お隣さんとお姉さま
空腹を感じて、目を覚ました。
時計を見ると、十八時をまわったぐらいで、夕食には絶好の時間だった。
確か、夕食の時間は十八時から二十時までだったはず。
昼から、荷物の整理をしていたり、お隣さんに挨拶していたりで、お昼を抜いていたから、もうお腹がペコペコ。妹のパンティを拝むだけでは、お腹は膨れない。
衣装机の鏡でウィッグの確認、服の乱れなどをチェック(1週間みっちり教え込まれた)する。うん。問題ない。
部屋を確認してから、ドアを開ける。
「今からご飯いくの?」
なんの前触れもなく、声をかけられ、ビクンっと反応してしまう。だが、ここで不審な行動をしてしまうのは、正体がバレる可能性があるので、平然を装って返事をする。
「えぇ、お昼を抜いていましたので」
「あたしも行くから、一緒に食べようよ! ね!?」
まぁご飯ぐらいならっと渋々了承し、一緒に食堂まで移動することになった。やっぱり転校生なだけあって、すれ違う人は俺をチラっと見ては、視線を逸らして、友人達とコソコソ耳打ちしていく。
「高等部からの転校生は珍しいから、みんな気になってるんだよ。それに幸菜って名前と一緒で可愛いから特にだね」
かわいい……本当の女の子であったら嬉しいのかもしれないけど、今の俺にとってはダメージに早変わり。さて、周りからの視線に怯えながら、なぎさの励ましと軽快なトークをしていると、いつの間にか食堂にたどり着いていた。
そして、中を見て思う。
これは一緒に来て、正解だったかもしれない。
とても長いテーブルがいくつも並んでおり、そこに座って、夕食を食べている人がいる。
食堂に間違いないんだけど、食券を買う券売機が存在していない。これは一般人の俺にとって、第一の疑問になっていたに違いない。
この学校は、席なども決まっておらず、椅子に座るとメイドさんや執事の人などが、メニューなどを持ってきて、その中から選ぶといった。ちょ~高級レストランばりの待遇だった。
「あの……メニューに金額がないのですけど?」
カルパッチョ! リゾット! ムニエル! マイケル!? など書かれているんだから、一般人からすれば、1つ3000円などするのでは? だったら来月の新刊が……って前に晩御飯だけで、俺の財布はスッカラカン所か、民事再生法の適応を申請するレベル。母親達は遺産相続破棄するだろう。僕の遺産と言えば、ライトノベルとゲームと妹ぐらいなんだけどね!
「あはははは! お金はかからないから大丈夫!」
と大笑いされるが、特にバカにした感じではなく、友達同士の悪ふざけにすぎない程度なので、ムっとしたりはしない。
メニューとどれくらい格闘しただろうか。最終的には「おまかせで……」っと最初からおまかせにしとけよ。と自分で自分を突っ込む。
「幸菜のお父さんの仕事は?」
「一般企業の係長……」
さすがに、さっきのやり取りを見ていて、俺の場慣れしてない対応に疑問を感じたのだろう。
「そっか。ここってさ、大企業の社長とかの娘ばっかだから、堅苦しいし身分を気にする人って多いんだよね。」
お隣さんはテーブルに肘を突いて顎に手を添える。
そんなテーブルマナーをしていてお行儀が悪いと怒られないのだろうか。さすがにお嬢様なんだからもうちょっと可憐であるべきだろうけど、お隣さんはなにも気にするそぶりを見せない。
「その点、私はお嬢様なのに、こんな常識のない子に育ってしまいました。だからさ、私には気軽に接してよ」
と、どちらかと言えば庶民に近い感性の持ち主らしく、俺にとっては、ものすごく絡みやすい子だった。
「はい。なぎささんには、これからお世話になりますね」
お隣さんは親指を立てて
「アウトー!『なぎさ』でいいよ。敬語も要らない。私も幸菜って呼ぶからさ」
お嬢様学校にも、こんな気さくな人っているんだな。ここに来るまでは、近寄りがたいイメージしかなかったもんな。まぁなぎさみたいな子は特別だと思うけど。
「ご飯食べ終わったらさ、親睦も兼ねて大浴場いこっか!」
「大浴場?」
「そう! この学院の名物でもあるんだよ~。屋上に湯気が昇ってたでしょ? あれ露天風呂なの。生徒なら消灯時間までならいつでも入れるんだよ。」
あの湯気の正体って露天風呂だったのか。入ってみたいけど、入れないこの悲しさはどこにぶつければいい? そして、なんて言って断ればいいんだよ。
咄嗟というのは、ときにものすごい力を発揮する。
「すみません。私、硫黄アレルギーなんです!」
言った……言ってやった! これで「あ、そうなんだ。ごめんね」となる予定だったんだけど、温泉成分に詳しくない人間が嘘を吐くとこうなります。
「だったら大丈夫。硫黄成分入ってないから」
神とは人間を作り、人間にいかなる困難を与えてきた。だけど困難とは、達成できるのを見ているから、楽しいわけでして、達成不可能な困難を与えるのはただのイタズラなんですよ。なので、このイタズラを困難に変えて見せようと思います。最後の手段です。
「ホントは心臓病を患っていて、手術の痕をみなさんに見せるわけには……」
はい。手術どころか風邪さえ、ここ数年、風邪を引いたことすらないよ!
