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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
おねにいさま?
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最後の抵抗

 帰りも地獄の階段を歩くよりも凄かった。

 中村さんのドライビングテクニックはプロ並で、小さなコーナーもドリフトして曲がっていくので、俺は後ろに乗っている荷物のようにあっちこっちに飛ばされて、激しい車酔い。楓お姉さまはわっきゃわっきゃと喜んでいるご様子。

 人間、慣れって必要なスキルなんだなってつくづく思う。

 車酔いの中、寮に到着して部屋へと戻り、まずはベットに倒れておく。立っているだけでふらふらする体を、なんとかベットに横になって車酔いが冷めるのを待っている間に、幸菜に電話を入れておこう。

 スマホをポケットから取り出し、幸菜の番号を呼び出す。

 毎日、連絡してくるようにと言われていたのだが、ここ最近は忙しくて全然、連絡できなかったから、相当お怒りになられていると思うと通話のボタンがなかなか押せない。

 だが、押さなければ進展しないのだがら、機嫌が良いことを祈りながら、通話ボタンを押して、息を呑む。

 ツーコール。スリーコール。なかなか出ないということは、診察中なのかもしれない。だから切ろうとした時、やっと繋がった。


「妹をほっちらかして、きゃっはむふふしていた、お方がなにようでしょうか」


 ちょっと機嫌は良くないけど、まだ優しいほうでなによりだ。


「ごめんなさい。体調のほうはどう?」


「まずまず……と言った感じですね」


 声からしても、そんなに悪くないと判断できる。状態が悪いときは息遣いが荒くなることが多いので、呼吸が整っているのは安定している証拠。


「それはよかった。でさ、早速なんだけどいいかな」


 雛のこと、未来ちゃんのことを話すと「勝手にすればいいじゃないですか」とご機嫌メーターが少しダウン。なんで女の子の話になると機嫌を損ねるのか俺にはわからないんだけど、出来る限り簡潔に用件を伝え、了承を得ることに成功した。というよりも最後はやけくそぎみだったけど……。


「今はにいさんが幸菜なんですから、限度さえ弁えていただければ好きにしていいですよ」


「幸菜、ありがとう」


 話はそれだけだったので、最後に「また連絡するね」と告げて、電話を切った。

 さて、準備はこれだけではない。雛を呼び出さなければいけない。メールを立ち上げて、雛にメールを送る。

 『少し話があるので、今日の18時に寮の中庭まで来てもらっていいかな?』

 現在の時刻は17時。それまでやることがないので、先に中庭で時間でも潰しておこうか。ベットから立ち上がって、部屋を後にする。鍵をかけて寮の廊下を歩いていると同じクラスの子達と遭遇。「お体は大丈夫なのですか?」と心配され、「定期健診ですので」と、特に問題がないことを伝え、「それでは」と会釈をしてその場を離れていく。

 中庭に着くと、誰もおらず部活動を終えた生徒達がちらほら、寮に向かって歩いているぐらい。桜はほとんど散っていてちょっと寂しい。地面に落ちている桜の花びらを踏みしめながら、中庭を散歩するのも、時間の流れを感じる。


