正体がバレるとき その①
「おまたせ」
楓さんがスマホを片手で操作しながら、悪魔が獲物をみつけたような笑顔をしながら戻って来る。
「なにかありました?」
さっきまでと少し違う雰囲気だが、楓さんから漂ってくる甘いコロンの香りに変わりはない。
「いえ、なにもないのよ」
となにか大事なものを入れるように、そっとポケットに入れ、俺からカバンを受け取る。
これは、予想なのだけど、俺がトイレに入ってから楓さんの様子がおかしいと思うんだけど? それを悟られないようになのか、それともホントになにもないのか、足早に寮に向かって歩いていった。
「今日はありがとうございました!」
楓さんの後ろを歩くようにして、寮のロビーに帰ってきた。そして、お礼も忘れない。
なんとか、今日のイベントを乗り切った! でもこれから先、こんなイベントが山ほどあるのかもしれないと思うとガクっと気持ちが滅入る。
「いえ、私もありがとう。楽しかったわ」
「私も楽しかったです!」
お世辞ではなく、本心からそう思えたのだけど、これからもっと楽しい時間が待っているとは考えてもいなかった。
それから、楓さんとは別れ、部屋でくつろいでいる。
ここのベットはふかふかでもこもこなので、寝そべっているだけでリラックスできる。そして思い出すのだ。
「あ、幸菜に連絡するの、すっかり忘れてた……」
絶対に怒っているだろうな。どんな仕打ちが待っているだろうか? 着信拒否? いや、家に帰ったら、ムチぐらいは覚悟しないといけないかも……
「早いうちに連絡しておこう」
ベットのスプリングを利用して、手を使わないで立ち上がる! 出来た!?
映画とかで、戦闘シーンになったらよくやるアレである。うん。アレね……
コン……コン……。
俺の部屋がノックされる。誰だろうか?
時間を見ると、まだ6時を回ったばかりだった。
まぁ、なぎさが遊びに来たのか、夕食でも一緒に~とか、そんなことだろうとドアを開けた。
「少し、時間いいかしら?」
黒髪ロングでスタイル抜群の生徒会長様でした……なんで?
「か……かまいませんけど……」
「あなたの部屋に上がらせてもらっていい?」
「は……はい」
ドアを大きく開け、楓さんを部屋に招き入れる。
なにか、おかしな物はないかと、見回してみるが、大丈夫そうだ。ラノベはベットの下に隠してあるし。
「綺麗に片付いているのね」
と昼間のようなコロンの匂いはなく、シャワーでも浴びてきたようで楓さん独特の匂いが鼻を刺激する。
クラっと酔いしれてしまったが、スリッパを出して、部屋に招き入れると、すぐに部屋の中に入ってきて、一直線にベットに腰をかけ綺麗な足を組み俺を挑発しているかのようなポーズを取る。
女同士だとあまり遠慮というのがないのかな? 俺も男同士だったら、あんまり遠慮なんてしないから別に気にしたりはしないけど。
「あまり物がないだけです」
と楓さんの質問にお世辞を軽く流す。
だけど、楓さんはどのような理由で俺の部屋にまできたのだろうか?
先輩が後輩の部屋に遊びに来るのってなにか用事があるからじゃないのかな。今日、知り合ったばっかりだし。
だから思い切って聞いてみることにした。
「私に何か用ですか?」
「えぇ、これ見てもらえるかしら」
パジャマのズボンからスマホを取り出して、細い指でタッチしたりスライドさせたりして、用意ができたのか、スマホの画面をこちらに向けてくる。
スマホの画面には便器が写っていた。なんで便器? しかもこれって、今日の最後に寄ったトイレだったはず。
「えっと……便器ですよね?」
楓さんは2本の指を使って、画像を大きくすると、中央に陣取っていた便器だけが映し出される。
「……あっ!」
「これ、あなたが使った後の画像なの。言いたい事はわかるわよね?」
えぇ……わかりますとも。
だって『便座が上がりっぱなし』になっているんだからね!
