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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
もう1度、あなたの名前を呼んでいいですか?
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接触

 優香ちゃんが目を覚ましたのは、16時を5分ほど過ぎてからだった。

 寝ぼけながらも、大好きなアニメだけは覚えているようで、目を擦りながら「幸菜お姉ちゃん、ありがと」っと、自分の病室に戻っていった。

 プリントと筆記用具を忘れていったけど。

 まぁ、後で届けてあげればいいでしょう。

 ずっとベットの上に居たので、少しだけ屋上に出て、風でも当たりに行こう。そうと決まれば、お気に入りのカーディガンを羽織って、病室を後にする。

 ナースステーションの前を通り過ぎる。

 いつものように看護士さん達が、所狭しとお仕事に明け暮れている中、エレベーターに乗り込み、1番上のボタンを押す。

 6階までしかない病院なので、エレベーターはすぐに6階へと到着。

 扉が開いて、すぐに右に折れたら屋上への階段が、天国への階段のように「こっちへいらっしゃい」と、手招きしているよう。

 その手招きに導かれるように、私の足は屋上へと吸い込まれていき、力のいる鉄の扉を肩に当てて開ける。

 ビューンっ!

 勢いの良い風が扉を開けるのと、同時に6階へと駆け下りていく。そんな風に負けないように、屋上へ1歩、踏み込む。

 落下防止用の緑色のフェンスが四方に取り付けられ、空を飛ぶことの許されない人間が誤って落下しないようにと、注意の看板も取り付けられていた。

「ん~!!」指と指を絡ませ、頭の上へと移動させる。ずっと座っていたから、体が硬くなってしまって、背伸びをするだけで、体に開放感を感じることができた。

 病室に流れ込んでくる風よりも冷たい。

 カーディガンを着て来たのは正解だったようです。

 ポケットに入れていたスマホを手に取り、液晶を点灯させるけど、にぃさんから連絡がなかった。


「なにかあったのかな」


 私自身、言葉に出していたとは思っていなくて


「なに? 彼氏と喧嘩かぁ?」


 と、背中から声をかけられて振り向くが誰も居ない。視界の下のほうに金色の髪の毛を見つけて、やっと視線を少し落とす。

 金色に輝いてはいるけれど、根元は黒くなっていて、自分で染めたのだと思う、ちょっとやんちゃそうなお姉さん。


「入院してるのに、お見舞いにもこないからプンプンしてるのかな?」


 名前も知らない人と、という前に階段があるのにどうやって、車椅子でここまで来たんだろう。

 名前を知ることよりも、そっちが先に気になってしかたない。


「そういうのではないので」


 すぐにスマホをポケットにしまって、金髪のお姉さんに反論した。

 お姉さんがクスクスと笑う。


「ごめんごめん。怒らせるつもりはなかったの」


「別に怒っているわけでは……」


 相手のテンポに戸惑いはするものの、悪い人ではなさそう。


「私の名前は沢渡ちさとって言います。よろしくー」


 軽いノリでの自己紹介だったけど、ちさとさんが真面目に自己紹介したらと思うと……。

 出会って数分しか経っていないのに、私の中でちさとさんという人間がすぐに出来上がってしまっている。それはちさとさんの長所なのかもしれない。


「私は立花幸菜です」


「じゃぁ、ゆきなぽんと呼んであげよう!」


「全力で無視させていただきます」


「嘘だよ!?」


 最初に笑い出したのはどっちだったかな。

 知らない間に、私とちさとさんは仲良くなっていた。

 遠くに行ってしまったにぃさんが、連絡をしてこないことに苛立っていたことを説明する。もちろん、女装して女学院に不法侵入していることは伏せている。

 ちさとさんも「それはお兄ちゃんが悪いね」と、私の意見に賛成票を投じてくれて、私が正当な怒りを抱いていると自己陶酔。


「1つ、疑問なんですけど」


 と、私は最初の疑問を問いかける。


「あぁ。それね」


 と、車椅子からゆっくりと腰を上げる。産まれたての子馬のように、体を震わせて立ち上がると、ゆっくりと私に向かって歩いて「こうやって来たの」とたった数歩、歩いただけで額に汗を滲ませていた。

