プロローグ
これだけは言わせてくれ! 女装が趣味じゃない! 女装して女学院に入学したかったわけじゃないんだからな! 妹が此花女学院を受験して合格した。それなのに、心臓の持病が入学式の1週間前に悪化するなんて誰が想像できた?
特待生での入学なので、いきなり入院で休みますともなれば、特待生でなくなってしまう可能性がある。
此花女学院と言えば、財閥のお嬢様や有名なお店のお嬢様が入学してくる学校。そんな高い学費を払えるわけがない。
父さんは五流企業の係長、母さんは時給850円のパート。
このチャンスを潰せば、妹である幸菜が中卒と言う肩書きを背負う事になってしまう。
病院、独特のアルコールの臭いがする病室で緊急の家族会議が行われたのだ!
すでに容態が安定していて、ベットで横になっている幸菜を中心に父さんと母さんは隣同士に座り、俺だけが一番、奥側に座る。
時計の針だけが、この静寂の中を規則正しく、カチッ……カチッ……と音を響かせており、誰かが喋りださないかぎり、時間だけが無残に過ぎ去っていく。
父さんも母さんも、なんて話しかけていいのかわからないんだ。だからと言って無言を続けておくのも、そろそろ限界だった。
「学校、どうしよっか?」
遠まわしに言おうにも、俺の知能では言葉が思いつかず、本題をぶつけてしまう。
父さんと母さんは『空気嫁!』と言わんばかりに、俺をギリッと睨みつけてくる。だったら2人が先に喋りだせばよかったじゃないか。
幸菜はふぅ……と小さくため息をついて、
「にぃさんが女装して学院に行けばいいんじゃない?」
そりゃぁ双子だよ? でもね、俺達は一卵性じゃないんですよ? 確かに近所のおばちゃま達からは「服装が逆だったら、間違えちゃうかも」などと、言われたことはありますよ。でもそれは、小学校の頃であって、今の幸奈の髪は腰まである。胸だってほんの少し……目玉焼き程度……のボリュームだってあるんだよ。 それに俺の股にはゾウさんパォーンが存在を主張するんですよ。確実に無理! だと思われたのだが、俺って女顔で毛も薄い。さらに、声も女声(声変わりがなかなか来ない)に近く、母さんがベットの下からウィッグとお化粧道具を取り出して(なんで置いてるんだよ)ベットのリモコンを操作して背上げにすると 「にぃさんこっちきて」と妖精とは正反対の悪魔の笑顔で俺を呼ぶ。
幸菜の頼みごとだと断ることが出来ず、素直に幸菜の近くによると、せっせと俺の顔にお化粧を施していく。
「にぃさんはなんで男のくせに肌がこんなに綺麗なのよ」
と文句を言われても、生まれつきなのだから仕方ない。お化粧は10分ほどで終わって、ブラの内側にパッド入れれば、あら不思議! もう1人の幸菜ちゃんが完成しちゃったわけです。
これを見た父さんと母さんは
「やったわ父さん!」
「やったな母さん!」
とハイタッチ!
なにが『やった』なんだよ。息子が変態の第一歩を歩みだそうとしてるんだぞ……そして、この作戦の監督である幸菜はこの光景をクスクス笑いながら見ていたのだった。
「はぁ……」とため息をつきながら、立花刹那は変態の第一歩を歩みだしたのだ。
現在は電車に乗って、此花女学院に向かっている最中で女性モノのコートを羽織ってズボンはデニムと言うオーソドックスな格好をチョイスしたんだけど、女性モノのデニムってピチっとしていて、ムズ痒さが少し気になる。
2人掛け座席の車両に乗り、一番後ろの窓際に座って、外を眺めて恥ずかしさを隠している。
女装で外を歩くなんて産まれて初めてなのだから、窓に映る顔はゆでだこのように真っ赤になっていた。
隣の座席ではカップルがイチャイチャしながら「あの子ちょっとかわいいかも~」と彼女のほうが言うと、「お前のほうがかわいいよ」と彼氏が褒め称える。
男の俺から言うと、男と比べられる彼女さんはかわいそうに思えてしかたない。
他にもビシッとスーツを着たサラリーマンと可愛らしい幼稚園ぐらいの子供とその母親ぐらいしか、この車両には乗っていない。
そして、外の景色はどんどん木々が多くなっていっており、林から森へと変わっている。
さすがにこれは聞いていない。『すこし』田舎とは聞いていたんだけど……スマホを取り出し、『すこし』をグーグル先生に聞いてみる。『ちょっと』らしい。さらに『ちょっと』を聞いてみる。『すこし』と……無限ループじゃねぇか! 涼○ハ○ヒのエンド……じゃないんだぞ!
