男なのに女子力が数値で見えるようになりました(中編)
その日の授業が終わると、安い床屋で散髪し、帰宅。
夕食後、台所をひっくり返して、お菓子作りの道具を探す。材料については、小麦粉、砂糖、バター、牛乳なんかがあったが、玉子がないので、ひとっ走り買ってくる。
レシピはネットにいくらでも転がっていた。薄力粉ってなんだ? 普通の小麦粉とは違うの?
うちにあった小麦粉(薄力粉だったらしい)をふるい、材料をボウルで混ぜる。ここまでは確かに簡単だった。ラップでくるんでめん棒で伸ばすと、生地ができあがる。なるほどこれを型で抜くんだな。
一時間ばかり冷蔵庫で寝かせてから、戸棚の奥にあったハートや☆の型で抜く。これ抜いてない部分の生地が大量に余るんだけど、どうしたらいいんだ? 捨てるわけにもいかないし……調べたら練り直して使えるらしいな。というわけで何個も型を抜く。それでも余る分は、余りとしてそのまま焼こう。
さて準備はできた。
この生地をオーブンで焼く! といきたいところだったが、あらかじめオーブンを予熱する必要があったらしい。くそっ、初めてだから実に手際が悪いな。この間に、用具の後片付けでもするか。
生地をクッキングシートに乗せて、オーブン投入! 心配で何度も覗き込むわけだが……15分もたつと焼き上がった。オーブンから引っ張り出してやると――おお、美味しそうな匂いじゃないか!
まず余った生地で作った部分から食べる。
+++ 女子力【71】up!
普通に美味いぞ! できたてというのもあって最高じゃないか。これなら空木さんと戦える(少なくとも熱いうちは)。
さて、あまりに美味いのでぱくぱく食べるのだが……一人では食べきれないな。女子がクッキーを学校に持ってくる理由がわかった。女子力のアピールではなく、ただ単に余ったからだ!
じゃあ、俺も学校に持っていこうじゃあないか。でも、男子の作ったクッキーなんて食べたがるやついるかなあ……。
ない知恵を絞った結果、少しでも見栄えを良くしようと、きれいにラッピングすることにした。
閉店直前の百円ショップにダッシュして、包装紙とリボンを買ってくる。ラッピングについては、やり方を細かく説明した動画があったので参考にさせてもらった。クッキーの焼き方の動画もあったし、ネットは便利だね。
+++ 女子力【97】up!
おー、最初の【1】が信じられないくらいジャンプアップしたぞ。
さて、風呂の時間がなくなりそうだ。遅く寝ると肌にも悪いし、少し急ごうか。
▽
翌日の昼休み。
「実はこんなモノがあるんだ」
と、俺は昨日焼いたクッキーをまわりの野郎どもに披露した。
「なんだ、もらいものか?」
「いや、俺が作ったんだ」
と、ティッシュの上にクッキーを並べる。
「はあ? おまえが?」
「うわ、マジでクッキーだ」
「なんで男が手作りするんだよ」
「バレンタインデーの日時と意義を間違えてないか?」
周囲からの評価は懐疑的なものであった。
「実は――謎の人物からの指令を受けてな」
「大丈夫か、おまえ」
「あれっ、ちゃんとしたクッキーだ。食えるぞ」
「というか、美味いな」
昼飯の後のデザート代わりに男たちが平らげていく。
「えっ、本当に作ったの!?」
後ろから声をかけてきたのは、空木さんだった。男の手作りは抵抗があるかと思ったが、気にせずハート型の一枚を拾い上げて、口に運ぶ。
「ちゃんとできてる! これ初めてでしょ!?」
「ああ、やってみたら本当に簡単だったぜ」
+++ 女子力【122】up!
+++ 称号【お菓子好き】
+++ コメント【クッキーは誰でも作れる】
+++ 推奨【難しいメニューに挑戦してみよう!】
さらに女子力がアップした!
お菓子を作って、ラッピングして、人に食べてもらうことで、それぞれポイントが加算されたって感じかな。
自信が付いたので、もう少し難しいお菓子も作りたくなってきた。手軽に食べてもらえそうなのって何かな。携帯を片手に考える。
生クリーム系は溶けるかもしれないからやめておこう。ショートケーキとかシュークリーム持ってきたら、みんな喜ぶよりむしろ引きそうだからな……。
同じケーキでも、カップケーキ、パウンドケーキなら簡単そうだった。似たようなので――マドレーヌにしよう! これなら特別な材料はいらないし、クッキーからレベルアップできそうだ。
+++ 女子力【131】up!!
