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炎狼の拳  作者: トシマル
一章 人狼戦役
5/12

過去

 ――1――


 第一部隊のメンバーは、野営の準備に取り掛かっていた。

 それぞれが、食料や水の入ったたるを荷車から下ろしたり、テントを組み上げたりと、忙しく動き回っている。

 シュロウは、抱えていた樽を倉庫代わりとして使うテントの中に運び入れていた。

 次の樽を運ぼうと、背後にある入り口へと振り向いたそのとき――


「頑張ってるねえ」


 と、樽を抱えテントの入り口に立っていたシェンが言った。


「あなたこそ。こっそり抜け出すタイプの人かと思っていました。特に、こういう肉体労働のときは」


 シュロウが、わずかに笑みを浮かべて言う。


「アタシ、こう見えても腕力はそこらの男に負けないつもりなの」


 そう言いながら、シェンは抱えていた樽を一段階高く持ち上げた。

 シェンの両腕に汗で濡れた黒い布地が張り付き、表面には肉の筋が浮かんでいる。

 露出している腰周りから太ももにかけても、引き締まった筋肉が隆起していた。

 ふっと小さく声を漏らすと、シェンはテントを入ってすぐ横の場所に樽を置き、シュロウの方へ体を向ける。


「ガキの頃にさ、村の仲間とやってたんだよ。兵隊さんごっこ。そのときは、近くの森で野営をするぞって意気込んでたんだ」


 シェンは腕を組み、遠くを見つめながら言った。


「よく子供だけで準備ができましたね」


 シュロウが、明るい口調で言う。


「道具もロクにないし、そのへんで拾った物でどうにかしようとしたんだけど、結局出来たのはゴミの山。で、疲れきったガキどもはいつの間にか森の中でグッスリってわけ」


 そう言って、シェンは小さくため息をつき話を続ける。


「起きたのは次の日の昼だったよ」

「ご両親や、他の村の人は探しに来なかったのですか? 子供が帰らなかったというのに」


 シュロウが呆れた口調で言った。


「来なかったんじゃなくて、来れなかったんだろうねえ」


 シェンが、切れ長の目をゆっくりと閉じて言う。

 それを見たシュロウは表情を曇らせ、


「失礼しました」


 と、静かに言った。


「辺境の村では魔獣に襲われるなんてよくあることさ。ただ、アタシのいた村は珍しく全滅させられたみたいだけどね」


 シェンが、目を開き笑顔を作って言った。

 それとは対照的に、シュロウは、さらに表情を曇らせる。


「どうしていいかわからなくて、最初はみんな村に残ってたんだよ。蓄えてあった食糧で食い繋ぎながら、きっと誰か助けに来てくれるってね。でも、最後まで残ってたのはアタシだけだった。みんな、当てもないのにどこかへ行っちまってそれっきりさ」

「――」

「しばらくして、アタシは森の奥に住んでるハイエルフに助けられたのさ。むこうでもちょっとした騒ぎになっていたらしい。それから、大きくなるまでハイエルフの集落で生活してきたんだ。生きていく方法もそいつらに教えてもらったよ」

