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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
プロローグ
3/131

嵐の前の静けさ

 教室に案内されて、俺は感動してしまった。

 だってさ、三人ぐらい座れるような椅子と机がいっぱいに並んでいるのだから!

 マンガやラノベやアニメなんかで見るお嬢様達が通っている教室で、「どこでも座っていいの?」と聞くと、「うん。じゃぁ一緒に座ろうっか」と俺は一番後ろの窓際の席を座る。


 あぁ……2次元の世界だけじゃないのね……世界って広いね……


 今日は、ホームルームぐらいだと聞いているので、教科書などは持ってきていない。

 さすがに、アウェーなのに教科書を置きっぱなしってのは、調子に乗りすぎだろうと思ってやめておいたのだが、お隣さんは「よっこらせ!」と教科書を机の中に押し込んでいく。

 それも豪快にドシドシ詰め込んでいって、すでにパンパンになっている。小学校でこんな机を見ると大体が『腐ったパン』というアイテムが眠っているのである。

 初日なので、そのような伝説のアイテムは眠っていなかったけど。


 「いやぁ~朝練があるから、荷物が多いのよ」


 となにも言ってないのに言ってくる辺り、いつもの事なんだろう。


 「部活やってるの?」


 「うん。陸上部だよ。」


 教科書を入れ終えた、なぎさはカバンをロッカーに入れて戻って来る。ロッカーには名前のラベルが張ってあり、俺も筆記用具だけ抜いて、カバンをロッカーに入れた。

 自分の席に戻り、綺麗に使われてきたのが見てわかるように落書きが一切ない机に、手を置いて、気合を入れなおす。

 今は自分の正体がバレないように考えて行動していこうと誓った。

 先生が来るまで時間があるので、なぎさとお喋りをしていると、周りのクラスメイトがこっちを見ているのがわかって、緊張はさらに高まっていく。

 緊張している俺を察してか、なぎさはネタを絶やすことなく、喋りかけてきてくれる。


「幸菜も陸上部入らない? ダイエットにもいいよ」


「ちょっと、病気があるから出来ないかな」


「あ、そっか」


 と言ってはいけないことのように、なぎさはごめんっと手を合わせる。俺も「気にしないでいいよ」と声をかける。

 そして、もう一度教室を見直し、まるで、二次元にでも入り込んでいるような気持ちに、心躍らせた!

 女学院・繋がった机ときたら…妄想が加速を始める!


 みんなが帰った後の教室……


 お姉さまを迎えに来た妹……


 2人は見つめあい……


 「そういえば、放課後は誰と一緒するの?」


 俺の妄想は一瞬にして、崩壊していく。後もう少しでハッピーエンドを迎える予定だったのに! で、なんだって? 放課後?


「なにかあるの?」


「毎年の恒例でね、お姉さまが校舎と街を案内してくれる……メンドクサイ(小声)行事があるの」


 今、めんどくさいって言ったよ! まぁ確かにメンド……じゃなくて、なんで俺の正体がバレるような行事を用意するのだろうか。これで、バレたら発案者を擽り百分の刑に処す。


「私に知り合いがいるわけないじゃない……」


「だよねぇ……だけど、先生が門の前で、チェックしてるんだよね」


 なんでチェックまでするのだろうか。こっそり逃げて、部屋に戻ってライトノベルでも読もうと企んでいるのに! バカなの! 死ぬの!


「なぎさはお姉さまとまわるの?」


 俺の質問になぎさはなんの躊躇いもなく


 「私、妹はいるけど、お姉さまいないよぉ~。だから部活の先輩とまわってもらうの」


 と卑怯なやり口でこの場をやり過ごすらしい、それすらできない俺はどうしようかな……どうする事も出来ないけど……

 朝、食堂で出会った上級生らしい人が頭から出てきて、頼めるとしたら、あの人ぐらいしかいないのだけど、クラスも知らないのに、出会えるわけもない。

 どうしようかと気落ちしているのを、見てアドバイスをくれる。


「幸菜は中庭でナンパされるの待ってるといいよ。暇な先輩が通りかかって、誰か助けてくれるよ」


 逆ナンになるんだけどね! それも悪くないよな。年上のお姉さまが優しく筆……。

 戻って来い! 俺の理性!


