そして始まる、世界が変わる一週間
保健室を目指して廊下を小走りで走る二人は、担がれた三人目をチラチラと気にしつつ、険しい表情で話し込んでいた。
「まさかこんなことになるなんてな。彼女、本当、やってくれたよ」
前を走る男子、ハヤテが言う。
「ハヤテ、ルナちゃんはあくまでもきっかけよ。いつかは必ず起こってたことなんだから、あんまり悪く言うのはおかしいわ」
「そうかもしれないけどさ…」
「それに見た感じ、使ったのは一瞬だったわ。あの程度なら精神力次第で誰だって出来るでしょう?」
「…今はそれでもいい。だがもし今後あれを使いこなせるようになったら?彼女と手を組んだら?いずれオレたちの前に立ちはだかるかもしれない。その時はーーー」
「分かってるわ!でも、シロくんは手を出したりなんかしないわ。シロくんは決して無闇に強くなりたいわけじゃない。…ただ、守れるだけの力が欲しいだけじゃない。違う?」
廊下の角を曲がる。
廊下の向こうには保健室の看板が見えてきた。
「そうだ。シロはそうなんだ…けど、きっと世界が許してくれない。この世界は持たざるものには冷たい世界だ。それはシロを見てきたから分かる。ーーーだがそれと同時に、持ちすぎるものにも冷たい。それは、オレたち自身がよく知っていることだ。…シロにはこんな思いはして欲しくない。」
ハヤテは歩みを止めて振り返る。
シロが気を失っているかもう一度確認してから、サキを見て、言う。
「上重として聞く」
場が揺らぎ、空気が変わる。
静謐な空間となった中で、シロの息遣いだけが廊下に響く。
サキが、目を閉じた。
「ーーーうかがいましょう」
「…サキには、見えなかったのかーーー?」
会話の中身を省略した質問に、サキは簡潔に答えた。
「ーーー見えました」
「じゃあなんでオレにっ「失礼ながら口を挟みます。」…なんだ?」
サキが続ける。
「私たちは無闇に干渉してはなりません」
「くっ…」
「私たちは気付かれてはなりません。」
「…」
「…そして、脅威と見なすものはーーー」
サキが目を開ける。
そこには、深淵の闇があった。
それは、冷たい心を表すと同時に、深い悲しみも内包されていた。
「排除、しなければなりません」
「…分かってる」
サキが再び、目を閉じた。
「分かっているなら、いいです」
そして、また目を開ける。
空気が揺らぐ。
そして、静謐な空間は霧散した。
「さぁハヤテ、行きましょう。カナタも来るよ?」
「…あぁ。差し当たってはシロの怪我だな」
「本当にシロにしては無茶してたわよね」
「全くだよ。シロもオレも、らしくないことはするもんじゃないな」
そんなことを話しつつ、保健室に向けて再び歩き出した。
ーーーーー
扉を開ける。
保健室の中には植物で出来たベッドに寝かされたシロと、そのそばの丸椅子にそれぞれ腰掛けた二人の姿があった。
そして驚くことに、保健室の辺り一面がありとあらゆる植物に囲まれていた。
部屋自体はかなり広いようだが、それとは別に、部屋の奥には植物園と書かれた扉まである。
「…すごい部屋ね」
小さくつぶやくと、ハヤテがこちらに声を掛ける。
「おう、お前にしては随分遅かったなカナタ。何してたんだ?」
「ちょっとルナさんと、ね」
そういうと、すかさずサキも話に加わる。
「なになに、ルナちゃんとなに話したの?」
「ちょっとシロについてよ。それよりシロはどう?…怪我は?」
カナタがシロの枕元に近い位置に丸椅子を持ってきて腰掛け、シロの顔を覗き込む。
シロはごく普通に眠っているように見える。
「全身いたるところが怪我だらけだったが、ここの魔法使いはやっぱり優秀だな。あっという間に命魔法で直しちまったよ」
「私もびっくりしたよ。そこらへんにある植物を分解して、そこから取り出した力でシロの傷を全部直しちゃったの。さすが、学園の魔法使いって感じだった」
「へぇ、そんな使い方も出来るのね…後でお礼言っとかなきゃね」
「それは今言ってくれると嬉しいなぁ」
「!」
カナタは驚いて入り口の方を見ると、そこには白衣の女性が立ったいた。
