表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

2

何度か小さな物音に起きながら過ごしていたら、いつの間にか朝になってしまった。

朝日が鬱蒼とした森の中を照らし、ピチュピチュと小鳥たちの合唱が始まる。隣で丸くなっているレアは、相も変わらずすうすうと眠りこけたままだ。

俺はそうっと立ち上がって、食料を調達しにかかった。




森の中はそれなりに食べ物が豊富だった。

食べられそうな木の実を集め、ついでに周囲の探索も軽く済ませる。血を水で落としたので、もし奴隷商の仲間がいたとしても追跡は困難になるだろう。そして人間のいる痕跡も見当たらなかった。



(だからといって、油断してたらダメだよな)

俺は手に持った木の実を見る。そこまで量は多くはないが、一時しのぎにはなる。さっさとこの森から抜け出すためにも、俺はレアが眠っているであろう場所に向かった。

出来るだけ足音を立てないようにしつつ、レアがいるであろう場所に辿り着く。

真っ白な髪が草木の中から見えたので、



「おい、食べ物持ってきたぞ」

そう声をかけると、レアが勢いよくこっちを振り向いた。

その目は相変わらず光がないが、不安そうに眉根が寄っている。こっちに歩き出そうとして、シャリンと鎖が鳴った。



「……どこ、行ってたの?」

「食べ物取ってきた」

ほらよ、と手に抱えていた物を渡そうとすると、レアはそれを貰わずに俺の服を右手でギュッと摘まんだ。




「……心配、した」

「……悪かったよ」

今にも泣きそうな声で言われてしまえば、それなりに罪悪感は湧く。



「今度からは一声かける」

「……分かった」

とりあえず和解ということで、俺たちは木の根元に座って朝食とは言えないような量を食べる。

そして、そのまま俺たちは森から出るまで歩いた。



途中で疲れ果てたリアの為に、何度か休憩を挟みながら進んでいたら、森から出た時にはもうとっくに日が空に高く上がっていた。



「午後ってとこか……」

そのまま東に進めば小さな村に出る。だが、反対に西に進めば王都に辿り着ける。




「なぁ、王都に行きたいか?それとも村の方に行きたいか?」

隣にいるレアに問えば、レアは俺を1度見上げ、視線を下げた。そして、チョンと服が少し引っ張られる。




「……一緒なら、どこでもいい」

「……あっそ」

俺たちは東へと足を進めた。








村は小さく、長閑な所だった。

何台か風車が回り、子供の楽しそうなはしゃぎ声が聞こえてくる。俺は村の門に立っている門番に話しかけた。




「なぁ、ここに鍛冶屋ってあるか」

「あ?ある、が……」

門番は俺とレアの風貌を見て顔をしかめた。12歳くらいの、年端もいかない子供二人が足枷や首輪を付けて歩いているのだ。どう考えたって普通じゃない。



「これを外したらすぐにこの村を出る。追っ手はいない。報酬も出す」

俺は鞄の中に入れておいた金貨を一枚、チラチラと見せつけた。こんな田舎じゃ滅多にお目にかかれない金貨に、門番はごくりと喉を鳴らす。




「どうする?早く決めてくれないと、他の村に行くけど」

どんなに平和な所だって、金が絡めばこうなのだと内心呆れつつ、俺はニヤリと歪ませた。







「なんだ、じゃあおめぇ奴隷商に売られたのか?」

「俺はちげぇよ。薬を盛られて拐われた。あいつはどうなのか知らねぇけど」

やっとこ外れた足枷を投げ捨てながら答えると、鍛冶屋の親父はため息をついた。



「物騒だな……。じゃあおめぇ、貴族の出か?」

「いいや、孤児だよ。親の顔は知らない。気付いたら、スラムにいたんだ。生きるために人を殺して生きてきたから、その恨みに奴隷商とかに依頼されたんじゃねぇかな」

そう言うと鍛冶屋の親父はあからさまに嫌そうな顔をした。




「別に殺さねぇよ。足枷外してもらったしな」

「……そうかい。おめぇらはこれからどうするんだ?」

「まずは西の王都に行く」

荷物の中から金貨二枚、二人分を取りだし、親父に投げ渡す。まだ財産はある。鎖が外れていなければ王都にも入れなかっただろう。




「へぇ、そりゃまたなんで」

「元々、俺は王都のスラム街にいたんだ。あっこなら食べ物にありつける。それと……、あの見目なら、貰い手はいるだろうしな」

