登場!メイドさん
夕食の騒動から少しだけ時間が経って、今は部屋でまったりくつろいでいる。
夕食はまったく味がわからない状況の中で、食べる事になったのだ。
いつものように、人の少ない場所に席を取ったのだけど、そこに群がってくると言うのが正しいのかわからないけど、集まってきて、聞き耳をたてるようにされては、こちらは無言で食べるほかなかった。
雛にも悪い事をした。
せっかく一緒に夕食を食べようと待っていてくれたのに、あまりお喋りもできないで食べ終わると部屋に戻っていってしまった。
謝りはしたのだけど、「幸菜様はなにも悪くないのです」と笑顔で言ってくれたけど、後味がものすごく悪い。どうしたものかなっと部屋で考えているとコンコンっとノックする音。
「開いてます」
と返事をすると扉が開かれて、メイドさんと楓お姉さまが現れた。
2人の後ろには、机のような物が置かれている。
「幸菜。こちらは中村。私専属のメイドよ」
メイドの中村さんは両手を前にして、大きくお辞儀をしてくるので、こちらもお辞儀をして自己紹介をしようとするが
「立花幸菜様ですね。お嬢様から伺っております。これからは幸菜様も私が対応させていただきますので、食堂にいらっしゃいましたら、私をお呼びください。」
メイドさんの鏡だよね! ツンデレメイドなんかよりもやっぱこういう礼儀正しいメイドさんのほうが萌えるよね。
だけど、なんのようなのだろうか。2人の後ろにテーブルと椅子が用意されていた。流れからして、この部屋に入れようと思っているのだろう。でもこの部屋にテーブルを入れる余裕はないのだけど?
「中村、やってしまって」
楓お姉様の一言で中村さんは、部屋に入ってきて、ベットや棚などを移動し始める。
うん。中村さんって何者なんだ? ベットを1人で持ち上げて、移動させてしまうメイドさんってシュールだし。見た目は華奢で腕も細いほうだと思う。だけどテキパキと部屋を改造していって、テーブルを入れるスペースを作り出してしまった。
「騒ぎが収まるまではこの部屋で朝食と夕食を食べるようにするわ」
さすがの楓お姉さまも今日だけで嫌気が差したのだ。
俺もさすがにこれには、反論はしない。
「ごめんなさい」
ここまでしてもらって、謝罪なしで居られるほど、図太い神経はしていない。
でも、楓お姉様は??? となんで謝られているのかわかっておらず、「なんで謝っているの?」と問い返してくる。
「そりゃぁ、ここまで騒ぎを大きくして、楓お姉さまにまで迷惑かけてますし」
楓お姉さまは準備の完了したテーブルに座ると中村さんが紅茶を用意し始める。
「朝は私があなたを妹にした。夕方は中等部の子のトラブルを対処した。そこにあなたが謝る必要があるの? 妹になるのが嫌なら解消してもいいわよ? 中等部の長嶺さんを守ってあげた事に謝罪しているのならあなたの行動を否定する事になるわよ? どうなの?」
なにも言い返せない俺。
「もしここで、長嶺さんの事だとか言い出していたら、あなたを怒るところだったわ」
紅茶に口をつける楓お姉さま。とても絵になる人は、さらに一言付けくわえる。
「あなたは良い事したのに、謝る必要はないの。だから食堂での一件でもわかる通り、良い事をしたから、騒動になるのよ。もしあなたが悪い事をしたのだったら、この学院の生徒達は軽蔑の目でしか見ないわ」
楓お姉様の白い部分を初めて見た。
良いことはいい、悪いことは悪いとはっきりと指摘してきて、そのきっぱりしている性格が楓お姉さまらしい。
その後は、紅茶を飲み終えるとすぐに楓お姉さまと中村さんは部屋を出ていった。
部屋の真ん中に置かれたテーブルをぼぉーっと眺めているのだけど、ここ二日で、ものすごい日々を過ごしているな。
幸菜からトラブルメーカーと呼ばれていた時期もあったけど、それは小学校の頃だし、トラブルの原因って幸菜だったりもするのに、「にぃさんは~」と、いつも怒られていたっけ。
懐かしい思い出に浸っているのもいいけど、雛にメールを打っておかないと、また食堂で待っているかもしれない。
スマホを取り出して、メールを呼び出す。
今日教えてもらったメールアドレスを呼び出すのだけど、最初のメールってなんて送ればいいか正直、迷ってしまう。
男にメールを送るのであれば、なんの躊躇もしないのだが、相手は女の子。しかも後輩となれば、可愛らしく絵文字いっぱいでメールを送ればいいのか、それとも年上らしく、文字だけでしっかりとしたイメージがいいのか……
それともネット用語満載で、テラバロスwww など使ったほうがノリがいいと思われるのではないだろうか? 絶対にない。言い切ってみせる。
悩む前に相談とか出来たらいいんだけど、ベランダに出て、お隣さんを確認しても部屋は真っ暗なうえ、物音一つもしてこないとなったら、もう寝ているんだろう。
ベランダから夜空を見ると、実家にいたときよりもきらびやかで、今、考えていることに答えでも照らし出してくれているかのようだ。だから少し肌寒いけど、ベランダの手すりに体を預け、メールを作成する。
『こんばんは。幸菜です。
もう寝ちゃっている? もし起こしてしまったらごめんなさい。
明日の朝食から、私の部屋で食べることになったの。
もし良ければだけど、一緒に食べないかな?
