表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
おねにいさま?
11/131

お姉さまとデート

「幸菜様。起きてくださいなのです」


 女の子の声が聞こえてくる。だけど、体は一向に立ち上がろうとせず、このまま横になっていたいと駄々をこねている子供のようにビクともしない。

 女の子は次の策として、揺すってくる。という定番の攻撃を繰り出してくる。

 ちょっとからかってしまいたくなる光景だから、まだ起きようとせずに寝返りを打って反抗。少女は「幸菜様ぁ……」と声が弱弱しくなっており、さすがにやりすぎたかなぁ。っと目を開けようとすると、グニャっとした感触のモノを顔に押し付けられた。

 布っぽい生地の上からでもわかる感触……

 少し甘い匂いがするコロン……


「うぎゃぁああああああああああああああああああああああ」


 一気に目が覚めて、ベットに立ち上がり、状況の確認をしてみる。

 雛はベットの横で目に手を当ててはいるものの、指の隙間からきっちりとこの光景を見ている。そしてベットに横になっている一人の少女なのか痴女か、大きな胸を装備しており、腰周りはキュっと引き締まっているのに、お尻が胸と同じように存在をアピールしていて、女性なら嫉妬してもおかしくないプロポーションの持ち主が俺のベットで横になって、上目遣いで俺の反応を楽しんでいる悪魔。いや、サキュバスがいた。


「なにやっているんですか!」


「なにって添い寝してあげようかと思ったのだけれど?」


 右手を差し出してきて、誘惑するように上目遣いを使用してきている。

 ゴクリ……生唾を飲み込む。

 俺じゃなかったら、間違いなくフェードインしていたに違いない。グっと理性にブレーキを踏み込ませる。それぐらいの攻撃力が備わっている楓お姉さま。

 隣で一部始終を見ている雛は真逆の存在だろう。

 攻撃力と防御力は皆無だが、治癒能力に関してはずば抜けて高く、守ってあげないとすぐに倒されてしまう天使のような存在である。


「雛。こんな上級生になってはダメよ?」


 どっちを指しているかは見てわかると思うので、あえて名前は言わないでおく。

 楓お姉さまが2人もいたら、俺はどれだけの苦労を背負い込まないといけないのか、わかったものではない。


「そうよ。幸菜みたいになってはダメよ?」


「あなたのことを言っているんですよ!」


 寝起きで突っ込みを入れないといけないのは、ちょっと疲れる。

 だけど、雛がクスクス可愛らしく笑ってくれたのを見て、俺はやっぱり雛のことが好きだと言うことを再認識する。それが『恋』ではなく、『愛』である。


「お嬢様。幸菜様。もう支度しないと授業に遅れますよ」


 中村さんが俺達の間に入って、このやりとりに終止符を打つ。時刻は8時を回ろうかと言う時間。

 あれ……俺の朝食は? この時間から朝食を食べていたら間違いなく遅刻してしまう。

 確かに「遅刻しない時刻に起こす」と言ってくれたけど、朝食抜きはさすがにないですよ……。




 そろそろ桜も散っていこうとしているこの季節はあまり好きではない。綺麗に咲いていた桜の花を踏みつけながら歩かなくてはいけないからだ。

 可憐に咲いていたにも関わらず、地に落ちたら誰も見向きもしない。

 人も同じなのかもしれない。輝かしい功績や実績は桜のように咲き誇っているときは、誰からも褒め称えられ、尊敬され、まるで神様でも存在するかのように敬うのである。

 逆に1度の失敗がその功績や実績を一瞬にして砕け散り、今度は悪魔でも見るように見下して、拒否して、すべてを悪に染め上げる。

 人間の思考とは単純で自分勝手。その思考を他人にまで植え付け、多くの仲間を得ようと、今度は無かったことを言う。噂とはこうして広まっていくのである。

 いつものように3人で学院に向かっている。雛がムードメーカーになって話のネタを供給して、俺と楓お姉さまが反応して、会話が成り立っている。

 それも学院の正門までのこと、中等部と高等部は昇降口が正反対の位置にあるので、正門で別れることになる。


「それでは、またね」


「はい。後ほどなのです」


 雛の背中が見えなくなるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。

 心配なのだ。未来ちゃんがなにをしてくるかわからない。だけど四六時中、見守っているわけにはいかない。もどかしさが苛立ちを運んでくる。


「さぁ、いきましょうか」


 いつものように昇降口に向かおうとすると、腕を掴まれ、そのまま来た道を引き返していく。後ろ向きに歩かされているため、学院がどんどん遠くに離れていくのがとてもシュール。