「は?」

「なんでもねぇ。じゃあ、俺らは行くよ」

「あ、ああ。あの嬢ちゃんの首輪ももう取れてるだろう。呼んでくる」

親父が店裏に入り、俺はふわりとあくびをする。もうすぐ夕方だ。あと、少し食料を買って野宿して、そうすれば明日には王都に着くだろう。

店裏から戻ってきたレアには、もう首輪も足枷もついていない。幾分軽い足取りで俺に駆け寄った。




「いくぞ」

「うん」

従順にこくりと頷いたのをみて、俺たちはまた歩き出した。







夜。木の根元に座り込んで、俺たちは寝る準備をしていた。

木に背を預けるようにして寝ようとする俺のすぐ横に、昨日のように丸くなるレア。

空にはチカチカと星が瞬いていて、風はない。穏やかな気候だ。




「……レヴィン」

きゅ、と服を引っ張られる。下を向くと、白髪の間からレアの顔が見えた。



「……どこかいったりしない?」

「……いかねぇよ、どこにも」

少し迷った挙げ句、レアの頭を撫でる。安心したのか、レアは瞳を揺らめかせて目を閉じた。



今日も、夜は穏やかだった。









王都のとある屋敷。その屋敷の一つの部屋に、盗賊のような出で立ちをした若い男が入っていった。

贅の限りを尽くした部屋。窓側に立つ男に向かって膝を折る。



「……報告します。北の森にあった館を捜索しましたが、目当てのものはありませんでした」

若い男の声を聞いて、窓辺に立っていた男性は小さくため息をついた。



「そうか……。もう売られてしまったのか」

「……ですが、奴隷商と思われる人物たちの遺体を発見しました。恐らくですが、まだ生きているのでは?」

「……そうだな」

その言葉とは裏腹に、男性は喜びを見せるわけもなく、ふぅと諦めの気持ちを混ぜたため息をついた。



「捜索範囲を広めろ。なんとしてでも、見つけ出すんだ」

そう命令した、スフィオ王国の伯爵貴族であるマーカス・トレンティアは、眼下に広がる城下町を睨み付けた。










俺とレアは王都に何の問題もなく入れた。

相も変わらずごちゃごちゃとしている表通りを、俺はレアの手を引いて歩く。迷子にでもなったら困る。




「どこ、いくの?」

人々の喧騒に紛れて、レアがか細く呟く。



「まずは腹ごしらえだ。それから、服を買う」

朝早くから王都に向かって歩いていたので、まだお昼を丁度回った所だ。時間も金もたっぷりある。

俺はスリに遭わないよう気を張りながら、馴染みのある平民向けの店に入った。

店に充満する煙たい空気が肺に入る。ガヤガヤと騒がしい連中は、どいつもガラの悪い奴らばかりだ。



「レヴィン!レヴィンじゃないか!」

少し野太い、女性の声。

カウンターにいる恰幅の良いオバサン、メリーが顔を綻ばせた。


「メリー、久しぶり」

「久しぶりじゃないよまったく!どこ行ってたんだい!」

「奴隷商に捕まってた」

「はぁっ!?」

カウンターに腰掛けながらそう言うと、メリーはすっとんきょうな声を出した。




「俺が働いてた店で出された賄いに睡眠薬が入ってたっぽい。眠たくなって、気がついたら奴隷商の檻の中にいた。スキを見て抜け出してきたけどな。あ、いつものやつ二人分」

「……まったく、あんたは凄いのか間抜けなのかよく分からないよ。で、そっちのお嬢ちゃんは?」

メリーの視線が、俺の横に座っているレアに向けられた。レアは虚ろな視線をカウンターに向けたままずっと固まっている。




「多分、奴隷商に捕まってた。だから、俺が助けて連れてきた」

「あんたねぇ……。その子がどういう子か分からないまま連れてきたのかい?」

「……生き残ってたの、二人だけだったから」

手を伸ばさずにはいられなかった。連れ出したいと思ってしまった。ただ、それだけのことだ。




「ふぅ……。まぁいい。さっさと腹ごしらえして、新しい職でも見つけるんだね」

メリーは一度厨房の方に入り、二人分の食事を持ってきてくれた。焼き魚とサラダ、シチューとパン。俺はそれを受け取って、レアの前に置いた。




「ほら、喰え」

「……ありが、と」

もそもそと食べ出すレアに、思わず微笑みが浮かんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