お友達と食べるのであれば、そちらを優先してかまわないからね。
それでは、おやすみなさい』
メールを読み直してみても、男っぽいメールに少し苦笑してしまうけど、変に女の子っぽく絵文字を入れたりするのは、俺らしくないし。
雛にはあまり嘘を吐きたくないと思っている。
今日、初めて出会って、お喋りして、一緒に買い物して、なぜだろうか。幸菜とは違う感情として認識している。
夜空をもう一度、眺めて、ため息をつく。
いつか正体をバラす時が来たとき、雛はなんて思うのだろうか……
消灯時間が過ぎても、メールの返信が来なかった。
やっぱり、今日、初めて出会った人の誘いは迷惑だったのか……と俺の心はネガティブキャンペーンに突入したまま、不貞寝と言う、文明が作り出してくれた、最高の逃げ道を使っただけなんだけど。
それがダメだったのか、そういう運命であったのかは定かではないが、朝の五時に目を覚ますという、おじいちゃん生活をするとは、思ってもいなかった。
カチャカチャ……と音がして、目を覚ました。
目の前には、昨日と変わらない姿で朝食を準備している中村さんがいた。
「あら、起こしてしまいましたか」
棚にお皿を仕舞おうと背伸びをしている最中の中村さんが布団が捲れる音を聞いて振り向いた、といった感じだろう。
中村さんがこっちを見ていては、布団から出ることが出来ないのは、男の子の象徴が朝から元気に大暴れしてくださっているからです。
それを知っているのか知らないのか、中村さんは淡々と作業をこなしていく。
「もう少しお眠りになられていてもいいですよ」
と言われても、「それでは、お言葉に甘えて」ともう一度、寝る気にはさすがになれない小心者な俺は股間の膨張を抑えるべく、羊さんを数え、気を紛らわすのだが、中村さんがテーブルにテーブルクロスをファッサーっとなびかせるものだから、楓お姉さまと同じ匂いがして、羊さんが萌えキャラに変わり、さらに膨張してしまうのであった。
だから、布団から出ることができない!
男の子って大変なんだよ……
「あ、幸菜様が男性なのはご存知なので、お気になさらず」
「それ先に言ってくれます!?」
なんだか、朝からものすごく疲れてきましたよ。
それでも、恥ずかしいので、象さんはすばやく大人しくなりなさいね。
象さんが落ち着きを取り戻すのに、十分もかかってしまって、少し申し訳ないです。
急いで、制服に着替え、中村さんの手伝いをすべく、腕まくりをするんだけど、もうほとんど終わっていてやることがなかった。
現在の時刻は午前6時です!
やることがないのなら、時報でもやっておこうかな。少しは役にたったでしょ?
テーブルに座りながら、中村さんとコーヒーを嗜んでいる。
どうして、この学院にいる人は、コーヒーをうまくを入れてくれるのだろうか。雛にしても中村さんにしても、ものすごくおいしくコーヒーを入れやがります。俺に気でもあるのか? あははは……冗談ですよ? ホント冗談だから!
お上品にカップとソーサーを使い、コーヒーを飲む……いや、嗜んでいる中村さんだったけど
「ありがとうございます」
俺はいきなりの感謝の言葉に理解が出来ず、
「いきなりなんですか?」
と、普通に質問してしまったけど、これって失礼なのではないか? だって中村さんは俺の行動? に対しての感謝を言葉に表したのに、俺がわかっていないのだ。
それでも中村さんは笑顔で「秘密です」とコーヒーを口に運ぶ。
秘密と言われると聞き出したくなるよね?