なんで俺はツンデレになってんだよ。
「あなたは『立って』お手洗いをするのかしら?」
ニヤっとしながら、俺に問いかけてくるあたり、よほど自信があるのだろう。だけど、このまま正体がばれては、本末転倒。
「は……はい! 私の家では、女でも立ってするんです」
自分でもわかっているんだよ。見苦しい! って、でもここさえ、なんとか持ちこたえたらなんとかなるはず。なんだけど……。
「それだったらいいの」
あれ? あっさり引いてくれた。このまま夕食にでも誘って、忘れさせよう。そうしよう
「あの」
こっちの考えを先読みさせれているかのように、俺の発言をシャットダウンしてくる。
「女の子にはきて、男の子にはこないものなぁんだ?」
へ? なんでいきなりクイズなのだろうか。
「いきなりクイズなんてされても、わからないですよ」
「これぐらいわかるでしょ? 『女の子』ならね」
神をも震撼させるような、不敵な笑みがものすごく怖い。そして完全にバレてますよね。
便座なんて、全然気にしてこなかったのだから、当然と言えば当然なのだけど、女の子なら当たり前だよね。みんな座るのだから……。
そして、このクイズ。正解があるのかないのかも、俺にはわかっていないのだから、もうお手上げだった。
人生オワタ!
「わ、わかりません……」
はぁ。幸菜になんて説明しようかな。その前に警察に連れて行かれて、事情聴取されて、変態のレッテルを貼られるのが先か。一日で、男とバレるとは、一週間がまるで無駄な時間だった。就職難なのに、前科一犯で就職あるかなぁ……
「だったら認めるのね? あなたが『男』だと言う事を」
「はい。男です……」
潔く、ウィッグを外して、正体を明かす。もう嘘を重ねる必要はないのだから。
「やっぱり……なんでこんな事したのよ」
意外な一言に俺は、ゆっくりと説明をしていく。
「えっと……双子の妹がホントの幸菜で、ここに来る一週間前に持病が悪化したので、幸菜の体調がよくなるまで、双子の兄である俺が……」
全部聞き終えた楓さんは、はぁ……っと、ため息をつく。
「今まで、望遠レンズを使って、私達を隠し撮りしようとした人間や、マンホールからこの寮に侵入して、下着を盗もうとした人間はいるけど、女装して学院に侵入してきた人間は初めてよ」
そりゃそうですよ、俺だって考えませんよ、考えたのは病院で療養中の幸菜なんだから。
楓さんは、俺の体を下から上へとじっくり見ていく。まるで種証しをしているマジシャンを見ているかのように。
「ホントに、見た目は女の子よね。声も女の子っぽいし」
「それ褒めてます?」
「褒めてるわけないじゃない」
そうですよね! そんな簡単に許してくれるわけないですよね。
警察だけはなんとしても、阻止しなくてはホントに人生の終わりなので、なんとか説得して、ここから立ち去ろう。
「あの、俺、すぐに消えるので見逃してください!」
人生初めての土下座……無様だろうがなんだろうが、これで人生が助かるのであれば、足ぐらい舐めたっていいよ? あ、それはご褒美になってしまいます!
「顔をあげなさい」
顔をあげると先ほどの神をも震撼させるような笑顔ではなく、『おもちゃを見つけた子供』のようにニタニタとした笑顔がそこにはあった。とてつもなく嫌な予感がするよ……。
「あなたはこの学院に残りなさい。そして、私のどれ……げぼ……妹になりなさい。それが出来ないのであれば……人生ってこれから長いわよねぇ?」
「全力で妹になります!」
なんだかおかしな事になってしまったんだけど……結果オーライと言う事でいいのかな。幸菜に、躾されることもないし。
ずっと楓さんの目が輝いている。これからの俺はどうなってしまうのだろうか……
「でもどうして許してくれたんですか?」
「許してはないけど、面白そうじゃない! 女学院なんて女しかいない所に幼少部からいるのよ! ちょうど退屈してたのよね!?」
俺は、ホントにおもちゃにされそうです。せめて、使い捨てのおもちゃにはなりたくないなぁ……。
「それと、これをお風呂と就寝の時間以外は身につけておくこと」
楓さんは自分の首からネックレスを外すと、立ち上がって俺の後ろにまわって、ネックレスをかけてくれる。首にかけられたネックレスに目を向けると、チェーンにリングが引っかかってるシンプルな物だった。キラキラ光ってるのはガラスかな?
