視点E 模擬戦の終わりと出会い
シロさんは私の作った即席の魔力結晶体の爆発で、十メートルくらい吹っ飛ばされてしまいました。
でも、発動する寸前に壁を何枚か作っていたので、直接的なダメージは吹っ飛ばされた時のものだけでしょう。
しかし、即席とはいえほぼ全力の攻撃だったのに、しっかり対応していたところを見ると、シロさんは相当戦い慣れているようです。
ですが、私の周りに巡らせていた種?らしきものは奥の手だったようですから、これで手は尽きているはずです。
しかし、つい熱くなって全力を叩き込んだのは、いささかやり過ぎでしたね…
でも、そんな私とここまで戦ったシロさんには敬意を覚えます。
私のレベルは書類上はⅠ・Ⅱとなっており、最近は測っていませんでしたが、今の私は恐らくⅠ・Ⅶ程度の実力はあると思います。
それをレベル0の、しかも同属性の人に、本来使うべきではない纏暗示まで使わされてしまうとは…
ーーー纏暗示は常時発動しているので、攻撃を受けると勝手に発動して、攻撃を無効化、さらに暗示使いの力量によっては反転させることも出来る技です。
ですが、私は暗示をおおっぴらに使うわけにはいきません。
纏暗示は正確には魔法ではないので、魔力に敏感な人でも感知は出来ませんが、暗示使いが見れば一目瞭然です。
ここは学園ですが、どこに暗示使いが潜んでいるかも分かりません。
ばれたら終わりです。
ですが、油断しきっていたわけではありません。
体術には十分注意するつもりでした。
魔法は使わないと思っていたとはいえ、暗示を使わされたのは彼の実力があってこそです。
彼の実力は誰の目から見ても、レベル0とは思わないでしょう。
…とはいえ、シロさんの体へのダメージは軽くないはずです。
それに纏暗示が使われたことで、シヒさんとキョウカさんが、私が追い込まれていると思ってこちらに向かっているでしょう。
割り込まれると、それによって正体がばれてしまうかもしれません。
まだシロさんの魔法を見ていたい気もしますが、あと一撃で終わらせてしまいましょう。
シロさんが立ち上がり、こちらを驚いた顔で見ています。
私が無傷だとわかったからでしょう。
後で説明しなきゃですかね…
「…ルナさん、怪我は…?えっと、魔法で…?」
あ、今でしたか。
…どう答えましょう?
と、とりあえずはーーー
「私は平気です…後で何の魔法かは教えてあげます。ーーーそれより、名残惜しいですが、そろそろ終わらせたいと思います。だいぶ時間を使いましたから」
そう、模擬戦を始めてからすでに一分以上経っています。
模擬戦は余程実力が拮抗していない限り、早くて数秒、遅くても三十秒から一分の間に決着がつくものです。
私たちは、見た目の実力がかけ離れています。
明らかに、目立ってしまっています。
シロさんも、そして何より、私も。
「分かった、いいよ。僕もそろそろ魔力が使えなくなるところだったんだ。だから、これで終わらせよう」
シロさんはポケットから何か小さい粒を取り出しました。
シロさんが幾つかある粒を逆の手で掴み、何かを呟くと、たちまちに木刀が一本出来上がっていきます。
なるほどーーーあれで攻撃していたんですね。
では、こちらは範囲魔法でいきましょう。
ーーー魔力を高めていきます。
「終わったら、教えてね」
「…ええ、いいですよ」
ーーーどうやら下手な口約束をしてしまったようです。
シロさんは小さく笑うと、木刀を構えて私目掛けて突っ込んできました。
距離は十メートル。
九メートル。
すると、シロさんは走りながら、
八メートル。
七メートル。
木刀を、
六メートル。
投げます。
「っ!?」
なんとか体をそらして避けます。
このタイミングで防御に魔法を使ったら、攻撃が出来ません。
木刀は後方へ飛んでいきます。
態勢を崩し、膝立ちになりながらも、なんとか目を前に戻します。
私の魔法の前にシロさんが魔法を使ったように感じたからです。
シロさんの魔力が何回かに分かれて小さく弾けます。
そしてシロさんは、
消えていました。
「えっ?」
いない?消えた!?
いくら魔法を使ったからって、そんなバカなことーーーあっ!
後ろ!?
