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 サンディーたち二人には分からなかったが、その建物は日本家屋のような佇まいをしており、入口の上には〈宿屋しんせかい〉と日本語で書かれた看板が掲げられていた。


「何が起きたのかを説明すると、俺が作ったゲートであの箱車の中とこの新世界を繋げたという訳」


 ジクウに指差されて振り返ると、確かにそこには先ほど潜ったものと同じような門が存在していた。


「変わった魔法だとは思っていたが、まさか移動系の空間魔法だったとは……。もはやおとぎ話の中にしか存在しない遺失魔法ではないか」

「いえ、それ以前に時間系・空間系の魔法は禁呪に指定されていて、どんなに簡単な初級のものであっても習得できなくなっているはずです」


 驚きを通り越して呆れてしまっているサンディーに対して、マディンは冷静にそう指摘していた。

 ジクウを見るその眼には剣呑な光が宿っており、その危険な空気を感じ取ったジクウは慌てて弁明を始める。


「ちょっとお兄さん!そんな怖い顔するのは止めて!確かにそっちのお姉さんの言った通り移動系の空間魔法になるみたいだけど、全然危ないものじゃないから!自分がいる場所とこの新世界を繋げることができるだけだから!」


 野宿をしないで済むので便利だ、としか思っていないもので殺されては堪らない。

 その必死さから嘘ではないことが伝わったのかマディンの右手が剣の柄へとのばされることはなかった。


「先ほども言っていたが、その新世界というのは何だ?話の流れからこの地の名前であろうということは分かるのだが……?」

「今はそれだけ理解していれば十分だよ。せっかく来たんだから細かい話はうちの宿で一息ついてからにしようか」

「お前もあそこに見える建物……宿?の関係者なのか?」

「そそ。言ったろ、うちの宿の宣伝をして回っているって。あれがそうだよ」


 ジクウにならって、サンディーは再度少し離れた所に建つ建物へと視線を向ける。

 それは不思議な形をした巨大な建築物であった。

 形としては日本家屋を模しているのだが、そんなことは知らない彼女にとっては見たこともない謎の建築様式だ。

 更にとにかくでかい。

 木造平屋建てをそのまま十倍したくらいの大きさなのである。

 貴族たちの屋敷はもちろんのこと、王の一族が住む宮殿よりも大きいかもしれない。


「迎えも来たことだし、行こうか」


 謎の建物に圧倒されている間に一台の人力車がやってきていた、のだが、それを引いているのは五人の子どもたちであった。

 全員どことなく似ている風貌だったが、髪の色だけは異なっている。


「大丈夫だよ、この子たちはその辺にいる大人以上に力持ちだから」


 サンディーが文句を言う前にジクウが口を挟む。「そうだよな?」と水を向けられた子どもたちは各々笑顔で頷いていた。頼られたり、自分の力を発揮できたりするのが楽しくて仕方がないという顔だ。

 そんな表情をされてしまっては止めろとは言い難く、サンディーは諦めて人力車へと乗り込むのであった。


 ちなみにサンディーやマディンたちの国において、子どもが働くこと自体はありふれた光景である。

 しかしその仕事というのはあくまでも子どもに見合ったもの、または子どもという特性を生かしたものに限られ、過酷な重労働や苦役を強いてはいけないことになっている。

 人力車の引き手もそうした重労働と位置付けられているため、彼女は文句を言おうとしたという訳だ。


 見知らぬ子どもたちの境遇に怒ることのできるサンディーの心根を垣間見て、ジクウは心の中で「やっぱりこの二人を連れてきたのは正解だったな」と自画自賛していた。

 そして一人でうんうんと頷いている変り者の青年を置いて、人力車は二人の客人を乗せて〈宿屋しんせかい〉へと進み始める。

 行程の中程まで来た時にやっとそのことに気が付いたジクウは、


「え?俺、放置プレイ?」


 慌ててその後を追いかけるのだった。




 街道沿いの森の中に十数人の男たちが息をひそめるように隠れている。

 彼らの目線の先には引くもののいない変わった形の車があった。

 街道を挟んだ反対側にある退避所に置かれたそれは、御者であろう男が後部の箱車の中に入って以降、動く気配がなかった。


「隊長、このままこうしていても埒が明かないのでは?」


 こうして様子を見始めてからかれこれ一刻程の時間が過ぎていて、痺れが切れかかっているようだ。

 隊長と呼ばれた男は危険な兆候だと感じていた。

 彼の経験上、我慢比べとは先に動いた方が負ける。

 仮に勝てたとしても甚大な被害は避けられない。

 冷静さを欠きつつある現状で事を仕掛けたりすれば、どんな手ひどいしっぺ返しを食らうか分からない。


 ましてや彼らが相手にすることになるのは超が付くほどの一流の武人である。

 自分たちが弱いとは思ってはいないが、一番の強みである数だけで何とかできる相手ではない。

 実際の戦闘になる前の段階でなるだけ多く有利となる項目を増やしておかなくてはならないのだ。


「焦るな。強いては事を仕損じる。我々はもう失敗することは許されないのだ」


 そう言うと、進言してきた者も渋々ながら引き下がる。

 その様子から余り猶予はないように見えたが、あの時のような暴走はないと確信していた。

 そう、彼らは既に一度任務をしくじっていたのである。


 隊の一人がほんの少しの気の緩みから暴走した結果、絶好の機会をふいにしてしまった。

 手柄に目がくらんだその愚か者はすでにこの世の者ではない。

 罰として処分した?