「あ、添木先生、戻ってきたんですね。シロくんまだ目が覚めないんですけど」
「あはは、命魔法による治癒はあくまでも強制治癒だから、体への負担が大きいの。目が覚めるのは早くて放課後ね」
白衣の女性、添木先生は苦笑しながらこちらに向かってくる。
「えー、なーんだ…じゃあ二人ともこれからどうする?一旦帰る?」
「ちょっとちょっと、授業はちゃんと出なさい。いくら成績優秀でも、サボったりなんかしたらすぐ弱くなるわよ」
「はぁ、残念」
「それはさすがに無理だろ」
サキの言葉に律儀につっこむ添木先生。ーーーなかなか苦労人、もとい、いい人である。
ハヤテもではあるが。
「添木先生、シロを診てくれてありがとうございます」
「これが仕事だからねぇ。でも実技開始初日からこれはちょっとやり過ぎよね。煌堂先生にも注意しておかなきゃ」
先生がシロの顔色をうかがい、触診をしながら答えた。
煌堂先生とは、三人の担任の軍人おじさんのことである。
「ていうか、あの先生大丈夫か?正直、全然魔法強くなさそうであんまり、信用出来ないんだけど」
ハヤテがさらっと暴言を放つ。
するとサキも加わる。
「私も、顔は怖いと思うけど、正直カナタの方が強そうな気がするよね。先生もそう思いません?」
三人で添木先生を見る。
添木先生は触診を終え、シロの顔を見て苦笑しながら
「私はそうは思わないわ。少なくとも、今のあなたたちよりは強いはずよ」
と言うと、蔦の茂る壁に寄りかかって腕を組む。
「なぜ、今学年最優秀のあなたたち三人が同じクラスに集められたと思う?」
唐突な質問に、
「カナタの財力じゃないのかよ」
「カナタの財力でしょ?」
と、ハヤテとサキがカナタを見て聞く。
「私の財力ですよね?」
カナタは添木先生を見て確認する。
「ま、まぁ、その面もないこともないんだけど…コ、コホン。煌堂先生が担任なのにはちゃんとした理由があるの」
添木先生はひとつ下手な咳払いをして、気を取り直してから話す。
「煌堂先生ならね、あなたたち相手でも力でねじ伏せられるからよ」
「…」
「…」
「…へぇ、あの先生がーーー」
女子二人は顔を見合わせ、ハヤテだけが、剣呑な声で相槌をうつ。
「そうよ、煌堂先生は魔力そのものは少ないけれど、学園一の攻撃力を誇る優秀な火魔法使いでもあるの」
「…あの先生のレベルは、確かⅠ・Ⅳ《1.4》でしたよね?ーーーそれが、同じ属性のオレより強いと?」
「ええ。あなただけじゃなく、反対の属性であるサキさんや、Ⅰ・Ⅶのカナタさんもそれは同じよ。彼はね、火と土の双属性なの。だから、攻撃力だけならあなたたち三人を凌駕するわ。想像しにくいかもしれないけど、彼の火はもはやマグマのようなものなのよ。しかも本人は細かいコントロールを捨てて、純粋な威力だけを鍛えてきたから」
そう言うとカナタを見る。
「カナタさんの土の防御でも守りきれない」
次にサキを見る。
「サキさんの水で火は消えても、土の攻撃は残る」
最後にハヤテを見た。
「ハヤテくんの実体のない火より、実体がある火の方が強いーーーというわけだから、三人とも、煌堂先生をあまり見くびらない方がいいわよ?三対一ならともかく、一対一なら確実に勝てないでしょうから」
しばらく三人はそれぞれ顔を見合わせていたが、唐突に、サキが手を小さく挙げた。
「えっと、あの、質問いいですか」
「はい、サキさん、どうぞ」
「あの、そもそも双属性って実在したんですか?私てっきり伝説上のものかとばかり…」
「そうね、さすがに始まりの伝説の魔法使いたちみたいに、いくつもの属性を自由に使いこなすっていうのは無理ね。煌堂先生の場合はあくまで火属性ひとつだけしか扱えないの。ただ、そこに土属性が勝手に付与されているから、火に実体が出来て、双属性なんて呼ばれてるの。どうして土属性が勝手に付与されるのかはカガク者にも、本人でさえわからないそうよ」
「ーーーなるほど、さすがにこの学園の先生なだけはあるな…」
「まあね、この学園にはわたしや煌堂先生みたいにレベルは普通でも秀でたところがある人か、純粋に強い人しかいないからね」