「わかった……そうするよ」


 そうして、ため息をつきまくって放課後を迎えるのであった。




 放課後と言っても、今日はお昼までの授業(色々な説明事項だけだった)で、なぎさも「それじゃぁねぇ~」っと消えてしまったので、朝の話で中庭に向かったのだが……




 誰もいねぇじゃねぇかよ!




 そりゃ、まだ四月で肌寒い中をお外で優雅にお昼食なんてバカな生徒はいるはずもないのである。いや、そもそもお昼で終わりなのだから、誰もお弁当なんて物は用意しないだろう。

 周りを見渡せど、お姉さまとお喋りしながら、ニコニコっと上機嫌な同級生達が歩きまわっている。アウェーの辛さだよね。


 「あなた、なにをやっているの?」


 甘いコロンの匂いがしたと思ったら、後ろから声をかけられた。振り向くと、朝食の時の上級生らしい人がカバンを片手に持ち、もう片方の手はA4サイズの紙を持っていた。

 なにをやっている? 見てわかりませんか……ぼっちがぼっちな事を心の中で涙と言う聖水を汲み出して、湖を作ろうとしているんですよ!


「今日は、上級生と一緒に学院と街をまわるイベントらしくてですね。」


 上級生らしい人は、「あぁ……」と今、思い出しましたよっと言う感じに声を上げる。

 A4紙で目から下を隠して、俺をジッと観察し、なにか名推理でも考えているかのような姿が綺麗で見とれてしまうほど、絵になっている。

 そして、導き出された答えが


「それであなたは、上級生に知り合いがいないから、ここに来てみたっと言う事ね」


 とゴク普通に正解を出してしまわれました。

 そりゃぁ、見てればわかるよね。


「はい。誰もいませんでしたけど」


「いるじゃない」


 俺は目をパチクリっと10回はしたね。


「私で良ければだけど、案内させてもらえないかしら?」


「いいんですか!?」


 自己紹介もしてもらってない人だけど、このイベントを乗り越えれるのなら、付き合ってもらうのがベストな選択だろう。


「えぇ。私も参加しないと示しが付かないもの」


 示しってどういう事なのだろうか?


「先に自己紹介しておくわね。私は花園楓(はなぞのかえで)、3年生で、この学院の生徒会長をしているわ」


 ん~………近づかないほうがいい? だって生徒会長さんって言ったよ? 近づきすぎるとイヤぁあああああああっな事にしかならないと思うよ? でもフラグなんだから案内してもらえって? わかりましたよ……


