第二話 回復不能
高校生だった頃の私は初め、自分の心の病を胸の中にしまって墓場まで背負っていくつもりであったが、徐々に手探りで出口を見つけ出そうと思い始めた。
突発的に動機が激しくなって呼吸ができなくなる真の理由も知りたかったし、抱えている悩みなどはせいぜい恋愛のことや、容姿のことなどで楽しそうに学校生活を送っているクラスメイトを遠巻きに眺めていて、どうして私だけの一番楽しい時間が崩壊しかけているのかを明らかにしたかったからだ。
なんとかして平穏に生活を送る方法はないかと思い、私は公立の図書館でやっている精神的な悩みの相談室に電話で予約を入れたのだった。
しかしそこで悩みは解決したかというと、答えはノーだった。
よれっとしたチョッキを身に付けた相談員のおじいさんは、出席簿のような黒いファイルを小脇に抱えて相談室に現れた。
まだこの仕事を始めて間もないという様子の彼は、観察していると勝手がわからないという様子で、取り合えず私の話を聞きながら小出しにファイルの箇条書きにされている質問をしてきた。
祖父と孫のような年齢差の私たちの会話はまるで噛み合わなく、彼は途中読めない漢字を私に訊いたりした。
第三者から見ると、荒唐無稽なコントでもしているかのような状態だった。
とてもこのじいさんに今の状況から救われると思えなかった私は、無駄骨を折ったなとがっかりした。
相談員は結局、気持ちの持ちようですねという投げやりな答えを出して席を立った。
そして私は典型的な話だが、非行に走ることになる。
どこまでも続く闇にうんざりし、手始めに万引きをし始めたのだった。
手に掛けるものはピアスや化粧品など、わりと小ぶりで値の張るものが多かった。
もともと用心する性格なので、捕まるということは一度もなかった。
高校を卒業すると、日払いのキャバクラやランジェリーパブで働いてみたりした。
携帯には毎日のように顔も覚えていない相手から連絡が入り、誰かに監視されているような気がする事があった。
私は密かにストーカーのようなその人物に向ってひと思いに私の命を奪ってくれと念じていたのだが、その誰かにも相手にされることはなかった。
そのときによく店に同行していたおじさんと今も隔週で会ったりしているのだが、その人に抱かれてお金をもらうと、実に心地いい気分になる。
こんなどこの誰だかわからないおじさんと体の関係を持って、いつか罰が下るのではないだろうかとぼんやりと思うと落ち着くのだ。
意識的にバカな行動をするとほっとする。
そしてそのおじさんからもらった汚い金で私はテレビなどにも取り上げられたという催眠術を施す名高いカウンセリングに通い始めたところだ。
今日はまだ二回目なので、今一つ効果のほどはよくわからないのだが、小鳥がピヨピヨと囀る音楽の中で、その催眠術とやらをかけられていると、朦朧としながらも体がふわりと宙に浮いているようでとても気持ちいい。
向いに座ったカウンセラーはやはり初老の男性で、私が心の病を抱え込むのに至った思い当たる節を言わせ、片親だというところに着目したようだった。
なんだか気持ちがいいというだけで、答えを求めることができるのかは疑問だったが、次回の予約を当たり前のようにさせられて帰ってきたのだった。
昨日は会社が終わった後に短大時代から続けているランジェリーパブのバニーガールのバイトを午前三時までしていた。
うちの店はバニーガールというだけでランジェリー姿の娘たちより時給が千円も安い。
しかも人員が少ないためか、ただの給仕係のはずの私も接客させられることが多々あり、うさぎの耳のついたカチューシャを頭にして、首と手首に白いカフスというありがちなバニーガールの装いをしながらもなぜだか普通にキャバクラ娘のような応対をしている。
周りからは下着姿にさえなれば時給が増すのだからとよくランジェリーへの変更を勧められるのだが、変なプライドが私をコスチュームからランジェリーに行かせない。
結局家に着いたのは明け方だったので、さすがに眠い。
催眠術を受けた後、寝ぼけ眼で家路を行くと、改めて自分の家庭のことを振り返った。
カウンセラーはやっつけ仕事のように私の心が屈折してしまった本当の理由を幼少時代の両親の離婚にこぎつけようとしていたが、そのような安易な考えは専門家でなくとも誰にでもできるのでは、と不満を持った。
はっきり言って、私が神の創った失敗作というだけであって、家族とはすごくうまくいっているような気がするのだ。
楽天的で、気ままな性格の母は、私と妹が学生時代から何事に対しても過剰な期待を寄せることなどなく、親としての役割を十分に果たしてくれている。
シングルマザー歴の長い彼女の気苦労は計り知れないので、心から感謝している。
二歳年下の妹は本人が中学生くらいまでは私を慕って、いつもつきまとってきたものだった。
しかし高校に上がり、活動範囲が広がると、私をあまり必要としなくなった。
自分は彼女の道しるべなのだと自負していた私は、なんとなく味気ない気分になった。
親の財布から金を抜き取るなどの反抗期と呼べる時期が妹にはあったが、私のように不特定多数の男と寝ては報酬をもらうなどの歪んだ種類のものではなかった。