視点D
座学の授業の鐘が鳴り始めました。
「では授業を始める。前回は魔法科学の歴史とその有用性について話した。今日は魔法科学の欠点と展望について話そうと思う。ではーーー」
うちのクラスの先生は、五十代くらいの精悍そうなおじさんです。
シロの頭越しに見える上半身はがっしりとして、いかにも軍隊って感じだけど、これでも教師一筋うん十年なんだとか。
「ーーーというわけでカガクには魔力の他に、別種のエネルギーを必要とし、その代表格である魔鉱石には限りがあることが分かっている。従ってーーー」
わたしは頭はあまりよくありませんが、ここら辺のお話は何回も、何回も聞いたのでさすがに覚えています。
わたしは先生から目を離して、シロの後ろ姿を見つめました。
ついこの前教えた、あの工夫を短期間でものにしてしまいました。
あの工夫は、正式名称を「精錬」と言います。命魔法専用の魔法技術なのです。
「精錬」の難しさは、実はシロのようにたくさんものが作れない、というところではなく、発動寸前まで魔力を調節するところだったのです。簡単に言えば、魔法が100%で発動するとすれば、99%まで魔力を貯めるというような感じです。
これは軍に所属する命魔法使いたちが、魔力コントロールの訓練に行なうような技なのです。
わたしでもそんなことは出来ません。
それをシロは成功しました。
これは、シロが気にしている「噂」がシロには当てはまらないことを証明してくれています。
数年前から囁かれ始めた「噂」はこう言っています。
『魔力が、心や精神の強さで決まるなら
魔力が高く、魔法が強い者は、心や精神が強く、善人だったり、人格者になりやすく
魔力が低く魔法の弱い者は、心や精神が弱く、犯罪者などの悪人になりやすいのではないか』と。
確かにわたし個人も、この「噂」は真実なんじゃないかな、と思っています。
世界でもこの噂が流れてから、魔力による人格診断が生まれ、たくさんの企業がそれを利用しているくらいなのです。
ですが、シロは当てはまるとは思っていません。
本来なら、魔力=魔法の強さです。
でもシロは、「精錬」が出来ることからも分かるように、魔力が弱いだけで、魔法そのものはわたしよりも技術的に上回っているのです。
つまり魔法は“弱くない”のです
でもシロは、自分がレベル0なことと周囲の視線を気にして、自分は悪人になるのでは、と思い悩んでいます。
でも、シロは本当にいい子です。
周りの人がなんと言おうと、わたしたち三人は、シロがどんなにいい子かを知っています。
シロは、周りの人にはなるべく接しないようにしていますが、わたしたちには普通に接してくれています。
それだけが唯一の救いです。
「ーーーつまり、カガクがより進歩すれば、近いうちにエネルギー問題もおのずと解決するのだ。そのためにはーーー」
お話がそろそろ終わります。
次の実技で、シロの魔法が弱くないことが知れれば、少なくとも周囲の視線はなくなるはずです。
わたしはシロの後ろ姿から先生に再び顔を戻します。
…そもそもこの先生が自己紹介の時にレベルを言わせなければ、こんな誤解は起こらなかったのにーーー
…とにかく、次の実技です。
ですが、実技の内容が模擬戦だとすれば、シロの相手は既に決まってしまいます。
うちのクラスの命魔法の使い手は、シロと、わたしから見て斜め右前、つまりシロの隣にいる女の子だけなのです。
わたしはその子の後ろ姿に目を移します。
しかもこの子、同い年とは思えないほど、小さく、どう見ても幼少学校の中級生くらいしかありません。
顔はよく見たことはありませんが、背格好と同様に幼く、可愛らしい顔つきだったような気がします。
そして問題のレベルの方は、Ⅰ・Ⅱで、十五歳にしては僅かに低いものの、レベルⅠであることに変わりはありません。
ですが正直、一番の問題はレベルよりも、シロが相手の容姿にを気にして、全力でやれないことです。
庇護欲をそそるこの容姿は、誰でも全力では攻撃出来ないでしょう。
やさしいシロなら余計に。
こうして実技のことを悶々と考えているうちに、授業休憩の合図の鐘が鳴り始めました。
座学の時間はあと半分です。
…これは、お昼に四人で作戦会議をしなきゃね。
2014年7月7日 誤字訂正