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炎狼の拳  作者: トシマル
一章 人狼戦役
7/12

相棒

 ――1――


 湿気を多量に含んだ風が絡みつくように吹き、草木が揺れている。

 森に挟まれた平原の中に走る幅広の線。黄土色の街道が、どこまでも伸びていた。

 街道は帝国の首都と地方の領地を結んでおり、種族を問わずに多くの者が利用している。

 その街道を、二頭の茶色い馬がそれぞれ人を乗せ、横に並んで歩いていた。

 一人は真紅の甲冑、もう一人は銀色の甲冑を着込み、日の光を反射させている。

 フェイスガードで顔を隠した二人は、大陸の南西部を移動していた。

 大陸の南西部は、森の面積が多く、農村近くの平原では牛や豚の飼育が盛んに行われている。

 豊かな土地で育てられた家畜は首都に献上され、貴族たちの間でも評判になるほど良質なものであった。

 そういった場所は、盗賊や山賊といった集団に狙われやすい。

 貴族御用達の肉は保存食として加工され闇市で高値で取引されるので、そういった輩がこの地方の領主の長年の悩みの種として存在していた。

 彼らの犯行をその場で発見した場合は、衛兵が対処を行う。

 だが、領内であってもアジトの壊滅や魔獣討伐といった戦闘を主とする場合は、領主に雇われた騎士の出番となる。

 衛兵は領内の安全を守り、騎士は領内の敵を殲滅するのが仕事であるからだ。

 しかし、地方の騎士では対処できない敵が現れた場合は、国王に問題を報告しなければならない。

 報告を受けた国王は、大勢抱えている直属の騎士から実力が見合う者の派遣を指示する。

 それが、騎士たちの遠征任務となるのであった。

 今回、この南西部の問題の一つを解決するために一組の騎士が派遣される。

 この組の責任者は、カステル・トライブであった。

 遠征に行く際のトライブ家のしきたりは、カステルの兄の惨劇を呼び起こすものとして封印されてしまう。

 カステルが騎士に就任してから三年が経過しており、その間にカステルの祖父は病気で死亡し、両親もカステルの稼ぎを頼りに生活するようになっていた。

 カステルは、これまで各地方に巣食う野盗集団や魔獣の殲滅を何度も担当しており、領主からも顔を覚えられる存在であった。


「教官――」


 馬の足音に混ざって、銀色の甲冑の人物が小さく言った。やや高い声で、わずかに呼吸を乱している。

 南西部特有の暑さのせいもあるが、最後の中継地点を早朝に発ち、昼過ぎまで移動していたのが大きな理由であった。


「名前で呼べと言うのは、これで何度目かな。ジュリア」


 カステルが、正面を向いたまま言う。


「申し訳ありません。あの……水を飲んでもかまわないでしょうか」

「好きにすればいい。目的地までもう少しあるから、考えて飲めよ」

「はい!」


 ジュリアと呼ばれた人物が声を弾ませて言うと、馬の鞍にぶら下げた荷物袋から金属製の水筒を右手に取り、残りの手でフェイスガードを上げる。

 そこから、幼さが抜けきらない若い女の顔がのぞく。額には、汗で前髪が張り付いていた。

 ジュリアは、水筒の蓋を急いで外すと飲み口にふっくらとした唇を吸い付ける。

 大きく鼻を鳴らしながら口内で水の音を反響させ、隙間からこぼれた水滴が白い頬を伝う様子は、およそ上品と呼べる光景ではなかった。

 ジュリア・ホーネットは、十七歳の新人騎士である。

 他の熟練騎士がジュリアと一度組むと次の同行を拒否するため、カステルがジュリアに指導する立場となっていた。

 ジュリアは、間抜けな行動が目立つため、お荷物とされたのである。

 しかし、カステルにとってジュリアは必要な存在であった。

 カステルの年齢で新人の指導役になることは、通常ありえない。

 カステル自身、半年前までは指導される立場であった。

 指導役になれば、自分の思い通りに任務を遂行できる――

 そう考えて、カステルはジュリアを迎え入れた。

 ジュリアの行動は間が抜けているが、戦闘時には文句のない動きをするので、カステルがジュリアを嫌うこともなかった。

 手のかかる妹を持ったくらいに考えていたのだ。


