第五話 合わない波長
上司に急所を突かれて以来、同じ空間で仕事をしている時間が恐ろしく長いものに感じるようになった。
壁にかけてある時計の針を眺めながら、時間を早送りすることができないものかと嘆息した。
このままだと気が狂いそうなので、いっそのことオフィスを抜け出して隣のビルに入っているネットカフェにでも身を潜めていたいと思ってしまう私だが、なんだか負けを認めたみたいで面白くない。
検索サイトでカウンセリングを調べていると、我を忘れて画面に見入ってしまった。
「なんだかカルト宗教のホームページみたいだな」
背後で突然声がしたので、私はドキリとして肩を上げた。
振り返ると上司が腕組みをして私のパソコンのディスプレイを覗き込んでいる。
「あのですね!」
私は彼を睨みつけると画面をペンでトントンと叩いた。
「心に問題を抱えている人たちにとってはこういうカウンセリングをしてくれる場所が一条の光なんですからね。自分には関係ないからといって怪しい一派みたいな人たちと決め付けないで下さい」
私がくるりと上司に背を向けると、頭上に向ってお前はそんなに情緒不安定なのかと彼は訊いてきた。
「不安定も不安定。もういつ頭の線が切れるんじゃないかと気が気じゃないです」
上司に背を向けたままで私がそう応えると、彼はふーんと言って、変わってるな、おまえはと呟いた。
分かっていますと言うと彼はははっと笑いながらどうでもいいけど仕事しろと言って去って行った。
部下の悩みなどは屁とも思わないという上司の態度にムッとして、それならばなぜわざわざ私の好演を『猿芝居』などと指摘したのだと改めて頭にきた。
そして仕方なく気を転じると、定時までは人が変わったように仕事に没頭したのだった。