第一章
「夏雷!夏雷、起きな!朝だよ」
「ぅー。あと五分…」
「五、四、三、二、一。はい起きろ」
「え、なにそれ」
「五秒待ってやっただろ。起きないと水かけるよ」
その言葉に私────谷布夏雷はムックリ起き上がった。
水は嫌だからね。だってこの人、本当にするし。
低血圧な私に気も使わず、友衣がカーテンをシャァと開けた。
「う…溶ける~。うわー」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと着替えな」
「…」
閉じそうな瞼をこすり、ベッドから飛び降りる。
ハンガーから制服を外しのろのろと袖を通す。
友衣は私の姉。
実際に血は繋がってないけど、物心ついた時から一緒だった。
乱暴で、口が悪くて、男勝りで、なのに料理が上手い友衣は、認めるのは嫌だけど頼りがいがある。
父も母も知らない私にとって友衣はただ一人の家族だから。
まあ、感謝してる。
チラッと水筒を私のカバンに押し込んでる友衣を盗み見る。
「なに見てんの。夏雷は行動が遅い!」
うん、やっぱさっきの言葉取り消し。
制服のリボンを適当に結び、友衣に追い立てられるようにして家を飛び出した。
いつものとおり殺風景でコンクリート固めの景色。
人間が鳥使と戦争を始めた時から人間界の鳥は徹底的に排除された。
鳥使は鳥とは違う。
鳥使は確かに鳥の姿に転換でき、羽があるが、鳥ではない。
人間の形をした鳥の使いなのだ。
鳥は姿を消し、今では実験のせいもあり自然も何もかも無くなってしまったらしい。
私は産まれた時からこんな状態だから自然というものがよく分からない。
昔はここら辺にも森があったって聞いたことがある。
木や草や土や、自然に集まったものを森というらしい。
私には想像ができない。
人間が人工的に育てた植物も自然と言うのだろうか?
そんなこと考えても私が自然を見る日はないのだから意味がないんだけどね。
走りながら、さっきの友衣を思い出した。
あの隊服を着てたし、友衣は今から境界と結界の補正兼見回りだろう。
もちろん鳥使に対する。
人間界には鳥使界に通じる場所があるらしく、そこに結界を張り巡らし、警備する仕事だ。
友衣は、鳥裁武装政府で働いている。
鳥使を取り締まる機関の中で最も大きく、今の世の中の中心を占めている機関。
他にも鳥裁武装政府には友衣が所属する、警備・整備部隊を含め尋問部隊、特別部隊、鳥使対兵部隊、処理部隊、救護・補給部隊がある。
特別部隊とは産まれつき、不思議な力───私達はそれを生魔力と呼んでいる───を持つ人達で編成された部隊。
生魔力を持つ、魔来人の数は一握りで、五年に一人産まれるか産まれないかの貴重な存在だ。
そのため隊士も少なく、魔来人は小学校を卒業したと同時に鳥裁武装政府に入りその一生をこの世の中に捧げなければならない。
「魔来人は産まれた時からその生涯が決まってる。可哀想なもんだよ」と友衣が言っていた。
そして鳥使対兵部隊はあらゆる戦闘訓練を施された人間が鳥使と全線で戦う部隊。
私達の殆どがここの部隊に入るのだろう。
最後に処理部隊。
これは名前の通り鳥使の死体を処理する部隊。
一般的にはこれぐらいで、他にも裏部隊や極秘の部隊などがあるらしいが、友衣にいくらそれを聞いても決して話してくれなかった。
警備・整備部隊も鳥使と乱闘になることはしばしば。
鳥裁武装政府は常に死と隣り合わせだ。
怖い。と思うし、友衣に危ないことはして欲しくはない。
でも高校を出たら自動的にここの配属になる。
それは仕方のないこと。
私も頑張らなくちゃいけないんだ。
何時の間にか着いていた高校校舎の校門をくぐる。
高校では鳥使に対する戦闘学、治癒学、生体学、言語力、その他全て鳥使に関わる専門的なことを学んでいる。
それは小学校、中学校と学んできていること。
正確には学校の前に庁がつく。
庁というのは地域のこと。
私が住んでるのは第三庁だから、第三庁小学校に通い、第三庁中学校に通い、第三庁高校に通うことになる。
高校を出た後はさっきも説明した通り武装政府に配属なのだが、それが嫌な人は普通科高校に行き普通職につく。