「ひゃっ!」


 突如、ジュリアが妙に甲高い声を上げる。

 カステルは、とくに反応することもなく正面を見たままであった。

 ジュリアが、首を動かさずに目だけでカステルを覗き見る。

 その状態で長い沈黙が流れたそのとき――


「無くなったのか?」


 と、カステルが言った。

 それを聞いたジュリアは、顔を赤らめて、小さく二度うなずく。

 ジュリアによって逆さにされた水筒から、数滴の水が地面に落ちていた。

 カステルが、大きく重い息を吐くと、自身の荷物袋から水筒を右手で取り出してジュリアに軽く投げる。


「うわわわっ」


 ジュリアは、水筒を左右の手で三度ほど跳ねさせ、最後は両腕でしっかりと抱き留めた。


「もう、投げるなら投げるって言ってくださいよ」


 ジュリアが、カステルをじっと見て言った。


「そのほうが面白いと思ってね」


 カステルは、笑みを含んだ口調で言った。

 ジュリアが、頬を膨らませて不満そうな表情を浮かべる。

 カステルは、ジュリアへ首を向けると、


「君のように可憐な女性が騎士と聞いたら、現地の騎士は驚くだろうな」


 と、言った。


「なっ!」


 ジュリアが目を丸くして、獣のような声を響かせる。


「こんな場所で口説かないでください。困ります」


 ジュリアは、顔面を真っ赤に染めながら早口で言った。


「ついでに、移動途中で仲間の水まで飲み干したと教えてやろう。きっと中央への志願者も増えるぞ」


 カステルが、軽快な口調で言った。


「まだ飲んでません。残ってます。ほら!」


 ジュリアは、水筒を激しく振って水音を鳴らす。


「到着までに残っているとは思えんな」


 カステルが言うと、ジュリアは水筒を自分の道具袋に突っ込み、フェイスガードを下ろした。


「私だって、それくらいの我慢はできます」


 ジュリアが、声を荒げて言う。

 しかし、水筒の水は、二時間もしないうちにジュリアの腹に収まる事になった。


 ――2――


 馬を降りたカステルとジュリアの目の前には、夕日に照らされた農村が広がっている。

 ジュリアの身長は、女にしては高めの一七五程度であった。

 村の入り口で待っていた二人の地元騎士にカステルが国王のサイン入りの書類を見せ、状況の説明を求める。

 地元騎士がヘルムを脱いでいるのに対して、ジュリアとカステルはフェイスガードを下ろしたままであった。

 毎晩、牛か豚が一頭殺される――

 地元騎士は、まず最初にそう言った。

 さらに、衛兵が見張って尾行すると、犯人は一人で十数キロ先の場所にアジトと思われる見知らぬ小屋へ入っていったと付け加える。


「犯人が一人なら、我々が出張ることもないと思うのだが」


 カステルが、少し語気を強めて言った。


「そうしたいのですが、犯人は普通の人間ではないのです」


 四十代前半の地元騎士の一人が、口ひげを何度もいじりながら上ずった声で言った。


「ハイエルフか――」


 カステルは、そう言いながら拳を強く握る。

 壮年の地元騎士が、小さくうなずいた。


「ウソ……」


 ジュリアが、力なく言う。


「相手がハイエルフであることは帝国側に報告したんだろうな?」


 カステルが、さらに語気を強めて言うと、壮年の地元騎士は無言でうなずく。


「クソ、国王め。我々は家畜を襲う野党の討伐としか聞いていないぞ。それにしても、ハイエルフとは……」


 カステルは、独り言のように小さく言う。

 ほんの数瞬の沈黙が流れた、そのときであった。


「あんたら、中央の騎士だろ。こっちが待っていた間にも家畜が殺されて大損なんだ。きちんと仕事をしてもらうぜ」


 もう一人の地元騎士が、荒々しい口調で言う。

 年齢は、ジュリアと同じかそれよりも若く見える男であった。


「やめんか!」


 壮年の騎士が、慌てて若い騎士を制止する。

 しかし、若い騎士の勢いは止まることはなかった。


「親父、なんでこいつらに気を使うんだよ。こいつら、ビビってるじゃねえか」

「中央の御方になんという口の利き方だ!」

「その中央のために育てた家畜が殺されてるんだろうが」