疑問に思っているのを見透かされてか
「それ、ダイヤよ」
すかさず、突っ込まれる。
「あはははは…」
そりゃぁそうだよね!
お嬢様がガラスのネックレスなんて持ってないよね。
でも、ダイヤモンドってこんな輝きをするんだね。
初めて見るダイヤモンドは、光を反射ではなく、吸収して、ビームのように光を放っており、ガラスじゃ到底、こんな輝きを放てるわけがない。
誰だよ。ガラスなんて言ったの。すみません。俺です。
楓さんはネックレスを付け終えると、今度は俺の前にしゃがみこんで、全身を見るように視線を動かす。
目の前には、発育のいい胸の谷間が俺の視界に入り込んでくる。それとあいまって、俺の匂いではない匂いが嗅覚を刺激してくる。大人の匂い。とでも言うべきだろうか。まるで、サキュバスがフェロモンを出すと、このような匂いを出すのではないかと容易に想像できてしまう。
視覚と嗅覚のダブルパンチは青少年にはとっても危険なのである。
ムラムラしてくる体に、「落ち着け」と何度も心で指令を飛ばす。
「特におかしなところはないわね」
そういうと、俺の前から立ち上がって、またベットに足を組んで座りなおす。
残念では、あったが理性を保っていられる自信もなかったので、これはこれでよかったと思う。
「そういえば、あなたの本当の名前はなんて言うの?」
「刹那です」
スマホを取り出して、メールを開いて、『刹那』と打つ。
自分の名前を教えるときは、いつもそうしている。自分の名前の意味など、あまり気にしないので、なんて説明すればいいのか、わからない。
みんなからかっこいいとか言われるけど、たまに女の子と間違われたりするから、この名前はあまり好きじゃなかったりする。
「刹那……ね」
そのまま、楓さんは、俺のスマホを奪い取ると、手馴れた手つきでなにかしている。そして自分自身のスマホを取り出して、なにかを始める。
予想が付いた。この人は、俺の番号とメアドを登録している。問答無用とはこの事を言うのか。
「楓さん?」
「楓お姉さま。はい、復唱」
俺のスマホをポイっと投げ返してくるので、慌てて俺のスマホを受け取る。
組んだ足の上に肘を置いて、手に顎を置く。
なんて、悪魔女なんだよ……
猫を被ると言うか、天使が悪魔でした~と言うオチ。
「さすがに恥ずかしいのですが……」
「ふぅ……1・1・0っと……」
「楓お姉さま!」
「よく出来ました」
ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおお
なんで、こんな展開になってしまったのか。俺がバカみたいな失敗したからなんですけどね!
後悔しても後の祭りなのは、わかっているのに、後悔とため息しか出てこない。
「さて、食堂にいきましょうか」
「一緒に行かないといけないですか?」
ここでもまた、不敵な笑みで俺の見つめてくる。
「当たり前じゃない。私があなたを妹にしたって事を、みんなにお披露目するんだもの。あなたがこなかったら、面白くないじゃない」
「わかりました……行きますよ」
こうして、妹としての、学院生活がスタートして行くのであった。
最初から最悪な展開であったのは言うまでもない。
食堂に向かうと、何百と言う視線が突き刺さり、胸元には楓お姉さま(こう言わないと怒られる)から頂いた、ネックレスが光り輝いており、それを見て、ヒソヒソ話をする者や、楓ファンがバタっと倒れ、気を失う者までいるぐらいだった。
そんな状況を楽しんでいるのか、わかっていないのか……確実に楽しんでいるのが、目に見えてわかる。顔は自然なのに、心では大笑いしている。なんてどSなんだよ!