「そうみたいですね…煌堂先生、オレの相手もしてくれますかね?」
「その前にクラスの人でしょ」
とはカナタ。
そして、サキはむくれていた。
「いいよねハヤテは。強い同属性の人がいてさ…添木先生、誰か水で強い人、いませんか?」
すると添木先生は部屋の奥の植物園の方を見ながら言う。
「うーん…いるにはいるけど…サキさんはどんな感じで戦うの?」
「私は、びゅーんとか、ぴしゃーんとかですね」
「…」
「解説しますと、サキは水属性のセオリーである守護的な戦い方は一切せずに、水を極細にして打ち出すことで、打撃を切断にまで高め、全てを切り裂く…そんな攻撃的な戦い方をしているんです。今まで同属性でサキの攻撃を防げた人は一人もいません」
カナタの的確な解説がはいる。
それを聞いた先生は片腕を頭に当てて悩み始める。
「うーん…サキさんの実力で、そんな変則的な戦い方だと、それこそ純粋にレベルが高くないと対応出来ないわねーーー学園の水の先生は、水を三態に変化させて攻撃的に戦うんだけど、多分サキさんの方が攻撃力は高いでしょうね。サキさんが防御の練習をするにはいいと思うんだけど…」
「あっ、ちなみにサキも氷だけなら使えますよ」
「えっ!?」
「そうですか…なかなかいませんねぇ、目標になりそうな人ってーーーでも機会があったら戦ってみたいですね。…今後のためにも水の三態の魔法はぜひ見てみたいです。」
「そ、そうね。でも、それよりもまずは授業を真面目にこなしなさいね?もうすぐ休憩が終わるから、三人ともそろそろ行きなさい」
木で出来た日時計を見ながら、添木先生が言う。
「はーい…」
「行くか…」
「じゃあ添木先生、シロのこと、お願いします」
三者三様の反応をして、三人は保健室から出て行った。
「先生がライバルなんて、今年の子達は本当に飛び抜けてるわね…」
そうつぶやくと、ため息を一つして
「そうは思わない、夜代先生」
部屋の奥の植物園の扉に向かって言った。
ガチャリ、と扉が開く。
出てきたのは三十代前後の眼鏡をかけた男性だった。
手にはジョウロを持っている。
「いやー、…植物園にいると時間を忘れてしまいますねぇ」
かなりの棒読みである。
「夜代先生、あなたの魔法ならそんなの一瞬で終わるでしょう。今日突然こんなところに来た理由はなんなんですか?」
夜代先生は頭を掻く。
「いやー、まあいろいろと頼まれまして。あ、でも新入生の子たちを見ておきたいなぁ、とも思って。」
「ーーーじゃあなんで話題に上がった時、出てこなかったんですか?『水の奇術師』さん?」
夜代先生の動きが一瞬止まった。
そして動き出したかと思うと、頭を掻くのをやめた。
「いやー、それこそ誤解ですよ。僕は見に来たんであって、決して会いに来たわけではないんです」
そう言いながら、ジョウロを植物園の中において扉を閉めた。
そして振り返り、言う。
「それに私が水の彼女、サキさんでしたか?サキさんに教えられることは何もありませんよ。私は理論派で、サキさんは感覚派。しかも私の三態は技術ではなく、あなたと同じ遺伝ですから、学べることも何もありません」
「ーーー本音は?」
「もちろん本音は、怪我をしたくない、ですよ」
「やっぱり…」
「いやー、だって聞きました?水を極細にして切断って、攻撃の塊みたいな戦い方じゃないですか。そうすると私の氷壁も、サキさんの魔法の前ではゼリーみたいなものでしょう。だとすれば、いくら同属性でも腕や足の一本や二本は簡単に切り飛ばされるじゃないですか。しかも、遺伝かは分かりませんが、氷まで使えるって、もはや、鬼に金棒、攻守に死角なし、じゃないですか!そんな人と戦うのは、私はごめんです。」
「…いくら戦いが嫌いだからって、生徒にもそんなんでいいんですか?傷なら私がいくらでも綺麗に治して差し上げますよ?」
「嫌なものは嫌ですよ。そういう先生こそいかがですか。命魔法と水ならいい勝負になりそうですよね?」
「私も戦闘は好きじゃないので…そもそも私も攻撃を防ぎようがなさそうですが?」