「どこへ行くんですか」


 俺の質問に答えることもなく、もくもくと坂道を下っていく楓お姉さま。

 さすがに坂道を背中向きで歩くのはあぶないので、すぐに前向きに切り替える。

 公園の入り口を越えても歩くことをやめない。生徒の姿が一切無い道路を2人で歩くのって初めてなので、ちょっとしたデート気分を感じながらも隣を歩く。

 下り坂の最終地点にスポーツカーが一台止まっており、マフラーやボディーは純正とは程遠く、綺麗に改造されている。

 ドドドドドド……

 排気音が地面にまで響き渡って、道路が揺れているようにさえ思えるほどで、重低音が心地よいリズムで吐き出されており、どんな人が乗っているのか興味が沸いてくる。

 バタンっと運転席から持ち主が現れる……メイド服。


「お嬢様。歩かせてしまってすみません」


 乗っていたのは中村さんだった。

 いやいや、サングラスをかけて、かっこよく服を着こなした若い男性が乗っているのかと思っていたけど、メイド服の中村さんだなんて誰が想像できたよ!

 男の俺からすればスポーツカーは夢の乗り物なので乗れるのが嬉しかったりする。

 まずはお嬢様を助手席に招き入れ、俺は後部座席に案内してもらう。

 中は普通ではないけど、窮屈な感じはなく、乗り心地もいい感じ。

 中村さんが運転席に座ると、「舌、噛まないようにだけ気をつけて下さい」とだけ忠告して、ギアを1速に入れる。

 MT車ならではの発進に心を躍らせたのは一瞬で、中村さんの運転技術の高さを甘く見ていたのであった……

 ドリフト走行をみんなは知ってる? そうそう。キュキュキュキュ~って曲がるあれね。最初はすげぇー! って興奮したんだけど、10分もすればジェットコースターに延々と乗り続けるようなもので酔い始めてきて、目的地に着く頃には顔面蒼白で立っているだけで地球が回っているのが体感できるほどひどい状況になる。


「幸菜、大丈夫?」


 楓お姉さまが声を掛けながら、背中をさすってくれる。

 中村さんは車を止めてくる。ということで現在は一緒におらず別行動。

 どうしてこの人は平然と乗っていられるんだろうか。

 やっぱりDNAの出来が良すぎて、こんなことでもうろたえない根性でも身につけているのかもしれない。

 楓お姉さまと来たのは、前に雛達と一緒に来たショッピングモール。

 車から脱出した瞬間、天国って身近に存在していることがわかり、天国にいるおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶でもしてこようかと思ったほどだ。

 現在の時刻は九時前あたりで、サラリーマンやOLなど仕事に向かう人が俺達をチラチラ見ていくんだけど、なにかおかしな点があるのかな?

 地べたに膝を付いて、口に手を押さえていたりしたけど、それ以外はいたって普通の格好をしているはずである。だけど、通りかかる人達は奇妙な目というよりも、どうしてお前達がここにいるんだよ……というような……あっ!

 制服!

 車酔いのせいでスコン! っと頭の中から抜けていた。

 通りかかる人は「なんでこんな時間に此花の生徒がいるんだよ」と不思議がっているのか。だとしてもだ。どうすることも出来ない。

 学院に行くのに、私服を持ってくるはずが……


「お嬢様、幸菜様、こちらへ」


 車を止めに行って帰ってきた中村さんの背中にはカバンが2つ、ぶら下がっており、ショッピングモールの中に入るよう扉を開けてくれている。

 酔っ払いのおじさんのようにフラフラしながら店内へと入っていく俺。肩をやさしく支えてくれている楓お姉さまの手は、俺よりも小さな手なのに少し、大きく感じられた。

 中に入ってすぐの洋服店に連れて行かれて、カバンと一緒に試着室に押し込められる。カバンの中には、一番最初に目が行ったのはスカート。綺麗に畳まれていてもわかるほどのミニ! なのである。

 俺はどこかの「月に代わって、お仕置きよ♪」のミニスカキャラじゃないんですよ?