後ろで魔法の使われる感覚がして、再び後ろを向いたら、後方三メートルほどの場所にシロさんが、先程の木刀の刀身を掴んで「操作」しようとしているところでした。
どんな魔法を使ったのか分かりませんでしたが、とにかく私の後ろにいます。
っ!範囲魔法じゃ間に合わない!
慌てて魔法の種類を発動スピードの速い魔法に切り替えます。
それは私の十八番であり、初めて使った魔法ーーー
「貫け!」
半ば無意識に手を前に突き出し、詠唱補助として声も出します。
威力は落とし、その分スピードを優先した私の「生成」魔法は、枝を尖らせ、直線上を貫く、単純で、それ故に強い魔法です。
シロさんの魔法も、一拍遅れて魔法が発動されます。
しかし、
「くはっ!?ーーーグ、グロウイング!」
私の枝が左肩に当たってからの発動です。
同属性なので刺さったりはしないようですが、私の魔法が当たったことで、魔力もかなり乱れました。
恐らく痛みでしばらくは、まともな魔法は使えないでしょう。
案の定、木刀の柄から伸びかけていた枝は、勢いがほとんどなく、今にも地面に垂れてしまいそうです。
シロさんの顔が痛みと、恐らく悔しさで歪みます。
これで勝敗は決しました。私はシロさんに声を掛けます。
「これで、終わりですよ、シロさん」
「くっ…」
シロさんは俯きました。
そして数秒が過ぎて、体が傾き、倒れます。
これで終わり…あれ?
しかし、片膝を付くにとどまり、そこで再び顔を上げました。そこには、
表情がなくなっていました。
目も光を反射していません!
これは!?
「ま、まさかシロさんあなた!?」
シロさんが地面に粒をひとつ落とします。
そして自分の靴で落とした場所を踏みました。
「ーーーグロウイング」
「えっ?うそ?」
また消えた!
魔力が小さく数度、閃きます。
いえ今のは…
「瞬間移動!?」
どうやらシロさんは、植物の種を急激に成長させる「操作」の魔法を発動し、それを移動の力に利用しているようです。
ですが、規格外過ぎます!とても先程と同じ人が使っているとは思えないほど強力な魔法です!
後ろ…いえ、右…違う!?
これは、左!
顔を左側に向けた時にはもうシロさんが木刀を振り上げていました。
「っ!ーーー木壁!」
ダメ!間に合わない!
視界に木刀が迫ります。
反射的に腕で頭を守り、衝撃に備えます。
ードン!
ーー
ーーードサッ
ーーーー
ーーーーーん?
攻撃が、来ない?
腕をどけて、顔を上げると、そこには私が生成した木壁がありました。
魔法の発動が、間に合った、の?
私は恐る恐る壁の向こう側を覗いて見ました。
そこには仰向けで倒れているシロさんの姿がありましたーーー
「シロ、さん…?」
近寄ってみると、気を失っているのか、目は閉じられ、顔も安らかな感じです。
顎の傷が少し痛々しいですが、どうやら最後の壁に当たったようです。
良かった…
あの状態は解けたようでした。
ーーーいきなりでとても驚きましたが、どうやらシロさんもーーー
ーーー無傷だったことの説明だけすればいいかと思っていましたが、もし、そうなら、ここに来るであろうシヒさんやキョウカさんにも相談しなきゃでしょう。
他の人たちに先を越されるわけにはいきません。
この人はーーー
ーーー立派な戦力になるのですから。
「シロー!」
「シロくーん!」
「大丈夫かー!」
…どうやら同じクラスの人が三人、こちらに向かって来ています。
シロさんが起き上がらないので、終わったと思ったのでしょう。
三人の人は、ただ立っているだけなのにものすごいスピードでこちらに向かって来ます。
ーーー土魔法で地面だけ動かしているようですね…。
はっきり言ってすごい高度な技術ですが、かなりおかしな光景です。
…シロさんと使い方が少し似ていますし、あんなに叫んでいるのだから、きっと友達なのでしょう。
心配してくれる人がいるのは、いいことです。
そんなことを思っているうちに、五十メートルほどの距離を三秒くらいで駆け抜けて?三人のクラスメイトが到着しました。
「「「頑張り過ぎだバカヤロー」」」
「!」
「…うーん…ん?あれ僕…ていうか、みん、なっ!ぐはっ!?」
