ショッピングトラップ
朝から疲れがどっと押し寄せて、もう街にまで行く気力すらもなくなってしまうかと思ったほど、凄まじい攻防から1時間後……
「立花様、街は、初めてですよね?」
現在は、学院前のバス停(お嬢様専用のバス停)の前で街にまで行く、直通のバスを待っている所だったりする。
さすがだよね。田舎過ぎて、街に行くまでバスが必要で、所要時間も30分はかかると言うね。妹から聞いていた情報とは大違いなんだよ? その情報とはまた今度の機会に説明するよ。
「そうね。話に聞いたらショッピングモールがあるって聞いているのだけど?」
「はい。ショッピングモールしかないと言ってもいいかもしれません」
田舎だから、仕方ない。ショッピングモールがあるだけマシで、田舎だとジャスコがとってもデカイ。ただデカイ。駐車場と建物の面積が1:1ぐらいデカイ。
デカイだけで、人が集まると言う謎の現象が起こるぐらいなんだからね!
「そうなの? でも雛子ちゃんと一緒だと、どこに行っても楽しくなるよ」
「平民が雛子を口説き始めたわ!」
なんでそうなるかな。ツンデレ凛より萌えポイントはしっかり抑えてるから、全然、俺の好みだけどね。
「雛子ちゃんってお姉様達から人気だから」
「そ、そんな事ないでしゅ」
緊張すると『す』が『しゅ』に変わるのか。心のメモ帳にしっかりと書き込んでおこう。あ、バックアップも必要かも。
それにしても人気ってどういう事なのだろうか?
「人気って? 姉妹って妹からお姉様に告白するものじゃないの?」
「ホント、平民はこれだからぁ……」と上から目線はすこしイラッ☆ っとしてしまったけど、ここは年上として我慢するのが、大人の対応。
「妹がお姉様を選ぶのもあるけど、お姉様が妹を選ぶときだってあるの。その中でも、お姉様にしたい№1が平民のお姉様、花園様。逆に妹にしたい№1が雛子よ。乙女新聞ってのが談話室の壁に貼ってあるから見るといいわ。平民が話題を独占してるわよ。ちなみになぎさお姉さまもベスト5に入っているわ!」
ふん!っと無い胸を強調されても、突っ込みに困るんですよ。「なんでやねん!」パシッって胸に突っ込んでも反発しないのは、突っ込んでるほうが悲しくなるじゃないか。
でも雛子ちゃんは守ってあげたくなるタイプだから、人気するのはわかるのだけど、なぎさが人気してるっては、なんだかなぁ……
「なぎさお姉さまは異端ですから」
疑問に思っている事を雛子ちゃんが答えてくれる。
「なぎさお姉さまは、この学院のお姉さま方とは、逆なのです。ざっくり言いますと『ごきげんよう』なタイプではなく、『おはよう』なタイプなので、親しみやすいと言うのが人気の秘密なのですよ」
「えっへん!」
なぎさを華麗にスルーしておく。
「無視すんな!」
なぎさをしたのに、凛ちゃんから突っ込みが飛んできた。
今度、乙女新聞と言うのを、読んでみよう。バックナンバーとかあるのかな? あれば読んでみたいな。
「実は、立花様も人気していたりするのですよ?」
「えっ? 私が?」
「そうです。今回の高等部組が立花様だけと言うので、注目もされていたのですが。この学院の特待生制度を利用するには、それなりの点数も必要なのです。それに、入学早々に花園様の妹になられたのが決め手でした」
てっきり、楓お姉さまの妹になった事で、嫌われていると思っていたから、意外な反応を中等部の子達はしているんだな。
「幸菜……だいじょうぶだよ。同学年の子達からは、嫉妬しかないから!」
どこが大丈夫なのか……大人しくひっそりとしていたいだけなのに……。
バスが到着して、30分もの間、凛ちゃんに罵られ、なぎさに貶され、雛子ちゃんに励まされ……街の中心部までやってきた。
バス停に下りて、目の前にショッピングモールがあるので、すぐにショッピングモールに突撃する。
中はショッピングモールと言っていいのかよくわからないほどで、超有名ブランドのチャネルやグッティなどの店舗ばかり、これショッピングモールなのか?