「なぜ、傭兵に?」

「金になるから――」


 そう言うと、シェンは重い息を吐く。


「ウソ――」


 しばらくの間を置いて、シェンが言った。


「最初は復讐だった。世の中にいる魔獣どもをぶっ殺してやりたいと思ったんだよ。魔獣の駆除は、地方の村の問題としてだけじゃ収まらない事だったしね」


 シェンが、静かに言った。


「なるほど。ルドルフさんに対する態度は、それが理由ですか」


 シュロウは、穏やかな口調で言う。


「当たり――」


 シェンが含みを持たせて言ったそのとき――


「話しは終わったかね?」


 という、若い男の声が流れた。

 シュロウとシェンが声の主を探しにテントの外へ出る。

 入り口のすぐ横には、赤い鎧を身に着けた男――カステルが、テントの支柱に背を向けて立っていた。


「へえ、騎士様も盗み聞きするんだねえ。お捻りでもくれるの?」


 シェンが、飄々ひょうひょうとした口調で言った。


「申し訳ないが、あの話しに相当する金は持ち合わせていなくてね」


 カステルは、自嘲気味に言う。


「それじゃあ、そっちの昔話を聞きたいね。それでチャラってのはどうだい?」


 シェンが言うと、カステルは少し考え込み、


「また少し作業が遅れてしまうな」


 と、言った。


「ここでは目立つ。裏に回ろう」


 そう言って、カステルは鎧をガチャガチャ揺らしながらテントの裏へと歩いていった。


「坊やにも聞かせてやりたいんだけど、いいかい?」


 シェンが、カステルの背中に向かって言った。

 カステルは、背を向けたまま指で来いと合図した。

 シェンとシュロウも、テントの裏へと進む。


「それで、何が聞きたい?」


 カステルが、シェンとシュロウがテントの裏へ来ると同時に言った。


「あんたがハイエルフを嫌っている理由……ってのはどうだい?」


 シェンの言葉に、カステルはシュロウを見て唸る。


「僕も、ハイエルフが人間に何をしたのか直接聞いておきたいですから」


 シュロウはそう言うと、わずかに笑みを作ってみせる。


「どこから話したものか――」


 カステルは腕を組み、静かに語りだした。


 ――2――


 自分は、帝国の首都で特別裕福ではないが、帝国に忠実な騎士の家系に、カステル・トライブとして生まれた。

 トライブ家は、社交会や剣術大会よりも、実戦で名を上げた家系であった。

 家族は祖父、父、母、兄と自分の五人家族。

 自分が五歳になると、祖父と父は、時間さえあれば必ず学問と剣術の指導をしてくれた。

 母は毎晩寝る前にベッドで頭を撫でてくれたし、六歳違いの兄は強く優しい憧れの存在であった。

 トライブ家には、ドワーフ製の灰色の甲冑が代々受け継がれ、それは父が身に着けていた。

 先祖が戦争で大きな功績を挙げたため、国王から賜ったらしい。

 大きな功績を挙げたのなら、我が家はもっと裕福になっていてよいのではという思いは、ドワーフ製の甲冑に貴族が邸宅を投げ出す価値があることを知ると同時に吹き飛んでしまった。