だがその門は小さく、よっぽど経済的に余裕があり、勉強ができなければいけない。
普通科高校の学費は庁高校の十倍はするのだ。
私には程遠い話である。
ぼーっと、高校一年第四組へ続く廊下を歩いていると、友達の沙織が顔を出した。
「夏雷、おはよう!早くしないと朝訓練よ!」
「おはよー、まじでか!」
教室に駆け込み窓から第四演習場を覗くと、すでにスールスーツを着た生徒達が集まっていた。
「うわっ、私スールスーツ持ってくんの忘れた」
今日、朝訓練があるなんて聞いてなかった。
スールスーツを忘れた生徒は校庭百周させられるのだ。
しかも、校庭は馬鹿でかいので───というより、学校のどこもかもがとにかくでかい。演習場なんて二十箇所ぐらいあるのだ───足がパンパンになるのは目に見えてる。
「うはぁ」
へこたれてるとバサッと肩に重い物がかかった。
「?…これスールスーツじゃん。なんで?」
「二つ持ってたのよ。新品だからアンタにだけは貸したくなかったんだけどねー」
「酷いです」
「だってアンタすぐボロボロのデッロデッロにするじゃん」
「あ、あは…」
「治癒学とか生体学は全くダメなのに戦闘訓練とサバイバル演習だけはできるからねー」
そう。
私が唯一できるのがそれ。
後は本当に苦手だ。
治癒学も一応基本的なことはできるが、深くなっていくと分からない。
でもどれか一つでも欠けていたら武装政府では命取りになる。
いくら戦えても、怪我を負った時治せない。そんなことがあってはいけないのだ。
だから高校からはかなり生体学、治癒学、その他もろもろに力をいれている。
「ね、早くスールスーツ着ないと待に合わないよ」
「えっ?あ!」
「まったく」と呆れている沙織の横でスールスーツに足をいれる。
これは対鳥使戦闘用の服で軽く、頑丈に作られていて、そっとやちょっとのことでは、たいしたことにはならない。
びよーんと自分の身体に合わせて伸びるスーツを装着し、スールシューズを履く。
肩下まで伸びている髪を高くくくっていると沙織が怪訝そうに眉を寄せた。
「あれ…?アンタ染めてる?」
「え?」
最初何を言っているのか分らなかったが、髪を指さされ慌てて首を横に振る。
「染めてないけど、なんで?」
「なんか中の髪が銀色っぽいよ」
「うえっ!?」
鏡を渡されて、髪を見ると確かに銀色が混じっている。
「わ、私染めてないよ。銀色なんてしないし」
「とりあえず下の方でくくっときなさいよ。先生にばれたらまずいから」
「うん…分かった」
首を捻りながらも沙織に手を引っ張られ、私達は演習場に向かった。
息を荒げて着いた時にはすでに生徒は並んでおり慌てて前から自分のエアガンとサバイバルナイフを取り、腰に装着していると上からこの世で一番嫌いな声が降ってきた。
「谷布、なんで遅れた?」
油蛾教官。ことヤモリ。
目がギョロギョロして、身体はやせ細っているのでヤモリと命名された。
なぜか目を付けられていて、ことあるごとに私の不祥事を見つけようとするヤモリだ。
内心ため息をつきながら敬礼の姿勢を取る。
「はい!忘れてました!」
何時の間にか列の後ろに並んでいた沙織があちゃーと額を叩いた。
「そうか。自分はこんなに成績がいいので朝訓練など目にもかけてない。と言うことか」
見下されるような視線で見られ首をすくめる。
「違います!本当に忘れてました!」
「偉そうな顔で言うなァァ!」
───あ…死ぬな、私。
「谷布!訓練後、校庭百周だ!」
「…はァ……」
───やっぱりな。ハゲヤモリになればいいのに。ハゲろ。ハゲろ。
授業出なくていいメリットは
あるが、走るぐらいなら授業にでた方がマシだというほど辛いデメリットがある。
「返事は?」
「…はい」
「災難ね~。頑張っ」
トボトボと列に並ぶと沙織がウインクしながら言った。
「私だけ最悪」
───ヤモリ。なんで沙織は怒らないんだコノヤロー。
「まあまあ、嫌われてんのよ」
「うん、沙織ちゃん。そんなズバッと言わないで」
「本当のことじゃない」
「谷布!私語禁止だ!もう百周増やされたいのか?」
「すみません…」
───先生、私が一人で喋ってると?