「なにが秘密なんですか?」
「俺、何かしました?」
「中村さんの年齢は?」
「スリーサイズは?」
と、言いまくったのだけど、答えは「秘密です」の一点張りだったのだけど、最後のスリーサイズだけは
「最新のデータがよろしいですよね」
と、腰のリボンを解いていくので、カール・ルイスがスリに遭ってしまい、追いかけるけど追いつかないという事件の犯人ばりに、背後にまわってリボンを団子結びで結びなおす。
口は軽いけど、行動は純真なんです! 変態紳士なんです!
今日も朝からハードですね。エキスパートじゃないだけ、メイドの優しさなのだろうか。バファリンは、半分優しさで、できているのは嘘です。優しさで病気が治ればお医者さんなんて要らないんですよ?
話が逸れてしまったが、男の子の前で下着姿になっていいのは、十八歳以上になってからね! 良い子のみんなは絶対にマネしないようにお願いする。じゃないと狼さんに食べられちゃうぞ?
まだ六時三十分だというのに、かわいい後輩ちゃんは姿を現した。
メールが返ってこなかったので、迷惑だったのかもと心配はしたんだけど、普通にノックをして現れてくれた。
「失礼しますなのですよ」
部屋の中を見られると少し恥ずかしい反面、なにかおかしなものが置いていないかと、気になってしまう。
中村さんから指摘がないことを思えば、いたって普通の女の子の部屋ということを信じたい……
幸菜の部屋には、何度も入っているけど見慣れてしまっていて、特にアンティークなどを気にしたことがほとんどない。
だからなのか、ちょっと緊張してます。
「では、私もお嬢様を起こしに行ってきますので、朝食はお嬢様が来てからご用意しますので、もう少々お待ち下さいね」
と部屋を後にする中村さん……いや! 二人っきりにしないでよ。なに喋ればいいかわからないじゃない。
バタンっと無常にもドアは閉まり、二人っきりの空間が出来上がってしまった。
「と、とりあえず座って」
と椅子に座るように促すと雛は「失礼します」と椅子を引き、腰を下ろす。
ここも俺が椅子を引いてあげたほうがよかったのかも。とか、逆に気を使ってしまうかも、と色々考えてしまう。
考えすぎるのが、俺の悪いところでもあるんだけど、考えていないと落ち着かないのも事実であり、この難儀な性格は自分でも理解している。
テーブルには、俺の飲み物はあるけど雛の分が置いておらず、なにやっているんだと自分がイヤになっていく。
椅子から腰を上げて、キッチンに向かうと雛に「飲み物はなににする?」と聞いてみる。
「私がお作りするのですよ! 幸菜様も飲み物がもうないですので、一緒にお作りするのです」
「いやいや、お客さんにやってもらうのは、失礼だから……ね?」
「わかりましたなのです」と引いてくれたのはいいけど、この部屋に飲み物なんてあったっけ? いや、あるから俺はコーヒー飲んでるわけだし。
中村さんが用意してくれているんだろうとキッチンの棚を開けると、見たこともないお茶の葉や紅茶の葉がタッパーに入っていて、醤油もスーパーなんかで売っているとは思えないラベルが貼られていたりする。
どこからどうやって手をつけていけばいいのかわからないし、雛って紅茶とか飲めるのだろうか。
扉の前で固まる俺、すでに雛が後ろまできており
「私がするので、幸菜様はお座りなっていてくださいなのです」
うぅ……とっても情けない。年上として、年下のお手本とならなければいけないのに、雛のほうが上手に出来てしまう…
「ごめんなさい……」
手際のいい雛は、ものの数分で、俺のコーヒーと雛の紅茶を作ってしまう。
この手際はどこで身に付けたのだろうか。もう何年もやっているように思える手際の良さで、作ってしまうあたり、小さい頃から教え込まれたように、テキパキとこなしてしまう。
中身は男の子だけど、外見は女の子なので、暇なときに中村さんに教えてもらうことにしよう。やっぱり男の子が紅茶を入れると気色悪いのかな。後で楓お姉さまに聞いてみるとして、ここはトークで盛り返さないといけないよね? 男の子としてね。
「紅茶の入れ方とか、誰かに教えてもらったの?」
ここは、無理難題なネタを振るよりも、素朴な疑問をぶつけて、まずは場を暖めておくのがセオリーだろう。
そこから話を広げていき「好きなアニメは?」「好きなライトノベルは?」「好きなえ……」と聞いていけば、ドン引きされることはないから、みんなも実践してみてくれ。ただし、責任は取らないから、好きな異性にだけはやめておいてね。