開放されたのは、食事が終わって、おこ~ちゃの1杯を飲み終えてからだった。
「今日はこれぐらいにしてあげるわ」
今日はって言うことは、今度はもっとすごいことが待っていると言っているようなもので、妹のためでなければ、こんな敵がいっぱいな所から、一刻も早く逃げ出している。
食堂が1階、楓お姉さまは2階になるので、部屋まで送ってから自分の部屋に戻るまで、さらに視線が突き刺さる。
噂ってどうして、こんなにも早く回ってしまうのか。女の子の情報網の凄さにちょっと感心する。ちょっとだけね。
部屋に戻って、一番最初にしなければならない事。スマホを手に取って電話帳を呼び出す。そんなに多く登録されていないので、すぐに相手の名前を見つけ出す事ができてしまう。
ベットに倒れこんで、大の字になって深呼吸をする。
なんて言われるだろうか。怒られるのは覚悟しているけど、帰って来いと言われるだろうか。それが心配だった。
発信のマークをタッチするのに躊躇しながらも、意を決して発信をする。
つ、つ、つ………プ!
早いわ! ワンコールすらしなかったぞ!
「ただいま、妹はた・い・へ・ん! 機嫌を損ねております。ピーと言う発信音の後に、1分だけ、言い訳を聞いてあげます。ピー!」
やっぱり相当ご立腹で、俺の人生で2番目に最悪な日と決め付けた。
「えっと……ごめん。ちょっと色々とあって、連絡できなかったんだよ」
一分もかからない言い訳に、幸菜は態度を変える様子はないらしい。
「妹に連絡できないほど……ですか。そうですか。その色々とはなんですか? にぃさん」
「ちょっとお腹が痛くて」
「警察に通報しますよ」
実の兄がアウェーの中で、がんばってるのにそれはちょっとないのではないだろうか。
なんで、俺の周りの女の子ってこんなに怖い子ばかりなんだろうか。来世はもっとおしとやかな女性に恵まれたいと切実に思う。
「えっと……バレちゃいました。テヘペロ」
可愛らしく、報告してみる。
「人生終わりました?」
「まだ終わってません! バレた人が黙っていてくれるから、まだなんとかいけそうかな」
「そうですか」
あれ?もっと「これだからにぃさんは!」などと怒るか罵るかと思っていたのにあっけなく返事をされてしまった。
「まぁ、にぃさんだけではどうにもならなかったと思うので、少し早いですが、まぁいいでしょう」
それはどういう意味なんだよ。もうちょっと兄を信用してくれてもいいじゃないか。
「体育とかプールとかどうするつもりだったのですか?」
妹に言われて、気づいた。
そうだ、これから回避し続けなければいけない事が山ほどあるんだ。それを1人で対処できるはずがない。
「時間の問題だったんですよ。その人は信用できる人ですか?」
「それは大丈夫だと思うよ。生徒会長さんの花園さんって人なんだけ……」
「へ?」
あらかわいい反応。生徒会長さんにバレるなんて思ってなかったんだよね。俺もバレるとは思ってなかったよ。
「さすがに俺も生徒会長さんにバレるとは思ってなかったよ」
だけど妹は、「そんな事、どうでもいいんですよ」といまいち、本題に入ろうとしない。
「どういう事?」
さすがに、俺も心配になってくる。あのどSなお姉さまだけしか知らない。その他の事はさっぱりわからない。
「花園さんの家って世界でも有名なんですよ。」
「世界と言われてもこの学院って、そんな人がゴロゴロいるだろ」
「花園グループを知らないなんて、双子の妹として、涙が出てきます」
そんなに凄いとこのお嬢様だったのか。ぐらいな気持ちしか出てこない。あんまり気にしても、この学院じゃ生きていけないし、あの裏の顔を見れば、誰だってそう思うよ。
「それは大げさだと思うけどね。それで体の調子はどう?」
いったんこの話題は切ろう。幸菜の体調も万全ではないのだから、できるだけ早く電話を切らないといけないし。
「おかげさまで、良くはなって来てますよ。ただ、学院にいけるまでは時間がかかると言われています」
「そっか。でもいい方向に向かっていてよかったよ。学院のほうはなんとか、がんばるから幸菜は体の事だけを考えて、安静にしてるんだよ?」
「わかってます」
「それじゃぁ切るね」
少しの間、沈黙が流れる。
「刹那、ありがとう」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
電話を切り、ベットに倒れこむ。2日ぶりの幸菜の声を聞いて、鼓動が早まっている。
2日、声を聞いてないだけでこれなのだ。この先が思いやられるよ……