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魔歹姫。

夜と魔を統べる神。

白髪で毛先が薄桃色。金色の瞳で病的なまでに肌が白く、まるで夜と魔を統べる神には見えない容姿が、魔歹姫の特徴らしい。

この世にある全ての災厄と魔なる物を操れる魔歹姫は、古から人々に恐れられていた。だが、魔歹姫は人として生まれてくる。

人から生まれ、人として死に、また別の人となって生まれてくる魔歹姫は、産まれた直後に監禁される。なぜなら、魔歹姫の感情に左右して魔なる物たちは集まるからだ。

そうして感情を出来るだけ覚えさせないまま、災厄を呼び寄せないようにして、魔歹姫の多くはその生涯を終わらせてきたらしい。



今世の魔歹姫であるレアノワーティスは、国側が発見する前に奴隷商に売られてしまい、その存在を確認出来なかったらしい。だが、俺とレアが孤児院に行ったところで存在を確認。俺共々、保護、もとい捕獲されたという事だ。



俺は、その話をアルフォンスに聞いてから、ベッドの上から動けないでいた。

アルフォンスは既にこの部屋から退室している。

いきなり色んな情報が入っていて、混乱していた。



俺は、ベルヴァルト公爵の実の息子で。

レアは、魔歹姫という忌むべき存在で。

そして俺はこれから貴族として生活して?

レアは、一生王宮の牢屋の中で生活して?




もう二度と、俺はレアには会えないのか?




「レヴィン様」

優しい声にハッと我を返す。



「カモミールティーをご用意いたしました。気分が落ち着きますよ」

侍女の女が、ティーカップを差し出す。俺はそのカップを受け取って、一気に全部飲み干した。流石にイッキ飲みするとは思っていなかったのだろう、女が目を丸くする。




「……行儀作法とか言い出すなよ。俺、そんなもん一つも知らねぇから」

「い、いえ、そんな事は……」

「あんた、名前は?」

「申し遅れました。私はレヴィン様の専属侍女であるルナーティア・フォレントでございます」

恭しく一礼をした女、ルナーティアは、俺の手から空になったティーカップを受け取った。




「おかわりはいりますか?」

「……いや、いい」

「かしこまりました。……レヴィン様、今は、混乱しているとは思いますが、ゆっくりと体を休めてください。鎖は不便に感じるかと思いますが、これもレヴィン様をお守りするために御座います。何かご用がありましたら、遠慮なくベッドサイドにあるベルをお鳴らし下さいませ」

ルナーティアはそれだけ言って、部屋から出ていった。



俺は結局、その日はその部屋から動けないまま終わってしまった。







王宮の最奥。太陽の光が一切入り込まない場所に、レアは監禁されていた。

四肢には重たい鎖を繋がれ、冷たい地べたに座り込む彼女は、それでもなお美しい。

そんな彼女に近づく影があった。



コツコツと足音を牢屋の中に響かせて、拘束されている彼女を見下ろすのは、アルフォンス・ベルヴァルト。

彼を認識したレアは、項垂れていた頭を上げた。




「……レヴィンは」

「無事だよ。致命傷は与えられていない」

「……そう」

レアはまた視線をさげた。長い白い髪の毛が、彼女の表情をアルフォンスから遮断する。




「君が大人しくここに拘束されていてくれれば、レヴィンの安全は国が守るという約束は、私が保証しよう」

「…………」

「レヴィンも、本当の家族といられて幸せそうだよ。君の事は聞いてこないしね」

「…………」

反応がない魔歹姫を、アルフォンスは憐憫の眼差しで見つめ、踵を返す。

レアはただ、手の中にある黒いバレッタを、大切そうに握りしめた。



「…………レヴィンが、幸せなら、それでいい」

小さな願いは、誰の耳にも届かなかった。









「レヴィン様、奥様がレヴィン様にお会いしたいと仰っておられるのですが……、いかがいたしましょう」

次の日。ベッドの上で朝食を食べ終わったら、ルナーティアが肩を縮こまらせながら言った。



「……奥様?」

「はい。ベルヴァルト家の奥様。つまり、レヴィン様の産みの親で御座います」

産みの親。

俺の母親。




「もし嫌であれば、面会を拒否なさっても構いません。奥様もレヴィン様の心の安寧を願っていますから」

「…………いや、会う」

「本当ですかっ!?」

ルナーティアは、まるで自分のことのように喜んだ。今にもはぴょんぴょんと跳び跳ねてしゃぎ出しそうだ。



「で、ではその旨をお伝えして参ります。面会の場所は、この部屋でよろしいでしょうか?」

「いや、その、奥様の部屋でいい」

「かしこまりました、レヴィン様」

失礼しますと一礼をして出ていくルナーティアを見送り、俺はほう、とため息を吐いた。



今から、俺の母親に会えると知っても、その心にはなんの感情も抱けずにいる。




(おかしいな)