「幸菜様!」


 寮の門から雛が走ってくる。あまり速くはないけど全速力なのは見て取れる。

 ハァハァ……と肩で息をして、学校から走ってきたと簡単に予想が出来る。そうならないように、18時と余裕を持てる時間にしたのに、これでは俺の作戦ミスじゃないか。


「まだ、時間に余裕があるからゆっくりで良かったのよ?」


「幸菜様をお待たせするわけにはいかないのです」


 なんて真面目な子なんだろうか。どこかの上級生に雛の爪の垢を飲ませてあげたいぐらいだ。

 少し汚れてはいるけど、中庭に設置されているテーブルに俺は雛を誘導する。

 桜の花びらを手で払い、スカートが捲くれないように手で押さえながら座る。もうこの動作も慣れたもので、自分でも違和感がほとんどなくなってきている。

 ここにポットなどはないので、お茶などは出せないから、2人して落ち着かず、そわそわしてしまう。まるでお見合いをしていて、2人きりにされたような感じ。


「あの……お話とはなんでしょうか」


 小さく深呼吸をして……


「私の妹にならないかしら……」


 単刀直入。

 遠まわしに言えるほど、頭の回る性格ではないのはわかっている。双子なのに知能は幸菜に全部持っていかれてしまった。だけど、気持ちだけでも伝えないとなにも進まない。

 雛は少し考えた後


「未来ちゃん……ではダメなのですか」


 楓お姉さまの言うとおりか。

 未来ちゃんが俺に「妹にして欲しい」と言ったのを知っている。オープンテラスで最後に言ってきたのがそれだった。そして、未来ちゃんの会社のことも知っているはず。


「私は雛に言っているの。未来ちゃんは関係ないでしょ?」


 雛がどんな子か俺は知っている。とても優しくて、気遣いの出来る子。だから未来ちゃんのことを思ってしまって決断ができない。それでも決断させないといけない。


「未来ちゃんのお父さまの会社がどういう状況なのかは知っているわ。でも私はあの子を妹にすることはできない。だって私は雛を妹にしたいと思っているから。これでも理由にならないかしら?」


 雛を妹にしたい。

 これに嘘はない。

 俺はこの子を守ってあげたい。

 心の底から思っている。


「お受けすることは出来ません……」


 元から小さな体がさらに小さくなって、声までも小さくなってしまっている。

 本音じゃないからそうなるんだろうな……

 雛にとって未来ちゃんはかけがえのない友達で、親友なのだろう。そして、俺がこのようなことを言ったから、雛は苦しんでいるに違いない。

 だから、俺は雛の隣に歩み寄る。強張っている体。ギュッと目を瞑って顔は俺と正反対の方向に向けている。このとき、楓お姉さまならかっこいい言葉でもかけてあげるんだろう。なぎさならおちゃらけた感じで流してしまうのかもしれない。凛ちゃんならガミガミ怒って必死に振り向かせようとするに違いない。みんなのやり方を少しでもマネできたらいいのに、俺にはそんな器用なことはできない。

 だから……


「わかった。でも諦めたわけじゃないわよ? さぁ部屋に戻って夕食を食べに行きましょう」


 小さな体をギュッと抱きしめてあげた。

 すると、雛の体から力が抜けていき、そっと体を寄せてくる。


「はい。幸菜様……」


 木の陰からこっちを見ている影が中等部の寮に消えていくのを確認してから、雛から離れて、夕食を楽しむため、高等部の寮へ歩き出すのだった。




 その夜、電話帳に登録されていない人から、1通のメールが俺のスマホに届いた。

『21時に中庭までいらしてください』

 とても丁寧な言い方なのだが、メールアドレスにrinと入っているので、言わずも凛ちゃんであるのは間違いない。

 俺に罵声、怒声しか浴びせない凛ちゃんが丁寧な言葉でメールしてきたのだから、もう目から鱗であった。どうして俺のメールアドレスを知っているのか不思議ではあるが、どうせ誰かに聞いたか、調べたかの2択しかない。知られて困ることはないから別にいいんだけど、直接、聞いてくれたら教えるのにね。ツンデレ幼女の行動は理解できない。

 さて、夕食も食べ終えて、雛も楓お姉さまも自室に戻っていったので、俺も中庭に移動することにしようか。今日だけで2往復するハメになるとは予想していなかった。

 さすがに2往復は足に堪える。エレベーターを使うのもいいけど、出来る限り階段を使用しましょう。とポスターを貼られていたら、此花の生徒なら従うしかあるまい。

 さすがに21時ともなれば、談話室などでお喋りしているグループはいても、出歩こうとする人は誰1人おらず、無人の階段を俺がどこかのお姫様のように、ど真ん中を歩いて降りていく。ちょっと気持ちいい。