 自然がいたずらでもしたかったようで、突如として突風が吹き荒れ、ちさとさんがバランスを崩して倒れそうになる。

 とっさに私はちさとさんの体を支えて、少しでも衝撃を和らげるよう、一緒に地べたにへたり込む。


「ごめんね。まだ全然ダメなんだよね」


 悔しそうな顔で自分の足を見据える。

 なにか言ってあげればよかったかもしれない。けど、無責任な言葉を吐けるほど、なにも考えていない人間ではない。


「大丈夫ですよ」


 手に届くところに車椅子はあるのに、ちさとさんを支えながらになると、こちらに移動させるには少し辛い。

 だからと言って、ちさとさんを動かすのも私にはできないわけで。

 ふと、にぃさんが居たら。なんて思ってしまった。

 兄から逃げるために此花女学院に進学を決めたのに、いざピンチになると頼るのは、まだにぃさんに依存している。


「幸菜ちゃん?」


 少し自分の世界に入り込んでいたようだ。


「すみません」


 いきなり、ぼぉーっとしだしたので、心配している様子。

 しっかりしないと……。

 まずはちさとさんの状態を確認する。

 足が窮屈になっていないか。足が不自由な方は痛みなどを感じれない可能性があったりする。

 見た感じは大丈夫そう。


「少しだけ離れます。この姿勢で痛みなどはないですか?」


「大丈夫だよ」


 普通に返事が返ってきたので、立ち上がって車椅子をちさとさんのすぐ後ろまで持ってきて、ちさとさんの両脇に手を入れ、ゆっくりと立たせてあげる。このときにちさとさんの体が前に傾きやすいように、背中を沿ってあげるのがポイント。

 立ち上がれば後ろに車椅子があるので、今度は私がすこしずつ前傾姿勢になってあげれば、自然と車椅子に座らせてあげることができる。


「ありがとうね」


 当然のことをしただけなので「いえ」と短い言葉で返事をするに留まった。

 今日に限らず、この病院の屋上は風の勢いがいい。周りに大きなビルなどの存在がないことが要因だと、私は思っている。


「私もまだまだだぁー。こんな突風如きに負けるなんて」


 どこかの舞台俳優を思わせるほどの落ち込みようで、見ているこっちが謝罪しないといけない感じが。


「ま、クヨクヨしても仕方ない」


 と、切り替えの早さも突風のようだった。


「今、何時ぐらい?」


 スマホをポケットから取り出して時刻を確認すると16時35分と表示されているので、そのまま時刻を伝えると「ヤッバ……」と車椅子を方向転換させて、屋上を後にしようとして「あ、幸菜ちゃん。まったねぇー」とタイヤが地面との摩擦により悲鳴をあげながら、屋上から消えていった。階段どうやっておりたんだろう。

 



 患者の流れは止まることなく、流れてきては診察していく。17時を過ぎてやっと、最後の患者が入ってきた。


「おっす」


 車椅子に乗って入ってくる患者。


「はい。仮病です。お帰りください」


 と、速攻でご帰宅願った。


「こっちは金払ってるんだけど!?」


 こんな人間をクレーマーって言う。

 お金さえ払えば、なにを言っても許されると思っているんだろうな。

 わたしは、渋々ながら患者として扱うことにした。


「で、今日はどうしたんだよ。つまんねぇことだったら時間外で請求してやるからな」


「うっわぁ……。あんた、友人として最低だよ」


 わたしはお前の担当医じゃねぇんだよ!

