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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
真っ赤なドレスが舞う時に
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信頼関係

 休日がこれほど待ち遠しいと思ったことがなかった。

 寮を出て学院の前までやってきた。

 すでにアイドリングの音が一般車とは違う車が止められていて、馬が前足を上げているエンブレムが見える。

 車が好きじゃなくてもわかる、あのエンブレム。

 真っ赤な塗装に綺麗な曲線を描いている。

 安くても、うん千万はすると言われていて、誰しもが一度でいいから運転をしてみたいと思うメーカーだ。

 ちなみにこの会社が車を製造している理由は、レース資金の調達のためである。

 その潔さは素直にすごいと思え、かっこよく思う。

 真っ赤なドアが開き、降りてくるのは……。


「私は母親を殺してしまった。とでも言えばいいですか?」


 いつにも増して、純情なキャラをしているのに、服装はキャミソールに、ショートデニムを履いている。

 ロングスカートがとても似合いそうなのになぁ。


「私のボケに反応ナシですか」


「す、すみません」


 口元を隠してクスクスっと笑う瑞希。

 メイドの時代には見れなかった一面。

 愛想笑いはいつもしていたけど、本当に笑った顔は初めて見た。

 それに釣られて俺も笑う。


「こんなネタにお付き合いできる方のほうが少ないですから」


 そう言い、助手席に座るよう促してくる。

 それに従い、超高級車である暴れ馬の助手席へと座る。

 シートの座り心地から、地面にでも座っているかのような車体の低さに「おぉ……」っと、声が漏れた。


「男の子は本当に乗り物がお好きなんですね。楓や桜花は「地面を這いつくばっているようで好きじゃない」って言うんです」


 あ、ちゃんとシートベルトは着用してくださいね。

 そういうので、一般車の要領で着用しようとしたら、そこにシートベルトがなかった。

 隣を見ると手慣れた動作でシートベルト? を取り付けている。

 所謂、バケットシートというやつなのだ。

 なので、ベルトも4本ある。

 これってどう留めればいいんだ?

 瑞希の運転だ、しっかりとシートベルトをしていないと、命がいくつあっても足りない。

 エンブレムが物語っている。


「ジル・ビルヌーヴじゃないんですよ」


 運転席から体をこっちに寄せて、カチャカチャとシートベルトを締め付けていく。

 あ、当たった。

 なにがなにに当たったとは言わないけど。

 初めて異性に触られた。と、思もうとなんだかこっ恥ずかしくて、ちょっと照れてしまう。


「富士スピードウェイで観客席に突っ込んだドライバーです。本来は立ち入り禁止区域だった場所に突っ込んだんですけど、そこにいたお客さんと、注意して退去させようしていた警備員さんがなくなりました」


 そんな悲劇があったのか。って、変な刺激を与えないで!