 さて、1階について、まずは自動販売機に足を進める。お嬢様学校でありながら缶コーヒーやジュースなどが売られていて、生徒なら生徒手帳をかざせば、お金を入れなくても買えるようになっている。まだ夜は冷える。ホットの缶コーヒーを2つ買ってから、中庭に行ったほうが、気が利いていいかも。

 凛ちゃんと落ち着いて、お喋りするにはこれぐらい気を使わないといけないのか、年上として、なにか違う気がするよ。

 缶コーヒーを2本買って、中庭に向かって歩き出す。夜の中庭もなかなかにいいもので、外灯が春の花に降り注ぎ神秘的な雰囲気をかもし出している。


「さすが一般人。私より先に来ているとはわかっているじゃない」


 中等部のほうから、小さな体に金色の髪、2つのテールが左右に装備されており、ツンデレの象徴であるツインテールをなびかせながら、黒のパジャマに白のパーカーを羽織って、こちらに向かってくる。

 東条凛。東条財閥の1人娘でこの子も親から会社を任されている。東条財閥は花園グループより劣るも世界でも有数の財閥であり、ここ最近の伸び率は花園に迫るものがある……(wiki教授による)

 俺は、先に買ってあった缶コーヒーを投げ渡す。

 それを見事にキャッチして、銘柄を確認している。甘めのコーヒーを選んでは見たけど、実はブラック派だったかな。少し不安になるもプルトップを爪で引っかけて、口を開けるとグイっと顔を空に突き上げるようにゴクゴク喉を鳴らしながら、一気に飲み干して、空になった缶を思いっきり投げつけてくる。


「次からは珈琲ではなくて、紅茶にしておくべきね」


 そっちかよ……。

 楓お姉さまも紅茶しか飲まないのは知っているけど、凛ちゃんも同種なのだから、気づいてもよかったのにな。次回があれば気をつけるようにしよう。


「それでお話ってなにかしら?」


 さすがに夜も遅いので、早いうちに本題に入っておかないと、時間が来てしまう。

 凛ちゃんはテラスの椅子に座り、短い足を組み、こっちを見てくる。色気を感じないので、どう反応したものか……


「雛と未来のこと。どっちからがいい?」


 そっか。凛ちゃんって去年は雛と未来ちゃんと同じクラスだったのか。缶コーヒーを握り締め、暖を取りながら


「早く終わりそうな、雛のほうからいきましょうか」


 俺もコーヒーを飲むべく、缶の口を開ける。少し冷えてしまっている体に熱が加わって良い感じに心地よい。俺はコーヒーを煽りながら、凛ちゃんからのQを待っている。


「庶民。雛に告白したの?」


 ――レベルが上がって庶民になったっ!

 さて、そんなどうでもいいことあっちに置いて、凛ちゃんにとっては、それほど重要ではないのか、落ち着いて質問してくる。

 凛ちゃんの言っている『告白』とは愛を誓い合うモノではなく、姉妹の誓いのほうで、ここの学院生は愛を誓い合うのも同等という意味で『告白』と呼んでいるのだ。


「したわよ。振られちゃったけど」


 笑いを含ませながら答える。


「雛のバカ……」


 凛ちゃんは小声で雛のバカさを呟いた。


「庶民、あんたの今の状況わかってるの?」


「わかってるわよ。私の妹になりたい生徒が隙あらば……ってことでしょ?」


 凛ちゃんは怒声をあげる。


「じゃあなんで雛を強引に奪おうとしないのよ! あの子は未来のために! って、庶民の告白を振ったのはわかっているんでしょ。だったらどうして無理やりにでも妹にしようとしないのよっ!」