「命魔法ならあなたが直接戦闘に参加する必要はないでしょう?ーーー命魔法は生命の魔法です。木という生命が魔力をあまり使わないから、命魔法=木が主流になりつつあるけれど、人間をはじめとした知性を持つ生命も、身体の傷を治すだけでなく、操ることが出来ますよね。例えばーーー鳥とか?」
そう言って、保健室にある窓の外の青空を眺める。
空の高いところには大きな鳥が一羽、悠々と飛んでいた。
つかの間の静寂…そして、
「…そうですね。ーーーでも何度も言いますが、私は戦闘が好きではないので…」
無表情で答える。
「いや、探るようなことをして申し訳ない。私の国ではそれが普通だったもので」
「ファンタマールでは普通ですか?」
「そうですね。まぁ向こうでも鳥を扱っている人は多かったですよ。何せ乗れますからね。ーーー添木先生も、もちろんお出来になるでしょう?」
またしても静寂、そして、溜め息がこぼれた。
「…まぁ隠しているわけではないですが、あまり知られたくはないので、出来ればこのことは内密に」
「分かってます。魔法使いが手の内を隠すのは当然の行為です。私もちょっと知りたかっただけで、言いふらすつもりはありません」
「…それならいいです。でも私はあくまで魔法医なので。そのところ忘れないでください」
「了解です」
重たい空気が払拭されたところで、添木先生がジト目で聞く。
「ところでいつまでここにいるつもりですか?さっき確か、頼まれたとか言ってたような気がしましたけど?」
「?…ああ、私実はそこの寝てる生徒、シロくんを家まで送るようにと学園長に頼まれまして、彼が起きたらすぐ家に帰すようにと」
「なるほどね、学園長が…ていうかそれをなんで一番最初に言わないの!?」
「いやー、ついつい。だって説明しようとしたら、さっきの子達、サキさんとハヤテくんがシロくんを連れてくるのと鉢合わせしちゃうので。さっさと隠れようーーーもとい邪魔しないようにしようと思いまして」
「っ、まあいいわ。学園長の指示なら、ここに来た、そして、居座る理由としては適当ね。でもこの子、下手したら夜まで目が覚めないかもよ?」
そう言うと、再び触診を始めた。
しかし、今度のは『植診』、つまり体ではなく、精神の方を重点的に診ているのだ。
添木先生が手をベッドに向け、手を握って、パッ、と開いた。
ベッドの植物が蔦状になり、蔦がシロの体を覆い始める。
しばらくそうしていたが、添木先生が手を緩やかに閉じると、植物も元のベッドに戻った。
「ーーーどうでしたか」
夜代先生が尋ねる。
「…やっぱり目が覚めるのは夜くらいになりそうよ。ーーー私も夜まで残っていた方がいいのかしら?」
「いえ、私一人で大丈夫ですよ。定時になったらどうぞお帰りになってください」
「じゃあお言葉に甘えます。ーーーそれにしても、学園長はどうしてこの子にあなたを?」
「さあ?学園長のお考えは私には分かりかねますね」
「そうね。あの聡明なお方の考えが私たちのような一介の教師に分かるわけないわね」
そう言うと二人は顔を見合わせて苦笑いした。
しかし、一人のは、嘘がばれなかったことによる苦笑いも、含まれていた。
ーーーーー
夢を見た。
悪夢だった。
確かに悪夢のはずだった。
しかし出てきたのは黒いなにかと
そして、
赤い血の色だけだった。
それらが永遠と繰り返される。
まるで、何かの警鐘のように。
まるで思い出せ、と言っているように。
そう、この悪夢は不完全だったのだ。
そしてこれは夢であって夢じゃない。
実際にあったことだ。
ーーー僕は何かとても大事なことを忘れている。
十年前の、魔法が目覚め、そしてカナタ曰く、魔物に襲われた、あの日のことをーーー
ーーーーー
目が覚める。
なんだか嫌な夢を見た。
昔の、忘れてしまった思い出だ。
半身を起こす。
どうやらベッドに寝かされていたようだ。
少なくとも僕の部屋ではない。
僕は植物のベッドなんか持っていない。
左側にある大きな窓にも見覚えがない。
しかも、外は真っ暗で、月明かりが差し込んでくることが、夜であることを如実に物語っていた。
どうやらだいぶ寝てしまったみたいだ。
ーーーなんで寝てたんだっけ?