 上着は普通に長袖のシャツと茶色のコートだった。

 葛藤の末、生足、ミニスカって本当に寒い。足をゴシゴシ摩りたくなるほど風通しがよく、制服のスカートよりも短いと思えるほどで膝上は軽く、余裕で、超えている。

 なにかの間違いかと思ったけど、サイズがピッタリ過ぎて、文句が言いづらい状況だし、最近の流行なんだとしたら、流行に乗るほかない。


「幸菜、準備は出来た?」


 着替えを見ているのか、着替え終えた直後に声をかけられる。


「あ、はい。大丈夫です」


 返事をして試着室のカーテンを開けると、普通にデニムに白いコートを羽織っている楓お姉さまが存在しており、こっちはとっても寒い生足スタイル……

 あきらかにおかしいよね?

 楓お姉さまに白のコートっていう時点でダウト!

 1番の問題はそこではなくて、なんで俺がミニスカなのかが問題なのだが、この2人は笑顔で「似合っているわよ」「よくお似合いでございます」と言ってくるのだから、確信犯でやっている。

 最初からこうなるのがわかっていたら、部屋から普通の服を持ってきていたのに! 本当だよ? 俺に露出趣味はないから! 




 それから、無理やり手を握られて、ショッピングモールを見てまわっていく。

 楓お姉さまのファッションショーからスタートしていき、春用のカーディガンやシャツなど着ていくが、なぜかしっくり来ない。それでも次のお店に行っては、色々な服やズボンを試着していくが、尽く空振りしていく。 

 楓お姉さまに似合いそうな服を探すけど、どれも楓お姉さまには安っぽい。

 値段はデパートと同じぐらいなのだがら、庶民からすればお安いお値段ではないのだけど、この人自体がゴージャスと言った方が正しいのかもしれない。だから、このお店に飾られている服やズボンは楓お姉さまには似合わない。


「あ……」


別のお店のショーウインドウに飾られている、1着の赤いドレス。

 なぜか、そのドレスは楓お姉さまに似合う。と思ってしまった。

 外出用の服を選んで欲しいと言われたのだが、どうしても飾られているドレスが気になってしまう。

 他の服などには、目が行かない。


「いくわよ」


 俺の腕を掴むと楓お姉さまはショーウインドウの前まで歩いていく。

 やっぱり目の前で見ても、この人以外に似合う人が思いつかない。胸元に本物とそっくりなバラが咲き誇っており、腰の後ろで大きくリボン結びされていて、それがまた可愛らしい。

 近くで見るとさらに、自信を持って言えるほどだ。


「楓お姉さまの要望とは丸っきり違うモノですよね。他のお店に行きましょうか」


 このドレスを試着して、「どうかしら?」と言われたら、どう言い返すのがいいのだろうか。そんなどうでもいいことを考えてしまう。

 次のお店に向かうべく、ドレスから目を逸らし、歩き出そうとすると腕を引っ張られ、ドレスの売られているお店の中に進んでいく。

 そして……


「ショーウインドウの赤いドレス頂くわ」


 入店するなり、この言葉である。

 店員の人も「ご試着なさらなくてよろしいのですか?」と聞いてくるけど、楓お姉さまは有無言わず、会計を済ませるべく、レジへと歩み寄る。

 肩からかけていたバックのチャックを開け、ヴィトンの財布を取り出す。俺の財布なんて2000円の財布なのに、2歳も年齢が違うだけで、この差はちょっと凹む。そして、さらに追い討ち……黒く光るカード。


「カードは使えるかしら」


 使えないなら使えるようにしなさいよ。と言えばその日から使えるようにしますよ?