 強引に奪う……か、考えなかったことではない。でも、雛の優しさを踏みにじってまで妹にこだわる理由はないし、少しの間かもしれないけど、悲しませたくなかった。

 それを凛ちゃんに言えば、さらに怒りに火をつけてしまいかねないので、心で留めておく。さて、今度は俺の番かな。


「じゃぁ凛ちゃん。なぜあなたは強引に豊島を買収しようとしないの?」


「あんた……なんで知ってんのよ……」


 なんで知っているのか。そりゃ天下無敵のお姉さまがいますからね。話によれば、凛ちゃんが買収の話を持ち出したのは2週間前らしい。花園と同じようなことをしていては、花園を越えることができない。などと言って、葬儀屋部門の立ち上げを提案した。そこで買収先として豊島を選んだと聞いている。もちろん、ズタボロの豊島を買収するなど得をするより損のほうが大きいということで却下されたみたいだが。

 未来ちゃんを助けてあげたいと思っているのは雛だけではなく、凛ちゃんもその1人なのだ。だからと言って、企業は子供の気持ち1つでは動かない。それが社長の娘であろうとだ。


「凛ちゃんの気持ちはわかったよ。だから、このことは私に任せてもらえないかな?」


 凛ちゃんは俯きながら「わかった」と顔をしかめ小さく呟く。

 何も出来ない自分が悔しいのだ。この子だって口は悪いけど、友達思いの良い子。だから余計にストレスが大きい。

 そんな凛ちゃんに俺は聞いておきたいことがある。


「豊島を買収するのに8億もかかるの?」


 凛ちゃんは盛大にため息をついて、ジト目で俺を見てくる。


「庶民はニュースを見なさい。買収で何0億というお金が動いているの。たかが8億でびっくりしない。まぁ、豊島は株価が大暴落してるから、8億ぐらいで買収はできるはずよ」


 そっか。でも8億あればライトノベルが何冊買えるだろ。いや、出版社を作るぐらいのお金か。そんなバカなことを考えていると


「庶民に頼るのはムカツクけど……雛と未来をお願い……」


 いつもこうだったら可愛げあるのに。


「お願いされました。さぁもうすぐ消灯時間だから寮に戻りましょう」


 こうして、凛ちゃんの意外な一面を垣間見れたのは収穫だったが、このときの俺はまだ明日の嵐のような騒動を知る由もない……




 余り、いい天気とは言えないながらも雨は降る様子もない。

 朝から制服が見つからない。あ、昨日、ショッピングモールで着替えてから返してもらっていないのか。まだ部屋には雛も楓お姉さまもおらず、中村さんがせっせと朝食の準備に勤しんでいる。


「中村さーん。制服、どこにあります?」


「こちらでございます」


 中村さんの手には紙袋が握られていて、それを受け取ると、中にはクリーニングにでも出されたかのようにビニールに包まれている制服が収められていた。

 そのビニールを外して、制服に着替えていく。

 肌触りがとてもいいのは、素材がいいからなのか、洗い手がいいからなのか。

 着替え終わるとすぐお化粧。

 こうして、日常的な朝を迎えたはずだったのに、この学院に来て1番のトラブルに巻き込まれた……。




 午前中の授業が終わって、スマホを取り出し着信がないか、確認する。今日に限ってメールが1通、届いており、内容を見るため、画面をタッチしていく。

 名前に雛の名前が出ており、どうしたのだろうか。それぐらいの気持ちだったのだが、本文を見て、すぐに気持ちが高ぶった。


『雛は預かっています。1人でこちらまでいらしてください』


 URLがあったので、タッチするとブラウザが立ち上がり、地図が表示される。

 ここまで来いということか。


「幸菜、食堂行こうよ~」


 何も知らない、なぎさはいつもと変わらない口調でお昼に誘ってくる。


「ごめん。今日は雛と一緒する予定なの」


「そっかぁ。じゃあ別の子と食堂行くよ」


 もう1度「ごめん」とだけ告げて、俺は焦る気持ちを落ち着かせながら、お昼を頂くため、廊下に人だかりで出来ているが、「ごめんなさい」と謝りを入れながら人だかりを突き進んでいき、階段を下り、外へと出てきた。

 ここまで来たら、生徒は見当たらないので、ここから走る!