「もう、少しジッとしていてください。しっかりと締め付けれないでしょう」


 ダメだ。もう頭の中はあんな展開やこんな展開で、悲劇がポールダンスに変化してしまっている。


「腕はとても良いドライバーだったんですよ」


 グイっと最後に締め付けてきた。

 瑞希の手付きもなかなかよかったよ……。


「なぜ頬を赤らめているんです?」


「いや~今日はちょっと暑いなぁって」


「冷房にしましょうか?」


「いや、窓を開けて風に当たります」


 なぜか敬語になってしまい、同様しているのが丸わかりである。

 それでも、小顔をクニっと傾げ、まぁいいやって割り切ってくれたのか、これ以上の追求はなかった。

 お嬢様ってこういうのに鈍感で物凄く助かります。

 今日の瑞希の運転はとても穏やかだった。

 法定速度は越えていても、車の流れに沿って走るという、瑞希ではありえない。たぶん、体調でも悪いのかも。

 運転中の瑞希だというのに、俺は瑞希のおでこに手を当てた。

 うん。平熱だ。

 少し体温が低いかも知れない。


「失礼な事をしていると自覚はないのですね」


 反射的にって言葉を使えば許してもらえるかな。

 小さい頃、こうすると幸菜が落ち着いてくれて、熱が出ている時や、苦しくて眠れない時などは、いつもこうしていた。

 その癖がこうして出てしまう。


「すみません……」


 そっと手を引っ込める。


「あ、ひとつ質問ですけど」


 突然の質問に、頭を傾げる。


「十円玉の表って、どちらだと思いますか?」


「普通なら10と書かれたほうだと思うけど」


「どなたが決めたんです?」


「それを俺に言われてもわからないですよ」


 なにが言いたいのだろう。


「では言い方を変えましょうか。もし私が平等院鳳凰堂が書かているほうが表だと言います。ですが、楓は10と書かれたほうが表だと言います。どちらを信じますか?」


 それはまた苦渋の選択だな。

 ここで楓お姉さまを選ぶと、瑞希がいらぬ攻撃を仕掛けてくるに違いない。だけど、瑞希を選べば、楓お姉さまが攻撃を仕掛けてくる。

 どちらのほうが可愛い攻撃なのかというと……どちらも、手を抜いてこないから選択できない。

 精神でくるか肉体で来るかの二択しか存在しないのだから。


「いや、その決め方はおかしいんですけど、まぁいいです。なら、楓と桜花ならどちらを信じますか?」


「もちろん楓お姉さまです」


「それはなぜ?」


「そりゃあ信頼しているかしていないかでしょう。桜花さんとの付き合いって、そこまで長くないですから」


「そうです。人とはどれだけ長く一緒にいるかで信用できるか出来ないかの判断材料とします。そして、嘘を本当と認識します。根拠もなく、自分で調べたわけでもなく」


 退屈そうに運転する瑞希。


「今から向かう場所には嘘と真実が入り混じった場所です。それをきちんとご自分の意思で、嘘か真実かを見抜きなさい」


 完全に毛嫌いしているような、不機嫌な瑞希。

 あまり行きたくない場所みたいで、それ以降、なにも会話はなかった。




 ピンクのフリフリ。

 レースのカーテンを体に巻きつけたような感触。そして、妙にゴワゴワしていながらもスゥスゥする、通気性の良い生地。

 だけど、露出は極端に少なくなっていて、肉体的特徴はわかりにくくなっている。

 瑞希の事だからもっと露出度の高いドレスを用意してくると思った。

 ホテルの最上階の一室に、ダンディーな男性から、テレビでよく見かける女優さんまで、顔ぶれは様々。

 サイン貰いに行ったら怒られるかな?

 でも、話しかける度胸がない俺。


「だったら、僕が貰ってこようか?」


 突如として、背後から声を掛けられドキっと、心臓が飛び跳ねた。

 声から誰かはわかっている。だが、どう呼べばいいだろうか。

 お父様?

 お父さん?

 和馬さん?

 どれも馴れ馴れしい感じがする。

 楓お姉さまと恋人? なのかもわからないし、許嫁でもないし。


「お、お父さん。ビックリさせないで下さい」


 引き攣った笑みを浮かべているのはわかっている。

 言葉の選択を誤っただろうか。

 あー。どうして、こんな所にいるんだろう。

 そうそう、真那ちゃんのお父さんと話をしにきたんだ。

 議員さんはとても忙しいので、こうしたパーティーに参加するほうが、長い時間、お話もできるという。

 このパーティの主催は真那ちゃんのお父さん。

 政治資金を集めるために行われている。

 どの世界も政治とは切っても切れない関係にあるということだ。


「お父さんか。なんだかむず痒いね」


 あはははははーっと笑う和馬さん。

 陽気なお父さんでよかった。


「楓を泣かせ見たまえ? アメリカ国防省の知人に連絡をして戦闘機を数十。戦車を10ほど用意して、君と戦争しに行くから」


 顔は笑っていても口元が笑っていない。

 やめて、その脅迫。ある意味で脅迫になっていないから。


「父様、刹那が楓を泣かせるはずないじゃないですか。いつも楓が泣かせていますよ」


「それもそうか」


 あははははははー

 クスクスクスクス。

 笑えない子が1人。


「鬼! 悪魔! そうですよ!! いつも尻に敷かれていますよ。 たまには引っ張っていきたいですよ」


 切実な叫びだ。

 いつもいつも、あの人は「行くわよ」「付いてらっしゃい」と先陣を切って進むから、いつも楓お姉さまの背中を見てばかり。


「刹那。本題が変わっていますよ」


 そうだった。真那ちゃんのお父さんと話をしにきたんだ。それにしても、瑞希……自分達はスーツって、絶対にハメたな。

 瑞希を見ると目があった。


「可愛いですよ。刹那ちゃん」


「あぁ、よく似合っているよ」


 2人して楽しんでいる。 

 要らぬ感情は殺そう。そうしなければ、2人にいじられてしまうだけだ。


「さぁ、お目当ての方がコッチに来るよ」


 綺麗に整ったスーツに、煌めく議員バッジを胸に付け、誇らしげにこちらに歩いてくる。


「和馬さん。お久しぶりです」


「あぁ、智也の顔は毎日、ニュースで見るから久しぶりとは感じないな」


「また、そんな冗談を」


 2人は旧友のように、仲睦まじく笑いあっている。


「そうそう、智也と話がしたいそうだ。娘の義妹で立花幸菜くん。学院の授業の一環で、君の話をレポートにしたいらしい」


 ほぉっと品定めするように、こちらを見てくる。

 なにか心を覗き見るような視線に、もしかして男とバレている? って、思うようになり、なんだか落ち着かない。


「和馬さんのお知り合いということだ。なにか訳ありな事情があるのかもしれないけど、なんでも訊いていいよ」


 とても爽やかな人だった。

 年齢も若く……まだ……30代前半のような……若さ……。

 違和感が支配する。

 こんなに若いお父さんは、そうはいない。珍しい分類に入る。ましてや職業は議員さんだ。下積み時代という、なにかしらの実績が必要となる。

 例えば、秘書であったり、なんどか省の役員だったりと、浅い年月ではなく、少なくとも数年はしないといけない。大学を卒業し、下積み時代を築いたとなれば……


「はぁ……また真那の事か……」


「あの子はまだオオカミ少女なのかい」


「えぇ。どうすれば嘘を付くのをやめてくれるのか」

「どういうことですか?」


「真那は僕の子ではない。姉貴の子だよ。蒸発してどこにいるか知らないけど」

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