するということは彼も賛成してくれた。
「それじゃ、みんなで留守は頼むぞ。くれぐれも外には出ないでくれよ。本体を出してもレールが無事な保証はないし、何より、ここがバレて中に入られて万が一、魔物と遭遇して死なれでもしたらお前らのことが守れなくなるかもしれん」
「分かってますよ。マスター。みくたちは出ないように気をつけます。あと、魔物が外へ出ないように注意しますね」
「そうだな。ここが牧場ったって、ほとんど放し飼いだしな。一応、障壁作ってあるから通路に横穴開けて出ることは不可能な状態にしてはあるが、一階層目まで上がってきた後に勝手に出ないように警戒はしておいてくれ」
「はいです」
「それじゃ、行ってくる」
「お気をつけて」
朝を迎え、使い魔たちにまた留守を頼んだ後、熊ノ平の構内から旧国道へ出る。熊ノ平の下には駐車場がある。そこに信之さんの車が置いてあった。
乗り込んでから彼がキーを回してエンジンを始動させると、黒塗りのセダンはいい音を奏でて起きた。俺がシートベルトを締めると信之さんはナビを設定して、宮崎までのロングドライブを始めた。
いかがでしょうか。まだまだ動きはないですが、徐々に話は動いて行きます。ちなみにコミケに出した分である八話までは連日投稿していきます。その後については休みや出勤前にちまちま進めて行くので九話以降は週一か隔週で更新する方針です。よろしくお願いします。