 そう突っ込んでもよかったけど、数少ない友人だから黙ってやることにした。


「まぁいいや。さっき、幸菜ちゃんと遊んできたよ」


「てめぇの症状を聞いてんだよ! 誰も世間話しろとは言ってねぇよ!?」


「私も世間話はする気ないよ」


 こいつはいつもニコニコしながらおちょくって来やがる。


「あんた。殺すよ」


 これまたニコニコ顔で意味不明なことを言ってくる。


「あの子が○○を殺すよ? よかったね。やっと荷が降りたね。それだけ」


 隣で突っ立ている看護士がポカーンっとわたし達の会話を聞いている。訳が解らんよな。わたしも解らん。


「でね、担当医の先生から別の先生にも見てもらうほうが良いって言われたので来ました。はい。紹介状」


 と、カバンから封筒を取り出して、手渡してくる。こいつの症状……ほとんど知っているけど、事務的に紹介状を受け取る。

 一応、中身も確認だけはしておくか。

 メンドクサイので、すとーんと目を通す。


「ま、後はリハビリがんばりましょう。どうしますか? ここのリハビリも受けてみますか」


「そうしまーす。明日からよろすくー」


 そいじゃぁっと、車椅子をUターンさせて


「ごめん。あんたを変えたのはうちのせいだね」


「関係ねぇよ。ほら、気をつけて帰りなよ」


 振り返ることもせず、なにも返事をしないまま、最後の患者が帰っていった。

 いつまでも過去のことをウジウジぬかすな。それにちさとの足が動かなくなったのは、わたしのせいなんだ……。

 

 医者には医者の部屋がある。

 医師が事務仕事などを行うときなどは、ナースステーションかここの部屋を使う。机の上には一通の茶封筒が置かれていて、わたしはハサミを探す時間も惜しかったから、ガサツにも手で開封した。

 こちらで出来る検査はしたが、もっと精密なデータが欲しかったので、知り合いの大学の研究機関に精密検査の依頼を出した。

 A4用紙が3枚。少ないかもしれないが、これがまた小さな文字や数字が所狭しと並んでいる。

 3枚すべて目を通してからでは、夕食の時間には間に合わないか。

 先に言われている微熱の件。薬を処方するかどうかを決めなくてはいけない。

 主治医であるわたしが責任を持って、彼女の命を持って決めなくてはいけない。


「先に様子を見に行くか」


 30分もあれば戻ってこれるだろう。

 わたしは彼女の病室がある6階に向かうことにした。

 


 病室に入る前にナースステーションに顔出しておこう。

 ただ、それだけの出来心に過ぎなかった。


「元気にやってるかー」


「先生ですか」


 なんだよ。わたしじゃ不満か? この野郎。


「あ、これ立花さんの日報なんですけど、先に渡しておきます」


「お、おう……」


 検温、脈拍、血圧など一日のデータが記載されている。

 精密検査データと同じ大きさの紙に、何倍もの大きな文字で書かれていて、あまり重要視して目を通すことが少ないのだが。


「おい」


 さっき手渡してきた看護士に怒りを露にした。

 殺気。とまではいかないが、他の看護士までもが1歩、引いてこちらを見てくるのだから、相当な剣幕だったのだろうな。


「どうして報告してこなかった」


 検温は安定しているにも関わらず、脈拍、血圧が日に日にわずかながら、下がってきているのがわかる。

 彼女は心臓がものすごく弱い。人間の心臓を鉄とするなら彼女の心臓は豆腐。水分がなくなればパサパサになって、心臓がおこなう生理現象だけで崩れ去るだろう。

 そして、水に漬けているだけでは腐って動かなくなるだろう。


「明日、提出と同じに報告すればよいかと思いまし」


「そうか。だったらお前が患者の命を背負え」


 あの日の出来事がフラッシュバックする。

 足があさっての方向に向いて、体から血が溢れ出し、サイレンを鳴らしたパトカーはなにも見なかった。なにも追いかけなかった。と走り去っていったあの時……。

 彼女は足を失った。

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