レアと一緒にいたときは、この心はあんなに色んな感情に満ち満ちていたというのに。





質のよいシャツとズボンに着替え、俺とルナーティアは俺の母親の部屋へと向かった。鎖は外されることはなく、ルナーティアが地面に擦らないようにと持っている。

両開きの扉が開き、ソファに座っていた女性が俺を見つめた。



妙齢の女性だった。

癖のない長い黒髪。少し垂れた紫色の瞳。俺と同じ少し薄い褐色の肌。

俺の母親、フレシア・ベルヴァルト。



「ああ、いらっしゃい。どうか、こっちに来てくれないかしら」

微笑む彼女に、俺は無言のまま近づいた。

すぐ目の前に立つと、彼女のほっそりとした手が、俺の頬に触れる。




「ああ……。レヴィン」

紫色の瞳から、涙が零れた。



「どれだけ、この日を待ちわびたか。レヴィン。私の可愛い子。どうか、私の隣へ座ってくれないかしら」

「…………」

若干戸惑ったが、彼女の言葉に従った。座り心地の良いソファに座ると、彼女を見上げる形になる。



「……レヴィン、」

「…………」

「……抱き締めても、良いですか?」

期待と、不安。

そんな感情を凝縮したかのような、震えた声。俺はその声に、頷いた。




「ああ……!!」

両手が体に回され、抱きすくめられる。グスグスと泣きじゃくる彼女は、俺の頬に自分の頬を擦り寄せた。




「レヴィン!レヴィン!ごめんなさい、すぐに見つけてあげられなくて。沢山寂しい思いをさせてしまって!」

「……」

「毎晩あなたの事を考えて眠れなかったわ!お腹は空いていないかって、寂しい思いをして、辛く悲しい思いをしているんじゃないかって!泣いているんじゃないかって!」

ポタポタと、暖かい雫が首筋を伝う。ギュウギュウと細い腕が、俺の存在を確かめるかのように力を込める。



「ごめんなさい、ごめんなさいレヴィン。ごめんなさい……!」

「…………かあ、さん」

びくんと、彼女の体が震える。その背中に腕を回して、そっと力を込めた。




「もう、謝んなくていいから」

なんて、細い体なんだろう。

そう思わずには、いられなかった。







寝室に戻ると、ルナーティアはグズグズと鼻を鳴らしながら涙を流していた。



「ぅ、うぅ、よがっだでず!やっと再会がでぎて、よがっだでずぅ~!」

「……大丈夫か?」

前までの淑やかさや欠片もない。呆れながらベッドに腰かけると、ルナーティアは俺の右手に繋がっている鎖をベッドに繋いだ。




「だっで!フレシア様はずっとレヴィン様の帰還を待ち望んでいだのでず!ご飯も喉を通らず、眠れぬ夜が続くフレシア様は、一時は死んでじまいぞうな位弱り果ででじまっで……!」

「ふ~ん」

「なのになのに!なんでレヴィン様はそんなに冷静なのでず!」

「別に。俺はそこまで母親を追い求めてたわけじゃねぇから」



一番最初の記憶。

火事になった見知らぬ屋敷から命からがら抜け出した俺は、スラム街のすみにうずくまって生活していた。

いつかきっと、家族が迎えに来ると信じて。




だが、火事となった屋敷が、奴隷商のアジトだと知った時、俺は親を待つことを止めた。




捨てられたと思った。

だから、俺はいらないのだと思った。

だったら、俺を必要としない親なんかいらない。一人で生きてやるって心に決めた。追い求めたって辛いだけだと自分に言い聞かせて。それから俺は、なんでもやった。泥水を啜って、生きる為に犯罪にも手を染めた。

