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前文

カンッ、キンッキン

青空が広がる剣武闘場に鳴り響く甲高い音。金属の交わる音が幾度も鳴りその存在を響かせる。


「止めっ!!」


鋭い掛け声に反射して握る剣にかけられていた重みが退き、互いに距離をとった後剣を鞘に納め一礼。


「本日はここまでとする」

「「「ありがとうございました」」」


教官の声に頭を下げ、一斉に挨拶してその場で解散となる。

頬を伝う汗を拭いながら空を見上げれば、ふわりと漂うそれを見つけ、周りに気づかれないように剣武闘場を離れる。

剣武闘場から離れた大通りを挟んだ小道に入り、ふわりふわりと漂っていたそれに視線を向ければ、それは優雅に俺のもとに近づいてくる。


「チース」

『やぁ、相変わらず剣をふりまわしているんだね』


目の前を漂う白髪の精霊の言葉にわずかに苛立ちがこみあげるが、無視して用件を問いただす。こうでもしないと遊ばれて終わってしまう。


「用件はなんだよ」

『まったく、君は契約した大精霊に対して尊敬とか敬う心はどこに忘れてきたんだい?』

「忘れたんじゃない。そもそも持ってないんだ」


チースは呆れたような表情をしてくるりと宙で身を捻らせる。


「で、用件は?」


再度問いただせばチースは楽しそうに口元に弧を描く。絶対ロクなことじゃないやつだ。


『リアがクッキーを焼いたんだって。早くしないとなくなるよってお知らせ~』


! リアの手作りクッキーだと⁈


「なんで!そう言うの、早く言わないんだよ!!」

『やだな~ちゃんと伝えたじゃん。ワタシはお使いでここまで来たんだよ?褒めてほしいぐらいだよ』


やれやれ見たいな態度を隠しもしない契約精霊を放置して、踵を返す。

こうしている間にリアのクッキーがなくなっていると考えるとなんて損失なんだ!

お兄ちゃんは今すぐ帰ります。


『ちなみに』


剣を腰から下げて家路を駆ける俺の背から優雅に漂う精霊は助言する。


『ワタシの分はあってもリクの分があるかは妖精たち次第だね』


なぜチースのクッキーがちゃっかり用意されていて俺のクッキーは運次第みたいになっているのか問いただそうと振り返れば、既にやつの姿はなくなっていた。

これだから、、、精霊というやつは

走る速度が速まったのは言うまでもない。




***********


「ただいま!!」


息を切らせながら玄関を開ければ何人かの使用人たちが頭を下げ、タオルを差し出してくれる。タオルを受け取る代わりに腰から帯刀していた剣を預け、リアがいるであろうキッチンへ向かおうと足を進める。


「おかえりなさいませ、お坊ちゃま」

「ただいま、ウォルターさん。リアはキッチンかな?」


執事長に挨拶をすれば彼は怪訝そうな顔をして首を振る。


「お嬢様でしたら中庭にいらっしゃいますよ」


中庭…ね。

礼を伝えてすぐさま中庭へと足を向ける。

中庭では妹が花壇の前にしゃがみ込んで妖精たちに囲まれているのが遠目からでも伺える状況だった。妖精の少しだけ離れた場所には俺を置いていったチースも居て、のんきにクッキーを咀嚼していた。え、めっちゃ腹立つんだけど。


『いとし子』『いとし子』

「なあに?」

『クッキーちょうだい?』

「さっきあげたじゃない?」

『残ってるのも~』『全部~~』

「ダメよ。だって、残っているのはお兄さまとお父さまのだもの」

『大丈夫だよ~』『そうだよ』『ほんの少しなら~』

「少しでもダメに決まってるだろう。それは俺のなんだから」


妹を背後から抱きしめて、その柔らかな頬に頬釣りを一度してクッキーを強請っていた妖精たちを睨む。


「お兄様!!おかえりなさい」


リアが嬉しそうに笑いかけ、リアに回された腕をギュッと握る。え~めっちゃくっちゃかわいい


「ただいま。チースからクッキーを焼いてくれたって聞いてね」

「はい。これをどうぞ」


抱きしめた腕の中で器用に回って、対面する体勢を取ったリアがクッキーを一つ指先で掴み、俺に差し出してくれる。

これは所謂あ~んというやつか!!嬉しくて頬が緩むのもかまわずにリアから差し出されたクッキーを口に入れる。

クッキーはホロホロと溶けていきあっという間に口の中から消える。


「凄くおいしい」

「本当ですか⁈よかったです。喜んでもらえたなら作ったかいがありますね」


嬉しそうにはにかむ妹にギュッと抱き着き、妹を抱き上げてクルクルと回る。

少しして体勢が崩れ、二人して芝生の上に寝転がる。リアが楽し気に笑うからそれにつられて俺も笑う。握られた手には互いの温もりが心地よく伝わり、それを離さないように握る手にやんわりと力を加える。


『仲がいいね、相変わらず』


空中で俺らを見下ろすチースがポリポリとクッキーを頬張る。


「俺を置いて一人で帰るとはとんだ薄情者だな」

『ワタシが居なくても問題ないだろう?クッキー一つにそれほどの執着とは…おお怖っ』

「うるさい。お前だって人のこと言えないだろう」

「ふふ、お二人は本当に仲がよろしいですね」

『「仲良くはない」』


リアの言葉にチースと同時に否定をすればリアは楽しそうに笑う。

その様子を眺めていた妖精たちも面白おかしそうに笑う。


「…」

『…最悪』


チースが悪態をつくのをガン無視して芝生から起き上がる。


「リア、そろそろ中に入ろう?今日はお父様も早くお帰りになられるだろうから」


妹にそっと手を差し伸べる。


「はい、お兄様」


差し出した手に小さな手が重なり、引っ張って起き上がらせる。

それだけのことに安堵する自分がいることには今はまだ気づかないふりをして…

チースに目配せをすれば風にのって姿を消す。


『いとし子帰る?』『あそぼうよ~』


妖精たちがリアに声をかけ、駄々をこね始める。けれど彼らは絶対にリアには触れない。周りを漂いこそするが触れることはない。


「ごめんね。また明日遊ぼう?」

『分かった~』


妖精たちが次々に自分たちの居場所へ帰るのをリアは手を振って見送る。すべての妖精が消えた後、リアは俺の手を離れて庭の中心に立って両手を祈るように組む。


「明日もみんなに幸多からんことを…」


目を瞑り祈る妹を中心に淡く優しい光の粒子が風にのって庭へ、空へと広がりやがて消えていく。光を浴びた花はツヤを取り戻し、空気は澄み渡り、小鳥たちが嬉しそうに囀る。

この光景を一言で表すなら幻想的な光景なのだろう。

だが、綺麗だと思うとともに何とも言い難い不安に駆られる。いつか妹がいなくなってしまう様な…


「…リア」

「なあにお兄さま?」


リアが振り向き何事もなかったかのように首を傾げる。


「いいや、何でもない。今日の夕食はなにかなって」

「お父様とお兄様と食べるんだったらなんだっておいしいですよ?」

「―!!リア大好き!!!!」


抱き着く俺をくすぐったそうにしながらも退けようとはしないリア。

この子を守れるように―


『約束…お兄ちゃんだからね。きっとできるわ』


分かってるよ。

だけど、守るためにはまだ力が足りないんだ





~ノーヴェイカ聖典 第一章 前文~より

 『幸福の鐘は光とともにあれ』 -- ・-・・ ・-・-・


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