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レアの親は、普通の親だった。

暖かく、優しい両親。でも、私が産まれてしまって変わってしまった。

私の感情の変化で、災いや不幸を呼んでしまう。だから、親は私を捨てた。そして見た目の珍しさで奴隷商に囚われた。

買い手が決まるまで、私はずっと閉じ込められていた。でも、どうでも良かった。

私は魔歹姫なのだから、誰にも貰われないに決まっている。こんな私なんか、誰も助けてはくれない。

そう信じて、感情を無くした。私が悲しめば、怒れば、苦しめば、災いが周囲の人に降り注ぐ。もう、これ以上傷付くのは嫌だった。





なのに、私はあの時、差し出された手を取ってしまった。

彼を不幸にしてしまうかもしれないというのに、その手を取らずにはいられなかった。

ただ頼る相手がいないから頼っただけかも知れない。依存しているだけと言われても反論出来ない。

でも、どうしても。

私は、彼と一緒にいたかった。






バァン、という音が、吹き抜けになった王宮に木霊する。それと同時に、レヴィンの体が宙に浮き、落ちた。



「レヴィ……!」

キラキラと、月光に照らされて、赤い血が舞った。

そのまま落ちそうになったレヴィンだが、右手の鎖が何処かに引っ掛かったのか、宙ずりになってフラフラと揺れる。その様子は、まるで首を吊った死体のようで。



「あ、あ……」

ねぇ、レヴィン。なんで動かないの?

なんで、身動き一つしてくれないの?

それじゃあ、まるで死んでしまったようじゃない。

茫然とする私に、見知らぬ男の高笑いが聞こえる。




「ハハハハハ!所詮は子供だなっ!呆気なく死んじまったぜ!アハハハハハ!!」

なんで、笑っているの?

レヴィンが死んだのは、あいつのせい?

いや、私がレヴィンを探しに牢屋から出たから。

私が、レヴィンを求めたから。

こんなことになるなら、レヴィンを探しに行かなきゃ良かった。

レヴィンが死んでしまうくらいなら、あの時、




レヴィンの手を、取らなければよかった。




「っ……!!」

レアが泣き崩れると同時に、彼女は闇に包まれた。










体が揺れる感覚で、俺は意識を取り戻した。と同時に右腕に激痛が走り、一気に意識が覚醒する。



「ッハ、いっで……」

鎖が命綱となってくれたお蔭で、俺は下に落ちずに済んだらしい。が、全体重の負荷がかかった右腕は、ズキズキと痛みを発している。よく見ると、右肩の肉が抉れるようにして無くなっていた。どうやら、マーカスが打った銃弾は俺の肩を抉る程度に終わったらしい。が、いきなり右肩に激痛が走ったせいで、少しの間意識を飛ばしてしまったみたいだ。




「そうだ、レアは……」

宙ずりになりながら、下を見る。




レアがさっきまでいた場所に、黒い球体が出来ていた。

丁度、直径二メートル位だろう。地面と接する場所からは黒い液体のようなものが滲み出ていて、地面を汚していた。それは、まるで地面に落ちた熟れた果実を彷彿とさせる。月光に照らされ鈍く光るその球体を中心に、不気味に風が舞い上がった。