横目で沙織を見ると「ごめん」と口パクで言ってきた。
ため息をつき、ヤモリが話す訓練の内容を聞く。
「やっと説明が始められるな」
そこで言葉を途切らせ、私を睨むヤモリ。
───怖いっす。
「内容は簡単だ。タッグを組み、この紐を班ごとに一本持ってもらう。そして、どんな手を使ってもいいから、これを一番多くとった班が勝ちだ」
赤い紐を見せ、ただし。とヤモリが口を開いた。
「派手な怪我はさせないこと。急所への攻撃を禁止だ。班は力が均等になるためこちらで決めた」
ヤモリが貼り出した紙を見て、軽いショックを受ける。
「夏雷、アンタ誰と?」
「…木村」
沙織が引きつった笑顔を浮かべた。
「ねえ、これ嫌がらせだよね?
ヤモリ嫌がらせだよね?」
「まあ仕方ないよ。夏雷この中
で一番成績いいし」
「だからって木村と…いや、木村はいいやつかもしれないけどさ…このままじゃ私の唯一の戦闘訓練がァ」
木村隆司。
銃の引き金の引き方さえできない学年一のドベ。
本当に戦闘能力がない。
なんで庁高校に進学できたのか疑わしいが、木村は戦闘学以外の学問が学一なのだ。
これだと納得できる。
「夏雷、頑張れー。手加減はしないけどね」
ニッコリと友達の里奈子が手を振りながら通り過ぎた。
───他人事にしやがって…。他人事だけれども…。
「先生もアンタの腕を認めてんのよ。頑張ってね」
そう言って、沙織も自分のパートナーの悠樹のところへ走って行った。
「仕方ないな…。よしっ、頑張ろう!」
気合を入れて、木村に手を振る。
「木村!」
「や、谷布さん。俺なんかとごめん」
おどおどと言う木村は細身で私より色白で、走ったらすぐ折れちゃうんじゃないかってくらいガリガリ。
ちょっと気の毒に感じた。
「ん、まあ頑張ればいけるよ」
赤い紐が配られ、それを自分の腕に巻きつけ、黒い手袋をはめる。
それを見て木村が驚いたように目を見開き、細い手で赤い紐を指差した。
「や、谷布さんが持つの?」
「え?うん。私がやられそうになったらお願い」
「う、うん。でも…」
私、正直言って木村は苦手だな。
おどおどしてるし、言いたいことあるならはっきり言って欲しい。
「私が持つ方がいいと思うの。アンタ、エアガン撃てる?」
「え、い、いや…」
「じゃあ、今からコツ教えるから頭にできるだけ叩き込んで」
「い、いや…撃ち方は分かるんだけど…」
視線を泳がしながら言う木村に苛立ちが募る。
「じゃあナイフは?」
「いや…俺……」
「はァ。とにかく木村は逃げるか隠れて」
「う、うん…」
ホイッスルが鳴り響き、私は木村に合図して岩陰に回り込んだ。
膝をつき、エアガンをセットする。
「や、谷布さん。どうするの?」
あたふたと聞いてくる木村を手で制し、目を瞑る。
私が戦闘訓練でダントツな理由
───それは、五感と身体能力が人より何倍も優れていること。
自分で自覚はないが、友依が言うにはかなりらしい。
昔は、遠くのものや細かいものがよく見えたり、他人に聞こえないような小さい音が聞こえたり、人より何倍も早く走れたりすることが、私には普通だと思っていた。
だが、ある日その身体能力を他人に見られ、鳥裁武装政府に連れていかれたことがある。
長い間、暗いカプセルの中に入れられ、耳奥に響く機械音に幼い私はひたすら怖くて震えていた。
その後、友依が迎えにきてくれて怖さのあまりしがみついて泣いた。
友依は私が泣き止むのを待った後、鳥裁武装政府の幹部と何かを話していた。