だけど、ほとんどの人「ごめんね。」となる。それはなぎさにも例外でもなかったらしく、「そっかぁ」と小さく、言うと「じゃぁ、人の少ない時に、一緒に入ろうね♪」
ハァ……お人よしすぎるのも、考え物だなぁと思うと頭が痛くなってきた。
そこに、先ほど注文した料理が運ばれてくる。ナイフとフォークは二つずつ出され、「前菜です」と鳥のモモ肉と野菜が乗ったお皿が来たんだけど、どのナイフを使えばいいのかわからない……
なぎさに「外から使えばいいよ」と言われ、外側にあるナイフとフォークで頂くのだけど、ドスッと刺して食べてもいいのかどうか……
食べ終わった後はどうすればいいのか。など全然わからなかった。
「少し私が教えてあげるね」
とテーブルマナーについて、教えてもらう。
まず、ナイフとフォークは外側から取ること、ナプキンは膝に乗せること、食べ終わったらナイフとフォークは向きを揃えて、お皿の上におくこと、少し休憩してから食べるときなどはナイフとフォークをクロスさせる(ホントにクロスさせるのではなく、Aのように三角を作る)ような感じでおくとのこと、これだけ知っておけばいいと教えられた。
さすがはお嬢様!
フランス料理なんて食べたことなかったから、テンパってばかりだった。
そして、部屋の鍵など、寮のことについても聞いておいた。
部屋の内側に鍵がないのは、淑女たるもの、いつも身だしなみや部屋の清掃は欠かさずにしておく。と言う教訓のせいだと言うこと。
俺にとっては迷惑きわまりない教訓を今すぐにでも廃止して頂きたい!
洗濯物については、朝、部屋の前に出しておくと勝手にやってくれる。
一番の驚きが、実は部屋の清掃もメイドさんがやってくれると言うこと。
だったら内側の鍵付けてくださいよ! もしこれで男だってバレたら先代の教訓を呪ってあげますよ。など聞いていたらすぐに食べ終わってしまったのだ。
男の俺からすれば、量が断然に足りないし、気を使いすぎて、味も匂いもなにもなかった。せっかくのフルコースを無駄にしてしまい、次は味わって食べれるようになろうと誓った。そして、なぎさはそのままお風呂に行くと言うので、部屋の前で別れてすぐに、俺はベットにダイブし眠ってしまった。
さすがに寝付くのが早かったので、スマホで時間を確認すると6時と表示される。
女の子ってどうしてこんなに早く起きてまでお化粧をしたいのか理解しがたいのだが、お化粧をする。
1週間教え込まれただけあって、なかなかうまく出来たと納得してしまった。
少しずつ女の子が身についている……
はぁ……大丈夫! 心はいつでも男の子だから! 男の娘じゃないからね!
次に制服に袖を通していくのだけど
「この制服かわいいよな」
男の俺が見ても、めっちゃくちゃ可愛い制服なのだ。
中のカッターシャツは薄いピンクで、ブレザーとスカートが白で統一されている。こういうシンプルな制服のほうが、俺の好みなんだよね。
最近の制服特集とかで、色々あるけどやっぱシンプルイズベスト(ス……スペルがわからないんじゃないんだからね!)