もうここまで来てしまっては、引き返すことも出来ない。
ハァ……とため息をついて、「もうどうにでもなれ」という気持ちが出てきてしまうのだけど、それ以上に俺好みのライトノベルが売られているのか心配になってくる。
キャリーバッグも持ってきているのだが、中身の4割はライトノベルだったりするぐらいのライトノベル好きだから、新刊が買えないのは砂糖の入っていないコーヒーを飲むのと同じで、某ライトノベルでも『人生は苦いから、コーヒーぐらいは甘くていい』と言う名言があるぐらいだ。でも俺がいつも飲んでいるコーヒーは微糖なんですけどね!?
「次は此花女学院前~」
と、ここでアナウンスが流れ、降りる駅を知らせてくれる。
学院の名前の駅がある時点で、この地域では一番有名であることがわかる。
まだ停車はしてないが、手提げのバッグとキャリーバッグを持って立ち上がり、電車のドアの前へと向かう。
電車が止まるとドアが開いて、少し段差があるため、キャリーバッグを持ち上げ、駅のホームに足を踏み入れる。
プシューとドアが閉まり、電車は次の駅へと走り出していった。
ものすごく綺麗なホームで、電光掲示板に次に停車する電車の時間を表示している。
一時間二十分後に次の電車が来るらしい……
キャリーバッグを引っ張りながら、自動改札を抜けると、目の前には田んぼがあり、夏になればカエルと虫によるオーケストラが聴けるかもしれない。
右には小さくビルなどが見えるが、車でも30分はかかってしまいそうなほど遠い。
そして、左側を見るとアスファルトだと言うのに、ビー玉を転がせば止まることなく転がり落ちていきそうなほどの坂があり、定年を超えているだろう、おじいちゃんが白い軽トラを運転してトロトロと走ってきている。目の前を通り過ぎる軽トラの荷台には山菜が積まれていて、独特の香りが俺のほうまで漂ってくる。
この軽トラが降りてきた坂の中腹辺りに此花女学院があり看板にも[←此花女学院 徒歩15分]と丁寧に教えてくれている。
俺の肩は、甲子園の決勝で9回裏に暴投して試合に負けてしまったピッチャーのように意気消沈しており、自分に『ファイト!』と心で励ましながらトボトボ歩きだしていった。
なにこの学校? 徒歩15分とか書いていたのに歩いても三十分はかかった。誰なんだよ! こんな坂道を15分で登りきるバ○は……
外壁は白で統一されており、ヨーロッパのお城のようにアーチ型の正門、その前に受付があり、先生らしき人が椅子に座りながら待っていた。
「すみません。立花幸菜と申します。本日からこちらで、お世話になるのですが」
と女の子を演じる。あぁ……キモチワリィいいいいいいいいいいいいいい
でも、かわいい妹のために俺は我慢するよ。シスコン万歳!
先生は、紙に蛍光ペンで線を引き、紙を取り、立ち上がる。そして驚愕の一撃だった。
その紙には妹の名前しか、書いていなかった。どういう事だってばよッ!
「あの? 私の名前しか、書いていないのですけど……」
「それはそうですよ。『本年度の合格者はあなただけ』です」
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今、おかしな事いいましたよね? みなさんも聞きました? え? どこがだって? だって『本年度の合格者はあなただけ』これでもわからない? どれだけ倍率低いんだよ!?
