男なのに女子力が数値で見えるようになりました(前編)
「ゲームではキャラクターのステータスが数字でわかるだろ?」
馬鹿がそんなことを言った。
「あれっていいよな」
クラスの片隅、冴えない男子たちの中に、その馬鹿は混じっていた。
「現実でもステータスが見えると便利だよな」
馬鹿。すなわち、この俺であった。
「は? 現実でもステータス値が数字で見えるだろ。テストの点とか、偏差値とか、成績とか」
馬鹿仲間のクラスメイトがそんな風に切り返す。
「そういうんじゃなくてさ……」
俺は乗ってくれなかった友人に不満のまなざしを向ける。
「ほら、ゲームでよくある……ヒロインの好感度とかそういうのだよ!」
「好感度ならだいたいわかるだろ? たとえば女子からゴミを見るような目で見られたり……」
「システムがアナログ過ぎる!」
大声で騒いでいると、近くにいた女子の空木さんから本当にゴミを見るような目で見られた。
はい、よくわかりました。現在の好感度はゼロどころかマイナス。存在しないほうがいいという扱い。
「くそう……」
昼休みもそろそろ終わる。
思い知らされてへこまされた俺は自分の席へと戻る。
それにしても――
ゲームのようにステータスが見られたらいいと俺は思うわけである。
ヒットポイントとかマジックポイント。筋力に敏捷力に幸運。さらには、容姿、流行、体調。
そういったものが数字で見えたらどうなるだろうか?
俺は……がんばれると思うのだ、多分。
ゲームでレベルアップしてステータスを伸ばすのって、面倒臭いけど楽しいだろう? だから、現実でも数字が目に見えてわかれば、努力するためのモチベーションになるはずなんだ。自分の立ち位置を数字で突きつけられるのは精神的にきついかもしれないけど、プラスの効果のほうが大きいはず――というのが俺の意見であった。
「あーあ、ステータス見えないかな……」
なんて小声でつぶやいた瞬間だった。
それは見えた。
+++ 女子力【1】
+++ 称号【ゴミ】
+++ コメント【服を着ている】
+++ 推奨【清潔にしよう。まず手を洗おう】
なんだこりゃ!
視界にウィンドウがくっきりと浮かんでいる!
レーザーで文字を空中に投影しているのだろうか? 現実にそんな技術はないはずだが……
それにしても……「女子力」だって?
まさか俺のステータスが数字で見えているというのか!?
すごい。
あっという間に、夢が叶ってしまった。
でも……
だけどね。
男子高校生である俺の「女子力」なんかを表示してどうするんだよ!?
もっと、意味のあるステータスを出せよ! 女の子の好感度とかそういうものをさ。本当に見えたらガチでへこみそうだけど……
それにしても、ひどい評価であった。
俺の現在の女子力は【1】。
称号【ゴミ】って。
コメント【服を着ている】もひどい。服を脱いだらゼロになったりするんだろうか。
+++ 推奨【清潔にしよう。まず手を洗おう】
まあたしかに俺は小汚いかもしれないが……
ここまで言われてしまったのなら仕方ないか。
俺は「推奨」されている通り、廊下の水道のところに行き、手を洗う。どうせだから、普段は使わない石けんまで使ってみた。
ピロリン♪
+++ 女子力【3】up!
かろやかな効果音と共に数字が【1】から【3】に上がった。女子力って簡単に上がるもんなんだな。まあ元が低すぎるからかもしれないが……
濡れた手を制服で拭く。
ブッブー!
+++ 女子力【2】down!
せっかく上がったばかりなのにもう下がったぞ!
確かに、制服で手を拭く女って女子力低そうだけどさ。ひょっとして、手を拭く用のハンカチを持ってこいってことか? こちとらそんなしゃれたものは使ったことがないぞ。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。俺は急いでクラスへと戻った。
さて授業である。
学力のパラメーターを上げるだけの気合いが足りなかった俺は、授業中にうすらぼんやりとしていてそれに気づいた。
(数字が見えてる……?)
クラスメイトの後頭部のあたり――
それぞれの女子力が表示されているではないか。
男子は半数近くが女子力一桁とかそんなものである。
むろん、女子は男子より圧倒的に高い。二桁だと低い方。三桁がごろごろいる。
最強なのは、少し前のほうの席にいる空木さんだった。
+++ 女子力【1021】
くっ、まるで輝いて見える。クラスで一人だけ夢の四桁である。
空木さんは少しだけギャルっぽい要素を持った気の強そうな女子である。制服をお洒落に着崩していることは確かだが、なにが彼女の女子力をこれほどまでに高めているのかはよくわからない。うーん、研究の余地がありそうだな。
▽
その日、家に帰ると、俺はネットで女子力の定義を調べてみることにした。適当に検索すると、変なネタが出てきた――女子力とはかわいこぶって男に媚びるためのテクニック――そんなことが書かれているのだ。さすがにこれを信じるようなやつはいないだろうが、女子力というのは男にモテる秘訣みたいなものという可能性はある。
ブッブー!
