プロローグ
ぼくは、浪人した。
そしてぼくは今年、留年した。進級できなかった。大学二年生で、だ。
「おまえ、自分が何をしたかわかってるのか?」
父が言う。ぼくの父はエリートだ。
「どれだけおまえに金かかってると思ってるんだ」
ぼくの大学は理系で、たった一年いるだけで百万はゆうに越えてしまうほどお金がかかる。
ぼくの家庭は裕福ではない。けれど、貧乏というわけでもない。いわば一般家庭。
「それがなんだ、パチンコ? ふざけるなよ……!」
ぼくは大学二年生でギャンブルにおぼれた。深く深く、おぼれた。そのせいで大学に行かなくなり、ほぼすべての単位を落とした。
「おまえ、これから奨学金も借りれなくなるんだぞ」
基本、留年したらぼくの大学は奨学金を借りれない。まあ、そりゃそうだと思う。
「わかってんのか! おい!」
父がバンと机を叩く。横にいる母がビクンとする。
「ちょ、パパ! 落ち着いて!」
母が父を落ち着かせている。父はぼくを睨んだまま動かない。
「きっと茂司にも色々あったのよ。そうよね? 勉強についていけなかったとか、そういう。じゃないと茂司がギャンブルにハマるわけないもの」
「……おれ、友達と六人くらいでギャンブル仲間のグループ作ってたんだ。そんで毎日集まってはパチンコに行ってた。それで、留年したのは俺だけ」
「それはその友達が茂司の見えないところでちゃんと勉強してたのよ」
「ありえないよ、だってほぼ毎日一緒にいたんだよ? しかも皆バイトもしてたし」
「それでも皆はちゃんと勉強してたのよ。時間を上手く使ったりして。そうじゃないと茂司だけ落ちるのはおかしいわ」
ぼくの母は、こういう性格だ。
「ねぇ茂司。創造大学にはたしか勉強についていけない人用の……えっと……」
「学習支援センター」
「そう。知ってるじゃない。どうして通わなかったの?」
「べつに、周りの皆も通ってなかったし」
「……なら、今年からちゃんと通いなさい。そこに毎日通って、ちゃんと勉強して、ちゃんと理解して、そうしないと単位なんて取れるわけないでしょ」
ぼくはまったく学校に来ないでテスト前に友達から資料を全部借りて先生がどこを出すか友達に根掘り葉掘り聞いて単位を取る友達を思い浮かべた。彼はきっと浮かれ気分で今もパチンコをしていることだろう。
「それか、先輩に過去問をもらったり先生と仲良くして上手くやってもらったり、そういうことしなかったの?」
ぼくは頷いた。
「時にはそういうことも必要なのよ」
話が矛盾していることに気づかないのだろうか。
「とにかく、明日からでも毎日学習支援センターに通って、予定わかる? わからないならちゃんと調べて――」
「おれ、小説家になる。だから大学辞める」
ぼくはこの日、初めてその言葉を口にした。心臓がばくばくして死にそうだ。
「……小説家? こんなときに何言ってるの。あんたもう今年で二十二でしょ。そういうのはもっと若い内に芽が出てちゃんと才能がある人がやるの。ねぇパパ」
「いや、小説家になるのに反対はしない。けどな茂司。そういうことを考える前にまずは大学を卒業して、ちゃんと就職して、それから考えればいい。小説なんて就職しても書けるだろうし、わざわざそれで大学を辞める必要はない」
「そうよね。まずは就職よ。知ってる茂司? 高卒とか専門卒の人たちはね、お給料が低いの。だからもしここで小説家になるとか言って大学辞めたら一生後悔するわ」
「しないよ、べつに」
「するに決まってるわ。ままはそんな茂司見たくないの。ね、だからまずは大学卒業、そして立派じゃくなくていいから茂司を大切にしてくれる会社に就職しなさい」
「そうだな。小さくたっていいんだ。いいか、茂司」
父は言った。
「良い人生ってのは、良い大学に入って、良い会社に入って、そこで一生はたらくことを意味するんだぞ」
ぼくはその言葉を聞いてから、正論を聞くと吐き気を催すようになった。