「すみません! 生徒会長さんだったらお仕事もあると思いますし遠慮しますよ!」


 まずは、遠慮しておかないと「なにこの新入生は!」と思われて、全校生徒を敵に回すのは、勘弁願いたい。


「いいのよ。その『お仕事』から逃げてきてるのだから」


 ここの生徒会長さんはとてもユニークな方でした……

 それから、ベンチに二人で座り、まずは学院の説明をしてくれた。

 この学院は幼・小・中・高のエスカレーター式で9割は幼少部からの繰り上がり組という事。どこぞのお嬢様達か政治家の娘などしか在籍していない。

 特に厳しい校則などはなく、一般の高等部と同じレベルであると考えていいと言う事。など、女学院の割りに厳しい校則が存在しないのは、風紀の良さなのだろうか。


「それでは、生徒会長さんも有名な方の娘さんと言う事ですよね?」


「生徒会長さんはやめてほしいわね。楓でいいわ」


「すみません」


 ………

 ………………

 ………………………

 俺と楓さんは見つめ合う。


「いつになったら『楓』と呼んでくれるのかしら?」


「え…あ…と…か、楓さん」


 顔を赤らめながら、名前を呼ぶと「あ……あはははは」っとお腹を押さえて笑い出してしまう。


「え? なにか私、おかしなこと言いました!?」


「ご……ごめ……んなさい……」


 笑いを堪えながら


「この学院に入って、初めて『楓』と呼んでもらえたの。それも真っ赤な顔をしてね。それが嬉しくて」


「それはそうですよ! 生徒会長さんを名前で呼んだんですから!」


「生徒会長にって感じじゃなくて、初めて彼女の名前呼んだって感じだったわよ」


 そりゃぁ、俺は男だし、女の子を名前で呼ぶのなんて幸菜ぐらいなんだから、恥ずかしくもなるよ。あ、なぎさもいたね。

 でも、今日の朝にも出会っているが、その時の顔は仮面でも付けたような顔をしているイメージだったのだが、今は仲のいい『お姉さん』と言うイメージを受ける。

 出会ってすぐで、なにがわかる! と言われればそれまでなんだけど、今の楓さんのイメージが続けばいいなぁって思う。


「話を戻すわね。私もどこかのお嬢様ではあるのだけど、あなたはこのままでいて欲しいの。生徒会長だから、堅苦しい付き合いばかりで疲れてしまうのよ」


 と言われてしまったら、深く詮索できなくなってしまうのは言うまでもない。


「それでは、案内していくわね」


 楓さんが立ち上がるので、俺も立ち上がって、横に並びながら歩き出す。

 この学院は、高等部 特別棟 中等部 の順で立てられており、幼少部 初等部は車で1時間ほど離れた場所に立っている。なので、高等部と中等部は特別授業の時など、一緒に授業する事がある。

 たとえば、レクリエーションなどが豊富にあるこの学校では、高等部と中等部が混ざって山登りをするレクリエーションがあるとの事。他にも文化祭や体育祭、そして部活も一緒にやる。


「どうして、合同でするのか? っと思っていると思うけど、お姉様を見て、淑女としての立ち振る舞いを覚える。社会の中で先輩方を敬う事ができないといけない。そういう事を学院生のうちに身に付けておくのが、主な理由になるわ」


 確かに、早いうちから身に付けておけば、馴染みやすくなるだろう。

 そのような先の事まで考えていたのか。エスカレーター式ならではの教育方針ではある。

 そして、美術室から始まり、理科室・視聴覚室・茶道室・体育館など、見てまわっていく。高等部の棟は1年生が最上階なので、特に特別な教室がないと言う事で、省略されている。


「最後に音楽室になるわ」


 電気すらついていない音楽室の扉を開け、中を確認する。


「誰もいないみたい」


 楓さんが電気のスイッチを入れると先に入って手招きして、俺を招き入れる。

 先に入っていた楓さんだったけど、俺が教室の中に入ると、いつの間にか扉の前に移動しており、鍵をガチャンっと閉め、次にカーテンを閉めていく。

 薄暗くなった音楽室は、不気味で少し肝が冷える。


「楓さん? なにをするのですか?」


 まだお昼を過ぎたあたりなので、カーテンを閉めても真っ暗にはならず、カーテンとカーテンの隙間から陽が入り込んでくるが、それを気にすることなく、楓さんはピアノ前に行き、椅子に腰を下ろす。

 スカートが乱れないように、お尻と椅子で挟み込む。そして、小さな手が最前列の席に座れ、と導いている。

 それに従い、最前列、ピアノと楓さんが見える出入り口側の席に着席する。


「ようこそ此花女学院へ。これは私からあなたへ合格祝いよ」


 楓さんの細く、長い、綺麗な指先が鍵盤を叩いていく。叩くと表現したのは実際にそう見えているからで、決して比喩として使っているわけではない。大きく手を振りかぶり鍵盤を叩いている。荒々しい曲なのだけど、聴いて、とても悲しく感じてしまう。

 ショパンなのかベートーヴェンなのか、俺にはわからない。ホントは歓迎の曲なのだろうけど、俺には楓さんが俺に助けを呼んでいる。ピアノを叩く、楓さんの姿はなにかに抗っているのかもしれないと思った。

 10分ぐらいしか時計の針が進んでいないのに、一時間は経っているのではないかと思える演奏は終わり、ピアノの鍵盤蓋を閉じる。

 俺は拍手すらも忘れて余韻に浸っていた。

 ここはただの音楽室。だけど、楓さんがピアノを弾いていた時は、ウィーンの大きなコンサートホールに、綺麗なドレスを身にまとった婦人やバシっと着こなしたタキシード姿の男爵がいるかのようだった。