3人は『これ春の新作だよ』とか『これ、マリアルキャディーが付けてた奴じゃない!』など俺には到底理解できない会話をしながら、モール内を片っ端から見て行っていた。
「立花様?」
さすがに女の子の買い物に付き合っているのは、疲れてしまっていた所に雛子ちゃんが声をかけてきてくれる。気遣いの出来る子って男としてはポイント高いよね。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから……」
さすがに年下の女の子に心配されるのは、年上として、情けなくなってくる。
「私も少し、疲れたのでちょっとテラスで休みませんか?」
「そうしましょうか。気を使わせてしまってごめんね」
雛子ちゃんは「いえいえ」っと笑顔で答えてくれる。
なぎさと凛ちゃんは、まだ見て回ると言う事なので、別行動になった。
「それにしても、ここのショッピングモールって広いわよね」
「そうですね。学生の私達には、高額な物ばかり置いていますし」
やっぱり、高いと思っているのか。そう思っているのは雛子ちゃんだけで、なぎさと凛ちゃんはクレジットカードで支払いをしていたのを見て、価値観の違いを痛感していたのだけど、雛子ちゃんは俺と同じ価値観のようだ。ちなみに凛ちゃんはブラックカードでした……
「あ……」
テラスに向かっている途中に、ゲームセンターを見つけると、雛子ちゃんはクレーンゲームのほうに足早に歩き出す。それに俺もついて行く。
雛子ちゃんがガラス越しに、ぬいぐるみを見ていて、特にアメリカンショートヘアの猫のぬいぐるみを見ているようだった。
「猫のぬいぐるみが欲しいの?」
「はい……でもクレーンゲームは得意ではないので、こうやっていつも見ているだけなのです」
俺は、財布を取り出し、100円をクレーンゲームに入れる。
神様は言いました。クレーンゲームは貯金箱であると……そんなくだらない名言は俺には通用しない。1のボタンを押して右にアームを移動させる。次に2で奥に移動させる。狙っている猫のぬいぐるみを掴み、そのまま持ち上げる。
アームが一番上に行ったとき、大きく揺れはしたが、その揺れも計算に入れて掴んでいるので、落ちることはなかった。そのままゆっくりアームが戻ってきて、大きなメロディーと共に、猫のぬいぐるみが景品の取り出し口に落下。
「立花様! ありがとうございます!?」
見事、100円でぬいぐるみをゲットしてみせた。だって小さい頃に幸菜にせがまれて、お年玉の1万円を使ってぬいぐるみをゲットしたぐらいやり込んだのだから、これぐらいお手の物。
雛子ちゃんはホントに嬉しいのか、テラスに向かっている途中、ずっと猫のぬいぐるみを見続けている。そんなに見てると、誰かにぶつかっちゃうよ? と注意しようとした時!
「キャッ!?」
と雛子ちゃんはバランスを崩し、尻餅を付いてしまう。
他のお客さんとぶつかってしまった。言わんこっちゃない……
「どこに目付けてんだゴラァ!」
しかもぶつかったお客さんはいかにも、やんちゃしてますよ! 的な金髪のモヒカン頭の男。こんな奴らは、さっさと謝って、逃げたほうが楽なんだよな。
「す……しゅみません!」
こんな時でも噛んでしまう雛子ちゃんカワユス!