「レア……?」

「マーカス様、小僧、まだ生きてます」

野太い声に上を見上げると、マーカスが忌々しげに俺を見下ろしていた。



「チッ、昔から悪運だけはあるみてぇだな。次で仕留める」

「っ……!」

まずい、この状況じゃあ身動き出きない。

どうにかしようにも宙ずりの状態じゃ何も出来なく、ただ焦りの中でマーカスの拳銃を見つめる事しか出来なかった。




が、マーカスの隣にいた二人の男がいきなりふわりと宙に浮かび、その引き金は引かれることはなかった。




「なっ、お前ら!?」

俺の隣を落ちていく男たちに驚き声を荒げるマーカス。そのマーカスの腕に、白銀の刃が突き刺さる。



「子供を虐ることは感心しないな」

その刃を引き抜かれ、悲鳴を上げながら倒れ込むマーカスの後ろ。そこに、見覚えのある金髪がいた。



「お前……、ホークス?」

「お、名前覚えてくれたんだ」

前に俺を蹴って気絶させた兵士、ホークスは、へらりと緩く笑った。




「少し痛いだろうが、我慢しろ」

ぐいっと鎖が引かれ、右肩に激痛が走る。歯を食いしばって耐えつつ、俺はホークスに引き上げられながら地面へよじ登った。




「貴様ぁよくもぉ!!」

「あんたは黙ってろ」

目を血走らせて叫ぶマーカスの、怪我をしていない方の腕を突き刺す。甲高い喚き声を放つマーカスは、ゴロゴロと地面を転がった。




「いいのか?あいつ、貴族だろ?」

「伯爵であるマーカスよりも、公爵である君の方が大切だ。長いものには巻かれろって昔から言うだろ」

パチリとウインクなどしてみせるホークスに感謝しつつ、俺はレアがいた場所を見つめた。




「レア……、どうなってんだ?」

「魔歹姫の本領発揮だよ」

答えを教えてくれたホークスは、無表情で説明する。




「彼女は今、数多の災いを呼んでいるんだ。このまま放置しておけば、何が起こるか分からない」

「……じゃあ、どうすんだよ」

「それは……」

ホークスが眉間にシワを寄せた時、地響きのように獣の声が響いた。




「なんだ……!?」

空が陰り、月も雲に覆われる。なのにどこか昼間のように明るく、雲の隙間が不気味に赤く瞬いた。その雲間から、黒い影が何十匹も降りてくる。




「魔物だ……」

茫然と呟くホークス。様々な形をしている異形の魔物は、街に、王宮に、そして俺たちがいる場所にも降りてくる。

ズズン!と俺たちの目の前に降り立った、龍の姿をしている魔物は、両腕から血を流すマーカスを見つめた。

ビクリと震えるマーカスに狙いを定め、強靭な足で地面を蹴ったその龍は、目にも止まらぬ早さでマーカスの腹に噛みついた。




「ギャアアアア!!ゲボッ、ゲァッ!!」

口から大量の血を流すマーカスは、弱々しく抵抗をみせるも、龍は両翼を広げてまた空に飛び立つ。




「なんで、魔物がこんなところに……」

「彼女が召喚しているのだろう。こうなっては、彼女を討伐するしか方法がない」

「はぁっ!?ふざけんな!」

『討伐』という言葉に反応して激昂するも、ホークスは静かに俺を諭してくる。



「仕方がないんだ。君だって、魔歹姫に出会ってまだ幾日しか立っていないんだろう?何故彼女にそこまで味方する」

「俺は……!」

「君はスラムで生活し、ひとりぼっちの人生を歩んできた。君は、彼女に自分を重ねて、同情して手を差しのべているだけだ」

「黙れっ!!」

ほとんど反射的に、左手がメリーから借りた剣に伸びた。そのまま鞘から取りだし、横凪ぎに振るう。

ホークスは俺から離れて、剣をかわした。




「あんたがレアを殺すっていうなら、その前に俺がお前を殺す」

「……そうまでして何故彼女にこだわる?君にはもう、帰る場所も、優しい両親も、平和な生活だって手に入れただろう!もう魔歹姫に関わるなっ!」

「嫌だっ!!」

怪我をしている右手にも剣を握る。二本の剣を構えながら、俺は力任せに怒鳴った。




「やっと気づいたんだ。やっと気づけたんだ!あの家で生活して、愛されていると自覚して!俺は最初、レアを助けたのは二人しかいなかったからだと思ってた。あんたの言う、同情なのかもと思ってた。でも違ったんだよっ!!」

数多の獣の咆哮が王宮内に木霊し、不気味に風が巻き上がる。だけど、俺はそれでもレアを捨てるわけにはいかなかった。



想像した。

あの家で、一生を『レヴィン・ベルヴァルト』として過ごす日常を。

それはきっと。

暖かくて、素敵なことなんだろう。




だけど、あの場所にはレアがいない。

一番欲しいものが、ないのだ。




「俺は、そんな理由であいつに手を伸ばしたんじゃない!俺は、最初からあいつが欲しくて手を伸ばしたんだ!俺は、最初から!」




あの虚ろな目をした儚げな少女の事が、




「レアの事が、ずっと好きだったんだよ」

微かに笑って、俺は走り出した。





レヴィンの微笑みに見入っていたホークスは、レヴィンが自分の懐に入り込んだ時にハッと我を取り戻した。

下からの攻撃に、慌てて剣で対応する。流石に子供の攻撃なだけあって、そこまで重い攻撃ではない。だが、それをカバーするかのように、凄まじい速さの攻撃が多数繰り出される。




「クッ……!」

相手の嫌がる所に、違わず突き出される攻撃。相手は怪我をしている子供だというのに、ホークスは圧倒されていた。



(なめんなっ!)

思いっきり力任せに剣を振るう。斜め上から放たれるその攻撃に、レヴィンは剣で防御もせず、紙一重でかわしてしまう。




「っ!」

そして繰り出される、勢いのある蹴り。

しっかり綺麗に鳩尾に入り、ごほりと肺の中にあった空気が吐き出された。




「ぐっ……!」

体制を立て直そうとするも、レヴィンの攻撃がそれを許さない。上から降り下ろされた二本の剣を防げば、回し蹴りがホークスの脇腹に刺さる。

ぐらりと体が傾げた所に、瞳孔を見開いたレヴィンが刃を突き出す。




(や、ばっ……!)

傾いだ体に、鈍く光る刃が近づく。ホークスはその切っ先を、ただ見つめることしか出来なかった。

体が地面に倒れると同時に、ドスッ、という音が聞こえた。グッと体に力をいれるが、いつまで立っても自分の体を異物が貫く激痛は訪れない。




「……?」

「お前はそこでじっとしてろ」

すっと立ち上がったレヴィンの手には、確かに剣が一つ無くなっていた。自分の脇腹を見てみれば、服を床に縫い付けるように剣が一本、地面に突き刺さっていた。




「その剣、メリーに返さなきゃいけねぇから無くすなよ。てめぇはここで、俺がレアを助けるのを黙って見てろ!」

レヴィンは左手にある剣を握り直し、ホークスに止めを刺さずに駆け出した。



ホークスはその後ろ姿を、黙って見つめることしか出来なかった。



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