 カードを受け取った店員はレジでスキャンした後に、レシートとボールペンを用意して、ブラックな女性にサインを求める。

 カードなど使ったことがないので、サインしている姿がかっこよく見えてしまう。


「では、採寸のほうを」


 と女性がメジャーを持っており、試着室のほうで採寸し、仕立て直しをして、お客様に発送する仕様らしいのだが


「そこに飾っているのでいいから、持ってきなさい」


 と、なにも気にせずお店を後にしてしまう。


「いいんですか? 仕立て直し、したほうがいいじゃないですか?」


 いざ届いて、着れませんでした。では損しかしない。だけどこのお嬢様は俺の腕を掴んで、ズカズカとモールの中を突き進んでいく。

 俺はただ引っ張られるだけ。

 どこまで突き進んでいくのだろうか。

 やっとモールの1番端っこまで来たようで、お客さんはほとんどいない状態。

 楓お姉さまが立ち止まる。


「端っこまで来ちゃいましたよ?」


 こちらに顔を見せないので、表情を読み取ることは出来ないけど


「あのドレス……誰が着ているのを……想像したのよ」


「え? 楓お姉さまですけど」


「似合っていた……のよね?」


「え……えぇ。そりゃぁ完璧なぐらいに……」


 楓お姉さまの視線が別のところに移り、さらに表情が読み取れない。


「だったら採寸はいらないわ」


「なぜです?」


「……が…………からよ……」


「なんて言いました?」


 ゴニョゴニョと俺の耳まで届かないような小さな声でなにかを言ってきたので、聞き取れなかったので聞き返したのだが


「うるさい。時間は無限じゃないのだから次に行くわよ」


 少し機嫌がよろしくないのだけど、俺、なにか言っちゃいけないこと言ったかな? 

 グイっと腕を引っ張られ、肘に柔らかい感触があり、ちょっと嬉しいのだけど、なんで楓お姉さまは不機嫌なのか。今の俺には知るすべが無いのであった……

 服を買う。と言う当初の目的はどうでもよくなったらしく、手当たり次第のお店に足を運んでいく。雑貨屋、CDショップ、本屋、1日で見てまわるには、大きすぎるモールなので片っ端から数件見ただけで、もうお昼をすぎている。

 ぐぅ~……

 朝からなにも食べていない俺の胃袋が鳴き声をあげ始め、食べ物を売っているお店の前を通るときは、首が回るところまで視線を送り、また前に向き直るという奇怪な行動をするようになっていた。


「よっぽど飢えているのね……」


 さすがにバレバレな行動だったので、楓お姉さまも頭を抱えることすらせず、呆れて物が言えない。さすがにショッピングモールなだけあって色々な種類のお店が点在しており、洋食、和食、中華、インド料理など言い出せばきりが無い。


「もうお昼も過ぎましたし、お昼にしましょう?」


 デート。というよりも、姉妹が仲良く買い物に来ている。周りにはそれ以外には見えていないだろう。それがまた虚しくもあるんだけど……

 俺の複雑な気持ちとは別に楓お姉さまは、どこのお店に入ろうか、と首を左右に振りながら品定めしている。

 できれば、学院や寮で食べれないものがいい。


「楓お姉さま、あちらなんてどうですか?」


 俺は暖簾に「来来亭」と書かれているラーメン屋を指差して、お店の前にまで誘導してみる。ショーウインドウの中に作り物のラーメンや餃子と言った、定番からスタミナ定食、ラーメン定食など定食も用意されていて、お値段もリーズナブルでここなら、俺がお金を出しても大丈夫。


「こんなお店、入るの初めてなのだけど……」


 ちょっと戸惑い気味に言ってくるあたり、興味はあるのかもしれない。


「入ってみましょう?」


 そっと背中を押してみると、スルスルっと優しくお店の中に押し込んだ。

「らっしゃい!」「いらっしゃい!」

 活気のいい声がお店の中に響き渡り、厨房から鍋を振るう音が漏れていて、湯煙のような煙が立ちのぼっている。にんにくや餃子のたれの匂いなどが入り乱れる店内はよく幸菜と行っていた、近くのラーメン屋さんを思い出させる。

 店内はお昼を過ぎているというのもあり、待ち時間もなくテーブルに案内されるだろう。


「3名様ですか?」


 女性店員さんが人数を聞いてくるのだが、二人で入ったのに三名って後ろに幽霊でもいるんじゃないんだから。


「にめ……」「そや、3名や」


 後ろを振り向くとそこには……誰だっけ?