先生らしき人は「寮まで案内するから付いてきてくれる」と言うので、隣同士に並んで道路の続きを歩き始める。さすがにぼぉーと歩いているほうが、緊張するので少し質問をしてみることにした。
「先ほどのお話なのですけど、本当なのですか?」
先生は言いました。「こんな辺鄙な学院に誰が好き好んで、入学などするのでしょうか?」っと。しかも疑問系で返されました。
私は、答えました。「デスヨネー……」誰も、好き好んで、こんな辺鄙な学園に入学しようと……した妹がいましたよ。ものすごく身近にいましたよ!
歩きながら色々と説明をしてくれる。先生は、寮の責任者でもあるらしく、俺を待っていたのだとか。肌寒い中、ご苦労様です。
門限が19時だとか、消灯時間は22時だとか、おかしはバレないように隠しておく、バレたら先生が食べちゃうぞ☆ とか、先生がなんでこんな学校に就職したのかとかもね。最後は、寮とまったく関係ないね。
就職難で渋々、面接受けたら採用されたらしい。就職難をこんなに近くで感じられるこの学校に不安しか出てこないよ!
学校から歩いて、10分ほど先に寮があった。
大きな門があり、その横には警備員室が設けられており、厳重に出入りを監視している。そして、左右に大きな建物があり、右が中等部。左が高等部の寮となっている。屋上からなにやら湯気? のようなものが上がっており、なにやら不思議な実験でもしているのではないかと疑ってしまう。
一番、目を引いたのは中庭だった。
テラスのようにテーブルが並べられており、花壇には色とりどりの花が綺麗に咲いている。
花壇の後ろには、大きな桜の木が規則正しく並んで植えられており、ピンク色の花びらがとても綺麗に咲き誇っている。その綺麗さに、何人かの生徒は、テラスで談笑しながらお茶を楽しんでいた。
男の俺でもテラスでお茶をしてみたいと思わせるぐらい、美しい花たちと香りが視覚と嗅覚を刺激してくる。
警備員さんとお話をしていた先生が、一冊の小さな紙の束を渡してくる。表紙には生徒手帳と明記されている。
この学院は生徒手帳にICチップが埋め込まれており、入寮、退寮などを警備員室で管理している。寮内に入れば、自動で入寮として認識され、寮外に出れば退寮と認識される。
どうしてこんな事をしているかと言うと、誘拐や帰宅中のトラブルをすぐに発見するためと言うこと。
一分でも遅くなれば、警備員さんがフル稼働で探し出してくるらしい……
そうならないように気をつけます!
「後は、私から説明するよりも生徒同士で親睦を深めながら、馴染んでいってもらうほうがいいと思うの。隣の部屋のなぎさちゃんに、あなたのことを伝えてあるから、荷物の整理が済んだら、挨拶しておいてくれる?」
「はい。わかりました」
と俺は返事をして、寮の鍵を受け取り、ここまでの引率のお礼をして、寮に歩き出していった。
寮の敷地は東京ドームよりも大きいのではないかと思えるほどで、門から寮まで移動するのに、数分は必要で、寮の中に恐る恐る入っていくと馬鹿でかいシャンデリアが釣り下がっていて、床は真っ赤な絨毯が敷かれている。
部屋までは土足でいいと聞いていたので、土足のままフロアに入る。
目の前には、大きな階段があり、そこから優雅に降りてくるのを見て、幸菜がどうしてこんな学校を選んだのか。理解しがたい。だって幸菜はおしとやかではあるものの、お嬢様ではないんだし。
609号室と書かれた業務用のキーホルダーを眺めながら、エレベーターに乗り込む。
エレベーターは1人だったのだけど、エレベーターを降りると同級生なのだろうか。談話スペースと書かれたプレートの下でお茶をしているグループ。おこ~ちゃを飲みながら優雅に御本をお読みなっている人などがいた。
お嬢様達は、俺を見るとコソコソっと耳打ちする。きっと「あれが新入りらしいな」「どうやって舎弟にするよ?」と相談しているに違いない。
あぁ怖い怖い。
601……602……と進んでいき、一番端っこの部屋が609号室だった。鍵を差し込み、回す。カチンっと言う音が鳴り、ロックが解除されたのを確認する。
いざ! 参る!?
