2.ある女性の回想
王子様は私の表情から何かを察したのか、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、どこかに電話を始めました。
「……玲央奈、ちょっと相談したい事があるんだけど、今どこにいる?」
『びゃっ君のう・し・ろ♪』
王子様と私が振り返るとそこには、天使と見間違う程のとんでもない美少女が微笑みながら佇んでいました。
もしかして、彼女だったりするのでしょうか?
「………………いつから居たんだ?」
「うん、びゃっ君が小石を投げつけるところかな」
あれ、もしかしてストーカー?
「つまり最初っからか……。いろいろ言いたいけど、それなら話は早い。……この人、センター試験に間に合いそうにないんだ。何とかならないか?」
「そりゃあ、何とかしろってびゃっ君が言うなら何とかするよ? するけど……」
できるんだ!
それはそうと、何か私、顔を覗き込まれてるんだけど何でしょうか?
「……まぁいいや。こっちはどうにかするから、びゃっ君は先に学校に行ってて」
「そうか? なら任せる」
そう言って王子様は立ち去ろうとしています。
私は勇気を振り絞って、彼から名前を聞き出そうとして……、聞き出すことなく彼は歩いて行ってしまいました。
……はぁ、私の意気地なし!
そんな事を考えている私を、やっぱり玲央奈……さんという美少女が覗き込んでます。
一体何なんでしょう。
「……あの~、お名前窺ってもいいですか?」
ああ、名前が知りたかったのですね。
……さっき私もこんな感じで王子様に名前聞けてればなぁ……。
「瑠川優梨っていいます」
「瑠川さん……。わたしは天羽玲央奈です。で早速ですけど、びゃっ君に惚れましたよね?」
「ぶっ!?」
いきなりバレちゃったけど、何で!?
「やっぱり……。恋する乙女の表情になっていたので、もしや……と思ったらそうでしたか……」
私そんな表情になってたんだ、恥ずかしい!
「……うぅ……、すみません。こんな可愛い彼女さんがいるのに……」
「いえいえ、わたしはまだ彼女じゃないですよ~。……何しろガードが固くって……」
最後の方は聞き取れなかったのですが、まだ付き合ってないみたいです。
そうなると私にもまだチャンスが……ないですね。
相手がこれ程の美少女となると、私程度では太刀打ちできる気がしません……。
「それより試験なんですけど……」
ああ、そうでした。
今からでも間に合うのでしょうか……。
「……そもそも試験、受けたいですか?」
「えっ?」
そう言った彼女はまたしても私の顔を覗き込んでいます。
どうもウソや誤魔化しができる状況ではありません。
「……いえ、あまり……」
正直、大学に行きたいとはこれっぽっちも思っていません。
ただ親がそうしろと言うので従っているだけです。
「それならいっそ、わたしのところで働きませんか?」
「えっ……、えぇーーー!?」
話が思ってもない方向に転がっていきました。
「高学歴の連中が、どう足掻いても勝てないぐらいの好待遇を用意しますよ?」
……何か怪しくないでしょうか?
私を助けてくれた、王子様と親しい方なので疑いたくないのですが……。
「ちなみにどのような仕事を?」
これで「いや~何、簡単な仕事ですよ♪」と言われたら即断りましょう。
胡散臭さがたまりませんから!
「わたし付きのメイドですよ」
メ、メイド?
アニメや漫画なら見たことあるのですが、現実に存在しているとは!
しかし私は……。
「あの~、私何もできませんよ?」
自慢じゃないけど私は、家事全般やったことがないのです。
全部母がやってくれますから。
「そこらへんは別にいいですよ。徐々にできるようになってくれれば」
「? では私は一体何を……?」
「とりあえず最初は痩せることから始めましょうか」
「はい?」
人生初の仕事がダイエットとはこれ如何に?
私が詳しく聞こうとすると、先に彼女が申し訳なさそうに話してきた。
「ごめんなさい。そろそろ行かないと学校に遅れるので失礼させてもらいますね」
腕時計を見ると、まだまだ余裕だと思うのですが……。
「びゃっ君が気絶させた『社会のゴミ共』に、自分達にも『使える穴』がある事を思い知らせてから登校するんですよ♪」
やたら屈託のない笑顔で、若干意味の分からない事を話しているのがとても怖いです。
彼らはどうなってしまうのでしょうか。
「ああ、そうだ。連絡先と住所を教えてもらっていいですか? パパに伺わせますので」
私はそれらをメモに書いて彼女に渡しました。
「ではまた会いましょう、優梨さん♪」
――これがあたしとお嬢様、そして白夜様との馴れ初めでした――