 桜並木を走りぬけ、正門へとやってくる。防犯のため、閉じられているが、お構いなしに駆けていく。足を引っかけられる部分はいくつもあるので。勢いを殺さず、引っかかりに足を乗せ一気に正門を越えて、アスファルトを踏みしめ、寮とは反対の下り坂を全速力で下っていく。

 土地勘のない身なので、走りながらスマホのナビアプリを起動し、音声ガイダンスに従って、おじいちゃんの運転する軽トラを抜かし、奇妙な目で俺を見てくるサラリーマン達をすり抜け、ショッピングモールを通り超え、上り坂になってスピードが落ちても走るのだけはやめない。

 ここで走るをやめて、最悪の事態になってしまったら、ここまでのことが水の泡になってしまう。だから一秒でも早く地図の示す場所へと走り続ける。

 ショッピングモールより先に行くのは初めてだったが、こちらも此花学院と同じような田舎道が続いていた。目的地までもう少し……

 ナビが左に進めというので、左に進むのだが、森の中へと続く1本道。木々が生い茂っていて、この道の先だけは違う空気が漂っている。だけど、怯むわけにはいかない。走り続けてもう50分が経っている。雛のことを思うと、息切れしているのも忘れて無我夢中で疾走し、ようやく目的地に到着した。

 森に囲まれた廃工場で、もう何十年と放置されているのがわかるほど、屋根は所々、剥がれ落ちていて、壁も壊れてしまっている。中から男達の声が聞こえてきており、時折、女の子の声もする。この声を知っている……。

 俺は壊れてしまって開きっぱなしの門を通り抜け、廃工場の中へと突き進んでいった。


「雛っ!」


 真ん中の奥辺りに、金髪や茶髪などカラフルな髪の毛をした集団があり、その中に小さく体を萎縮して怯えている雛を見つける。そして、雛の隣には堂々とカラフルな集団と会話をしている未来ちゃん。どうやって繋がったのかは知らないが、人相の悪い人達と繋がっていると思っていい。


「やっと来ましたね。遅いですよー」


 未来ちゃんが立ち上がると、男達も立ち上がり、俺を見据えてくる。その中に見覚えのある顔を見つけた。

――っ!


「お前……ショッピングモールの時の……」


 そう、雛とぶつかった時の金髪のモヒカンが雛の隣で立ち上がって俺を睨みつけてくる。

 つぶやいたーなどで画像が出回っていたけど、それを元にこいつらと繋がるとは思っていなかった。


「そうだよ! こいつだよっ!」


 ショッピングモールの出来事をまだ根に持っている様子。

 しつこい男は嫌われるって相場で決まっているのを、このモヒカンは知らないらしい。モヒカンは雛の髪の毛を掴むと無理やり立たせる。


「雛に触るな!」


 大声を出して威嚇するも、相手にはまったく効果がない。女装男が威嚇しても怖くないよな。自己分析できるほど、まだ落ち着いて頭は回転しているようだ。


「うるせぇよ! てめぇがゴタゴタ言える状況だと思ってんのかっ!」


 未だに雛の髪の毛を握っており、雛は恐怖で言葉も出ず、ただ引っ張られている手に小さな抵抗をするぐらいしか出来ていない。

 その隣で、不敵な笑み浮かべている未来ちゃんが右手でこちらへどうぞっと、真ん中に来るように催促してくる。これ以上、相手を苛立たせても雛が犠牲になるだけなので、俺は指示に従うことにして、廃工場の真ん中辺りまで歩みを進める。すると、外から同じようなカラフル頭達が俺を囲むように現れる。逃げ道を無くしたかったのか。


