第四話 差異がある
そういう昔を振り返っていると、二段ベッドの上の妹の寝床から携帯電話の着信音が部屋に鳴り響いた。
私は胸をはだけたままの格好でベッドをよじ登ると、彼女のストラップがじゃらじゃらと付いた携帯を手にした。
妹はガチャガチャのストラップを集めるのに執念を燃やすタイプである。
待ち受け画面にはテツという男の名前が点滅していいた。
私はしばし考えると、妹が高校時代から共に近所を徘徊している仲間のうちの一人で前歯が一本欠けている、というか溶けている男の顔を思い出した。
妹とその仲間たちは派手に騒ぐのが大好きで、友達の友達の彼氏、要するに赤の他人がやっているバンドの演奏を観にライブハウスにみんなで押し掛けたり、週末には車の窓を全開にして大音量で音楽をかけながらパレードのような催しをしている。
私と共有する部屋の妹のテリトリーにはどこかの国のミュージシャンのポスターがべたべたと貼ってあって、なぜだか彼女は服を脱ぎ着するときに見られているみたいで恥ずかしいからと言っては背を向けている。
それならばポスターなど貼らなければいいのにと呆れるのだが、そのように奔放に生きている彼女を見ていると不思議と憎めない。
なのに私は定期的に夢をみてしまう。
大抵は妹を痛めつけたり、挙句の果ては殺してしまったりというおぞましいものだ。
夢の中での妹は、どういうわけかゾンビのようになっていて、私の足元にしがみついては泣き崩れてくる。
お姉ちゃん、お姉ちゃんと言って。
私はそんな彼女を上から見下ろすと、心の底からぞっとして嫌悪感を露わにする。
一番直近でみた夢では最後の一撃が効いたのか、とうとう彼女を死に追いやることに成功し、家の外にある電柱にその死体を吊るしておいた。
太陽が昇って、外が騒がしいのでカーテンの隙間からちらりと窓の外を見ると通りがかりの人たちの手によって電柱から下ろされている妹の姿があった。
止めを刺したつもりが、息を引き取る前に他の人に発見されてしまい、私は舌打ちした。
そして彼女をあんな姿にした犯人が自分だとわかってしまったらどうしようという焦りを感じて頭を抱えているところで目が覚めた。
今起こっていたことが夢だとわかって私は心から安堵した。
妹を殺さないで済んだことに安堵したのではなく、一歩間違えれば私が人を殺める素質がある人間だということが周囲の人間に知られないで済んだということにほっとしたのだ。
そういう夢を見てしまったときは、布団からのそのそと這い出ると、二段ベッドの上で熟睡している妹の顔を遠目に見つめて謝罪する。
ごめんね。
お姉ちゃんはあんたのことを大して好きではないけれど、この手で死へ追いやるほど嫌いではないから安心してねと心の中で呟く。
彼女とは仮に学校などで同じクラスになったとしても絶対に友達にならないタイプではあるが、本当に私は嫌ってなどいない。
母はそんな妹を勉強ができないというだけで落ちこぼれだと思い込み、世の中に出して平気かしらと常に心配していたが、我が母ながら全く眼力がない。
ああいう娘は成績が悪いというだけで何でも適当にうまくこなしてしまうものなのだ。
現に世に出て立ち往生しているのは優等生の仮面を被って勉学に励んでいた私の方なのだから。