「すみませんで済んだらケーサツイラネェンダヨ!」
「あぁ~あ、こいつ怒らせるとシラネェよ?」
モヒカン頭の友人みたいな人間が、2人ぐらいこっちに近づいてくる。
周りのお客さんも、こっちに注目してしまっていて、見世物状態になっていた。
「すみません。この子には私からきつく言っておきますので……」
すかさず、間に割ってはいる。
「だから、すみませんじゃねぇんだよ!」
「だったら、どうすれば許して頂けるのですか?」
モヒカン男は、制服を見て、此花の生徒であると踏んで。
「金出せよ。そうだなぁ……お前ら此花だろ? 金持ちなんだから100万ぐらい出せや」
さすがに、100万と言う金額は持っていない。と言う前にこんな奴にお金など払うつもりは一切無い。
「すみません。そんな大金持ってないので、今回は謝罪で許してもらえませんか?」
「だったら体で払えや!」
俺の後ろに隠れている雛子ちゃんの手を握ろうと手を伸ばしてくるモヒカン。
誰がそんな事させるか!
モヒカンの腕を掴み、一瞬にして腕を捻り上げる。
「雛子ちゃん、下がってて!」
は、はいっと後ろに走っていく。これでなにも心配する事はない。
「イデェえええええええええええ!」と叫ぶモヒカンを捻りあげたまま連れの2人のほうに突き飛ばす。
「女の子に手を出すのは、男として最低な行為だと思わないのか」
男口調で言ってしまっている事に気づいている余裕などあるはずがない。それほど、俺は怒っていた。
「うるせぇ! もう許さねぇぞ!?」
モヒカンが走りながら殴りかかってくるので、拳を最小限でかわす。そしてその腕を掴んで、相手の勢いを殺さないように背中に乗せ、投げ飛ばす。
非力な人が、重い人を投げ飛ばすには、十分なのである。
連れの2人も、モヒカンがやられたのを見て、襲い掛かってくるのが見えた。
なので、1人を足払いで転倒させ、もう1人はさっきと同じ要領で投げ飛ばす。
これだけ時間を稼げば、警備員の人達がぞろぞろっと走ってくる。
男達にも見えたのだろう。なにか日本語なのかニャンマー語なのかわからない言葉を発して逃げていった。
「雛子ちゃん、怪我は無い?」
すぐに、雛子ちゃんに駆け寄り、怪我がないかチェック。制服がすこし汚れているだけで特に擦り傷とかないようだ。
制服を整えてあげて、ニコっと笑ってあげる。
「ダメよ、ちゃんと前を見て歩かないと」
「ごめんなさいです……」
雛子ちゃんは顔を下に向けたまま、謝ってくるあたり、反省しているのだろう。だから、これ以上はなにも言わないで、警備員さん達に事情を説明して、謝罪をし、この騒ぎを終結させるのであった。
さっきの事で雛子ちゃんが、落ち込んでしまったので、今は外を歩いている。なぎさと凛ちゃんは騒動を知っていないのか、連絡さえない。ここのショッピングモールは大きいから気づかないのだろう。
そんな中、テラスに行っても、この落ち込みようでは、さすがに間が持たないと俺の直感がキュピン! っとア○ロばりのニュータイプを発揮したので(モール内のお店は値段を見るだけで俺が落ち込む)外をぶらっと見て回る事にしたのだ。
「ほら、雛子ちゃんあっちにアクセサリー売ってるよ。見てみよっか!」
と言ってもか細い声で「ハイ……」と言うぐらいなのだ。もう終わった事なのだから、気にしても仕方ないのだけど、引きずるタイプの子は引きずってしまう。
だからと言って、ウジウジし続けられるのも、イヤなのでなんとかガンバッテマス!