「雛。私がなんとかするから、もうちょっと待っててね」


 俺の言葉で安心するとは思えないけど、なにか雛に言ってあげないとダメだと思った。

 俺だってこの状況をどうにか出来ると思ってない。さぁ、どうしたらこの状況を打開できるのか、脳をフル回転させ考える。

 思考は争いの選択肢はなく、どう逃げるか。を軸にして、この後の物語を考えていく。


「幸菜お姉さま、逃げようなんて考えないほうがいいですよ? あ、私の奴隷になるっていうなら別ですけど」


 クスクスと笑い始める未来ちゃんに


「君の言いなりになるつもりはないよ」


 その言葉で未来ちゃんの顔つきが最初よりも険しい表情を浮かべる。


「そうですか」といつもより低い声で俺に言ってくるそして「やっちゃえ」と言うと、取り巻きたちが一気に襲い掛かってきた。

 10人は居たと思う。一斉に襲い掛かって来られたら、1人の俺にはどうする事もできず、ただのサンドバッグ状態。必死に急所だけは守ろうとするけど、体のあちこちを殴られ、蹴られ、踏まれて、床に倒れこむしかなかった。

 それでも攻撃は止むことなく、蹴りを中心に四方から勢いよく蹴り上げてくる。お昼を食べてこなかったので、胃液が逆流してきて、その中に少し血も混じっているのがわかる。


「さっきまでの威勢はどこに行かれました? お姉さま~」


 未来ちゃんの挑発に、負けじと睨み返す。

 この子はなにもわかっていない。

 だけど、言ってもわかってくれるとは思えない。

 全身がズキズキと痛みが滲み出てくる。

 なんて無力なんだろ……目の前に2人の後輩がいて、どちらも助けてあげることが出来ない。今の自分に出来ることは、暴力が雛に向かないようにすることぐらいだろう。


「これ……ぐらいで……勝ったって……思うなっ!」


 床に手を付いて、ふらつく身体を無理やり押さえ込んで、足を踏ん張らせて、生まれたての子馬のように立ち上がる。

 負けるわけにはいかないから……

 ピロリロリン……ピロリロリン……

 俺のポケットのスマホが電話を知らせる音を廃工場内に響かせている。なんでこんな大事なときにマナーモードしてないんだよ!

 空気を読まないスマホはいつまでも鳴り止むことがない。


「その電話、花園生徒会長ですよね? こっちによこしてください」


 俺はポケットからスマホを取り出し、未来ちゃんに投げて渡す。スマホを受け取ると画面をスライドさせ、スピーカー通話にする。ここにいる全員に聞こえるようにするためだ。


「これだけ待たされたってことは、幸菜はまだ抵抗しているってことかしら?」


 あなたはどうして、今の状況がわかるんですか……。


「そうですね。でも、そんなに保たないと思いますよ?」


 普通に受け答えをする未来ちゃん。それを聞いた楓お姉さまはクスクスと笑い始める。


「なにがおかしいのよ!」


「あなたはなにもわかっていないのね。幸菜ってバカだからもっと可愛がってあげないと喜ばないわよ?」


 なんでそんなに挑発するかな。もっと落ち着かせるような言葉を選ぶでしょ。

 楓お姉さまはそれだけ告げると電話を切ったらしい。

 もうどうにでもなぁれ♪

 さて、後ろで笑ってるモヒカンをどうするかな。まずは未来ちゃんに揺さぶりでもかけるかな。お金で釣ったと思うが、こんな奴がお金だけで済むはずがない。まず、そこを教える必要がある。