 ドワーフ製の武具は、ドワーフ鋼と呼ばれる貴重な金属を惜しみなく使っており、頑丈で軽くて強い。

 ドワーフ鋼の製法はドワーフにのみ伝えられており、仮に手に入れたとしてもドワーフ以外の誰かが武具に加工することは不可能とされている。

 ドワーフの特徴は、一度売った商品に対して大きな責任を持つということである。

 サイズの変更や修理を積極的に請け負うために、街や大きめの村には必ずドワーフの商人と運搬人が常駐している。

 注文を書いた紙を武具と一緒に預けると、一週間もあれば新品同様の状態で返ってくるのだ。

 特に修理に関しては、どのような理由でも製作者の自分たちに破損の原因があるとして無料で行う。

 そんな特別な鎧を父が身に着けていることは、幼い自分にとっても誇りであった。

 父が甲冑を着て遠征に出る前の晩は、必ず母が手作りのスパイス香る肉入りスープを祖父と父の二人だけに振舞った。


「お前たちもこれが食えるようになれ」


 父は、兄と私に決まってこう言った。

 甲冑を身に着けた父は、父親という顔を捨てる。

 任務を忠実に遂行する、冷徹な男の顔になるのだ。


「父上は、帝国からの任務が間違っていると思ったことはありますか」


 ある日、遠征から帰ってきた父に兄が尋ねた。

 すると父は強張った表情を緩ませ、


「そう思ったときは引退するさ」


 と、穏やかに言った。


「だが、お前たちは私にならう必要は無い。自分なりの答えを出すんだ」


 父は、さらにそう付け加えた。


 ――3――


 兄が騎士になるという知らせを聞いたとき、私は十四歳になっていた。

 その日は、家族全員で兄を祝った。高価な砂糖菓子を食卓に並べ、祝福の言葉を送る。

 それから数日後、兄は父と同じ遠征任務に就くことになった

 遠征の前の晩、父と兄には、母が作ったスパイスの香る肉入りスープを振舞われる。


「やっとあのとんでもないスパイスから解放されたよ!」


 祖父が、大きく笑いながら言った。

 六十歳をとうに超えた祖父には、食べていない者にまで香るスパイスの刺激が相当なものだったらしい。

 「お前もいつかこれが食えるようになるさ」


 騎士である二人を羨ましそうに見ていた私に、兄がそう声をかけてくれた。

 出発の日、父の表情はいつもと違っていた。

 冷徹な表情を浮かべながらも、父親としての顔が残っていたのである。

 私ですら気づいたことに、兄は初任務の緊張からか、まったく気づく素振りを見せなかった。

 父のことを兄へ教えようかと迷っている間に、二人は出発してしまう。

 そして三週間ほどたったころ、二人は家に戻ってきた。

 兄の顔は酷く青ざめており、数日は口をきいてくれなかった。

 父に理由を聞こうとしたが、任務の内容を口外できないとして取り合ってくれない。

 それからは、いつもの強くて優しい兄に戻ったので、初任務の緊張のせいだろうと思うようになった。

 一ヶ月ほどして、再び父と兄に遠征任務の命が下される。

 出発の前の晩、就寝前に兄が部屋にやってきた。

 どうやら眠れないらしい。


「僕もいつか父さんや兄さんのような騎士になりたいよ」


 私がそう言うと、兄は私のベッドに座り、重くため息をついて、


「お前はお前だ。誰かになろうとしてどうする」


 と、言った。


「父上は立派だ。自分に与えられた任務を忠実にこなしておられる。なのに俺は――」


 兄はそこまで言うと、ハッとしたように言葉を飲み込む。


「兄さん、遠征の任務で何かあったの?」

「いや、よくある騎士の仕事だよ。特におかしな事は無かったらしい」

「でも――」

「カステル、父上が言ったことを覚えているか」

「――」

「もし帝国の任務に疑問を持ったら自分は引退する。でも、お前たちは自分なりの答えを出せってやつさ」

「ああ、もちろん覚えているけど……それがどうかしたの?」

「俺には答えを出せそうにないよ……」


 兄が、さらに大きく重いため息をつく。


「兄さんならきっと見つけられるさ! だって、兄さんは僕よりも頭がいいし、剣の腕だって上なんだから!」


 私は、ことさら明るく言った。朝には遠征に行く身の兄をこのままにしておきたくなかったからである。

 しばらく沈黙が続くと、兄は笑みを浮かべて、


「俺はいい弟を持ったなあ。そうだ、家に帰ったら剣の稽古をしてやるよ。お前の才能は俺なんかよりもずっと上だ。俺がお前の上にいられるのは、まだその才能が完全に目覚ていないってだけだからな!」


 と、言ってベッドから立ち上がった。


「お前はいい騎士になれる。俺が保障する」

「ありがとう、兄さん。帰ってくるのを楽しみに待っているよ」

「おう!」


 そう言って、兄は私の頭を乱暴に撫でると、部屋から去っていった。

 そのときの遠征は、普段よりずっと長い期間であった。

 父が青白い顔をして一人で遠征から帰ってきたのは、私が十五歳になった後である。

 父の灰色の甲冑の前面には、赤茶色の染みがベッタリとついていた。


「あの子はどこですか……」


 母が、震えを押し殺した声で尋ねる。

 父は、鎧の染みの部分に手を当てて目を閉じ、


「ここだ」


 と、静かに言う。

 母が泣き崩れると同時に、私はもう兄から剣術を教われないという事を理解した。


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