「わいや! ほら、露天販売してたやろ?」


 みんなして俺の心を読めるとは、この地域にいる人達は宇宙人か超能力をお持ちな方なのか。

 金髪を手でわっしゃぁっと掻き揚げ、「よぉ!」と手を上げ、挨拶してきてくれる。

 楓お姉さまは隣で「誰この野蛮な人種は」と動物園のお猿さんを見るよりも、珍妙な生物を相手にしている目を向けて、威嚇。


「楓お姉さま、こちらの方は……露天販売している……どこかの誰かさんです」


「わいはホームレスちゃうで……あんとき自己紹介してなかったもんな。わいは『けん』ちゅうねん。よろしゅうな」


「私は幸菜、こちらはお姉さまの楓お姉さまです」


 楓お姉さまが一礼する。

 お互い自己紹介を終えたのはいいけど、店員さんが戸惑ったように立ち尽くしているので、「3名で」と答えると席にまで案内してくれた。

 テーブル席に案内され、右側に俺と楓お姉さま、左の席にけんちゃん(自分でそう呼べと言った)が腰をかけ、お冷を順番に配っていってくれる。


「お決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」


 それだけを告げると他のテーブルへと接客にまわっていった。


「わいは決まってるからええよ」


 メニューを見ないで決めるあたり、よくここにくるのだろう。

 俺は楓お姉さまに見えやすいように肩と肩が触れ合うぐらい接近しメニューを開く。

 楓お姉さまにはどれも新しい食べ物のように思えるのか、「これはどんな料理なの?」と色々質問してきては、俺が説明していく。

 向かいの席に座っている、けんちゃんはなぜか笑顔になってこちらを見てくる。


「なんですか?」


「いや、幸菜ちゃんは誰とでも友達なれんねんなぁって思うとるだけや」


 それならいいけど……

 楓お姉さまはメニューとにらめっこして「幸菜と同じものでいいわ」と今までの説明が意味をなさなかった。そうなると、俺が下手なもの頼んでしまうと楓お姉さまも同じものを食べることになるので、俺は普通に醤油ラーメンを注文することにする。

 お手拭の隣に置いているボタンを押すとピンポンっという音が響き渡る。

「すぐお伺いします」と威勢のいい返事が返ってくるのが、ラーメン屋のいいところ。

 すぐに注文を取りに来てくれた店員さんに「醤油ラーメン2つ」と俺が答えるとけんちゃんは「味噌ラーメンに焼き飯に餃子2人前」って、どんだけ食う気だよ!

 育ち盛りの高校生じゃないんだからと言ってもこの人は取りやめる気はなさそうだ。

 店員さんが注文を繰り返し、間違いがないか確認すると「少々お待ち下さい」と厨房へと戻っていった。


「そういえば、あのお嬢ちゃんは?」


「今日は学院ですよ」


 けんちゃんは携帯を取り出し、「今日、平日かいな」と一言呟くと、


「なんで2人はここにおんねん?」


 そうなりますよね。わかっちゃいましたけど、どうしようかと楓お姉さまをチラっと横目で盗み見る。

 ばっちりと目が合って、ため息をつかれてしまう。


「今日は幸菜の定期健診で此花病院まで来たので、お昼はこちらで済ませることにいたしましたの」


 どこぞの女優さんでもここまで堂々と嘘を吐けるのって一種の才能であり、見ている俺は拍手喝采のスタンディングオベーションまで付けてもお釣りが来るほどの演技っぷりだ。

 けんちゃんは俺の体を舐めるような視線で見てくるので、なぜか胸を隠してしまった。

 自己嫌悪。こういった女の子な行動が日に日に増えていっているのを感じる。座り方や喋り方が女の子っぽくなりすぎていて、もう戻れないのでないか。と思うことさえある。

 そんなことはお構いなしにけんちゃんは「どこが悪いんや?」と聞いてきたので、素直に心臓の病気と答えると納得してくれた。

 さすがに脱げとは言われないとわからない箇所だし、土足で人の心に入ってくる人ではないと思っている。


「そうか」


 とだけ言うと別の話題を振ってきてくれる。

 それは昨日のドラマの話やけんちゃんの昔話だったりと話をしてるだけで、笑顔にしてくれる。学院で男同士の会話がないから新鮮なのかもしれない。

 だけど、隣にいる楓お姉さまから笑い声が聞こえない。横目でチラっと見てもそこにいるのに離れているかのようでちょっと寂しくなってしまう。

 そこにタイミング良く、注文したラーメンが来てくれたのはよかった。

 それぞれの注文したものが目の前に置かれると「「「頂きます」」」と3人、声を揃えて言うと、割り箸をパリッと割り、麺を口に運んでいく。

 俺とけんちゃんはズルズル……と豪快に音を立てて食べるのに対して、楓お姉さまは箸を綺麗に使って、音を立てずに食べているのを見ているとなぜか落ち着く。

 自分勝手とは少し違うけど、自分のシナリオどおりに事が進まないと気がすまない。俺で遊ぶのが大好きな人だけど、食べ方はものすごく綺麗だし、髪が麺に当たらないように手で止めながら、「ふぅふぅ」しているのを見ていると可愛い。そこらの萌えキャラよりも萌える。


「幸菜ちゃん、見とれとるで」


 横からちゃちゃを入れないでもらえます! 