ちなみに俺は「ARIA The ANIMATION」「さよならピアノソナタ」三番目は妄想にお任せします。
話がゴールネットを突き抜けて、絶対に観客席のどこかにボールが突っ込んで死人が出ているぐらいのタイ○ーショットを放ってしまった。
「私のお父さまとお母さまはお菓子屋さんをやっているのですよ。なので、家に帰るとお茶などの入れ方を教えてもらうのです。今回は流行にあやかってみたのですが、幸菜様のお口にあっていれば嬉しいのです」
お菓子屋さんと言われたら、駄菓子屋さんを思い浮かべるあたりが俺らしいけど、雛の言っている、菓子屋さんはまた別のことだろう。
雛の装いからケーキや洋菓子を作っているイメージではなく、和菓子をメインにしていると予想してみる。
綺麗な黒い髪や立ち方、座り方など見ていると礼儀作法が西洋よりも和をイメージさせてしまうぐらいの和を醸し出しているのだ。
さらに、お茶の入れ方に流行なども存在しているとは、なんでも流行を作ればいいと思うな! でもフルーティーな香りとあっさりとしていて喉越しがいいから許してあげる。
とってもおいしいです。
「入れ方にも流行があるのは、知らなかったわ。それに紅茶も入れれるのはすごいと思う。私なんてインスタントしか作ったことないよ」
「紅茶もお父さまとお母さまからなのですよ? ザッハトルテと言うお店をご存知ないですか?」
思わず、コーヒーを噴出して、鼻からも少し逆流してくるから余計にたちが悪い。
「だ、大丈夫なのですか!?」
雛が急いで、タオルを持ってきてくれて、制服には被害がなかったのは不幸中の幸い。テーブルクロスはコーヒー色に染まってしまったが、模様とでも思えば、ちょっと華やかになったと錯覚すると思う。茶色を華やかと表現してもいいならね。
そして、ザッハトルテとは、お菓子作りの世界大会を現在三連覇しているパティシエの人が社長を勤める、世界一のデザートのお店で世界中に店舗を広げている。
洋菓子だけではなく、和菓子なども作っており、和菓子に関しては天皇陛下の大好物としても知られている。
雛、ごめんね。
少しの間、雛は俺側に近いと思っていたけど、天と地ほどの差があったんだね。
「大丈夫……ちょっと驚いただけだから」
ちょっとどころではないけど、まぁ黙っておこう。
「あの……お父さまとお母さまが有名なだけで、私はいたって普通の女の子なのです! だから……今まで通りに接して欲しいのです……」
隣に座る雛は、澄んだ瞳で俺を見つめてくる。それがなにを示しているかは、わからないけど、今の俺が出来ることは雛のお願いを聞いてあげること。というか、接し方を変えようにも、不器用な俺には到底出来そうも無い。
「えぇ。わかってるよ」
だから、長い言葉よりも短い言葉で返事を返した。
「見つめ合ってるところ、失礼するわね」
いつの間にか、楓お姉さまがこの部屋にいたのに、気づかなかったのは、緊張のせいなのか、俺が鈍いだけなのか。前者であれば、雛に緊張していたことになる。
さらっと流れるボブカットの黒い髪。クリっとしていて澄んだ瞳。真っ赤なのに淡い唇。細くて白い首。程よく実った胸。モデル体系ではない素朴な腰。小さくて短い足。
どこに緊張しているんだろう。考えてみるけどわからない。
幸菜にもよく「にぃさんは鈍感過ぎます!」と何度か言われたことを思い出してしまう。
どんなに鈍感だと自覚していようと、その答えが見つからなかったら、まったく意味を成さないのである。
人間とは難しい生き物だったりするのだ。
ビックリして、椅子から落ちそうになる雛の手を取って引き寄せるのだけど、俺も急なことだったので、体勢を崩して、ゴチン!っとおでことおでこで頭突きをすることになった。
「痛いのです……」
真っ赤になっているおでこを撫でながら、学院へと足を運んでいる。
三人並んで歩く姿を他の生徒は、まじまじと見てくるのはもう慣れっこで、なにも気にせず、堂々と歩んでいる。
この三日で、俺も少しは度胸がついたかなと思ってしまうほど、余裕が出来ており、普通の登校している。この普通とはお喋りしながら登校できているということ。
俺を真ん中にして、右に雛がいて、左に楓お姉さまがいて、最初に来たときはどうなることかと思っていたけど、なんとか変態へ半歩進んでも、その先には、踏み込めないでいるのは、俺がただのヘタレだからなのだろうか。いや、紳士だからです!