もうね。さすがの一言………壁紙は白なのだが、カーテンやシーツなどがピンク。一面ピンク。ムラムラして仕方ないね。だってピンクってなんかエロいじゃん。夜の看板とかね。
部屋の中を説明すると玄関は少し段差があり、絨毯がここまで敷かれているのをみると土足はここまでと言うこと。
靴入れがあり、中を確認すると一番したがブーツなど大きな靴が入るようになっていて、上の段はスニーカーなどが入るぐらいの大きさの棚が三つある。
靴を脱いで部屋に入るまえに鍵を閉めておこうと思ったのだが、鍵がない……
もう一度、外を確認すると、確かに鍵穴はあるんだけど、部屋からは鍵をかけられない。
後でお隣さんにでも聞いてみようか。
部屋に入ると、電気コンロのキッチンが用意されており、簡単なものであれば自炊もできるようになっている。
後ろのドアを開けるとシャワールームのようで、洗面台もこの部屋に設置されている。
お風呂がないのは、残念だけど、シャワーがあるだけマシかとポジティブに考えておくべきだろう。
そして部屋の角に、ダンボールが三つ。妹から聞いている情報によれば、服などが入っているらしい、どれどれ、お兄ちゃんが審査してあげようじゃないか。
一番上のダンボールを開けると、青いラインのパンティーが目に付く。俗に言う、縞パンだった。さすがのお兄さんもビックリだ!
もう少し大人っぽいものを履くのかと思っていたけど、体型を考えれば納得してしまった。
さすがに、下着類はすぐにタンスに直していく。クンクンもしたいけど洗ってるのクンクンしてもねぇ……
次に服やスカートなど着替えが入っており、一番下は、日用品とお隣さんの挨拶用のおかしが入っていた。
「先生にも言われてるしお隣さんに、挨拶しておくか」
後でもよかったのだが、挨拶ぐらいは早くしておいて、損はないだろう。菓子折りを持ってお隣さんの扉の前に行く。
緊張でバクバクと心臓が大きく抵抗をしてくるが無視する。コンコンっとノックすると「はぁい。開いてるよ~」っとなんだか気さくな声が聞こえてきたので、ゆっくりとドアを開け、中を確認する。
うん。なんですぐにこんな展開が待ち受けている? 美少女ゲーム好きなあなた! ライトノベルでも萌え~なお話が好きなあなた! よかったですね。ポニーテールの女の子が下着姿ですよ!
身長は170cmぐらいあり、女の子としては大きい。
身長とは別にほどよく成長している胸が露となっており、腰は綺麗にキュッと引き締まっていて、脚は特にすばらしい……運動部にでも所属しているのか少し筋肉質でありながら、ムキムキっとしておらずほどよく引き締まっている。
この裸体(下着姿)をガン見しておく。特に脚を中心に脳内インプットする。
バックアップが取れればいいんだけど、人間の脳にUSBを挿すことができないのが残念だ。
「お隣に入寮してきた、立花幸菜といいます」
「おぉ! あなたが高等部からの入学組だね。話は聞いてるよ」
女の子同士と思っているので、油断しまくりで服を着ていく。
俺からしてみれば、女の子が服を着る姿って一種の萌えポイントなんだよね! 腕を交差させて、服を着る仕草! 少し前かがみになって、バランスを取りながら履くズボン! それが萌えでなくて、なんになる!? ごめんなさい。力説しすぎちゃいました。
そうこうしているうちに、お隣さんは服を装備し終えて、玄関にむかってくる。
「私は白峰なぎさね。よろしくぅ~」
と気さくな子で握手を求めてくるので、握手を交わす。
ですわ。とかおほほほほほな人ばっかりだと思っていたので、すこし面を食らったのだけど、十人十色と言うことわざがあるように、このような子が居てくれて、少し安堵。
菓子折りを渡し、少しお喋りしてから、部屋に戻った。仲良くしすぎて、男だとバレてしまっては本末転倒。
でも白峰なぎさと言う子とは、うまく出来そうな気がする。
少しほっとして気が抜けたのか、ベットに横になるとすぐに睡魔に襲われてしまった。