 地元騎士の二人は、ほとんど密着した状態で口論を続ける。


「二人とも、落ち着いてください!」


 ジュリアが二人の間に割って入り、なんとか引き離す。


「すっこんでろ!」


 若い騎士が、ジュリアの腹のあたりを蹴り飛ばす。

 衝撃で、ジュリアが後ろに数歩下がった。


「なんと、なんという事を……」


 壮年の騎士が真っ青な顔でジュリアを見る。


「あ、お気になさらず。全然平気ですので」


 ジュリアが、気を使うかのように笑い声を混じらせて言った。


「おい――」


 若い騎士が、目に怒りの色が宿し小さく呟く。


「言ってくれるじゃねえかよ」

「私、何か気に障ることを言ってしまったのでしょうか」


 ジュリアが、カステルを見て言った。


「この場には不釣り合いなほど上手い挑発だったな」


 カステルは静かな口調で言ったが、内心ではジュリアに感謝していた。

 ジュリアの一言がなければ、自分がこの若い騎士に面倒なことをしていたに違いない。

 ハイエルフに対抗する手段を考えながら、カステルはそう思っていた。


「どうか、どうかお許しください。息子はこのように世間知らずでして」

「本当に大丈夫ですから、とにかくその犯人をなんとかする方法を考えましょう」


 壮年の騎士の必死の形相に、ジュリアはどうしていいのかわからないといった様子であった。


「待てよ――」


 若い騎士は、先程とは打って変わって落ち着いた口調で言う。


「このままじゃ、そっちの気が済まねえだろ。やれよ」

「な、何をでしょうか……」

「俺があんたにやったことだよ」

「別に告げ口なんてしませんから、そんな危ないことはやめましょうよ」

「馬鹿だった。親父になんかあったら困るんだよ。やってくれ」


 若い騎士は、弱々しい目つきでジュリアに訴え続ける。

 ジュリアは、重い息を吐くと、


「じゃあ、やりますよ」


 と、言った。


「えいっ」


 とても小さな金属音が鳴ると同時に、ジュリアの右足が若い騎士の鎧に軽く当たった。

 

「俺はもっと強くやったぞ」

「全力でやってやれ。このままだと夜になってしまう」


 若い騎士の言葉に、カステルが続けて言った。


「教官までそんなことを……」


 ジュリアは小さく呟くと、大きく息を吐いて攻撃の準備をする。

 その様子を、壮年の騎士が固唾を飲んで見守っていた。


 ――3――


 ジュリアが、吐いた以上に大きな息を草の香りと共に吸う。

 ジュリアの身体はいつでも仕掛けられる状態であったが、心が迷ったままであった。

 本当にいいのだろうか――

 と、ジュリアは考えていた。

 決して口には出さないが、この地元騎士の鎧は自分の物と比べてあまり質がいいとは言えない。本気でやれば、強度の違いから破壊する恐れもある。

 もしそうなれば、最悪死亡。良くても骨折の可能性が高い。それだけはなんとしても避けたかった。

 一度、大きく息を吐き、そして吸う。

 この若い騎士には何一つ恨みは無いし、中央の騎士が地方の騎士に横暴を働いたと思われたくなかった。

 もう一度大きく息を吐き、大きく吸い込む。

 打つ瞬間は全力で、そこから力を抜こう――

 ジュリアは、自分は女であるし、途中で威力を調整しても納得してもらえるだろうと考えた。

 頭の中で計画を立て、最後と決めた深呼吸をすると、


「しいっ」


 と、ジュリアが息を漏らすと同時に、左足を軸にして身体を回転させ、右の回し蹴りを若い騎士の鎧の脇腹部分へ激突させた。

 重い金属音が鳴り響き、若い騎士が横向きにバタリと倒れる。

 しまった――

 ジュリアがそう思ったときには、若い騎士は目を大きく見開き悶絶している。力を抜く瞬間を間違え、半分も威力を殺せないまま打ち込んでしまったのだ。

 壮年の騎士は目を伏せ、カステルは特に動じる様子を見せない。


「二人とも、突っ立ってないで手伝ってください! 誰か、この村にお医者様はいらっしゃいませんか!」


 ジュリアの甲高い叫び声が、夕暮れの農村にいつまでもに響き渡っていた。

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