「そんなに気に入ってくれた?」


 その言葉で、現実に戻って来る。

 制服を着ているものの、俺から見たら大人の女性が鍵盤蓋に肘を付いて、手のひらを絡め、顎を絡めた手の上に置き、こっちを覗いてくる姿が色っぽくて、ドキっと心を震わせる。

 だけどそんなことは言葉にしない。


「はい。プロの演奏にだって負けないくらい素敵でした」


 演奏についてだけの感想を述べることにした。

 楓さんは、絡めていた手を解いて、ピアノの椅子から立ち上がる。

 行動の一つ一つがとても絵になる人だ。


「お世辞も大きく表現しすぎると、お世辞に聞こえないわよ」


「お世辞なんかじゃ……」


 俺は反論しようとしたけど、すぐに楓さんの声で遮られる。


「まぁいいわ。街のほうは、時間がないから後日。最後は公園にだけよって帰りましょうか」


 すでに時間は十六時を回っていた。ただ特別棟を回っただけで、これだけの時間を消費していた事に、初めて気がついた。





 四月の外はとても冷たく、寒い。

 後もう少しで、開放される……そう思うと緊張がほぐれたのか、トイレに行きたくなってきた。だけど、最後の公園があるのだ。さすがに公園はもういいです。など言えるわけがなく、楓さんの隣を、太ももをスリスリしながら歩く。

 校門には本当に、先生がコートを羽織って立っており、すべての生徒をチェックしている。こんな寒いのにご苦労様です。

 担当の先生が学年と名前を記入して、俺達は街に向かうはずだったが、時間的に街へ行くのは無理だと断念し、街に向かう途中にある公園へと足を運んだ。


「ここが公園、とくに遊具があったりするわけではないけど、桜が綺麗に咲く季節になったら学院生やお花見の人達でいっぱいになるの。」


 学院生だけならスッポリと入りきるぐらい広大な公園。ただ広大過ぎて風がビュービュー吹き込んで来るから、この季節だと体温を奪われてしまう。

 女の子って寒さに強いと聞くけど、ホントなんだなと生徒会長さんを見て納得。

 俺は足をクネらせて「そうなんですか」と相槌を打つ。だってトイレいきたいんだもん!

 早く帰らせて! トイレ行かせて! っと心で呟いていると、楓さんが気づいてくれたのか


「なにソワソワしてるの?」


 と気にかけてくれる。

 ここで冷静に対処していればよかったのかもしれない。俺は、ここからボロを出していったんだ。


「ちょっと……オトイレが近くて……」


「淑女がトイレと言わないの。お手洗いと言いなさい」


 もうどっちでもいいから!

 漏らしちゃうよ!

 淑女らしく言うとお漏らししちゃうよ!

 最初に『お』を付けるとお上品に聞こえるのは、俺だけじゃないはず。

 そんな事は、どうでもいいんだよ!


 お手洗いどこぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 歩いて、五分ぐらいの所にお手洗いがあった。

 公園のトイレなのだが、デカイ・広い・きれいの完璧すぎるトイレであるのは、言うまでもないこと。


「カバン持っていてあげるからいってらっしゃい」


「すみません! お願いします~」


 と急いでトイレに入っていく。

 以下が俺の取った行動である。

 1.まずはドアを閉める。

 2.便座をあげる。

 3.パンツをずらす。スカートの偉大さを知る。

 4.じょぼぼぼぼぼぼぉおおおお………。

 5.水を流す。

 6.ドアの鍵を開ける。

 7.水道で手を洗う。

 8.ハンカチで手を拭いて、楓さんの下に向かう。


 失敗とは、気づいていないから失敗というのであって、気づいていたら故意と言う。


「おまたせしました」


 我慢してからの放水は絶大な開放感に満ちていて、笑顔で楓さんに声をかける。


「ごめんなさい。私もお手洗いに行かせてもらっていいかしら」


 開放感からなにも気にせず


「あ、はい。ではカバンは持っていますね」


「お願い」と楓さんはトイレに入っていった。

 この時の、俺は知る由もないのである。自分が犯した失敗の大きさを……

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