なぜか女子力がアップした。なんでだろう。色々細かいことを考えたからかな。
レシピを確認したところバターが足りないようだったので無塩のを買って帰る(高いな!)。薄力粉と砂糖はまだ家にあった。他に足りないものは百円ショップで揃える。そうだ、エプロンを着けて作業するべきかもしれない。昔、家庭科の授業で作ったのが、押し入れのどこかにあったはずだ。
さて、翌日のさらに昼休みである。
「よし、デザートの時間だぞ」
みんながパンやら弁当やらを食べ終わったあたりで、俺はカップ皿に入った小さめのマドレーヌをごろごろと出す。
「またかよ!」
「今日はカップケーキか」
「マドレーヌな」
「なにこれ美味い」
「なんなの、おまえ。新妻?」
+++ 女子力【159】up!!
あちこちから手が伸びて来て、あっという間に在庫がなくなる。女子たちまで勝手に食べてるぞ。今日も大好評のようであった。最後のひとつを空木さんに渡す。
「一日でレベルアップしてる……」
空木さんは驚いているというより軽く引いていた。
「味はどう?」
「うーん……、バター焦がしすぎたね」
――実はそうなんだ!
バターを溶かす過程があるんだが、ここで強火にしすぎて、鍋を焦がしてしまったのである。くそう、バターってあんなに早く溶けて焦げるとは……
「あーあ、誰かさんのせいでお菓子作り流行っちゃったなあ……」
空木さんはわざとらしく言って教室中を見渡した。
たしかに女子たちがクッキーやシフォンケーキを持ち寄り交換しているような光景が見受けられた。みんな女子力が上がっていくのが目に見えて(数字で見えるし)わかる。
まさか俺が昨日クッキー持ってきたから、みんな真似したんだろうか?
女子が男子を真似してどうする。そもそも、スタート地点は一昨日の空木さんなんじゃないのか!?
「まあ、いいんじゃね? みんなお菓子好きだろ?」
「いやいや……、これ大変なことになるんだよ」
「なんで?」
「お菓子食べ過ぎると……太るんだよね」
空木さんがぽつりと漏らす。
なるほど、肥満を気にしたり、ダイエットするのも女子の一部か! さすが四桁の最高ランカーだけあって、抜かりがないぜ。
言われて見ると、たしかに俺だって味見やなんかでお菓子を食い過ぎているかもしれない。
太らないように、その日は回り道して長く歩いて帰宅し、それから自室で腹筋運動をした。ついでに腕立てとスクワットも行う。女子力というより男子力が上がりそうだな。
+++ 女子力【184】up!
+++ 称号【お菓子好き】
+++ コメント【火加減注意。レシピ厳守】
+++ 推奨【料理を作ってみよう!】
ん……
お菓子の次はお料理か。料理なんてカレーくらいしか作ったことはないぞ。そのカレーすら作り方を丸々忘れてしまっている。
台所に入って、冷蔵庫や戸棚を確認する。ご飯は家族分がそろそろ炊ける。肉と野菜はそれなりにストックされている。
よし、ハヤシライスにしよう! なぜなら、ハヤシライスのルーが戸棚にあったから……!
ルーの箱に書いてある説明を確認。ネットのレシピを参照。うん、牛肉とタマネギを一緒に炒めてから、水とルーに入れるだけか。これならできそうだ。
ほぼ初めての料理に取りかかる。途中、タマネギを切って涙が出るといった基本的アクシデントはあったものの、あっという間にハヤシライスは完成した。俺が勝手に料理してることに、家族は驚いている。みんなの分を盛りつけだ。
さて、味見を忘れていたわけだが、おそるおそる食べてみると……おっ、これは美味いぞ!? もしかしたらカレーより簡単で美味いんじゃないか? 箱に書いてあるレシピ通りやっただけなんだけど、これは大成功である。料理ってやってみると意外と簡単なんだな。
+++ 女子力【271】up!
+++ 称号【料理初心者】
+++ コメント【調子に乗るな】
+++ 推奨【後片付けをしよう!】
コメントに突っ込まれた!
それはさておき、うーん、そうか。料理は後片付けまで含めて料理なんだよな。先に風呂に入ってから、家族の分を含めて皿を洗い、鍋を洗う。鍋の底の方が少し焦げていて、これを落とすのに時間がかかった。俺はまだ火加減を理解できていないらしい。
それにしても、世のお母さんたちは、毎日、買い物行って料理して後片付けしてを繰り返してるんだから本当に大変だ。
+++ 女子力【304】up!