 いやいや、そんなことをするまでもなく、あっさりと返り討ちにあってしまっただけの話である。


 そして今、なんとか再び機会を引き寄せることに成功していた。

 恐らくこれを逃せば彼らに勝ちの目はなくなるだろう。

 それだけは何としても避けなければならない。

 逸る心を落ち着かせ、冷静に事を遂行する必要がある。隊長は密かに息を整えた。

 上に立つ者が心を乱せば、下の者たちも蔓延していき、その先に待つのは組織の瓦解のみだ。

 ギリギリの緊張感に苛まれている今だからこそ努めて冷静であるように振舞わなければいけない。


 更に隊長にはもう二つ気にかかることがあった。

 一つは車を引いていた二頭の竜を始め、鳥や猫といった動物たちがどこかに消えてしまったことである。

 彼らの発する敵意に恐れをなして逃げたのであれば問題ないが、どこかに隠れているとなると厄介なことになる。

 動物たちの気配を察知する能力は侮れないものがあり、奇襲の成否にかかわってくるからだ。

 加えて竜ともなれば戦力にもなるので、動物たちがいるかどうかで取るべき行為に差が出てくる。


 そしてもう一つ、御者を務めていた男の存在である。

 あの男は箱車に入る直前、確実にこちらを見て笑っていた。

 つまりこちらが潜んでいる場所に気が付いていたということである。

 そのような勘のいい人間がただ単に籠城するような行為を選択するであろうか?

 何か罠を仕掛けている可能性が高いと思われた。


 こうして、突如降って湧いた二つの不確定事項は隊長を大いに悩ませることになり、彼らが具体的な行動に移るのを抑制することとなるのであった。




 さて、謎の男の心に疑心暗鬼を生じさせたジクウであるが、只今絶賛息切れ中であった。

 ゲートを開いた場所から建物の前まで精々百数十メートルほどの距離であったが、竜車でのんびりと旅を続けていた身での全力疾走は堪えたらしく、荒い息を吐いている。

 完全な運動不足である。

 そして、子どもたちは流石に力自慢というだけのことはあって、ジクウに追い付かれることなく人力車を所定の位置にまで引いて来ていた。

 息を切らせるどころか、じゃれ合う余裕すら見せている。


「そ、それじゃあ、中に案内するよ……」

「別に急いでいる訳でもない。息を整えてからにしろ」


 客であるはずのサンディーにまで気を使われる始末であった。

 そして十分後――微妙に長い。やはり運動不足か――、やっと落ち着いたジクウは二人を招き入れることにした。

 その際、子どもたちを含めてその場にいる全員が物言いたげな目をしていたのだが、意図的に無視する――反対に精神力は強いようである――ことにした。

 ガラリと引き戸をスライドさせて、


「さあ、中へお進み下さい」


 とサンディーたちを促す。

 そして入り口を潜った彼女たちを待ちかまえていたのは、不思議な服を着た五人の妙齢の女性たちであった。


「遠いところをようこそいらっしゃいました。私はこの宿のちょうを務めているキタと申します。至らぬ点もあるかと思いますが、私を含め全員で精一杯おもてなしますのでどうぞよろしくお願いいたします」


 中央の黄色い衣装を身にまとったキタと名乗った女性に続き、残りの四人も頭を垂れた。

 見たことのない内装に見たことのない服と、初めて尽くしのことに気圧されてしまう。


「あ、ああ。こちらこそよろしく頼む」

「それではお手数ですが、こちらの宿帳にお名前をご記入下さいますか」


 辛うじて返事をしたサンディーに、今度は白を中心とした配色の服を着た女性がノートとボールペンを差し出した。


「これは!?……随分と薄い、しかも質の良い紙だな。それにこのペン?こんな物で書けるのか?」


 驚きのあまりノートをペラペラと捲り、ボールペンの先を掌へと走らせる。


「お前も見てみよ。何なのだこれは!?こんな凄まじい物を作ることができる技術など聞いたこともないぞ!?」


 いつもは冷静なマディンも渡されたノートに使われている紙の品質に驚きを隠せないようだ。

 しかしそれも仕方のないことで、彼女たちの国で筆記用具といえばある鳥の羽を加工した物の先にインクを付けて書くのが一般的である。

 そして紙の方も獣の皮から作られる獣皮紙が主流であり、ようやく最近になって植物の繊維を用いた製紙技術が伝わり始めたところだったからである。

 二人の様子にこのままでは話が進められないと、ジクウが初対面となる宿の女性たちに代わって口を出す。


「二人とも、気持ちは分かるけれどここはそのくらいにして、とにかく部屋の方へどうぞ」

「わ、分かった」


 不承不承にノートに名前を書き記す、直前にハッと我に返ったサンディーは、改めてサニアと書き込んだ。

 続けて今度はマディンが呼ばれている通りの名を書いたのだが、その時ボールペンの書き味の良さに、顔には出さないまま驚いていたのだった。


「ありがとうございます。当宿は基本的には土足厳禁となっております。お部屋に着きましたら専用の室内履きにお替え下さい。それまでは申し訳ありませんが、こちらの通路の上のみをお通り下さるようお願い致します」


 青地の衣の女性が彼女たちを先導しようと歩き始める。

 困惑気味に振り返るサンディーにジクウが頷いてやると、二人は部屋へと向かい始めるのだった。


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