え〜〜〜〜
三人の見事な空中蹴りが決まり、シロさんはまたしても吹っ飛ばされてしまいました。
体が宙を舞います。
「あ、あの、ちょっとーーー」
いろいろと言いたいことがありまくりだったので、少し言い淀んでいると、
「ーーー悪いな、こいつ保健室に連れて行くから」
「ごめんねルリちゃん、急いでるからまた今度ね」
「は、はぁ…」
目を合わせることなくそう言うと、男の子と長髪の女の子の二人がシロさんを水のベッドで運んで行ってしまいました。
残ったのはふわふわした感じの女の子でした。
「ごめんね、いきなり出てきて。二人はシロのことがとっても心配だったみたいだから」
そう言って、ふわりと微笑みます。
見ただけで安心してしまう笑顔だけど、目が、笑っていない。
「もちろんわたしも、とっても心配したんだけどね。最後にシロが動きを止めてなければ、倒れてたのは日代さんだったかもしれないのにーーー」
彼女は後ろを向く
「本当に優しすぎるんだから」
再び前を向く。
そこにあったのは、先程とは違う本物の微笑だった。
「…止まった、んですか?」
「見てなかったの?」
「木壁発動しながら、腕で顔を隠していたので…」
「ーーーシロね、本当にぎりぎりのところで止まっちゃったの。正確には止まったように見えた。その後すぐ魔法が当たったから、他の人はあんまり分かんなかったかもしれないけどね…」
「…そう、だったんですね。私も、あのタイミングは間に合わないと思ってました。彼はーーー根が優しいんですね」
「そうね…でも、あの時のシロ、何か様子がおかしくなかった?なんだか、そう、魔法一つ一つがやけに強かったように見えたんだけど…シロは基本的には魔力がほとんどないから、あんなに強くは使えないはずなのにーーー」
やっぱり、分かりますか…
「私は特に感じませんでしたよ。彼は魔法の使い方がうまいですから、そのせいではないですか?」
「…うーん、そっか。戦っていたあなたがそう言うならそうなのかも」
私は二重の意味で苦笑します。
嘘を平然と付いたこと。そしてーーー
「レベル0であれは詐欺ですね」
「そうでしょうね」
彼女も苦笑します。
「あの戦い方はハヤテ…さっきの男子の方が提案したんだけどね。命属性じゃないくせにいろんな使い方をぽんぽん提案してきてね…。特に瞬間移動はわたし的には想像以上だったけど、どうだった?実際に体感してみて」
「冗談抜きに消えて見えましたよーーー。魔力使った跡を追うのがやっとって感じです」
これは嘘をつく必要がない、本当のことです。
もしあれを最初の少し油断している時にされたら、確実に負けていたでしょう。
「うふふ、そうでしょうね。でもあれね、体への負担が大き過ぎるから、出来ても五回くらいが限界だ、ってハヤテが言ってたから多用は出来ないの。ーーーというかあなたも魔力を感知できるのね。確かに、出来なければあれには反応すら出来ないでしょうけどね…」
「まぁそうでしょうね…でもシロさん、あれ、結構たくさん使ってましたけどーーー本当に大丈夫でしょうか?」
「心配してくれてありがとう。私も気になってきちゃったから、保健室行ってくるね。ルナさんは先生に授業抜けるって伝えておいてくれる?」
「え、授業はいいんですか?」
「うん。じゃあよろしくね」
笑顔で躊躇なく即答すると、彼女はまた土魔法で行ってしまいました。
「…」
ーーーシロさん含め四人ともすごい人たちでした。
突然現れて、名乗らず、シロさんを連れて行き、苦言を言われ、最後には頼み事まで…
ーーー何はともあれ、疲れてしまいました。体だけではなく、気力、精神の方がです。
魔法は簡単に言うと、精神を糧に使うものです。
先程の三人は表の魔力が桁違いなので例外としても、レベルⅠである私でさえ模擬戦をしたらこれですから、シロさんはかなり辛かったでしょう。
私もいろいろあって心だけでなく体も疲れたので、さっさと先生に言って木陰にでも休んでいましょう。
ーーーこんな時は現実逃避が一番です。
クラスの皆さんも、きっと気遣ってくれるはずです。
私は涼しげな木陰を柵の外に探しながら、クラスの人たちのところへ歩き出しました。