手を繋いで、先導するような形で露天販売している場所に、足を運ぶ。
髪の毛が金髪で、無造作ヘアーな、お兄さんがお店番をしている。髪の毛が金髪だったので、さっきの事をぶり返すかと思ったけど、それほど抵抗はないようだった。
「すみません。見せてもらっていいですか?」
露天販売しているのだから、気にする事なんてないのだけど、こういう露天販売をしている人とお喋りするのは意外と面白かったりするので、俺は最初に声を掛けるようにしている。
「らっしゃい! 好きなだけ見てってやぁ」
外見からクールな感じを受けていたけど、関西弁で気さくな方なのかもしれない。
スカートの中身が見えないように空いている手で、押さえながら座るような形で雛子ちゃんと2人で並んでいる商品を見ていく。
金属の指輪・ブレスレット・ピアス・ネックレスが置かれていて、お値段も1000円や2000円など、手頃な値段になっている。
「お嬢さん方は此花の生徒さんやな」
「えぇ、それがなにか?」
「いやいや、此花の生徒さんがこんなちっぽけな露天販売なんて見向きもせぇへんのが当たり前やから。隣のお嬢さんも、同じようやしなぁ」
俺は、すみませんとちょっと事情を話して、決して嫌悪に思っている事はないと伝えると親指を立て、まかせておけって事なのか。お店番のお兄さんが雛子ちゃんに向かって、妹をあやすような優しい口調で話しかけてくれた。
「お嬢さんは猫が好きなんか?」
雛子ちゃんは、小さく頷く。
「そうかぁ。俺も猫が好きやねん! ペルシャなんてあのもふもふした毛がなんとも言えん触り心地でな。アメショはやっぱ、綺麗な毛並みがホンマ可愛いわ」
それでも、雛子ちゃんは顔を上げようとしない……すみませんっと小さくお辞儀をする。このお兄さんにはなんの罪もない。
それでも、お兄さんはカバンから、ネックレスのような物を雛子ちゃんの前に見せつける。
「これ可愛いやろ?」
それを見ようとやっと顔を上げてくれた。そこをすかさず顎に手を添えて、下を向かせないように支える。なんて荒業なんだ……
「失敗なんてみんなするもんや。ライト兄弟かてな、空を飛ぶのにいっぱい失敗した。数え切れんほど失敗しても、上を向いて歩み続けたんや。お嬢さんも失敗なんていっぱいすればいい。そんで上を向いて歩いていけばいいんや」
最後にお兄さんが笑顔で雛子ちゃんを見つめると少しだけど、雛子ちゃんにも笑顔が戻って来る。
「はい。ありがとうございます!」
顎に添えていた手を除けて、頭をなでなでしてあげる……俺もしてあげたいな……
そして、お兄さんが手にしていたのは、ネコの形をしたネックレスだった。ダイヤモンドなんか付いていない、ただプレス品でもない感じのネックレス。
「これな、俺の手作りやねん。だから世界に1個しかないんや」
たぶんステンレスの板から削って作ったのだろう。綺麗に輝いていた。
そして、カバンからもう一つ取り出して、チェーンを通していく。シャラシャラっと音をたてて猫のネックレスだったものが、短いチェーンに変えられていく。
「君ら2人は綺麗なネックレスしとるから……どうや! ブレスレットやったら大丈夫やろ? これはお嬢さん2人にプレゼントや」
お兄さんは雛子ちゃんの手に、猫のブレスレットを無理やり握らせてくる。こういう優しさが人を和ませて、喜ばせて、悲しみや落ち込みから解放していってくれる。
だから俺は、財布を取り出し2000円取り出して、お兄さんにお金を渡そうとする。
だけど、受け取ってくれない。
「お金なんていらへんわ」
だから俺はこう言った……
「あなたの初めてになりたいんです///」
「ホテル……いこうか?」
「そういう意味じゃないです! 此花女学院の生徒で初めて、このお店で買い物したって意味です……」
「冗談や」
それじゃぁと1000円だけすっと抜いていく。
「残りはテラスにでも行って、飲み物でも飲んできたらええわ」
「「ありがとうございます」」
と2人でハモリながらお礼を言うとちょっとだけ照れた感じで「はよういきや」と催促してくるので、俺と雛子ちゃんはお兄さんに背を向けて歩き出す。
「ありがとうな」
と言う声が聞こえたので、振り向いて頭を下げ、また歩き出す。こうやって人は繋がっていくのだと、思うと繋がりって面白いよな。