私の耳がよく聞こえるのを知ってか、かなり遠く離れた場所で話していた。
その間、私は魔来人でこのまま鳥裁武装政府に連れていかれるんじゃないかって、とにかく怖かった。
何時間も、何時間も知らない人に囲まれて私は友依を待っていた。
そしてやっと疲れた顔の友依が来て私の頭を撫で「家に帰ろう」と言った時、本当に安心した。
横にいた男の人達が憎悪に溢れた目で私を見ていたのを今でも覚えている。
それから私は、身体能力を人に見せたり、五感を研ぎ澄ませるのをやめた。
それを使えば、友依と離れてしまう。
またあの暗闇の中に置いていかれる。その恐怖がずっと私の心から離れなかったからだ。
それは今でも変わらない。
誰にも気づかれない程、力は抑えられるようになっている。
実際、学校で行われる訓練でも力は使ってない。
ただ、いつもより注意して周りを見ているだけだ。
それほどあの出来事は私にとってトラウマだった。
「や、谷布さん……?」
木村が横で声をかけてきた。
いつもより大きく聞こえる。
「すぐ近くに…六人……。三組か…」
場所を確認し、木村を一瞥する。
「木村」
「な、なに?」
「あそこの木の後ろと、階段の裏、柵の下に一組ずつ。行くよ」
「え、えェェ!?」
「いいでしょ。それともアンタずっとドベでいたいの?」
「い、いや」
青ざめる木村を見て、私は首をかしげた。
───そんなに怖いのか……?
岩陰から顔を少し出す。
まだ動いてる班はいない。
計画を練っている最中なんだろう。
狙うなら今だ。
「よし、木村!」
岩陰から飛び出せば、遅れて木
村が着いて来た。
周りから見つからない様に背を屈めて走り、木の前にたどり着く。
木村に頷きかけ、木の後ろにいる相手の頭にエアガンを突きつけた。
「!!」
「なっ!?」
「由香、耕太郎」
驚いて固まる二人にニヒヒと笑いかける。
「紐プリーズ」
「気づかなかったわ。夏雷、本当に強いわよね」
そう言いながら由香の右手が腰に伸びたのを私は見逃さなかった。
「由香、それ出したら耕太郎撃つから」
「はあ、やっぱダメよね」
「夏雷はマジでやりそうだからなあ」
「サンキュ」
耕太郎が差し出した紐を横で突っ立てる木村に渡す。
「木村アンタの分」
「わ、分かった」
よく見れば紐を受け取る木村の手は震えている。
「私が持とうか?」
「い、いや。大丈夫だ」
「そっか…」
木村が紐を腕にくくりつけようとするが、手が震えて上手くできない。
由香と耕太郎も不安そうに見ている。
「やっぱり私が────」
「だ、大丈夫だから!お、俺だっ
て」
「……分かった」
もどかしい手で木村が紐を結び終わり、次に階段の裏を狙うがため、私達はまた走り出した。
木村は確実に着いてこれていない。
ため息をつき、私は木村を置いたままエアガンをぶっ放した。
───木村、私に最低限着いてこれないなら置いて行くからね。
四本目の紐をとった時は、十七組の班がリタイアしていた。
残っているのは私を入れて十三組。
取れる紐は十一本。
───まだまだこれからっ!
木村をチラッと見ると、さっきよりも青ざめた顔でブルブルと震えていた。
さっきの強奪戦だってやっとこさ着いて来ているという感じだった。
ドベとは知っていたが、まさかここまでとはね。
「木村」
「な、なに?」
「これまでの訓練の時ずっとどうしてたの?」
さっきから考えていた素朴な疑問。
エアガンさえ持てない木村はこれまでどうしてたのだろう?