気休めの幸せという名の幻想を求めてさ迷うよりも、絶望の中で生きていくほうがよっぽど楽だった。



「……フレシア様のことを、憎んでおいでですか?」

視界の隅で、ルナーティアの体が固まる。




「……さぁな」

俺は外を見つめる。青空の輝く世界の端に見える、白亜の宮殿。

そこにいるであろう人物を、思い描く。




「ただ、そこまで、嫌じゃ、なかった」

あいつに寄せる感情と、フレシアへの感情は、似ている気がした。






それから数日間、俺はベルヴァルト家で過ごした。

母親であるフレシアは、毎日俺の部屋に遊びにきた。鎖は外させてくれはしなかったが、屋敷の中や庭を散策したり、俺と紅茶を飲みながら色んな話をした。その姿はまるで一緒にいられなかった時間を埋めるかのようで、フレシアは常に嬉しそうに笑っていた。



「へぇ、じゃああの金髪の騎士は偉いやつだったのか」

「そうですよ。あなたを気絶させてしまったホークス様は、騎士団隊長を務める偉い御方なのです。レヴィンが目を覚ます前に一度いらっしゃってね。『まだ幼いのに大した剣術でした。是非我が騎士団に入っていただたきたい』って仰っていたわ」

嬉しそうに語るフレシアは、時計を確認して『あら』と呟いた。



「もうこんな夜更けになっていたのね。じゃあレヴィン、寂しいけれど、また明日会いましょう」

「はい」

フレシアは立ち上がって俺を抱き締める。もう、この数日間ですっかり慣れた行動だ。



「かあ、さん」

「なぁに?レヴィン」

優しく微笑むフレシアは、俺の髪を優しく撫でる。



想像した。

ここで、一生を『レヴィン・ベルヴァルト』として過ごす日常を。

それはきっと。

暖かくて、素敵なことなんだろう。




「俺のこと、どう思ってる?」

「もちろん、愛しているわ」

陳腐で、在り来たりな言葉。

だけど、その言葉には偽りなどなくて。




「……うん」

「大好きよ、レヴィン」

胸の奥が詰まって、どうしようもなかった。






フレシアが部屋を出ていったのを見送り、側にいたルナーティアに視線をやる。



「ルナーティア、その、父上は今どうしてる?」

「旦那様、ですか?」

俺の眠る準備をしていたルナーティアは、ぱちくりと瞬きをした。




「まだ起きておられますよ。執務室ではないでしょうか」

「ふぅん……。会いにいってもいいか?」

「へ?構いませんけれど……」

驚きながらも、ルナーティアは嬉しそうに頬を染めた。向こうが俺に会いに来ることは毎日だったが、俺からアルフォンスに会いに行くことはこれが初めてだ。




「旦那様、きっとお喜びになりますよ。近いうちにこの鎖も無くなります。やっと、本当の家族になれますね」

廊下で俺を案内しつつ、ルナーティアはそう言った。

だけど、俺はその言葉に相槌さえも打てなかった。






コンコン、とルナーティアが扉をノックし、用件を伝えると、すぐに扉は開かれた。



「どうした、レヴィン。お前から会いに来てくれるとはな」

嬉しそうに笑うアルフォンス。俺は一歩踏み出して、本題から入った。




「レアを、解放してくれ。出来ないなら、俺をレアに会わせてくれ」

一気に、空気が固まったのが分かった。ぴくりとも動けないアルフォンスとルナーティアは、歪な笑顔のまま俺を見つめた。




「レアは、きっと寂しがってる。一人できっと泣いている。だから、俺が側にいなくちゃダメなんだ。頼む」

「……レヴィン。それは無理だ」

「どうして!」

「彼女は、魔歹姫なんだから」

聞き分けのない子供を諭すような、そんな声色だった。




「彼女の側にいれば、いつ災いが君に降りかかるか分からない。私は君に幸せになって欲しいんだよ。だから、あの子には会わせられない」

「…………。そうか、そうだよな」

肯定の言葉を呟いたからか、アルフォンスの顔から緊張が消えた。だけどそれは、俺の言う言葉で消え失せた。




「こんなに周囲にねだっても誰も聞いてくれないんじゃあ、どうしようもねぇよ。だったら、俺一人で会いに行ってやる」

「おい、レヴィン……?」

俺から不穏な感じをしたのか、アルフォンスが近寄る。俺は、天井を見上げ、虚空に呟いた。




「レア、どこだ」

その声に反応したかのように、地面が振動し始めた。




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