 楓お姉さま、恥ずかしがり屋さんなんで、そういうのはすぐに反応しちゃうんだから。

 あ、睨んできてるし……


「けんちゃんがそんなこと言うから、楓お姉さまが機嫌損ねたじゃないですか」


 悪い悪いと言うけど、気持ちが篭っていない。

 冗談なんだしいいけどさ、けれどもう少し見ていたかった。

 学院では見ることがほとんどない表情。

 それだけ、気を許してくれているのかと思う、自分だけのモノのように思えて嬉しかった。

 あっさりとしたスープを最後まで、飲み干して一息つく。

 隣の楓お姉さまはもう少しかかるかな。それにしても前の人間と呼んでいいのか、迷う生き物はぺろりと胃袋に仕舞い込んだらしく、水を一気に飲み干して一息ついていた。


「ほんならここは、わいが出しとくから2人はゆっくりな」


 なにか急いでいるのか。伝票に1万円を挟み込んで、席を立ち上がる。

 横にズレながら耳元で「気をつけなあかんで」と意味ありげな言葉を告げるとそそくさとラーメン屋を後にした。

 それから五分ぐらいして、楓お姉さまも食べ終わり、少しだけ休憩してから、俺達もラーメン屋を後にした。余ったお金は今度、会ったときにでも返しておこう。

 ラーメン屋に紅茶などあるはずがないので、オープンテラスのある喫茶店に向かうことにした。さすがにもう服ばっかり見ているのは飽きてきたし。

 人気のある喫茶店で休みの日は行列ができるほどの喫茶店なのだが、今日は平日、行列などもなくスムーズに席を確保でき、向かい合う形で席に着く。

 俺はコーヒー、楓お姉さまは紅茶と部屋にいるときと変わりないが、やっぱり外で飲むコーヒーは格別であり、とてもおいしく感じる。

 ズル休みなのを忘れてしまいそう。学院なんてどうにでもなってしまえ~♪

 現実逃避しても、明日には学院に行かなくていけないのは変わりない。それだけならいいけど未来ちゃんのことも待っているので、気の休める時がないから嫌なだけなんだけど。


 「お嬢様、お持ちしましたよ。幸菜様には、診断書になりますので、明日に提出してくださいね」


 突如として現れた、中村さんの手には俺の診断書と少し厚めの茶封筒を持って楓お姉さまの隣にいた。いる。ではなく、いた。

 ものすごく言いたいことがあるんだけど、もうどこからどう突っ込めばいいのかわからなくなってくることが、あっていいのか……

 さすが世界でも有名なお嬢様学院だね! そういうことにしておこう。

 偽造の診断書を受け取る。楓お姉さまは茶封筒を受け取り、茶封筒の口の部分を広げ、中身を確認すると、俺の前に投げ渡してくる。


「なんですか?」


 茶封筒を拾い上げるとそんなに枚数が入っているわけでもなさそうだけど


「幸菜の悩みの種の情報書類ってとこかしら?」


 なんで疑問系なのかはさて置いて、茶封筒に手を入れて中身を取り出す。『持ち出し厳禁』と赤い判子で押されており、中を見るのに少し躊躇してしまう。


「あなたの知りたいことが載ってるわよ」


 ――っ!

 意を決して一気にA4用紙を捲り上げた。


 氏名 豊島未来 

 最初の見出しがこれだった。学院生徒の個人情報が載っている資料と言うのはわかった。

 今の俺にとって1番必要なモノかもしれない。だけどホントに見てしまっていいのだろうか。弱みを握るやり方は俺の性分じゃないんだけどな……

 ペラペラ走り読みしながら、1つだけ気になる項目があった。父親の職業欄に葬儀屋と書いてあった。


「お父さまが人を殺したように私だって殺してみせるわ」


 あの時の言葉はこのことを言っていたのではないだろうか。葬儀屋を良く思わない人はたくさんいる。人の死を喜ぶ職業だ! など言い出せばキリがない。けど、俺はそう思わない。だったらあなたが全部準備するか? 天に召された人を美しく現世を去れるように色々な準備して、送り届ける。

 俺には到底マネできる職業ではない。未来ちゃんもそれはわかっていると思う。

 なにがあの子を急かしているんだ。豊島葬儀と言えば、全国に店舗を持つ葬儀屋でも大手企業であり、金銭的には余裕はあるんじゃないか?