「は、始まってすぐ、棄権してたんだ」
ヘラっと決まり悪そうに笑った木村に苛立った。
「は?棄権?棄権したら校庭百周じゃなかった?」
「う、うん。い、いつも走ってる」
「アンタ、そんなに嫌なら今からでも棄権したらいいのに」
悪いが、木村は足でまといにしかならない。
さっきだってカバーしたばかりだ。
「い、いや。だって、お、俺が棄権したら、谷布さんまで、ま、巻き込むから」
「何それ……。それって遠回しに私に棄権しろって言ってんの?アンタのために」
「ち、違うよ!お、俺は…」
木村がそんなこと思ってるはずないことぐらい分かってた。
こんなに怖がっている木村がやる気満々な私に無理にでも着いて来てくれてるのも分かってた。
「もういいよ」
ただあまりに何かに怯えている木村にイラついた。
木村が何に怯えているか分からない自分にイラついた。
「や、谷布さん!」
「何か言いたいならちゃんとはっきり言ってよ。イライラする」
───何言ってんだ。私は…。
「お、俺は……!」
焦り青ざめながら喋る木村とそれを見る私の後ろでカチッと音が聞こえた。
「!────伏せて!!」
「え!?」
ワンテンポ遅れた木村の腕を引っ張り、地面に押さえつける。
木村のすぐ横を重い風圧が通り過ぎ、フェンスにぶち当たり音を鳴らした。
「う、うわァァァ」
「きっ、木村!?」
突然の悲鳴に私は目を見開き、木村を見た。
「うっ、嫌だ!嫌だあああ」
「木村っ!落ち着いて!エアガンなんて当たってもあざになる程度だよ!」
腕をとって落ち着かせようとしても、木村は涙が溜まった目を見開き、細い手で私の腕を振り払おうとする。
「木村っ!!」
「やめろおお!うわああっ」
───おかしい!異常すぎる!
ここまで怖いなんて…なんで私……。
「っ先生!私、棄権します!」
声を上げ、演習場からなるべく木村を離そうと無理矢理にでも引っ張って行く。
「木村!もう何もないよ!大丈夫!大丈夫だから!」
こんな細い身体なのに木村の力は強かった。
木村が収まったのはやっと演習場の隅まで来た時だった。
荒い息をしている木村の腕を離す。
「木村…」
「俺……っ」
木村が顔を歪め口を開いた時、ニタニタ笑いながらヤモリが近づいて来た。
「谷布と木村、棄権。校庭百周だ。谷布は二百周。今日の訓練でお前はドベだ」
───こんな時にこいつは…。
ぐっと拳を握り、ヤモリを睨みつける。
「先生!走るのは私だけでいいです!私が木村を巻き込んだんです!」
横で木村が身じろぎしたのを感
じた。
そして、ゆっくり顔を上げ、震えた声を縛り出すように言った。
「ち、違います。俺が動けなくなって、そのせいで…。なので俺が走ります!や、谷布さんは関係ありません!」
「アンタ何言って────」
「仲が良いのは大変いいことだなあ。だが、罰を決めるのは俺だ。仲良く二人で走れ」
「先生っ!」
「谷布、もっと走りたいか?」
「っでも────」
言い返そうとした私の肩に木村が手を乗せた。
「谷布さん、いいから」
「……」
「では二人ともしっかり励むように」
そう言い残すとヤモリはお尻を振りながら歩いて行った。
「……私のせいなのに…」
「え?」
「私っ、アンタが何かを怖がっていること分かってたっ」
───なんですぐやめなかったんだろう。
「勝手にイライラして、アンタのこと最終的に傷つけた。ごめん…私……本当にごめん……。情けないや…」
「……あ、謝らないで」
細い手が思いのほか強い力で頭を下げていた私を起こした。
「俺さ…六歳の時に両親を殺されたんだ」
「!!」
私は驚いた反動で木村を見つめた。
木村は私の視線を感じたのかヘラッとまた笑った。
その笑顔を見た瞬間、何とも言えない思いが胸に込み上げた。
この笑顔は…愛想笑いなんかじゃない。
悲しみを隠すための笑顔なんだ。