+++ 称号【料理初心者】
+++ コメント【食洗機が強い味方】
+++ 推奨【お弁当を作ってみよう!】
コメントと会話してる気分になってきた。
「推奨」では弁当を作れとの指示がでいるわけだが……ちょっと難しそうだなあ。弁当を作れるだけの腕がないし、アイディアがないし、時間も足りない。
おにぎりとか簡単なものならどうにかなるだろうか……。炊飯器のタイマーをセットし、寝るまで携帯片手にメニューを考える。
▽
結局、初の手作り弁当はおにぎりにした。大きいのがどすんと二つである。
中身はツナマヨ……マヨネーズであえた缶詰のツナ。二つとも具が同じなので、ちょっと女子力下がるなあ。今朝は具に凝るだけの時間が無かったのだ。炊きたてのご飯って、当たり前だけど、握れないほど熱いんだね……。適当に握ったから、包んだアルミホイルの中でおにぎりは崩壊しかけていた。
一応はおかずもある。ゆで卵を切ったものと、ゆでたウィンナーと、ちぎったレタス。どうにも、惨めな感じのする弁当箱になってしまったぞ。やはり、時間がなかったので、フライパンを使うような料理は無理だったのである。
「あれ、今日はお弁当?」
昼休み、空木さんが俺の悲しいお弁当箱を覗く。
「こら、勝手に見るな」
「もしかして、手作り? 日に日に成長してるね。おかず交換してあげようか?」
「ここにおまえがほしいものがあるというのか?」
あまりのみすぼらしさに、俺はもはや投げやりになる。
「じゃ、ウィンナーね」
と、空木さんがウィンナーを持っていき、それから自分の弁当箱を差し出す。あら、すごい。色とりどりといった感じのおかずがぎっしり詰まっていた。これはお弁当の見本だな。俺はその中から唐揚げをひとつつまみ上げた。
「もしかして……これ自分で作ってるのか?」
「まあね、うちは両親が忙しいから」
「毎朝大変じゃないか?」
「弟、妹の分と一度に作るからそうでもないよ。前の日のうちに下ごしらえさえしておけばいいしね」
おいおい弟妹の弁当まで作ってるのか。なんてできた娘さんだろう。そりゃ女子力だって高まるってもんだ。世間の好感度もジャンプアップだぞ。
「この唐揚げは?」
「残念、それは昨日の残り物でした。朝から揚げ物はできないからね。冷凍食品もあるし、別に難しくないよ」
「いや、難しいだろ……。さすが女子力の鬼……」
「それ、やめてくれない。恥ずかしいんだけど」
空木さんはマジで恥ずかしそうにしていた。だから、その恥じらいすら女子力高いんだよ!
+++ 女子力【382】up!
+++ 称号【料理初心者】
+++ コメント【最近の冷食はレベルが高い】
+++ 推奨【料理以外の家事をしよう】
まあ、俺のほうだって女子力が高まってきている。もうすでに、クラスの女子たちの大半を凌駕しているような状態だ。俺より上は……空木さんを入れて三人か。自分で弁当作って持ってくるような女子なんてそういないだろうからな。
それにしても「コメント」が主婦の独り言みたいになってるぞ。俺に対するコメントをするシステムじゃなかったのか?
▽
土日は掃除と洗濯をして過ごした。
掃除については自分の部屋だけやろうと思ったのだが「推奨」にせっつかれて家中丸ごとやることになった。家族は俺が急に家事を手伝い始めたからいぶかしんでいるようだった。別に小遣いが欲しいわけじゃないぞ。女子力を上げるための元手が入り用だから、欲しいといえば欲しいんだけどな……。ねだったら五百円だけもらえた。
それから料理とお菓子作りの研究をする。料理はたいしたものを作れなかった。サンドイッチと野菜炒めくらいだ。お菓子も失敗が多い。生クリームを使おうとしたものの、なかなか泡立ってくれなかったのである。パティシエへの道は遠いな。
+++ 女子力【472】up!
+++ 称号【家事初心者】
+++ コメント【失敗から学ぶこともある】
+++ 推奨【他の人に目を向けよう】
さて、こんな「推奨」が出ているんだけど……
他の人に目を向けるってどうすればいいのかな?
後編に続きます。