 卑怯だとわかっていても、読みふけってしまう。なにか助けられるような大事な情報があるんじゃないだろうか。小さな奇跡はどこかに落ちているんじゃないか。奇跡を信じなきゃ奇跡を拾うことだってできない。


「奇跡なんてこの世に存在しないのよ」


 またこの人は俺の心を読んでくる。


「奇跡は存在しますよ。1度じゃなくて何度でも奇跡は起きます」


 資料を見ながら答える。今は少しでもなにかいい情報がないか見つけなければいけない。

 未来ちゃんがなにかする前にこっちで手を打つことができれば、いい方向に導いてあげることが出来るかもしれない。


「奇跡なんてモノ信じて商売はできないのよ」


 1冊ノートを差し出してきて、「これ、見てみなさい」と言うので、一旦、資料から目を離して、ノートの1ページ目を開ける。

 豊島葬儀の株価暴落、赤字経営の店舗は売り払う、など未来ちゃんのお父さんの会社が悲惨な状況であることが記されている。そして最後のページ『豊島の社長、殺人容疑が浮上』と書かれており、警察が殺人容疑で動き出しているとの報道。

 だからあのときの言葉を吐いたのか。父親が殺人容疑の疑惑があんな言葉を吐き出させるなんて、新聞も書いて良いこと悪いことぐらい弁えろってんだ!

 怒りをノートへとぶち当てるように、握りつぶしてしまい皺くちゃになってしまった。

 それを咎めようともせずに楓お姉さまは言葉を紡ぐ。


「私ね、会社を経営してるの。最初はお父さまに言われてしぶしぶだったけど、今はなんとも思わないわ。最初は色々と抵抗があった、恨まれ妬まれた。上に立つとはそういうことなのよ。部下の責任は上である私にやってきて、それを処理できなければ会社は倒産。ゲームオーバーね。」


 まるでゲームのように簡単に言ってしまう。


「だから、豊島葬儀をどうにかすることぐらい簡単にできるの。どうする?」


 どうすると言われても、そう簡単にお願いしますとは言えない。

 勝手に俺が動いて未来ちゃんを刺激して、変な行動に出られても困ったことにしかならない。これ以上、派手なことをされては俺の体がもたないかも……。

 この小悪魔さんは、こういうときに限って、心を読まないから困り者である。


「ただし、条件は付けるわよ?」


「条件とは?」


「私のおもちゃになりなさい」


 なに言ってんだ? すでにおもちゃだよ!

 事実確認しなくても、おもちゃにされてるだろ。などと言い返せるとでも思っていて?

 俺の臆病っぷりは野生の猫よりも敏感で、繊細なのだよ。

 余裕で屈服するとでも思っているのか、優雅に紅茶を飲みながら俺を見つめてくる。

 だからこう言ってやった。


「おもちゃにおもちゃになれって言うのは、日本語、間違ってますよ」


 盛大にため息をつかれる。


「あなた馬鹿?」


 無表情で言われると心に響くのはどうしてだろうか。それはさて置かれて、これまた別のA4用紙を1枚、俺に渡してくる。

 なになに……立花刹那は花園楓に対して8億円を借り受けることを認め、借金返済まで花園楓の部下となることを認めます。

 8億かぁ。どれぐらいの高さになるんだろうな。天井にまで届いちゃうのかな。あ、一般家庭の天井ってことね。


「どうして8億なんですか! 俺が一生働いても返せるわけないでしょ!」


「企業買収にかかるお金よ。ここまでボロボロの企業なんて、どこも手を出さないのよ? それを私が買ってあげると言っているの」


 楓お姉さまが言うには、花園かある特定の企業が買収すれば事件をもみ消すことが可能だということ。未来ちゃんのお父さんは社長は無理でもある程度の地位につければ、未来ちゃんもこの学園に居られるということだった。


「それをあなたが受け入れるかどうかよ。時間はそんなに残っていないから早めに決断しなさい。後……」


 決断かぁ。たった1枚の紙切れにサインするだけ、数人の人生が変わってしまうこの世の中に変わらないものは存在しない。

 変わらないモノを見つけるのは、とても難しいのかもしれない。

 だけど、変わろうとする姿は時に美しく、時に醜い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