「俺の両親は鳥使と戦うことに疑問を持っていた。なぜ話し合いで解決しないのかって」
いつも震えている声が今はしっかりとしていた。
「父さんは医学で見込まれ救護・補給部隊の専門医として武装政府に入れらて、母さんはその助手をしていたんだ。ある日、二人とも前線基地の配属になったんだ。前線なんて何があるか分らない。母さんが泣いてたのを覚えてるんだよな」
遠くを見るように話す木村。
ふと私の方を向いて無表情になった。
「そこで負傷した鳥使と出会った」
その先が分かり、私は聞きたくない衝動に襲われた。
でも、木村がこんな私に話してくれようとしてるんだ。
聞かなきゃいけない。
「二人は迷わずその鳥使を手当てした…。その時は気づかれなかった…なのにさ、三日後の夕方武装政府が家に押しかけてきたんだ。母さんと父さんは俺の前に立った」
「…木村……」
木村の手はぶるぶると震えていた。
恐怖なんかじゃない。きっと怒りでだ。
「始めて見た武器の数は数えきれない程あった。気がついた時にはその武器は一斉に二人を覆ってたんだ…」
「っ…」
「ただ赤かったことしか覚えてない。武装政府は二人の死体を運び、消えた」
木村は静かに涙を流していた。
「俺は子供だから見逃してくれた。でも、いっそ一緒に死ねればってずっと考えてんだよな…」
───私は何を言えばいい…?
大丈夫……?辛かったね……。
違う。こんな言葉じゃないんだ。
「それからは武器とか、戦闘訓練が怖くなった。動け。行けって念じても怖いんだ。死ぬわけでもないのに、あの時の映像が頭から離れないんだ」
それから木村は私の目を見つめた。
「俺さ…ずっと谷布さんに憧れてたんだ。俺とは正反対に明るくて元気で、戦闘学ではいつもトップで…そんな谷布さんが羨ましかったんだ。だから、今日の訓練で一緒になった時、逃げてるばかりじゃダメだ。って気になれた……。結局は谷布さんまで巻き込むことになって、俺はもう変われないのかな…。まともに自分の言いたいことも言えないこんな俺じゃあさ。谷布さんだってウザいだけだろ?」
眉を下げて笑いながら聞いてくる木村に胸の奥が痛くなった。
「そんなことっ……」
そんなことない。
この言葉が言えなかった。
木村を一瞬でも苦手だと思っていた自分が恥ずかしい。
上辺だけで判断するなんて。
「私は…木村なんかに憧れられる程立派な人間じゃない……。怖がってるの知りながらアンタのこと置いて行こうとした。ただ、私だけよかったらいいってっ。木村なんかほっといたらいいって!」
叫ぶ様に喋る私を木村は微笑みながら見ていた。
「なんで笑ってるの!私、最低なやつなんだよ!」
───いっそ怒鳴ってよ。
アンタの辛い過去を思い出させた私を怒ってよ。
気がつけば、涙が頬を伝っていた。
「やっぱり、谷布さんは俺の憧れだ」
「なんでよ…」
「人のために泣くことなんて、そんな器用にできることじゃないよ」
木村の言葉に、また涙が零れた。
「私さ、きっとアンタを誤解してた……。どうせなよなよした
意見も言えないやつなんだろうなって」
「実際言われるとキツいな」
アハハと笑う木村に申し訳なさでいっぱいになる。
「でも、御両親のことを話してるアンタ。凄くかっこよかった。木村の強い心が見えた気がした」
「や、谷布さん」
木村の耳は真っ赤になっていた。
それを見て微かに笑い、私は頭を下げた。
「ごめんなさいっ。許してほしい…」
「谷布さん」
静かな声がかかり、ゆっくり木村の顔を見る。
「許すも何も谷布さんは何もしてないよ。だから謝らないで」
そう言って微笑んだ木村に視界がボヤけた。
「や、谷布さん?何で泣いて…」
「木村ぁ!」
「うおわあ!」
わめく木村の肩に手を回し、私は泣き笑いを浮かべた。
「木村…ありがとう」
───アンタ…いいやつだよ。
改行の仕方とかよくわからないので、読みづらかったらすみません。
これから研究していきます。