「モヒカン頭、お前の目的はなんだ?」


 やっと、俺の出番か。と言わんばかりに1歩、前に出てくる。


「お前にも、屈辱を味わせることだよっ!」


 あぁ、よほど根に持っていらっしゃるようです。メンドクサイ。


「じゃぁ、俺が土下座して謝ったら雛と未来ちゃんを解放しろ。と言ってもしないんだろ?」


「まぁな。こっちの小さいのは金持ちそうだから、身代金でも要求して、こっちは回すしかないだろ」


 気持ち悪い笑い声が俺の耳の鼓膜を震わせる。それが苛立ちを増幅させる。


「あなたは私が雇ったのよ! 雇い主に逆らう気!?」


 威厳を見せようと、モヒカン野郎に主従関係を問い詰めるが、聞く耳を持たない。それどころか


「後で可愛がってやるから、少し黙ってろ!」


 モヒカン野郎は未来ちゃんを大人しくさせるため、大きな手を振りかぶる。


「お前が少し黙ってろおおおおおおおおおおっ!」


 全速力でカラフル頭達の隙間を抜けていこうとするが、制服を捕まれ、前進できない。すぐさま、振り返り制服を掴んでいる手を捻り上げる。

 赤髪の男は「いでぇえええええええ」と叫びながら、床に押さえつける。そして、もう1度、前進しようと振り返ったときだった。

 雛の叫び声が聞こえてきた。


「幸菜様! 逃げてくださいなのですっ!」


 ガキーン!


「―――――っ 」


 一瞬にして頭が真っ白になって、視界は真っ赤に染まっていく……

 なにが起こったのか理解するのに、数分の時間が必要だった。

 頭が割れそうに痛い。床に這いつくばって、手は真っ赤な血で染まっている。ふらつく視線を前に向けるとモヒカン野郎が金属バットを持っていて、ベコッと凹みがある。そうか。殴られたのか。


「ちょっと! 何勝手なことしてるのよ!」


 未来ちゃんが男になにか怒っている。だけど男は聞く耳を持っていない。たかが女の子が2人で勝てる相手でもない。という余裕があるのがわかる。


「逃げて……」


 さすがにもう動けるほど、正常な身体ではない。二人だけでも逃げてくれれば、後は俺がボコボコにされて終わる。

 それで終わるならgoodendじゃないか。だから早く逃げて! 


「わいのこの手が真っ赤に燃えるでぇえええええええ!」


「つ……月に代わって天誅よ」


「えっと……サァワタシタチノデー……」


 それ以上は言わないで! 

 3人揃ってパクってるから!

 確かに真っ赤な血で赤く染まってますね。隣のお姉さまは天誅だと忍者だからね。一応、女子高生のヒーローさんだから。そして最後の人、最近読んだライトノベルをパクんないの。せめて「わたしはお兄様ほど慈悲深くない」ぐらいだったらセーフだったよ。

 どこからともなく現れて、ボコボコにされて喋るだけでも、電気のように痛みが走る俺に突っ込ませないで!


「誰だよぉおおおおおおお! 邪魔するなぁあああああああ」


 俺よりも助っ人にきてくれた、けんちゃんたちを標的にカラフル頭達が動き始める。モヒカンもいきなり登場してきた3人を気にして、雛と未来ちゃんから離れたままでいる。楓お姉さま達も気になるけど、今は2人を安全なところに移動させるのが、優先。それからでも遅くはないだろう。


「けん! あなたがなんでここに……」


「きまっとるやないか。おてんばなお嬢様の暴走を止めるためにきまっとるやろ?」


 それ、初耳なんですけど?

 えっと、少し整理すると、けんちゃんと未来ちゃんは知り合いで、予測でしかないけど、けんちゃんは未来ちゃんのお父さんの付き人のような関係と見る。

 

「悪いな幸菜ちゃん。うちのお嬢様が迷惑かけてもうて」

 

「本当ね。後でたっぷり慰謝料の請求が待ってるわ」


 楓お姉さまが反論しないでください。慰謝料とかどうでもいいから、今の状況をどうにかしましょうよ……。

 