黒のニーソを履いて、鏡でチェック! うん可愛く着こなせてるね☆
そんなこんなで7時になっており、朝ごはんを食べに食堂に向かう。
朝ごはんぐらいは、食パンにジャムぐらいがいいなぁっと人気の少ない席を見つけて、座るとすぐにメイドさんがやってくる。
「お嬢様、おはようございます。」
あぁ……メイドさんを一家に1人の時代にならないかな! お嬢様じゃなくて、ご主人様と言われたいんだけど!
つまらなくはないけど、メイドさんを語れば、1時間はかかるので、メニューを眺める。
朝からわけのわからない単語を眺めるのは疲れる。だから
「パンといちごジャム…とかないですか?」
こっそりとメイドさんに言うと、「かしこまりました」っと一礼して下がっていく。
待っている間、なにをしようにもなにもないし、スマホ出したらコソコソ言われるんだろうなぁ。
「お隣よろしくて?」
顔を上げると、長い黒髪! バイン! キュッ! ボン! な俺の理想を具現化したかのような人が登場したのである。これはもう…黒髪ロング萌えな俺にとっては、願ってもないフラグ!
「は、はい」
お上品に椅子に座ると、メイドさんに「いつもので」と言うと、すぐに下がっていく。
ふと思ったのだが、食堂でも一番、奥の注目されないような場所をチョイスしたから、周りには空席が目立つ、それに、ここに来るまでに空席なんて至るところにあったんじゃないか。
「もしかしてあなた、入試組みの方よね?」
チラっと横目で顔を確認したら、目が逢ってしまい、不適な笑みをうかべながら質問されてしまう。大人っぽい笑顔がとても魅力的なのだが、不慣れな格好……学院で緊張を隠せていなかった。
「はひぃっ!」
思いっきり裏声を発動させてしまう。自分の顔が火照っていき、真っ赤になっていくのがわかる。穴があったら、埋めていただきたい。
隣ではクスクスと笑いを堪えるお嬢様が「ごめんなさいね……」と言いつつも、まだ笑いを堪えている。
数分して、落ち着いたのか
「ここは、幼稚園組みが9割だものね。最初は、馴染むのに大変だろうけど、がんばってね」
「はい。お優しいお言葉、ありがとうございます」
うわぁ…なんてギャルゲ展開だろうか。ちょっと萌えポイントアップだわ。俺の嫁候補にしてあげてもよくてよ?
少しだけだったけど、こんな人とお話できたのは、さすがに来てよかったと思える瞬間だった。うん。本来の目的は忘れてないよ? 幸菜もかわいい!
それ以降、こっちから喋りかけることも出来ず、お隣さんも微動だにしないので、沈黙が俺達の間を駆け巡る。そんな息苦しい空気の中、メイドさんが俺のパンを持ってきてくれる。さっさと食べて部屋に戻ろう。それがこの学院で生き残っていくために俺が決めていること。『必要以上に接点を持たない』有言実行と「ありがとうございます」とメイドさんに御礼を言う。お隣さんは俺の朝食を見て、「ちょっと」とメイドさんを呼び止める。
「これはなんです? 犬のえさを与えるのではないのよ」
一般市民の朝ごはんって、犬のえさなのね……
俺からしてみれば、あなた達のように朝からナイフとか使ってるのが不思議で仕方ないんだけど、それを言うと油にダイナマイトを入れるような爆発が起きると察知して、当たり障りのないように間に入る。
「これは、私がメイドさんに頼んで持ってきてもらいました」
上級生らしい人の見てくる眼がとても丸くなっている。それは「あなたなに言ってるの?」とでも言いたそうである。
「あなた、犬でも飼っているの? 寮は動物の飼育は禁止よ」
あぁ、そういう風に受け取っちゃいました? ここでは庶民的なご飯は期待できないのであろうか。
肉じゃがとかお好み焼きはおいしいのに、ここの人達は食べたことないんだろうな。
そんなことはどうでもいいんだけどさ、なんて言い返すのがいいのか。
後触りの無いように注意しながら言葉を選び
「これが『一般市民』の朝ごはんなのです」
「そうなの。あなたがいいならいいわ」
「呼び止めてごめんなさい」っとメイドさんを開放し、メイドさんも、頭をペコっと下げ、別のテーブルに向かって歩き出す。
なんとかこの場をやり過ごすことに成功し、ほっと息をつく。
「ごめんなさい。あなたのご飯を犬のえさだなんて……」
少し、テンションを低めに言ってくる。そのギャップにちょっとドキン! と心臓が高鳴ってしまう。
「いえ! 私こそ、こちらのお食事になれなくて」
お世辞ではなく、幸菜だったらこのような食事でも何事も無く慣れてしまうんだろうな。そう思うとなんか情けなくなって俺は、少し急いで、パンにジャムを塗って、ほとんど噛むことなく飲み干していく。
急いで、食べたので味などはいまいち覚えていないけど、お隣の上級生らしい人の美貌は、味わって視姦させてもらいましたよ?