+++ コメント【女子力はそんなものじゃない】
急にコメント欄の表示が変わった。
会話できるのかよ! 中の人だれだよ! しゃべれるなら、女子力がどんなものか教えてくれよ。
+++ コメント【女子力が高いと、男子からモテモテとなり、女子の羨望の的になることはありうる。だが、そのさらに先を目指せ】
コメント長いよ。その先ってどこにあるんだよ。さっぱりわからないぜ。
俺はとりあえず、推奨【清潔にしよう。お風呂に入ろう】に従って、ひとっ風呂浴びることにした。普段は面倒臭いから入らないことも多いし、シャワーで済ませることも多いのだが、今日はゆっくりと湯船につかってから、頭と身体をしっかりと洗う。ついでに歯も磨く。
+++ 女子力【9】up!
+++ 称号【きれいなゴミ】
+++ コメント【不潔ではない】
+++ 推奨【身だしなみを整えよう。髪を整えよう】
女子力アップしたが、まだ一桁止まりか!
まあ、言ってしまえば、風呂に入るのなんて日常的なごく普通の行為だもんな……。称号の【きれいなゴミ】は本当にひどいが、汚物扱いよりはましかもしれない。
数字を上げるのが面白くなってきた。
女子力なるものに関しては、はっきり言って興味がないのだが、やはり数字が目に見えるのはやる気が出る。コメントの中の人に操られている気もするが……。
とにかく、推奨【身だしなみを整えよう。髪を整えよう】の通り、ドライヤーで髪を乾かして、くしでとかしておくことにしよう。
▽
翌朝。俺は「推奨」が示すとおりのミッションをこなした。
+++ 推奨【身だしなみを整えよう。髪をセットしよう】
+++ 推奨【身だしなみを整えよう。ヒゲを剃ろう】
+++ 推奨【身だしなみを整えよう。鼻毛を切ろう】
+++ 推奨【身だしなみを整えよう。爪を切ろう】
+++ 推奨【身だしなみを整えよう。きれいな服を着よう】
+++ 推奨【身だしなみを整えよう。ハンカチを持とう】
くっ、朝から忙しいな。爪くらい昨夜のうちに切っておけば良かった。
+++ 女子力【21】up!
数字が大きくアップした。いずれも常識的な身だしなみとはいえ、ここまでやってまだ【21】か。先はまだまだ長そうだ。どうせならハンカチやシャツにはアイロンをかけるべきかもしれないな。靴も汚いから、今度ちゃんと手入れしよう。
登校すると、俺は最強の女子力を持つ女、空木さんを観察した。すると、彼女は俺の視線に気づいたようで振り向く。
「昨日から私のこと見てるけどなに?」
じろりとにらまれる。「女子力」には視線を察知する能力も含まれてるのだろうか。もしかしたらストーカー男から身を守るための必須スキルなのかもしれない。
「空木さんは女子力が高いなと思ってな」
「女子力? またそんな話を」
空木さんはうんざりしたように言った。もしかしたら、普段から女子力が高いと言われ続けているんだろうか?
「だって、ほら。空木さん、肌もきれいだし、髪もつやつやしてるだろ」
「やだっ、なによ!」
焦ったような空木さんはやや頬を赤らめていた。これは乙女っぽい。
「毎日スキンケア的なことをしてるのか?」
「してることはしてるけど、使ってるの無印とかの安いやつだよ。髪は色々試してるんだけどさ……」
「試さないとだめなのか?」
「シャンプーが髪質にあうとかいろいろあるの。駄目なやつを使うとふけが出たり、ぎしぎしになったり」
「へー、そうなんだ」
親の買ってきたセール品をそのまま使ってる俺にはわからない話だった。
それにしても、空木さんは話しやすいな。俺みたいな底辺男子ともちゃんと会話をこなせるとは。こういうところも勉強すべきだろうか。
その日、授業が終わると、俺はいくつかのアイテムを買って帰った。
まずは爪磨きだった。ネイルアートをするわけではないが、軽く爪をこすると表面がつるつるになっていい感じなのだ。それから化粧水も安いのをゲットした。男子高校生向けの商品ではないと思うのだが、風呂上がりに試してみる。
それが終わると、制服にアイロンをかけることにした。ネットの情報を参考に、当て布をセットして、低い温度でズボンに折り目を付ける。もちろんシャツもだ。ついでにハンカチも。これで昨日より女子力が上がったはずだ。おっと靴もきれいにしないと。
+++ 女子力【33】up!
▽
「今日はなんだかパリッとしてるね」
翌日の昼休み、空木様に、そうお褒めのコメントをいただいた。わざわざ時間をかけて、身だしなみを整えた甲斐があるというものだ。でも、女子って普段から俺よりもっと時間をかけてるんだろうな。
「フフフ、まあな。女子力をあげようと思ってな」
「なんで男子が女子力上げるの!?」
「空木さんの真似をしてな」
「女子の真似はしないでいいよ。それより髪切ったほうがいいんじゃないの?」
「あー」
そうだな、もっと最初に気づくべきだった。
「あ、よかったら、これ食べる?」
空木さんがタッパーから取り出したのは……クッキーであった。
「うわあ、女子力見せつけられた! まぶしい!」
「そんなんじゃないって! 昨日暇だったからちょっと作ってみただけ。クッキーは簡単ですぐできるからね」
「そうなの?」
一枚ご相伴にあずかる。うーむ、甘くてさくさくしてるな。俺のような下々の者にまでお菓子を恵んでくれるとは、空木さんは女神か何かかもしれないな。
「拝むと女子力が上がるかもしれない。ありがたや」
「やめてって! 私はたいしたことないってば!」
ご謙遜もお上手である。簡単に作れるというのなら、一度試してみるか。
男なのにお菓子作りだ!
中編に続きます。