「てめぇらゴチャゴチャうるせぇんだよ!」


 モヒカン野郎が楓お姉さま達に気を取られている間に雛と未来ちゃんを救出しておこう。

 ズキズキする頭で立ち上がる。

 行動はすばやく、正確に動かなくてはいけない。

 もう痛いとか言っている暇はない。重い体に鞭を打って、一気に2人の下に走りこむ。縛られていたりするわけではないから、右手で雛の手を左手で未来ちゃんの手を掴んで、端っこへと移動しようとするけど、未来ちゃんが動こうとせず、必死で抵抗してくる。


「邪魔をしないで!」


 小さな子供がイヤイヤをするように、首を横に振る。


「私は自分のために、あなたをここに呼び出して、雛をここに連れ出した。それなのに、あなたに私が助けられたら、なにもかも意味がなくなるじゃない!」


 パシィイイイイイイン……


 未来ちゃんは頬を抑え、頬をぶった子を見つめる。


「そうなのですよ! 自分のわがままで幸菜様は傷つけたのですよ。未来ちゃんのわがままでこんな事になっているのですよ。どうして相談してくれなかったのですか! そしたらこんなことにならなかったのですよ!? 私は……私は、そんな未来ちゃん大っキライなのです!」


 ここまで怒る雛を初めて見た。本気で怒っているのは、親友の未来ちゃんだから。本気になるのは、大好きの裏返しなんだ。


「とりあえず、話は後でしましょ」


 無理やり手を引っ張り、戦闘に巻き込まれない隅っこまで、2人を誘導。向こうでも動きがあったようで、大きな罵声が飛び交っている。

 放心状態の未来ちゃんは雛に任せても大丈夫だろう。俺は2人に、ここにいるように言い聞かせ、三人の下にむか……わなくてもいいらしい。

 こちらの助っ人さん。なぎさは後ろで「フレーフレー」とポンポンを手に持って応援しているだけ、けんちゃんと楓お姉さまのコンビが前線で戦闘していたらしい状況。過去形なのは、ほとんどのカラフル頭が床に倒れていた。

 素手の健ちゃん、木刀の楓お姉さまのコンビは無傷で余裕の笑み。相手で唯一、立ち上がっているのは、モヒカン野郎のみ。勝負はすでに終わっている。


「は……ははははは……」


 モヒカンも怖いという感情があるらしい。

 けんちゃんと楓お姉さまの2人がゆっくりと近づいていく。後ずさりしていくモヒカンも壁にまで行ってしまっては逃げることは不可能。


「……許してくれ」


 ついには、命乞いと来た。

 悪役にしてはダサイ。チョーダサイ。


「そうか。じゃあぼっこぼこにしてもえぇっちゅうわけやな」


「あら、再起不能にしてしまっていいのね」


 けんちゃんは余裕の笑顔でそう答えた。

 どうしてそうなるのか、わからないけど、すでに戦闘態勢に入っている2人を俺が静止させる。

 

「やめてください。そんなことしたら、この人達となにも変わらないじゃないですか」

 

 俺の言葉を無視して今度は2人は逃げられないよう隅に追いやっていく。

 

「かわいいお嬢さんが痛めしたしなぁ……」


「かわいい妹がサンドバックにされて黙っているお姉さまが居ていいはずないじゃない?」


 2人とも俺のこと、それほどまでに思ってくれていたのか……少しジーン目の奥が熱くなっていく。

 だけどやっぱりダメ。力で解決するのは間違ってる。

 

「やっぱりダメですよ! 争いは争いしか呼ばないじゃないですか!?」


「そ……そうだ。あの『男っぽい』女の言うとおりだ。」


「けんちゃん、楓お姉さま、やってしまってください」


 男なのに『男っぽい』と言われるのが、俺の堪忍袋を破裂させた。2人はすぐに行動に移すと目にも止まらぬ速さで後始末を済ませた。それを見届けると、電池でも切れたような感覚が襲ってきて、一瞬にして意識がなくなってしまったのだった……


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