変態行為がバレないうちにお隣さんに向かって「それでは」と会釈をして、席を立つ。
お隣さんもお食事中だったので、軽く会釈し返してくれて、無事に朝食にありつけたのだった。
部屋に戻って、歯磨きをして、鏡で身だしなみのチェック。
女の子ってホントにこんなにチェックしているのだろうか? 不思議に思えてくるけど、正体がバレて、人生をドロップアウトしたくないので、入念にチェックし、カバンを持ち、学院に向かう。
カバンをお嬢様持ち(膝の前で両手持ち)をするのだが、歩きにくい事、この上ない。
スカートは、スゥスゥするし、風が吹くとスカートが捲くれあがりそうで怖い。
見ている分には「もうちょっと!」「マリリン・モンロー風は来ないのか!」とか思うけど、女の子の姿になって、初めてわかるこの気持ち。
それでも、パンチラには、期待はするよ! だってパンチラって芸術だと思うんだ。
下着姿で立たれているよりも、パンチラのほうが興奮するだろ? そういうことだよ! と心の中で、俺の性癖を語っていたら、もう学院に着いていた。
登校初日は、掲示板でクラスを確認して、所定のクラスで待機、その後は先生に従って行動する。
俺の名前はA組だった。まぁAだろうとBだろうと関係ないのだけど。
周りでは、「またご一緒ですわね」とか「石川先生ですわ! ラッキーです!」など友人と一緒になれた喜び、好きな先生が担任になったと喜ぶ声が上がるが、おもいっきりぼっちな俺には関係のない事なのだが、昇降口がわかんねぇ!
下駄箱どこぉ~な状態をなんとかしなくては……っといきなり「バァ!」といきなり肩を掴まれる。
ビクンっと反応をして、いきなりの来訪者を確認すべく振り向くと、なぎさが肩を掴んでいた。
なぎさも掲示板を確認して
「お! 私と同じクラスだね。」
なぎさもA組なのか。ちょっと安心。
「あの……昇降口ってどちらに……」
「そいじゃぁ一緒にいこっか」
となぎさと一緒に歩き出した。
どうして、昇降口がわからなかったのかと言うと
「あの、どうして向かう方向がバラバラなの?」
なぜか、三つの方向に別れて歩いている。それをなぎさはいつもの事だよっとスラっと流してしまう。
「女子校には多いの。お姉さまと妹の関係って、ほらマンガとかであるじゃん。あんな関係に女の子は、憧れたりするものなの。だからお姉さまに報告と親睦を兼ねて、みんな思い出の場所や、いつもの場所に向かうの。始業のチャイムまで30分もあるしね」
そうなんだぁっと納得する。だけど少し疑問
「なぎさはお姉さまはいないの?」
なぎさだって俺と同じ高等部の1年、お姉さまが居てもおかしくはない。だけど、なぎさは1人でクラス確認用の掲示板まできている。
「いないよぉー。妹はいるけど中等部だから掲示板は逆だしね。メンドクサイからほってきた」
お姉さまそれでいいの! 妹なんだよ? 俺が幸菜にそんな仕打ちしたら、たぶんどころが375%なにか起こる。
「まぁ、私の妹も近いうちに紹介ぐらいするよ」
と舗装された道を歩いていくと、西洋風なアーチを描き、コケや汚れがまったくない開放されている扉をくぐり、昇降口へと足を踏み入れた。木で出来た下駄箱がこの学院の歴史を物語っているのか。少しボロい。だが、汚いとは違い、歴代の先輩達が新しい後輩達のために磨き上げてきた美しさであるのが見てわかる。
「今日からよろしくお願いします」
これから、1年もいないであろう学び舎に『何事もなく過ごせる』よう、お祈りをして、俺は新しい学院生活をスタートさせた。