そう、ぼんやり考えながら周りを見渡そうと右を向いた。
「わっ!?」
女の子の顔が、目の前に、あった。
しかも見覚えがある。
「ルナ、さん?」
僕が動けずに呟くと、
「…起きて良かった」
ルナさんはベッドの端についていた手と、僕の顔に近づけた顔を離した。
彼女を見て、思い出した。
そうだ…僕は模擬戦で、気を失ってーーー
そうぼんやりと思い出しながらも、彼女を見続ける。
月明りが彼女の青い目に当たり、まるでラピスラズリのようにキラキラと輝く。
その深い青に見惚れていると、彼女は椅子に座り直して、こちらをじぃっと見てくる。
目が、思いっきり合いっぱなしだった。
「気分は、どう?」
少しどぎまぎしながら答える。
「う、うん、大丈夫だよ」
少し確認すると、体は思ったほど痛くないし、心も軽い。頭もスッキリしている。
寝たおかげかもしれない。
「そっか…今日は本当にありがとう、シロくん」
「…模擬戦のこと?」
「うん。久しぶりに、とっても楽しい模擬戦だったよ。それに最後の攻撃のことも。あれを止めてくれなかったら、私の負けだった。」
「…うん?最後の攻撃はルナさんの魔法が先に当たったから、発動、出来なかったよね?止めるも何もーーー」
「やっぱり、覚えて無いんだねーーー」
そう言うと後ろを振り返った。
「シヒさん、そういうことみたい。」
彼女の後ろをよく見ると、暗がりの中に人がいるのが見えた。
ルナさんの声を聞いてか、こちらに歩み寄って来る。
そして、ベッドの側でこちらを見下ろす。
目が合う。
メガネをかけた、三十代前後の男性のようだった。
その、シヒさん、と呼ばれた男性は、優しそうに笑った。
「初めましてシロくん、私は夜代シヒと言います。この学園の教師です。ちょっと質問があるのですが、いいですか?」
「え、ええ…」
どうやら教師のようなので、多分大丈夫だと思う。
話の流れは全く読めないけれど。
「疲れているかもしれないけど、僕に、今日の模擬戦のことを、話してくれないかな」
「えっ?」
唐突に今日の模擬戦を話せと言われても…
「話してくれる?シロくん」
ルナさんも、畳み掛けるようにして言ってきた。
ーーーどうやら、どうしても僕が話さなければならないらしい。
「わ、分かりました」
話は全く読めないけど、多分なにか確認したいことがあるのだろう。
夜代先生は椅子を持ってきて、ルナさんの隣に座った。
そして僕は、僕が記憶している模擬戦の詳細を話した。
僕が話し終わると、夜代先生と、ルナさんは頷きあった。
そして夜代先生が言った。
「君の模擬戦の記憶には、どうやら抜け落ちてる部分がある」
「えっ!?」
「君が気を失ったと感じた後も、君は動いて、魔法を使っていたんだよ。ほんの数秒だけだけどね」
…信じられない。
僕は確かにあの時、負けたと感じて、疲労もあいまって倒れ込んだはず。そのあとは、三人に呼ばれたと思って、目が覚めたら、蹴られて、そのあとここで目が覚めた。
でも、確かに倒れ込んだ後と三人に呼ばれるまでの記憶は、ない。
倒れ込んだだけで気を失うわけでは無いはずなのにーーー
「そんなことが…一体どうして?」
そう聞き返すと、夜代先生の笑みが消えた。
場の空気が、変わったのを感じた。
そして、
ここから、
僕の運命は、
変転の時を迎える。
夜代先生は、先ほどと全く同じ口調で、しかし、無機質な声で、言った。
「君は闇の魔法を知っているかい?」
僕の世界が変わる一週間が、今、始まろうとしていた。
これにて第0章は終了です。
第1章をお楽しみに!