たった五分の登校時間が長く感じられるのは、二人がいるからであって、俺一人だったらもっと早くに登校してしまっている。
それでも、別れ道に差し掛かるのは、絶対であり、回避できないのだ。
中等部と高等部では校舎が違うため、昇降口も違う。だから雛とは、校門を抜けてすぐに、別れてしまう。
「幸菜様。花園様。失礼します」
短いボブカットがバサっと重力にしたがって、垂れ下がり、顔を上げて昇降口に向かう背中を見つめる。
「どうせ、すぐ会えるわよ」
楓お姉さまの顔がニヤついているんですけど、どなたか助けてはくださらない? 全力で拒否だけはやめてね。罵られたい。攻められたい。女装趣味のあるそこのあなた! 俺と代わってみない?
そういえば、中村さんから布製の袋を預かっているんだけど、それが関係しているのかな。
さすがにお楽しみは後にとっておいたほうが面白いと思うんだよね。
「なんか嫌な予感がしますけど、今は気にしないことにします」
「それが賢明ね」
そんな話をして、俺達も昇降口に向かう。
昇降口に着くとなんだか、俺クラスの下駄箱になんだか人だかりが出来ている。
一番後ろの数人が「いっらしゃいましたわ」と声を出すと、GにGジェットを噴射したぐらいのスピードで人だかりが、なくなって本来の下駄箱があるはずだった。
なにかあったのかな?
それぐらいの認識しかなかったので、なにも気にせず上履きの入っている扉を開けると、バッサァアアアアアアアア……と可愛らしい封筒がいくつも落ちてくる。
なんだか、マンガの世界を見ているような錯覚に陥り、マンガの主人公だったらハァ……とため息をつくのだろうけど、俺はキョロキョロと挙動不審な動きをすることしかできなかった。だってマンガの主人公のようにモテたことないんだもん。
落ちてしまった封筒を、一枚ずつ拾っていると横から手が伸びてくる。
甘いコロンの匂いですぐにわかる。
「楓お姉さま、これってなんですか?」
上履きに履き替えた楓お姉さまが様子でも見に来たという流れで、一緒に拾ってくれるのを見ると、この光景にはなれているのか。
全部で五十枚の色とりどりの封筒を手に持って、
「これ、どうしたらいいですか?」
楓お姉さまに質問してみる。
「優しいお姉さまでいたいのなら、みんなに返事を返してあげることね。メンドクサイと思ったのなら、そのままゴミ箱に捨てなさい」
と親指でゴミ箱を指す。
せっかく書いてきてくれた手紙を捨てるのは、かわいそうで躊躇ってしまうので、カバンに手紙を突っ込んで、後で読むことにした。
できれば一人ひとりに返事は書いてあげたいけど、さすがにこの量の返事を一日で書ききれるとは思えない。
今日は徹夜になりそうです……
三年生は二階、一年生は四階なので、すぐに楓お姉さまと別れ、四階に着くと、同級生から「ごきげんよう」と四方八方から挨拶され、誰に挨拶しているかさえわかっていない中を歩いて、教室までたどり着いた。
今日の目標、無事に一日を過ごすこと!
心の中で、今日の目標を三回繰り返し、扉の取っ手に手をかけてゆっくりとスライドさせる。
……そこは新世界でした。
下着姿の少女・下だけ下着姿の少女・上だけ下着姿の少女がズラリと体操服に着替えているのだった。
どうしてこうなった。
あ、急いで布の中身を確認。体操服が入っている。
もう一度、顔をあげると布の塊が顔面にクリーンヒット! 少し汗の香りがするけど、女の子の汗の匂いはとてもいい香りなので、ちょっとしたご褒美だったのは内緒だよ。
投げた張本人はすでに体操服に着替えていて、
「ストラーイク!」
とVサインする。
俺はストラックアウトの的かよ! と言い返したいけど、今の状況では言い返すことさえ出来ない。
もう録画は完了したので、極力、下着姿の少女達を見ないように挨拶しながら、一番後ろの席へと足早に進み、荷物を後ろのロッカーに入れる。
体操服が入っている袋はしっかりと手に持って、投げてきた本人に突き返し、窓の外に目を向ける。
「これはどういうことよ!」
なにかの嫌がらせ……ではないし、むしろ嬉しいけど、この展開は由々しき事態であることには変わりないので、早急にどうにかしていただきたい。
と言ってもどうにもならないのはわかっているので、お隣さんに説明を求めてみた。
「うん? レクリエーションの球技大会だけど」
この学院はどうしてこんなにレクエーションが多いんだよ!